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  <title>構想上の樹海</title>
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  <description>成人女性を対象とした自作小説を置いています。</description>
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  <language>ja</language>
  <copyright>© Ninja Tools Inc.</copyright>
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    <item>
    <title>はじめに</title>
    <description>
    <![CDATA[<span style="font-size: small;" size="2">こんにちは。<br />
<br />
オリジナル小説ブログ「構想上の樹海」にお越しいただきありがとうございます。<br />
大人の女性をターゲットにしたBL小説と、粟津原栗子の私信、仕事情報などを更新しています。<br />
更新時間は基本17時です。<br />
<br />
<br />
＊＊＊<br />
◎仕事情報<br />
<br />
＊「はじめての恋は甘くせつなく～全部あなたが教えて～」<br />
<a title="" href="//kurikojukai.blog.shinobi.jp/File/cdbe90c5.jpeg" target="_blank"><img alt="" src="//kurikojukai.blog.shinobi.jp/Img/1415261848/" /></a>&nbsp;<br />
イラストレーション　ぱんのららら先生<br />
フルール文庫ブルーライン／KADOKAWA メディアファクトリー<br />
&rarr;「はじめての恋、ひかりの寧日」から改題となりまして、書き下ろしSSつきで2014年12月15日（月）電子書籍配信開始。<br />
<br />
<br />
＊「楽園～パラダイス・ブルー～」<br />
<a title="" href="//kurikojukai.blog.shinobi.jp/File/37cbae79.jpeg" target="_blank"><img alt="" src="//kurikojukai.blog.shinobi.jp/Img/1411195838/" /></a>&nbsp;<br />
イラストレーション　ユカジ先生<br />
フルール文庫ブルーライン／KADOKAWA メディアファクトリー<br />
2014年10月15日（水）より電子書籍配信開始。<br />
<br />
<br />
<br />
◎作品<br />
<br />
◇長編<br />
<br />
＊<a title="" href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E8%8A%B1%E3%81%A8%E7%BE%A4%E9%9D%92/%E8%8A%B1%E3%81%A8%E7%BE%A4%E9%9D%92" target="_self">花と群青</a><br />
<br />
＊<a title="" href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/秘密/秘密%E3%80%80目次">秘密</a><span style="color: #800000;"></span><br />
<br />
＊<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/ぬるい遠浅の海/ぬるい遠浅の海%E3%80%80目次" title="" target="_self">ぬるい遠浅の海</a><span style="color: #800000;"></span><br />
<br />
＊<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%A6/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%80%80%E7%9B%AE%E6%AC%A1" title="" target="_self">ファンタスティック・ブロウ</a><span style="color: #800000;"></span><br />
