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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「どーせまた同じことの繰り返しだろ。こっちはまるきり被害者なんでね。おまえさんの情動ありきの行動は信用出来ない。思いつきで行動して、被害喰らうのはこっちだ。そんなカメラごときで解放されようたってね」
「いや、西川。こちらとしては情報は抜き取った。もう関わらないと約束するな?」
 私は宅間に詰め寄る。宅間はへらへらと笑っていたが、目の奥底には怯えが含まれていたのを見逃さなかった。
「約束する、――します」
「カメラの前で誓え。証拠を残す。西川、」
「おっけ」西川はデジタルカメラを構えた。
 瞬間、私はためらいなく宅間の耳元に足をつけ、耳を抉り取るかのように靴底で嬲った。髪を巻き込んでいるらしく、宅間は痛みで苦悶の表情を見せた。
 手にアウトドア用の万能ナイフを構え、片目の先に突きつける。
「誓え。南波八束、及びその家族、関係者、私――鷹島静穏に二度と関わらない。もし次があったらおれはおまえの身の安全を保障しない」
 つ、とナイフの切先を目に近づける。宅間は恐怖で目を瞑った。
「誓え」
「誓う! 誓います! もう二度と近づかない! 関わらない!」
「次はこれでは済まない」
「誓うから……!」
 それきり黙った。
「分かった。解放しよう。カメラや機材は置いていけ。去れ。……もう来るな」
 ナイフで拘束を解いた。宅間は本当に抵抗する気がないらしく、もたもたと立ちあがり、手をゆっくりと動かす。あらかた乾いたズボンを投げるとそれをのろのろと穿いた。私たちが回収していた機材の他に車に積んであったあれこれを運び出し、差し出して、こちらの方をおどおどと見てから一目散に車に乗り込み、去っていった。
 車は信じられない速度で川べりを爆走し、道を折れてテールランプも見えなくなった。西川が「あーあ、大丈夫かね?」と背後で呟く。
「あいつが?」
「おたくよおたく、鷹島センセ。あんなんで解放しちゃって」
「いや。まあ、こんなもんだろ。こっちには脅しあげられるだけの物証は揃った。これでもう関わって来なけりゃそれでいい」
「いいの? 大学とか」
「事情は話すさ。それに、……もうこんなことをしている暇もないんだ、本当は」
「……藍川先生のアシスタント?」
「悪いな西川。おまえにゃ辛い話になるか?」
「いいの、いーのもう。藍川先生は決して僕にはなびかれてくんなかったけど、僕はいまちゃんと幸せだし。過去の話。過去過去。藍川先生を好きだった僕は昔の僕」
 西川はタープの下に戻り、「ちょっと飲まねえ?」とメキシコ産の瓶ビールを二本取り出した。嵐を送ったついでに購入してきたらしかった。
 ほとんど消えている炎はそのまま、虫除けキャンドルの明かりで西川とビールを飲んだ。
「――でも、藍川先生にこんなに信頼されてるおまえは羨ましい」と西川は呟いた。
「ジャンルが同じだから声がかかるだけだよ」
「おまえとの師弟関係はため息が出るほど清廉で美しい信頼だと思うよ。藍川先生、相変わらず?」
「お元気だ。歳は取ったけどそれはおれたちだってそうだから。六十代になんか見えないけどね、お孫さんがかわいいっておっしゃると、そうかあと思う」
「……そだね」
 しばらく間ができた。「肉、もう少し焼くか?」と訊ねると、西川は「いつ行くの」と別のことを訊き返した。
「藍川先生のところ」
「……本当なら、とっくに。この騒ぎだったから」
「なあ、気になってたんだけど、……ヤツカさんて人にちゃんと話したか?」
「今回のこと?」
「とぼけんなよ。おまえがTに行くって話だよ」
「……」
「バーカ。いつもひとりで決めやがって。おまえってさ、肝心のことを間違えてるんだ。夏衣とのこともそうだよ。おまえら夫婦は距離感がおかしかった。だってお互いのこと知らねえんだもん。何してるかとか、どういう予定かとか。どういう考えを持っていて、どういうことが今日あったのか。まるでおとぎ話みたいで。お互いのスタイルを尊重しあってるからとか言ってたけど、違うよな。鷹島はひとりの人と長く続かねえなあとは思ってたけど、そういうことなんじゃねえの? 自分のことを言わない。相手のことも訊かない。知らないまんまで済むかよ。おまえら付きあってんじゃねーのかよ」
「酔っ払ったか、西川」
「そうやってはぐらかすのもな。今日のことだって下手すりゃ言わねえだろ、おまえ。なんでそんなに蚊帳の外に置くんだ。おまえだけのことじゃねえって。おまえらのことなんだよ。髭でなんもかも隠して腹の内もぜってー見せねえ。そういうのが、パートナーに向ける態度であっていいわけねえだろ。くそったれ」
 喋っているうちに興奮したのか、西川は「あー」と叫んで頭をガリガリと掻いた。昔はなめらかな長い髪を自慢していたが、いまは短めに揃えている。だが相変わらず綺麗な髪だ。それをむしるような仕草で乱暴に立ちあがる。
「明日! 明日にはヤツカさんは帰って来るんだろ、出張から。ぜってー会いに行けよ。そんで話せよ。喧嘩してもいいから全部だ!」
「西川、夜だから」
「約束しろ!」
「……分かったよ」
 そう言うと、西川はぷいっとそっぽを向いて「着替えて寝るっ!」と室内へと入って行った。ここも片付けなければな、と思いながらも重い腰が上がらない。
「……わかってるんだよ、西川」
 そっと呟き、宅間の置いて行ったカメラに手を伸ばす。収納ボックスにはケーブルやレンズの他に綺麗に整理された記録媒体が複数収まっている。
 その再生の中に収まっていたのは、どれも八束の姿だった。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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