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To see, to hear, to touch, to kiss, to die.


 めり、と音を立てて僕の心臓が裂けた。目の前で穏やかに、綾野は「終わらせよう」と言った。
 「――なぜ?」
「転勤になった。海外」
「なぜ?」
「じゃあ訊くよ。これ以上どうして続けられる?」
  僕は黙った。転勤で離れる云々の前に、根本的に間違っていること。――僕には一緒に暮らす「恋人」がいて、綾野には結婚を誓った幼なじみがいる。割り切った上での、都合の良いところばかりを汲んだ恋愛だった。……どうだろう、そもそも恋だったのだろうか。
 ただ欲情していただけな気がする。性欲のはけ口にちょうどいい、飢えている、かつ後腐れのない相手。知り合ったのは学生時代の話だから随分と前になるけれど、はじめっからもうセックスしかなかった。それしかしなかった。
 これを機会に結婚の運びとなるみたいだと、まるで他人事のように綾野は言った。それはおめでとうございますと、適当な返事をする。
 顔を見れば、学習しない僕らはすぐにまたホテルになだれ込む。だから綾野の顔を僕は見なかったし、綾野もそれ以上は特に言わなかった。
 僕は目の前のコーヒーをまるで飲む気がしなかったのだが、綾野はいつも通りにきちんと飲み干した。それからいつも通り、伝票を引き取って、立ち上がる。
 これで終わるのか、そうか、終わるんだ。こんなにあっけないものなんだと、やっぱり僕も他人事のように思っていた。
 じゃあなで綾野は去ろうとしたが、不意に足を止めた。店内にかかる古びた洋楽に耳を傾けているようで、僕も真似をしてみた。が、音源はノイズばかりで、メロディーさえも怪しい。
 肉声だけの、重唱曲のようだった。綾野が「これ、聞いたことある」と言った。
「いつ?」
「出張で向こう行った時だったかな、男女混ざった少人数のグループが、街頭で歌ってた。…単純だろ、同じメロディーの繰り返し。長くてさ、聴いてるこっちは凍え死にそうだった」
「有名な歌?」
「よく知らね。……冒頭の歌詞が、印象的だった」
「どんな?」
「Come again, sweet love…再び来たれ、甘い恋よ、か。」
 しばらくそうやって店内の音楽に耳を傾けていた。確かに同じ旋律がしつこく、やたらと長い。
 
 それでも聞くのをやめる気にならなかった。かすかに届く透き通った歌声は美しかった。
『to see, to hear, to touch, to kiss, to die』
『I sat, I sigh, I weep, I faint, I die』
  サビのメロディーを聞いていた綾野が、英語を流暢な字でさらりと店のナプキンに書きつけ、渡してくれた。
「いつか聞いた演奏は、すごかったよ。こんな内容だけど」
「……だからどういう内容だよ。……俺はお前と違って、英語は分かんねえんだって」
「見ること、聞くこと、触れること、キスすること、死ぬこと、それをあなたと再び。でないと私は、座り込み、息を吐き、すすり泣き、気が遠くなり、死んでしまう。―とことん未練の歌だ。演歌だな」
「……どの道死ぬのか。最悪だな」
「コーラスが凝っていて、真冬の街頭だろうがなんだろうが、ずっと聞いていた。投げ銭入れて、ずっと。……最後にしちゃつまんない話だな。悪かった。……じゃあ、元気で」
 そしてあっという間に綾野は遠ざかる。立ち上がれないまま、走り書きされた英詩を眺めていた。
 見て聞いて触れてキスして死んで。――たちまち蘇る、綾野の姿、声、触れた体温や手触り、逞しさ、唇の感触、……こんなのばかりでは死んでしまうとまで思い詰めた、情事のさなかの逼迫した鼓動。不意に見せる、あどけない笑顔、無防備な背中。
 終われるはずもない。身体だけの約束が全て欲しいと、とっくに気付いていた。
 「――綾野!!」
 気付けば店を飛び出し、叫んで、端正な後姿にしがみついていた。―ああ駄目だ、僕はもう、この恋のために死んでしまう。
 綿谷、と綾野が僕を呼んだ。引き剥がされて対面して、顔が合わさる。熱のはらんだ表情も、少し掠れた声も、もう後戻りできないと告げている。
 畜生、と綾野は息を吐き、そのまま僕を腕の中に封じ込めた。捕食するような、すさまじい力で。
「全部捨てて、恋で死ぬのか。……ああ、」
「二人一緒に入れる棺桶ってあっかな」
 その前にあの歌、ちゃんと聞きに行きたい。
 そう告げたら、泣いたかと勘違いするような声で、綾野がそっと息を吐いた。じゃあ今度こそ、一緒に行こう、と。



end.
 