<br />
<br />
◇短編<span style="color: #800000;"></span><br />
<br />
＊<a title="" href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E7%94%98%E3%81%84%E3%81%8A%E8%8F%93%E5%AD%90%E3%81%AE%E3%81%82%E3%82%8B%E7%9F%AD%E7%B7%A8/%E7%94%98%E3%81%84%E3%81%8A%E8%8F%93%E5%AD%90%E3%81%AE%E3%81%82%E3%82%8B%E7%9F%AD%E7%B7%A8%E3%80%80%E7%9B%AE%E6%AC%A1" target="_self">甘いお菓子のある短編</a><br />
<br />
＊<a title="" href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E8%8A%B1%E3%81%A8%E6%AD%8C%E3%80%81%E7%A9%BA%E3%81%AF%E9%9D%92/%E8%8A%B1%E3%81%A8%E6%AD%8C%E3%80%81%E7%A9%BA%E3%81%AF%E9%9D%92" target="_self">花と歌、空は青<br />
<br />
</a>＊<a title="" href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%93%E3%82%8C/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%93%E3%82%8C" target="_self">未分類あれこれ<br />
</a>＊<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/未分類あれこれ２/未分類あれこれ２%E3%80%80目次" title="" target="_self">未分類あれこれ２</a><br />
<br />
＊<a title="" href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E5%B1%B1%E3%81%AB%E3%81%BE%E3%81%A4%E3%82%8F%E3%82%8B%E3%81%8A%E9%A1%8C/%E5%B1%B1%E3%81%AB%E3%81%BE%E3%81%A4%E3%82%8F%E3%82%8B%E3%81%8A%E9%A1%8C" target="_self">山にまつわるお題</a><br />
<br />
<br />
<br />
</span>]]>
    </description>
    <category>あわづはらのこと。</category>
    <link>https://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E3%81%82%E3%82%8F%E3%81%A5%E3%81%AF%E3%82%89%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%A8%E3%80%82/%E3%81%AF%E3%81%98%E3%82%81%E3%81%AB</link>
    <pubDate>Mon, 29 Jul 2030 15:00:00 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>おおきな魚　6</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>　風の穏やかな日だった。庭に出て、舞い落ちた落ち葉を箒で一箇所にかためる。部屋の中から運んだ段ボールは三箱にものぼり、持ち出すのに本当に苦労した。体力がないからなのだが、馨の手を借りてはいけないような気がした。</div><div>　枯葉と枯れ枝を組んで、すこしの灯油を火種に火をつけた。庭のこの場所なら海風が吹き込まないから、延焼の心配はないだろう、と考えた場所での焚き火だったが、そうは言っても水道にホースはつないでおく。そのうち馨がやって来て、「煙いと思ったら」と呆れた顔で火に当たりはじめた。</div><div>「落ち葉、言ってくれたらおれ集めたのに」</div><div>「まあ、それだけが目的やないから。焚き火したかっただけや」</div><div>　段ボールから取り出したのは、封筒だった。もう一通一通を開封し、目を通している。