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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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my only orange


 ――O snow, which sinks so light
 ――Brown earth is hid from sight


 ピアノの椅子に幼い男女が並んで腰掛けている。栗色の髪をふたつお団子に結んだ少女の方が右側に、真っ直ぐな黒髪の少年が左側に座る。鍵盤で手を動かしているのは少年の方で、確かまだ六つか七つと記憶するがピアノを演奏する指にはブレがない。ひとつ年上の少女の方もさらに豊かに、美しいメロディーを儚く響かせる。幼い後ろ姿に似合わぬ技巧に、毎度のことながらどきりとする。
 この冬、このどこか物悲しいようでひどく美しい歌をこの姉弟は熱心に練習していた。姉が歌をうたい、弟がピアノを奏でる。こんな年端もいかない子どもにはもっと子どもらしいメロディーがあるような気がしてしまうのは、だが偏見というものだろう。いつまでもドレミの歌ばかりうたってはいられない。むしろ純粋さそのままの声と技巧で歌える音律がある。
 そうは言ってももっと明るいクリスマスソングでも仕込めないものかね、とここにはいない彼らの両親に対して思ってしまう。
 歌が響き、ピアノが余韻を残して音がやむ。それからふたり揃ってくるりとこちらを振り返った。暖の顔を見て少女の方は天使そのものかのようにやわらかく微笑み、少年は途端に険しい顔つきになった。来やがったな、という顔。
 案の定、少女――樋口新南(ひぐちにな)が弾む声で「ダン」と呼ぶのと同時に、少年――樋口論(ひぐちろん)は「なんでおまえが来るんだよ」と文句を述べる。ああそうですか、おまえ呼ばわり。あとでお母さんに言うからな。
 子ども相手に本気で怒っても仕方がないと分かっていて、暖はどうしても手加減が出来ない。
「はいだめ。論はファール。大人相手に『おまえ』を使ってはいけません。紗羽さんもケントさんもそんな態度は教えてないだろう?」
「おまえが来るなんて聞いてないっ」
「はい、ダブルファール。仏の顔も三度まで、というお釈迦様のありがたい言葉を今日は覚えようか。どんなに嫌いな相手でも目上の人間に対しておまえ呼ばわりはだめだ。あと一回言ったら退場だよ」
「ここはおれの家だ! 出ていくのはおまえの方!」
「スリーファールでアウト。退場だな。おれは気分を悪くしてこの家から出ていくから、残念ながらあなたの大好きなトーミは来ない」
 そう言うと、ぐ、と論は怒りを堪え、それ以上言うのをためらった。だがそれは日本語を諦めたにすぎない。新南が「ロン、謝ろう?」と少年の肩に手を添えたが、論は怒りをありったけの英語に訳した。
「(おまえなんかピアノも弾けないエイリアンのくせに!)」
「(なるほど、正しいよ。確かにおれはあなたたちにとっちゃ異星人だ)」
「(やめて、やめて!)」
 新南が泣きそうな顔で止めるのがかわいそうで、暖は瞬時に表情を緩めた。敵意がないことを示すように両方のてのひらを向け、「だけどリーガルだと思うよ」と日本語で答えた。
「新南、お父さんは? 今日は客じゃなくて記録で呼ばれてるんだ」
「ダドはキッチンだよ。ダンが来たらそっちへ来てほしいって言ってた」
「ありがとう、上がらせてもらうね。ああ、論」
 呼ぶと少年はそれでも仏頂面をこちらに向けた。
「謝らないなら、鴇田さんに今日の予定をキャンセルしてもらうようにいまこの場で連絡する」
「……」
「せっかくのクリスマスにと鴇田さんはあなたがたのためにピアノの練習をしていたけど、それもキャンセルだ。あなたがたは鴇田さんのピアノを聴けない。セッションも出来ない。残念だね」
「なんでおまえが決めるんだよ! トーミのことはトーミが決めるんだ!」
「決まるんだ。おれが不愉快な思いをすると鴇田さんも不愉快だから」
「リクツで言えよっ!」
「これは理屈じゃない。それを分かるようになるには論はまだ幼い」
「トーミは来るんだ、おまえは帰れっ!」
 喚く論に背を向けた。キッチンから何事かとケントが飛び出してくる。
「ああ、みくらさん。ロンはまたなにを騒いでいるの?」
「こいつがトーミは来ないって!」
「こいつって呼んではだめですよ。よくない言葉づかいです」
「あ、」
 窓の外に赤いファミリーカーが見えた。樋口紗羽が客人を駅まで迎えに行っていた。鴇田もそこに同乗しているのが見える。
「ほら来た! ダンは嘘つきだ!」
 論は嬉しさを隠さずピアノの椅子から飛び降りる。暖の顔を見て勝ち誇ったような顔をしたが、無視してキッチンの奥へと進んだ。
 どうせエイリアンですから。暖は頭の中でスティングの有名な曲をくちずさむ。



→ 2


今日の一曲(別窓)

今日のもう一曲(別窓)




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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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