 



拍手[61回]

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すばらしく、
美しいカテゴリですね。愉しみです。そのうち、辛抱できなくなって厚かましくリクエストしてしまいそうだ・・・。
ひとの、気に入っている色や音、空気って、聞くのが楽しい。

>・・・どの道死ぬのか。最悪だな。
綿谷君、そうなんです。それまでに気がつくことができて、そしてそれに間に合って、あなたは大いに幸運でした。
ちなみに、そういう棺、あるのですよ実は。昔々、中を真っ赤に塗って、熟年男性と青年の2体を納めたお棺がございました・・・(粟津原さん向け)。でも後で精査したら3体分入ってたそうで、私の夢もくだけ散りましたが。

それでは、また。私の住んでいるところもつるつるのぴかぴかです。どうか粟津原さんも(冬にはお強そうですが)お体には気をつけて。
ふぃりぴーの 2012/01/23(Mon)23:10:48 編集
Re:ふぃりぴーのさま
こんにちは。連続でコメント、ありがとうございますw

>美しいカテゴリですね。愉しみです。そのうち、辛抱できなくなって厚かましくリクエストしてしまいそうだ・・・。
>ひとの、気に入っている色や音、空気って、聞くのが楽しい。

はい、新しいカテゴリーを作りました。
もうまるっきり私の趣味に走ったというか。音を聞けば左右されるし絵を見てはぶれまくるし花を見てはわーっと喜んでる人間です。そういう、私が影響を受けるものからヒントをもらって、というような意味合いの、地味な短編です。笑
リクエストぜひ。お題に近いでしょうか。期待に応えられるか分かりませんが私の中では今現在、もうすでにこのカテゴリーのストックはございません。気まぐれ更新です、本当に(汗

>>・・・どの道死ぬのか。最悪だな。
>綿谷君、そうなんです。それまでに気がつくことができて、そしてそれに間に合って、あなたは大いに幸運でした。
>ちなみに、そういう棺、あるのですよ実は。昔々、中を真っ赤に塗って、熟年男性と青年の2体を納めたお棺がございました・・・(粟津原さん向け)。でも後で精査したら3体分入ってたそうで、私の夢もくだけ散りましたが。

これは知らなかったです!あるんですねぇ。というか、そんな人はやっぱりいたのですねぇ。
(でも三体分は砕けますね…笑)
この歌の歌詞の意味を教えてくれたのは音楽の先生でした。熱く語ってくださったことを今でも思い出します。そう、どの道死ぬのです。だから彼らには今、全力で走って頂きたい。

>それでは、また。私の住んでいるところもつるつるのぴかぴかです。どうか粟津原さんも(冬にはお強そうですが)お体には気をつけて。

そう、つるつるのぴかぴか。お気をつけてくださいね。特に今朝は冷えこみました。
冬になると他をほったらかしてひとりピンピンしております(笑)ふぃりぴーのさんも、どうぞお体にはお気を付けください。

コメントありがとうございました!
また、ぜひ。

栗子
【2012/01/24 08:48】
mokeroさま(拍手・秘密コメ
こんにちは。お久しぶりですね。

私には勿体ないようなお言葉、本当に嬉しいです。ありがとうございます。
こういう恋の在り方もあっていいのだと思います。(もっとも、こういうお話は構想上では少し異例ですが。)この先にあるものは必ずしも幸せではないでしょう。でも、今の彼らにはこれが「道」です。
そんな宝物みたいな扱いの大それた文章ではないのですが、お言葉が本当に嬉しかったです。励みになりますw

またぜひお気軽にw
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2012/01/24(Tue)08:36:37 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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