それを火にくべると、ぱり、とわずかに音を立てて燃えた。それを何度も繰り返す。</div><div>「――それ、」気づいた馨は、驚きを隠さなかった。</div><div>「うん、亡霊からの恨みごと」</div><div>「燃やすのか、全部」</div><div>「読んだからね。お焚き上げで弔いみたいなもんや。それにこれ、もう送られてこんらしいぞ」</div><div>「え？」</div><div>　火にてのひらをかざしていた馨は、こちらを振り向いた。</div><div>「箪笥の中の封筒。これで最後だからもう送ることはありません。長いことお疲れ様でした、あなたも、私たちも。もう一切関わりません。――てな、書いた手紙が娘さんから送られてきた」</div><div>「&hellip;&hellip;よかったじゃないか」</div><div>「よかったんかな。でもまあ、これでしまいや」</div><div>「よかったんだよ」</div><div>　くしゅっ、くしゅっ、と馨は立て続けにくしゃみをした。僕は笑ってしまう。すべての手紙を焼き切るころには陽は傾いていて、火の始末をしてから馨を海に誘った。</div><div>「海ぃ？　これから？　寒くないか？」</div><div>「厚着しとったらええやん。夕暮れの浜辺もええもんやで」</div><div>「おれはいいけど、おまえは特に、めちゃくちゃ特に、厚着しろよ」</div><div>　ぽん、と頭をはたいて馨は家の中へ戻る。僕も片付けをして戻り、着替えて、馨のバイクにふたり乗りして海岸の駐車場に向かった。</div><div>　砂浜の、波打ち際を黙って歩く。しばらく歩いて、防波堤へ出た。そこへのぼり、水平線を眺めながら、「うたったら？」と馨に言った。</div><div>「――あ？」</div><div>「こんな時間だし、こんな町だし、人もおらん。いても波音に紛れてそうは聴こえんし、分からんやろ。ここで馨が思うように、好きにうとうたらええんやないかな。家の中だけじゃ、うたういうてもあんまり大きな声は出せんかったやろうし」</div><div>　僕の声をかき消すように、波が打ち寄せて大きな音を立てる。馨はそれで覚悟を決めたのか、身体を上下に揺すり、あ、あ、あ、と声を出して。息を吐いた。吐いて吐いて吐ききって、たくさん吸った。</div><div>　そして、波音になんか負けない、とんでもない発声で、朗々と海に向かってうたいはじめた。その発声は、音大で覚えたものだろう。オペラ歌手のうたうような、明快で太くあたたかいテノールだった。こんな声が出せることに驚き、いつもと異なる発声に驚いた。本当にこの男は底が知れない。そう思いながら僕は腰を下ろし、うたう馨を見あげた。</div><div>　何曲かうたいあげて、やめるかと思ったら今度はそれまでとはまったく異なる発声で、馨の好きな歌謡曲を歌いはじめた。今度はちゃんとポップスのうたい方になっている。いったいどういう声帯をしていたらこうなるんだと、僕は首を傾げてしまう。ファンにとっては狂気にもなる待望の曲だろう。それを波音をバックグラウンドに、僕は聴いている。</div><div>　せつなくはならなかった。悲しくもならなかった。哀愁は感じず、本当に腹からうたいあげている音、そのものに感動した。やっぱりこの人は神さまの子どもだから、いつか世間に再び降りる日は来るだろうな、と思う。</div><div>　けれどそれはいまじゃない。いまはまだ。ここで、だめな人間であることを悔いて省みながら、ふたりで暮らす。この町で。この場所で。</div><div>　やがて僕の背後に、大きな魚が迫っていることに気づいた。大きなくちをあけて、ゆっくりと僕を飲み込む。そしてそれを僕は望んでいる。大きな魚は、いつまでも時間を忘れて膨大な音をうたっている。<br />
<br />
<br />
</div><div>end.<br />
<br />
<br />
&larr;　<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%93%E3%82%8C%EF%BC%92/%E3%81%8A%E3%81%8A%E3%81%8D%E3%81%AA%E9%AD%9A%E3%80%805" title="" target="_self">５</a><br />
<br />
<br />
<span style="color: #888888;">妙な気候が続いています。どうぞお体にはお気をつけてお過ごしください。</span><br />
<br />
</div>]]>
    </description>
    <category>未分類あれこれ２</category>
