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 高校生のころに好きだった人のことを丹念に話してくれた。童顔で背はあまり高くなかったそうだが、バランスの取れた身体つきをしていたという。告白は向こうから。屈託ない笑い顔になによりも惹かれた。若かったふたりは恋を愛に変えるのに手間をかけなかった。結果、性急にあっさりと子どもが出来てしまった。
 それを若いふたりは、純粋に喜んだという。未成年かつ学生であることにうろたえることはあったが、罪悪はなく、家族になれることの喜びが強かった。いま現状でどうやって子を生み育てていくかは大きな課題であるため、これにはさすがに自分たちだけでの解決は出来ないと判断した。そして実に現実的な思考でお互いの保護者に打ち明けた。
 結果として猛反発をくらい、蒼生子は無理やり堕胎を強いられた。好きな人とも離され、双方を失った喪失感で中絶後の学業復帰に時間を要した。望まぬ中絶手術の結果、子が出来にくい身体になったと自身が知るのは、暖と結婚し再び子を望むようになった後のことだった。
 父親には過去に妊娠と中絶の経験があることを言うなと言われていた。恥であるから、と。あまりにも恥ずかしいことだと言われすぎて、蒼生子自身が「若さゆえに恥ずかしく愚かなことをしてしまった」と思い込むようになった。母親の意見は違ったようだが、それに後押しされて言おうと心に決めても、暖から軽蔑されたらどうしようと思うと言えなかった。
 だから全て知られる前に断ち切ってしまおうと離婚を切り出したのが結婚して三年目のことだった。なにも知らない夫は離婚を渋った。どころか側にいて支えようと懸命に努力し、決して蒼生子のことを投げ出したりはしなかった。いっそあのとき諦めて離婚してくれればこんなにもあなたを追い詰めることもなかったかもしれないと言われ、暖は首を横に振った。
「それは違う。おれと別れてもあなたは子どもを望んだだろうし。鴇田さんに出会っていなければおれもあなた以外の誰かと関係を持とうなんてことは思い浮かびもしなかった」
 そう答えると、妻は顔を曇らせて俯いた。
「私と別れたら、鴇田さんと一緒になる?」
「それも違う話だな。あなたがおれとのあいだに子どもを望んでいるから、それはもうやめよう、という話をしたい。鴇田さんと一緒になりたいから別れたいという話とは別なんだ」
「でも暖は鴇田さんが好きなんでしょう?」
「……それはまだ、これからおれ自身が整理をつける話だ。あなたと結婚していながら浮気をしてしまった非は認めるし、そのことであなたに苦痛をもたらしたのだから、謝罪する」
「私と結婚しているから、私に対して味方であろうとしてくれるあなたの姿勢は嬉しいと思う。けど、許せないの。だったらどうして浮気なんかしたの? って思ってしまう。浮気をするぐらいまで私が追い詰めてしまったとしても」
「……」
「それに、私にすごく正直であろうとしてくれているけど、鴇田さんの気持ちは考えないの? 鴇田さんに対してだって素直になるべきで……分かんなくなってきた。私はどっちの味方なのかな」
「あなたはあなたの主張をすればいい。おれの答えは見えている」
「答え?」
「子どもを望むなら添えないということ。別れてほしい。もちろん、人工授精にもまだ様々なやり方はあるし、養子縁組という方法もある。それらを検討してみてもいいとは思うから、あくまでも選択肢のひとつではあるけれど」
「……私と暖との子どもを望まないなら、離婚しないということ?」
「そういう方がおれにとっては無理がないんだ。あなたとこの先もやっていけると思う。蒼生子さんは?」
 妻は深く考え込んだ。そのまま会話が止まり、随分と経ったあとで「私は自分のお腹を痛めて子どもが欲しい」と言った。
「だから浮気もなかったことにする。諦めたくない」
「……養子縁組すら考えない?」
「他人の子どもを育てるっていう感覚が、どうしても」
 暖はふ、と息を吐いた。
