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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「川澄さん、またこっち来るそうです。昼間は用事があって、夜はあくから、それで一緒に食事をって連絡来たんですけど、瑛佑さんその日あいてませんか?」
 透馬からそう聞いて、スケジュールを確認すると都合よく休みの日だったので、OKと答えた。川澄、懐かしい名で、透馬から名前を聞いた瞬間にあのFの、田舎の、髭面のやさしい主人の顔を思い出した。新花も一緒なのかと訊けば、透馬は首を横に振った。「新花ちゃんは来ないらしいです」と言う。
 その理由は、川澄本人と直接対面して、判明した。和風創作料理が自慢のちいさな居酒屋で乾杯をした後、一拍置いて、川澄は「今日は息子に会いに来ていてね」と穏やかに話した。
 息子――とりあえず新花が子どもを生んだ話は聞いていない。隣の透馬も「息子?」と怪訝な声をあげたから、どうやら透馬も知らなかったらしい。川澄は気まずいのか照れ臭いのか、かりかりと耳の後ろを掻いた。
「前の奥さんとの子ども」
「え、結婚してたの?」と、透馬。初耳だったようだ。
「そう、出版社勤務時代に、同じ職場だった元妻と結婚して、子どもはひとり。でも、性格の不一致というのかな、リズムが合わず苦痛が多くなってしまったから、別れたんだ。それで郷里のFに戻って、数年して新花さんと知り合って、いまに至るよ」
「えー、まったく知らなかった」
「ぼく個人のことだからね」
 そう言いながら、川澄はお通しの、切り干し大根の煮物に箸をつける。瑛佑も先ほど食べたが、薄めの味つけがかえって出汁の良さを際立たせていて、美味しかった。店選びは透馬に一任してあったが、よくこんな隠れ家みたいないい店を見つけてきたものだと思う。
「じゃあ、息子さんはいま元奥さんとこにいるってこと?」
「そう。でもふたりがいま暮らしているのは奥さんの実家のあるA県で、ここじゃない。今回はじめてここで待ち合わせたんだ。春からこちらにある専門学校に通いたいと言っていて、学校の下見を兼ねて会ったんだ」
「息子さん、いくつ?」
「高校三年生」
「あー、進路の時期だ」
 会話は主に、透馬と川澄とで進行していった。瑛佑は黙って頷くだけで、たまに店員を呼んでオーダーを取ったりしていた。透馬は川澄の息子に興味津々らしく、「学校って、なんの?」とさらに突っ込む。瑛佑はあいた川澄のお猪口に、冷酒を注いでやる。
「それがぼくにはさっぱり分からないんだけど、自転車の整備とデザインをする学校らしいんだ」
「へえ、自転車? 自動車じゃなくて?」透馬が目をまるくする。瑛佑も興味が沸いて、川澄の顔を見た。
「うん、自転車。ここら辺をどこから影響受けたんだか、文系のぼくと文系の母親のあいだに生まれていて、さっぱりなんだ」
「デザイン、って言った?」
「そう。初年度は基本的な仕組みや組み付けを教わるらしいんだけど、それが終われば、自分で自転車をデザインして製作するみたいだよ」
「すげえ、工業デザインじゃん」
「透馬くんはその辺りぼくよりも興味があるだろうし、知識も理解も広そうだから、もし来年度以降こちらへ息子がやって来たら、たまにでいい、気にかけてやってほしいんだ」
「ああ、そういうこと? 全然かまわないよ。ねえ、瑛佑さん」
 同意を求められ、瑛佑も頷く。
「良かったよ。こちらにいるぼくの知り合いは年上ばかりで、息子と話が合いそうな若い人はなかなかいない。これからはじめて親元を離れて心細くもなるだろう、そういう時に、本人が頼りになる人を自分で見つけられるまでの短いあいだでいいから、誰かに頼むことが出来たら、と考えていたんだ」
「自転車のデザインって、おれもよく分かんないけど、デザイン一般の話なら出来る。瑛佑さんが、自転車は趣味で、自分で整備するぐらいには詳しいよね」
「そうだな、一通りは」
「こっちでの生活の、はじめの一歩みたいな感じでいいってことでしょ?」
「そういうこと。どうかよろしく頼みます」
「イイエー」
 Fでは世話になってるからさあ、と透馬は少しだけ目を伏せて言った。世話になっているのは瑛佑も同じだ。そういう、恩の着せあいの話でなくても、未成年者の保護者役を頼まれて、大人として、きちんと受けてやりたいと思う。こんな都会に出てこようという少年のことなら、なおさら。