    <link>https://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%93%E3%82%8C%EF%BC%92/%E3%81%8A%E3%81%8A%E3%81%8D%E3%81%AA%E9%AD%9A%E3%80%806</link>
    <pubDate>Sun, 21 Aug 2022 08:00:00 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>おおきな魚　5</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>　その日、それでも馨は早朝の二時間をつかってバイトに出かけた。僕は僕で眠れず、ポータブルミュージックプレイヤーに落とした馨の音源をイヤフォンで聴いてすごした。彼らの音楽はジャンルで言えばオルタナティブ、ということになるらしいが、それがロックやポップスとどうちがうのか、僕にはよくわからない。曲調でいえば僕はバンドよりはソロシンガーの奏でる楽器一本だけの音楽の方を好むので、好みから外れる、といえば外れる。けれど馨の歌声、それだけで僕の心に響き、僕を深海に落とし込む。低い声、高い声、ファルセット、ビブラート、コーラスの重なり、裏打ちのリズムに乗せた言霊。ラップのような韻の踏み方、転調、ハスキーにも、透き通る音にも、自在にうごめき、耳元から注がれる大量の麻薬。</div><div>　こんなの、陶酔しないほうが無理な話だ。これを聴きたくてたまらない気持ちは、欲望そのものだろう。渇望、とも言えるかもしれない。耳への幸福というよりは、飢餓。圧倒的な才能にもたらされる渇き。</div><div>　夜が明けるころ、馨は戻ってきた。外気の気配をまとわせたまま、僕の部屋へじかにやってくる。音楽を聴きながら寝転んでいた僕は、起きあがって馨を迎えて、腹を決めた。馨は僕を欲しがっていて、僕は馨を欲しがっていることが、お互いくちにしないことで、了承されていた。</div><div>　きつく抱きすくめられ、秋の真ん中の、枯れ草混じりの潮風を上着から嗅ぎ取った。馨は震えていた。身体がとても冷たくて、脱がせていいものか戸惑うほどで、でも僕は馨の肌をじかに知りたかった。くちづけを交わしながら服を脱がせ、ベッドに重なる。僕が聴いていたイヤフォンを耳に当てた馨は苦笑して、それから僕の心臓の音を聴いていいかと訊ねた。</div><div>　――ここに、機械はまってんだろ。どんな音がすんのかなって、ずっと気になってた。</div><div>　――別に機械仕掛けの心臓になったわけやないから、変わらんで。</div><div>　――激しい運動はしちゃだめなんだっけ。</div><div>　――セックス止められとるわけやない。そこまで制限も出来んのやろ。ゆっくりやってくれんか。そしたら大丈夫やから。</div><div>　――これ以上ないぐらいやさしくしてやるよ。</div><div>　心拍を聴き、身体のラインをなぞる。病気をしてから僕は体重が落ちたので、あまり自慢できるような身体ではないのだが、馨は、こういうのがおまえはだめなんだ、とかなんとか言って、丁寧に辿っていった。欲望があったはずなのに、それを二の次に置いて、お互いの身体を確かめる行為に没頭する。腕をまわし、指でなぶり、舌で舐めて、すすり、歯を当て、足を絡ませて、腰を揺らす。髪をかきまわし、額にくちづけて、耳を食み、肩に縋る。肩甲骨の形を確かめて、うわずった声を、そっくり音階で真似された。歌いはじめるかのように馨は音を出し、それはそのうち、ちいさくわずかな、鼻歌になった。低い声が、身体の上をかすめていく。</div><div>　――心臓やぶけそうや。</div><div>　そう言ったら、馨は急に険しい顔つきになって、大丈夫か、と訊いた。</div><div>　――やめるか？</div><div>　――いやや、あかん。いまやめられたらそれこそ死んでまう。やめんといて。</div><div>　――心臓の音聴いていい？</div><div>　――確認せんでもええで。</div><div>　馨は身体をずらし、僕の裸体の真上に耳を重ねた。</div><div>　――本当だ、唸ってる。海の音みたいだ。</div><div>　――馨の音は？</div><div>　――聴くか？　全身でうたってるよ。</div><div>　馨の裸体の胸に導かれ、僕は馨の音を聴く。</div><div>　馨の声を聴いて、馨に触れられているうちに、僕はまた深海へ沈んでいく心地になった。深い海溝へ、どこまでもゆっくり、静かに、沈んでいく。そこへひときわ巨大な魚がやって来て、バレーボールぐらいの大きさの目で、僕を見た。その魚は、歌をうたっていた。僕には理解できない音階と、音域で、うたいながら泳いでいた。