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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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四.


『藍川です/近況と依頼について
 鷹島静穏様
 先月は展覧会に足を運んでいただきありがとうございました。話したいこともあって招待券を送った節もあるので来てもらえて本当に嬉しかった。
 僕はいま大学を退官し、大学勤務時代の片付けを少しずつやりながらとある依頼に取り掛かろうとしているところです。その件で鷹島に話をしたかった。
 N県にあるK大寺から、僕が退官したら制作に取り掛かってもらいたい、という依頼がある。それは大昔の著名な僧侶が構想していながら実現しなかった大日如来の制作をお願いしたい、というもの。規模が大きく、時間も金もかかる大きなプロジェクトだ。アシスタントを探している。それに鷹島を、と僕はこの依頼を持ち込まれた時から考えていた。
 いま鷹島の制作状況がどうなっているのかは分からないが、こちらの話と含めて一度話し合いの機会を設けられないかと思う。鷹島の都合はどうだろうか?
 僕の方は退官したことで煩雑な事務仕事からは解放された。時間は鷹島に合わせられる。受ける・受けないは抜きに、個人的にも一度会って話を聞きたい。連絡を待っている。
 藍川岳
 Mail:takeru-aikawa@×××.com
  Phone:090-××××-××××』


 ため息をついてから、あ、これか、と思い至ってなんとなく息を止めた。妻と暮らして生活のプレッシャーから過呼吸を起こした頃、通ったクリニックで教わった。発作の気配を感じたら、まずは息を止めてください。十数えてから、鼻でゆっくりと呼吸をしてください。常日頃、発作のない時でも行ってみてください。薬を処方せずとも、それで大幅に改善できるはずです。
 それを思い出しながら、十数え、鼻でゆっくりと呼吸をした。別にパニックに陥っているわけではないが、藍川からの連絡はやはり衝撃ではある。まだ藍川は私に信頼を置いてくれているのだろうか。大学院の頃、周囲の教授陣からの批判を振り切って、私の作品を「きみはそれでいい」と肯定してくれた藍川。
 かつ、実に現実的な目線で、私の弱い部分も的確に伝え、それを強化するよう指導してくれた、紛れもない恩師。
 八束に、急激に会いたくなった。電話でもいい。話を聞いて欲しくなった。こういう依頼があるんだけど、どうするべきだと思う? おれはさ、自分の作品もろくに作れないような情けない奴なんだけど、信頼してくれている人が、いるんだよ。
 その人の期待に応えたい気持ちと、応えられるのか不安な気持ちとが、あるんだよ。
 答えは出なくてよかった、というよりも、私の中で答えはすでに出ている。
 ただ八束に話してみたかった。
 そしてそのためには私が「鷹島静穏」なのだと明らかにせねばならないことがまた、煩雑さを極めていた。


「セノくーん」と呼び鈴も鳴らさずに、倉庫のアルミ戸をあけて四季が飛び込んできた。五月の雨が過ぎ去った夕方、制服姿だ。その声音には緊張が走っている。明日の授業の準備をする手を止めて、四季を迎え入れた。
「ごめんね、作業してた?」と四季は不安と混乱を隠さぬままにこちらを窺った。
「いや、大丈夫だよ。学校帰り?」
「うん。えっちゃんと一緒に帰ってて、……じきにえっちゃんも来ると思うけど、いい?」
「いいよ。どうしたの?」
 四季の瞳には、日頃は見えぬ怯えの色が宿っていた。私は四季がやって来た方角などを注意深くめぐらし、四季を作業机の端のスツールに座らせた。
「今日、えっちゃんが言ったからはっきりしたんだけど……」
「どうした?」
「なんか最近、……家のまわりをおんなじ人が見張ってる? 見られてる? ……みたいな感じする……」
 その答えは私の脳内を一気に冷静にさせた。血液の温度が急激に下がる感覚だ。
 四季に水を汲んで渡し、注意深く外を窺いながら「話聞かせて」と言った。
「あ、……ごめんね、セノくん頼っちゃって」
「きみらの年代がそんなこと気にするな。……えっちゃんは? 一緒に帰ってたってのは、学校から?」
「あ、うん。……えっちゃんの部活終わるの図書館で待ってから、歩いて。前に最近家のまわりにおんなじ黒っぽい車を見かけるんだって話をしてて。その車、路駐でじっと停まってること多くて。……それとおんなじ車を今朝学校近くでも見かけたの。えっちゃんがぜってーひとりで帰んなって言って、」
「それはえっちゃんが正しい。いくつか質問をさせてくれ。学校の先生や、八束さんや大家さんにはそのことを言った?」
「……言ってない、」
「それに気づいたのはいつぐらいから?」
「……桜祭りの頃かな」
「車のナンバーや車種は分かる?」
「そういうのはよく、……車は黒の、ファミリーワゴンっていうの? CMでよくやってるようなやつ」
「おれが乗っているようなやつかな」
「もっと小さい。プレートが黄色くて」
「じゃあ軽自動車か。いま、えっちゃんは?」
 その質問に、四季は不安そうに指をこすりあわせた。
「車、……家の近くまで帰ったらあったから。ちょっと様子見てるって」
「えっちゃんはスマホとか持ってるのかな。彼は自転車通学だったよね」
「スマホは持ってない。時間で区切って、後で合流しようって」
「その時間は?」
「六時。もう過ぎてる……」
 四季が声を詰まらせると同時に、ドアフォンが鳴った。瞬時に緊張が走る。「ここにいて」と四季に指示し、表へ出る。自転車を傍らに息を切らせていたのは、えっちゃん本人だった。



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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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