「おれは鴇田さんのことをなかったことにはしたくない。子どもが欲しいと言っていたあなたを承知で関係を持っている。なかったことにして子どもが欲しいというあなたの意見には、残念ながら添えない。……子を成したくて成せない女性の苦しみのことは、長年あなたを傍で見て分かっているはずのことだし、理解を怠りたくないと思う。けれどあなたが望むような共感へは至らない。辛いところだけれど、これがおれの本音だ」
 話せば話すほど平行線を辿る不毛な会話。それでも懲りずに対話をし、お互いの意思を伝えた。暖はいくつもの可能性を探っていた。だが蒼生子の方は「子どもが欲しいから浮気を許す、なかったことにして婚姻を継続させたい」の一点張りだった。
 絶えず根気よく話し、わだかまり、泣き、それでも冷静を努め、蒼生子が「お母さんと暮らそうと思う」と言い出したのは気分転換にと義母とふたりで温泉旅行に出かけて帰ってきたその日だった。一月、いつの間にか年が明けていた。
「お母さんね、お父さんとの離婚を決めたみたいで」
「え」
 前に話した時にも熟年離婚はあり得そうな気配ではあった。それがようやくか、意外にもなのか、とにかくそういう方向性で進んだらしい。
「お母さんは強い人だけど、このままお父さんの面倒見ながら暮らして行く選択肢はなくてもいいよって、私も思うの。そりゃふたりが別れるのは嫌だけど、私にとってお父さんはお父さんだし、お母さんはお母さんだから」
「そうだね。あなたにとってその関係性は変わらない」
「それで、私も暖と離れて暮らしたらいいのかなって思ったの」
 その意見を聞いて、暖は妻の心境の変化を悟った。ずっと対話を続けてきた成果なのだと思った。
「離れたら見えるものもあると思うから。……私は赤ちゃんが欲しい、暖はいらない。その平行線の先に交わるものがあるのか、ないのか、ちょっと距離を置いて考えてみたいと思ったの」
「……賛成するよ」
 そう言って妻は十年暮らしたマンションを出て行った。母親と部屋を借りて暮らしはじめたのだ。ひとりになった暖には、それでもまだ考えるべきたくさんのことがあった。離婚になってもならなくても、離れた方がいいという選択は肯定すべき事柄だ。
 一週間に一度ほどは蒼生子と会った。そして彼女の口から離婚を申し渡されたのが三月のこと。
「暖をね、楽にしてあげたい。私のわがままをたくさん聞いてもらったんだってようやく気づいた。やっぱり私は子どもを諦められない。諦めたくないから、ずっと子どもが欲しいって言い続けてしまう。暖はパートナーだからそれを無視することはしないでしょう? それはやっぱり、これからもあなたを苦しめるんだってことだから」
 つまり、暖以外のパートナーを見つけて子どもを望むということだ。その意図が分かってやっぱりな、とも思ったし、いままでの自分を無念にも思ったし、それでもほっとした面もあった。
「これからは離婚についての話をしましょう。暖から慰謝料をもらうことは考えてない。円満離婚がいいと思う。財産分与の話もしないといけないから、嫌な話もしないといけないけれど、最後の日は美味しいものでも食べてあー美味しかったねって笑って別れたい」
「……出来るだけ実現させよう」
「そういえばずっと前に鴇田さんを水琴窟のお店に誘ってたけど、行った?」
「いや、機会を逃しっぱなしで。秋以降は会ってないし」
 電話すら通じなくなってしまった。
「もう会わないでくださって取り乱しちゃった私が言うことじゃないかもしれないけど、……あのお店、夏には閉店しちゃうらしいよ。ご主人の高齢化でお店たたむんだって。約束をいつでも守れるわけじゃなくなっちゃう」
「――鴇田さんに会うタイミングをいまのおれひとりでは決められない」
「……そうだね。そう思う」
 離婚が成立して単身者向けのアパートに引っ越したのは、四月も下旬になるという頃だった。




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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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