</div><div>　魚は、大きなくちをあける。そのくちの中へ飲み込まれる。真っ黒であるような、真っ白であるような。圧倒的な洞窟へと落ちていく。</div><div>　――けい。</div><div>　――なに？</div><div>　――苦しいな。</div><div>　――そうだな。</div><div>　――けい。</div><div>　――なんだよ。</div><div>　――僕、もう、壊れてまいそうや。こんなん、たまらん。</div><div>　――なら、一緒に壊れてしまおう。</div><div>　――一緒か。</div><div>　――ひとりで壊れるより、いくらかましなんじゃないの。</div><div>　そうして荒い呼吸で浮上したとき、僕はようやく我にかえり、馨の手で射精し絶頂を見ていたことも、馨も僕の中で果てていたことも、知った。</div><div>　大きな魚は相変わらず僕を背後から抱きしめて、離さないでと言わんばかりに、僕の肩に額をつけて寝息を立てていた。</div><div>　どうすんの、おれ。おれたち。こんなふうにだめになって、どうしたらいいんだよ。</div><div>　僕はすこしだけ泣いて、馨の腕に手をまわして目を閉じた。<br />
<br />
<br />
</div><div>&rarr;　<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%93%E3%82%8C%EF%BC%92/%E3%81%8A%E3%81%8A%E3%81%8D%E3%81%AA%E9%AD%9A%E3%80%806" title="" target="_self">６</a><br />
<br />
&larr;　<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%93%E3%82%8C%EF%BC%92/%E3%81%8A%E3%81%8A%E3%81%8D%E3%81%AA%E9%AD%9A%E3%80%804" title="" target="_self">４</a><br />
<br />
<br />
</div>]]>
    </description>
    <category>未分類あれこれ２</category>
    <link>https://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%93%E3%82%8C%EF%BC%92/%E3%81%8A%E3%81%8A%E3%81%8D%E3%81%AA%E9%AD%9A%E3%80%805</link>
    <pubDate>Sat, 20 Aug 2022 08:00:00 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>おおきな魚　4</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>「この、舘川みかこって人は、なに？　あの未開封の全部がこんな感じなら、定期的に恨みごと送ってきて、おまえこの人になにしたって言うんだ」</div><div>「&hellip;&hellip;」どう話すべきか迷う。話すべきは、僕の過ちについてだからだ。</div><div>「この家に関係する人じゃないのか？」</div><div>「この人は、&hellip;&hellip;」</div><div>　僕は馨から離れて話すべき事柄だと思った。甘えながら話して許してもらえるようなことは、されてはいけない。だから身体の距離を取ろうと身じろいだけれど、行くな、とばかりに胴に腕をまわされ、しっかりと抱え込まれてしまった。</div><div>「&hellip;&hellip;僕のこと軽蔑するで、おまえ」</div><div>「それは話を訊いたおれが決める。そもそもさ、誰からも軽蔑されない、嫌われない行いを取りつづけて生きてこられた人間なんかいるのか？　いいから話せよ」</div><div>「せめて離してくれんか？　こん格好は、なんや」</div><div>「いいから話せよ」</div><div>　馨の強情を、突っぱねるほど強い意思も持たない。僕は観念して、「舘川みかこさんちゅうのは、僕にこの家をくれた人の奥さんや」と答える。</div><div>「みかこさんの旦那さんて人な。僕らより三十歳ぐらい上かな。会社の上役やっとって、金も地位もある人やった。僕は舘川さんの愛人いうかな、男でもお妾さんとか言うんかな。とにかくみかこさんの他の別宅いうんで、舘川さんに囲われる立場におった」</div><div>「それでこの家で囲われてた、ってわけ？」