「本当は今夜同席させようと思ったんだけど」と川澄は呆れたように笑った。
「そうだよ、会えれば良かったのに」
「それがね、抜け目ないところも誰に似たんだが、地元にいる彼女も一緒にやって来ていて、今夜はふたりで、遊園地で花火とナイトパレードを見るそうだ」
「おっと」
「大人ぶるのもいましか出来ない経験だからいいか、と思って野放しにしたけど、大丈夫かな」川澄が苦笑いする。
「ちなみに、今夜の宿は?」
「ぼくと同じビジネスホテルだけど、帰って来るかな?」
「それは分かんないな。若いから」
 彼女とホテルにしけこむ方がはるかに楽しいだろうし。瑛佑はそう思いながらも黙ってウーロン杯を舐める。
「――でも次回は必ず、息子と引きあわせたい」
「いいですよ」透馬は気軽に請け負った。アルコールが入っているおかげでにこにこしているのがかわいらしいと思った。
「ありがとう。ぼくはね、きみたちふたりのことを風だと思っていて」
 思いがけない言葉が出てきた。透馬も瑛佑も、同時に川澄を向く。
「風穴をあける、っていう言葉があるよね。突き通されて、痛む、よりは清々しい心地よさがある、一瞬だけ吹く大風。停滞していたものが、よい流れに生まれ変わる瞬間」
「……」
「清かで青い追い風のようだと、ぼくは思ったんだよね、きみたちを見ていて。そういう人たちに、息子をお願いしたかったんだ」
 風、というなら透馬だな、と瑛佑は思った。隣の身体は川澄の言葉の前にしばらく静かなままで、ほらそうやって感動できる純粋なところ、と愛おしく思いながら透馬の背中を数回、とんと叩いた。透馬は瑛佑を見て、「なんか褒められた気分」と照れ隠しに笑った。早くふたりっきりになりたいな、と唐突に思う。
「それにしても、ビジネスホテルに泊まるより、瑛佑さんに先に相談すればよかったね」と透馬が言った。
「あ、そうですね。うちのホテル、優待券付きでご案内出来ました。気が利かず」
「いや、いいんだ。シティホテルなんか父子ふたりで泊まっても仕方がない」
「じゃあ次回こちらへいらっしゃるときは、あらかじめご連絡ください。よければ新花さんと一緒のときに」
「ああ、それは喜びそうだな」
「……抜け目ないの、親父似だと思うなー……」
 透馬がぼやいたのが可笑しくて、三人で笑った。

 
 帰り道、電車を降りた後は部屋まで十分程度の道のりをのんびりと歩く。あまり人気がなかったのでちょっと調子に乗って、手をつないだ。透馬はご機嫌で、手を離せば弾みながら空まで飛んでいきそうな調子の良さだったから、酔っぱらいを介抱するみたいなふりをして、手を少し強めに握った。透馬は笑い、ますます足もと覚束なく歩き、瑛佑も引っ張られて空へ飛ぶかも、と想像した。それはちょっと楽しい想像だった。
「川澄さん、さすがですよね」
 煌々と光を放つコンビニエンスストアの前まで来て、人目を気にした透馬は、ぱ、と手を離してそう言った。繋いでいてもよかったのに、と思ったが、帰る先は同じだしな、と思い直して、そのまま手を離す。
「なにが?」
「さすが作家だなあって。表現が違うっていうかさ。風、だって」
「はじめて言われたよ」
「いいですね。それ言われておれ、嬉しかった」
 息子さんとうまくやれるかなあ、とこぼしたので、頭を撫でる。ぐりぐりと、押さえつけるようにして撫でまわすと、透馬はハスキーな地声を高くして笑った。
 マンションまでたどり着き、玄関の鍵をあけ、室内にあがる。透馬より先に靴を脱いで室内に明かりを灯していると、やって来た透馬に背後から抱きしめられた。
「……どうした」
「んー、……いや、」
 それがとても頼りなく、あまえる仕草だったので、瑛佑は透馬の心をはかりかねた。こういう仕草をされると、透馬の身になにか悲しいことが起こっていないか、心配になる。透馬は瑛佑の背中に顔をくっつけたまま首を横に振り、それから肩先に顎を乗っける。
「風穴をあける、って、いい意味でしたっけ、わるい意味でしたっけ」
 そのまま囁かれるので顎のかくかくした動きが伝わり、瑛佑は鼻から息を漏らす。
「新風を送り込む、っていうような意味じゃなかったっけ」
「じゃあ、いい意味?」
「確か」
「ふうん……」
 瑛佑の肩に耳を乗せ替えて、透馬は「じゃあ、おれにとって風は瑛佑さん」と言った。
