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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「――鴇田さん?」
「すみません、好きになってしまいました。あなたが好きです」
「……それはええと、おれもで、」
「いえ、三倉さんの思う友情だとかlikeではない、という好きです」
 三倉は黙った。
「これを、……告げるかどうかは迷ったんです。あなたは妻帯者だし、男性だし、僕は同性です。ですが三倉さんがこのあいだ書いた記事を読んで、ちゃんと言おうって、決めたんです。いつ言うかまでは考えてなかったですけど、もうなんていうか、僕が無理なので喋ります。――気持ちわるいかもしれませんが、すこし聞いてください」
 三倉は息を飲んで驚きを隠さない。心臓が潰れそうにつめたく、耳の後ろから聞こえるはずのない拍動が聞こえた。こめかみが引き攣っていたが、遠海は喋る。
「あなたが好きです。恋だという意味です。僕の性格からして、これを言わずに隠して友だち付きあいを続けていくことは難しいことです。むしろ告げて恋を終わりにしたい。苦しいのは嫌です。だから話します。……恋を自覚すると同時の失恋というのは、辛いんでしょうかね。経験がろくにないので僕にはよく分かりません。けど、失恋なので、僕はもうあなたに会うつもりはありません。この一カ月半ぐらい、しんどくて、楽しくて、やっぱりしんどかった。大切なものを貰ったんだと思います。だから……ありがとうございました」
 頭を下げたが、三倉は反応しなかった。
「本当なら引っ越したいです。どこか遠くに」
 そう言うと、三倉は顔をしかめて「それは」と抵抗を口にした。だが言葉が続かない。遠海も聞く気はなかった。ただ、引き止めてもらえるぐらいには近い存在でいられたんだな、と思うと、じわりと温かく泣きたくて嬉しかった。
「それぐらい本気で好きです」
「……」
「でもね、三倉さん。僕はいまのアパートをそれなりに気に入っていて、職も変えるつもりはありません。そこまで一新したくはないんです。――もう会いません。だけど、このままこの街で暮らしてあなたを思うぐらいの自由というか、それぐらいは許して貰いたいと思います。本当にありがとうございました。あなたが好きです」
 元より言葉が上手く出る性質ではないが、遠海にしたら驚くほど膨大な台詞量が出て来た。口説くつもりはないが、愛情を訴える手段を自分は持っていたのだなと知る。それで充分に思えた。三倉の反応を聞く前にここを去りたくて、遠海は席を立とうとした。だが咄嗟に三倉に手首を掴まれ、その力強さと熱で心にあさましく喜びが湧きあがる。
「待って、……もう会わないって、」
「すみません。でも僕は三倉さんが思うような関係を望んでいないんです。だからもう会わない、というよりは、会えないです」
 これ以上はやめてくれ、と思う。ここを立ち去りたい。遠海の望みは叶わないのだから。三倉から与えられる熱に参っている場合ではない。
「おれの答えは聞かないわけ?」
「答えなんてはじめから出ています。……離してもらえませんか、」
「離したらあなたは行くだろう。それでそのまま、それきりって、それは、ないよ……」
「僕の心が壊れそうなので、もうこれ以上は本当に、勘弁してください。もう、……会いたくない、」
「それが本心のわけないだろう」
「本心です。あなたから逃げてしまわないと、僕は僕を保てません。伝わりませんか? あなたが好きです」
「だからそうやってひとりで済ませてしまうんじゃなくて」
「暖、」
 と、硬い声があいだに入る。仕事を終えてやって来た蒼生子が呆然とそこに立っていた。
 瞬間的に三倉は遠海の手を離した。熱源を失って、遠海の身体に一気に冷たい真水が流れ込んできた。
 溶けかかった身体が冷え固まって遠海の形に戻っていく。そうやって生きていく。これから先、ずっと。
「……いま、これは、どういうこと、なんだろ……?」と蒼生子が問う。このタイミングの良さ、もしくは悪さに、遠海は思わず舌打ちをしたくなったが堪えた。
「僕の台詞、聞いてましたか?」
「……途中から。ごめんなさい、えっと、……」
「なら話は早いです。あなたのご主人に対して、思ってはいけない感情を持ってしまいました。もう、……会わないです。僕は変わらずこの街で暮らしますけど、しばらくは想ったままかもしれないけど、会わないので、ご迷惑はおかけしませんので……許して貰えませんか」
 蒼生子は黙った。三倉も黙っている。遠海は鞄を背負うと、ふたりに対して深く頭を下げた。
「失礼します。いままでありがとうございました」
 大声で三倉が「鴇田さん!」と叫んだが、構わずその場を立ち去る。三倉は追いかけて来るようなことはしなかった。妻の手前か、遠海を慮ってか、自身の意思なのかは分からない。けれどそれでいいと思う。店を出て鼓動が耳の後ろから胸に戻って来た。どくどくと血を送り、いまごろになって手足が突っ張る。
 足早に歩けるだけ歩いて、なんとか緑化公園にたどり着くと、自販機でスポーツドリンクを購入してベンチに座り込んだ。
 ペットボトルの蓋を開けられなかった。手が小刻みに震えている。大きく息をつき、顔を上に向けた。上に向けてようやく雨が降っていることに気づいた。尻にしているベンチもしっとりと濡れている。
 このままここで眠りたいぐらいに疲労していたが、後悔はなかった。友達のいない、梅雨入り前と同じ日々に戻るだけだ。
 ……いや、同じかな。せめて三倉が最後に言った「ひとりで済ませてしまうんじゃなくて」の続きぐらい聞いてから終わりにしても良かったのかもしれない。……そんなこといまさら考えても仕方がない。
 深呼吸して、立ちあがる。飲料を飲むことは諦めて遠海は駅に向かってまた歩き出した。途中、電器屋の前を通る。そこには新型のテレビが置かれていて、画面いっぱいに天気図と男女が写り、気象情報を流していた。
 前線の位置がかなり上がって来ていた。九州地方だけでなく、中国・四国地方も梅雨明けだと言う。
 この雨の終わりも近い。
 のろのろとアパートへの道を行く。遠海が予感した通りに翌日、雨は止んだ。止んで晴れた。その日の昼過ぎ、気象予報士は関東地方の梅雨明けを発表した。
 暑い夏がやって来る。





梅雨前線 end.




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次は9月に更新します。








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寒椿さま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
鴇田遠海という男に関しては、とにかく様々な感情や事柄が未経験のまま大人になってしまったイメージでした。高校生の方がよっぽど豊かに刺激的な暮らしをしている。周りとは10年や20年遅れるような成長の仕方です。
そんな彼がこの先どうなるのか、どうにもならないのか、ただいま準備中です。9月には多少天候も変わるでしょうか。楽しみにお待ちいただけますと私も嬉しいです。
暑さにはどうぞお気をつけてお過ごしください。
拍手・コメントありがとうございました。いつも励みになっております。
粟津原栗子 2020/08/29(Sat)22:02:42 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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