</div><div>「元々は舘川さんの別荘だったんをな。病気したときにここで暮らせばいいと言って、もろた。なんや馨は驚かへんのな」</div><div>「まあ、そんなに珍しい話でもないから」</div><div>「どこ業界の話してんねん」</div><div>「おれの身のまわりにあった業界の話。金と権力に差のつく業界には珍しい話じゃないんじゃない。それで？」</div><div>「それで、て」</div><div>「旦那の愛人が恨めしくてただひたすら本妻が嫌がらせの手紙を送ってくる、そういう話？」</div><div>「&hellip;&hellip;そういう話や。ほんまに珍しい話やないのな」</div><div>　馨の言いくちに、なんだか拍子抜けしてしまった。こちらとしては覚悟して話すべき事柄だと思っていたのに、馨の態度は「あほくさい」と言わんばかり。けれど腹にまわした腕はどうやってもほどいてもらえなかった。</div><div>「おれがここに来た半年間で、その舘川の旦那さんて人は見たことがないんだけど、もしかして来てたりした？」</div><div>「いや、だから言うたやん。海の亡霊かて」</div><div>　それを告げると馨はようやく身体を硬くした。</div><div>「亡うなってんねん。舘川さんも、奥さんのみかこさんもな」</div><div>「じゃあこれ、誰が&hellip;&hellip;」</div><div>　後ろを向き、馨の顔を覗き込んだ。ありふれた怪談話を怖がるふうより、厄介な謎を抱え込んでいる僕に同情するような顔があった。</div><div>「舘川さんな、僕が心臓わるくして療養生活になってもうたとき、ここでしばらく一緒に暮らしてくれててん。二か月ぐらいやったな。会社の仕事も家族のこともほっぽらかして、傍におってくれてん。それで、これが限界やいうて、家に戻って行った。ここで静かに暮らしてくれ、て手紙くれてな。家と、金ももろた。見舞い言うたけど、手切金のつもりやったんや思う。それから半年ぐらいして、死んだいうのを、聞いた。奥さん、&hellip;&hellip;みかこさんの運転で岬から海へ突っ込んだ。アクセルとブレーキ踏み間違えた事故や聞いたけど、みかこさんが耐えられんて、連れてったのかな思た。そうでないと説明つかん。こんな、死んでからも恨みごと書いた手紙が届くなん」</div><div>「&hellip;&hellip;それでも説明つくわけないだろ、こんなの」</div><div>「これ送って寄越すんはな、誰の仕業かはわかっとんねん」</div><div>「生きてる人？」</div><div>「当たり前やろ」</div><div>「じゃあ亡霊じゃないんじゃん」</div><div>　馨は、僕の肩口に、顔を埋めていた。吐息がシャツに染みてそこだけ熱く湿っている。幽霊の話をするには、僕らはあまりにも不謹慎だ。不謹慎はきわまりなく、馨はそこをがぶがぶと齧りはじめた。寒気なのか、恍惚なのか、背筋がうっすらと粟立つ。</div><div>「怖いのは亡うなった人より、生きとる人やろ。いつでもな。&hellip;&hellip;最初にこの手紙が届いたときは、一緒に別の手紙が入っててん。死んだ聞いて、一か月ぐらい経ったころやったな。手紙書いたは舘川さんの娘さんやった。僕らと同世代らしい。その手紙によればな。父は愛人がいることを家族に隠しもせず、公然と僕の元に通ったと。別荘を与えて住まわせただけやなく、家をあけてまで傍に居続けたことは、母、みかこさんにとっては屈辱以外のなにものでもなく、彼女を事故まで追い詰めた。母はあなたあてにずっと手紙を書き続けていて、それが何百と溜まって箪笥を埋めてる。自分たちにも、父には家族をないがしろにされていた、という裏切られた気持ちがある。母が送るはずだった手紙をこれから手紙がなくなるまで送り続けます。これは父を奪われ父から裏切られた私たち家族の怨恨です。そう書かれとってな。そっからや。不定期に、気が遠くなるような枚数の恨みの郵便が、届く。でもこれを僕は、受け取り拒絶なんかしたらあかん思た。燃してもあかん、読まなあかん。読み続けなあかん。それぐらいの覚悟で愛人やってたはずや、って。でもな、はじめはその意気で読んでても、やっぱ辛くなってな。届くと、開封もできずに眠れんくて発作が起きるようなってもうた。あとはおまえが知っとる通りや。ほんまはひとりでどうにかせなあかんが、僕の意気地のなさで、おまえをここに呼んで、世話さして、こうやって話まで聞いてもろてな。死ぬにも死にきれん。未練と甘えの境でどっちつかずの、しょうもない男や。そう思えば僕はまだまだ甘っちょろい。ぬるま湯で生かされてるようなもんや」</div><div>　それでも僕の見解を、馨はちがうと言いたいようだった。