「その人に出会って良かった、っていう意味なら、おれには瑛佑さんがあけた大きな穴があいてる」
「……」
「おれはあなたにとって、そういう風に、なれているかな」
 脈の音でも聞いて、答えを聞き出そうとでもしているのだろうか。そんな風に熱心に耳を擦り付けられて、瑛佑は思わず、ふっと笑う。
 瑛佑にだって透馬のあけた大きな穴があいている。新風が常に巻き起こっている、すこやかな風。失ってしまったら、そこには冷たい風が吹き荒ぶのだろうと思う。
 風は透馬。透馬は風。このイメージは、出会いの当初からあった。フルネームが判明した瞬間に瑛佑の心に湧き上がった情景は、風だった。冬の風だ。これから寒くなってゆく季節が、透馬にはよく似合う。
 答える代わりに、瑛佑は胴に巻き付いた透馬の腕を外した。それからくるりと振り返る。見つめあうと、透馬の瞳はこちらが怖気づきそうなほどに澄んでいて、やはり瑛佑は、風を見る。
 その清かな風を抱くために、瑛佑は腕を伸ばした。


End.





拍手[59回]

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nさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。ナウシカコメントのくだりに笑ってしまいました(笑)
「花と群青」の公開は昨年11月でしたが執筆はこの頃から取り掛かっていたかと思うので、私にとって秋~冬は透馬くんの季節です。瑛佑くんにとってもnさんにとってもそうであったら嬉しいです。
いつでも爽やかな風の吹く瑛佑くんが羨ましいと思います。読んでくださった方々にそういう風を感じ取って頂けたらいいな、と思います。
拍手・コメントありがとうございました!
粟津原栗子 2014/09/09(Tue)07:55:33 編集
拍手コメントでお名前のなかった方
↑のような表記ですみません。
読んでくださってありがとうございます。
ふたりを気に入って頂けて本当に嬉しいです。これから寒くなってゆく季節にぴったりのふたりだと思っています。過去作と合わせて楽しんで頂けていると、幸いに思います。
拍手コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2014/09/10(Wed)07:26:14 編集
konさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
素敵なコメントを頂いてしまいました。瑛佑くんは風を受け止める場所、という発想に、とても感動しました。確かにその通りかもしれません。そこまで物語に入り込んで頂けて、本当に嬉しです。
このふたり、そろそろ良い具合に熟成してきましたね。こんな風に楽しく暮らしているよ、のSSでした。
楽しんで頂けて良かったです。ありがとうございました。またぜひどうぞ!
粟津原栗子 2014/09/15(Mon)08:23:17 編集
Lさま(拍手コメント)
お返事遅くなりまして大変申し訳ございません。まったく気づかず放置しておりました……!
いつも読んでくださってありがとうございます。
Lさんのコメントを読んで、「風の通り道」という曲があったな、と思い出していました。風を通す道、素敵な表現をまた頂いてしまって、光栄です。
そう、風にも色々とありますが、透馬くんがどんな風を吹かせても心地よくさせてやれるのが瑛佑くんです。イメージ膨らませて頂けて、嬉しいです。書いて良かったな、と思います。
拍手・コメント、ありがとうございました。
粟津原栗子 2014/09/21(Sun)17:01:15 編集
konさま(拍手コメント)
何度も読み返して頂いて、こうして何度も拍手を頂いて、書き手としては非常に光栄です。
誤字は私もよくやらかしますので(やらかしてはまずいんですが、)あまりお気になさらず。コメントが嬉しかったです。
これから寒くなっていく季節に、まだこの二人(と周辺)は登場しそうです。楽しみになさっていてくださいね。
ありがとうございました!
粟津原栗子 2014/10/06(Mon)18:21:13 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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