シャツの上から肩を思いきり噛まれて、痛みに反射で身体がすくむ。「痛い」</div><div>　それでもやっぱり、どうしても、離してもらえなかった。</div><div>「痛いて。もうやめや、それ、」</div><div>「――つまりアキはさ、人の家族をだめにした自分がこんなところでのんきに生きてるんだから、手紙ぐらいは受け取っておかないととか、考えてるわけか」</div><div>「&hellip;&hellip;まあ、そうやな。別にそれで許されるんは、思てもないけどな。精神的苦痛やいうて金銭せびられたり裁判沙汰になるよりは面倒がないいうんが、正直な思いや」</div><div>「本当に罰を受ける気は、あるか？」</div><div>「え？」</div><div>「人をだめにした罰を受ける気が、おまえにはあるか？」</div><div>「痛い、」また強く噛まれた。</div><div>「おれはないんだよね。自覚がないからいちばんタチがわるい。&hellip;&hellip;おれも人をだめにしたよ。それこそ何百、何千、何万っていう単位で」</div><div>「なに言うて、」</div><div>「音域、ってあるだろ。おれが出せる音の幅。広さ。その中で、おれが出しやすい音ってのがあって。それにもとづいて歌を作っていくと、自然と悲恋とか、悲観とか、哀愁とか、そういう、マイナーな音を組みあげて歌うような曲になるんだと。そしてそれをおれが歌ってしまうと、みんな共鳴して、自分の失恋と重ねたり、人生のやるせなさを思ったり、故郷への愛着を思い出したり、するらしい。要するにきらきらした明るいポップスって、歌えないわけじゃないんだけど、おれは向いてないらしい」</div><div>　馨は肩を噛むのはやめてくれた。けれどそこに縋るように、告白する。</div><div>「そういう曲ばっかり売れるもんだから、あれこれ路線変えてもそこに戻っていく。おれは歌えればなんでもよかったんだけどな。学生のころから確かに言われてたことだった。烏丸くんはファミリーソングとか軍歌とか、人を和ませたり鼓舞させたりするような曲ってホント向かないよね、とかね。オペラや歌劇の課題でも、褒められるのは椿姫だのアイーダだの蝶々夫人だの、悲劇ばっか。バンドに加入して歌いはじめて、真っ先にやられたのが作詞作曲やってたギターのテツだった。おれや世間の求めに応じて書いていくほど、落っこちる感覚になるとか言って、&hellip;&hellip;逃れたかったんだろうな、酒とドラッグに手を出して捕まった。同じバンドのメンバーも、素行がわるくなった。雰囲気が最悪でさ。プロデューサーとか事務所の社長とかレコード会社の重役とかいろんな人巻き込んで、結果的に『おまえの歌は毒で、人をだめにするからうたわないでくれ』と言われてしまった。そのころには事態がもう最悪で。おれの歌聴きたいって言ってくれるファンはなんかもう中毒みたいになってて、脅迫や懇願めいた手紙やメールも届いたし、ファン同士のいさかいの暴力事件も起きた。どんなに讃美歌やゴスペルみたいなものをうたったとしても、&hellip;&hellip;おれの音になってしまって、おれの意図しない、し得ないような、なにか増幅されたものとして伝わってしまうらしくて。そんなのおれの知ったことかよ、と思ってしまう。けど、歌手は音に意味をこめるものだから、それが悲しいとかやるせないとかせつない、というようなマイナス要因でしか伝わらないなら、おれには歌の才能がないんだ」</div><div>「それは」</div><div>「ないんだよ。おれはただ、音で遊んでいられりゃ、よかったのにな。&hellip;&hellip;おまえが手紙を受け取り続けることが罰なら、おれはうたえないことが罰なんだ」</div><div>「&hellip;&hellip;」</div><div>「&hellip;&hellip;おまえにはまってだめになっちゃったっていう、その、舘川さんて人の気持ち。おれはわかるよ。いままでおまえに関わってきた人ならなんとなくわかるっていうと思う。おまえってさ、無自覚で人を誘うから。目の配せ方とか、身体つきとか、言葉のはじめの掠れ具合とか、そういうのがさ。高校のころから危なっかしいなと思ってた。犯罪に巻き込まれてもおかしくねえなと思ったけど、けっこうギリギリアウトみたいなとこまで行ってたな。&hellip;&hellip;最悪なのは、おまえが心臓をわるくして療養生活になって、ますます磨きがかかってしまったことだ。傍にいたかった舘川さんの気持ちはよくわかる。おれも、そう思う。操られるみたいに、もう、離れられないんだ。ここを出てく人だとか言われても、おれは受け入れられない&hellip;&hellip;アキと一緒に暮らしたい気持ちと、どこにも行くあてのない状況と、両方あるんだ。おれは。だから、出て行けとか、言わないで、&hellip;&hellip;」</div><div>　いままで散々歌で遊んでいた神さまの子どものような人ならざる存在が、そこでようやくひとりの、ちっぽけな男に見えた。彼はとてつもなく淋しがっている。おれがいなきゃだめな身体にしてやるよ、の台詞は、自分自身へ依存してくれる存在を求めていたからこそだ。おれを欲しがってくれよ、という要求。もしかするとそれを原動力として、彼の歌には離れられない魅力になっているのかもしれない。</div><div>　人間に見えたからと言って、彼が神さまの子どもであることは間違いがない。この人のことを、僕はどうしていいのか持て余すだろう。けれど馨が淋しがっていて、僕が淋しがっている、この求めの方向の一致だけで、一生ここにいてしまえる。そういう気配が身体からただよってくる。</div><div>　僕を背後から手放さぬように抱きながら、背中に吐息を落として、「どうする？」と馨は訊いた。</div><div>「おれも、おまえも、人をだめにしちまう才能があるらしい。世間からつまはじきにされたのは、おんなじなんだよ。あれかな、出家でもして、世間に勤労奉仕、清貧につつましく暮らせば、許されるのかね」</div><div>「&hellip;&hellip;それでも僕は、おまえには歌うてほしい思う」</div><div>「&hellip;&hellip;」</div><div>「音で遊んでるおまえの傍にいるのはな、僕にとっては、神さまの庭を覗かせてもらってるような心地やから。おまえはやっぱり、うたわなあかん思う」</div><div>「なら、おまえは？」</div><div>「そもそも規模が違うねんで。期待しておまえ待っとる人の分母が」</div><div>「そんだけの分母全部だめにしちゃったら、どうすんの、おれ」</div><div>「&hellip;&hellip;」</div><div>「どうしたらいいんだよ」</div><div>　うたっていたいだけなんだ、と、馨は僕の背中でひっそりと泣いた。</div><div>　背中で泣かれたので、僕はじっとしていることしかできなかった。<br 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&larr;　<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%93%E3%82%8C%EF%BC%92/%E3%81%8A%E3%81%8A%E3%81%8D%E3%81%AA%E9%AD%9A%E3%80%803" title="" target="_self">３</a><br />
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</div><div>&rarr;　<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%93%E3%82%8C%EF%BC%92/%E3%81%8A%E3%81%8A%E3%81%8D%E3%81%AA%E9%AD%9A%E3%80%805" title="" target="_self">５</a><br />
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    </description>
    <category>未分類あれこれ２</category>
    <link>https://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%93%E3%82%8C%EF%BC%92/%E3%81%8A%E3%81%8A%E3%81%8D%E3%81%AA%E9%AD%9A%E3%80%804</link>
    <pubDate>Fri, 19 Aug 2022 08:00:00 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>おおきな魚　3</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>「アキ、郵便」</div><div>　馨が部屋にやってきたとき、僕はソファに寝そべって海を眺めていた。この家からは海が見える。開け放した窓からは潮風が吹きなびき、カーテンをふくらませている。</div><div>「机、置いといて」</div><div>「置いといてもいいけどこの風じゃ飛んじまうぞ。もういいだろ、海なんか。この部屋寒いぞ」</div><div>　そう言って、僕の答えも訊かずに窓を閉めてしまった。</div><div>「そんなに海好きだったか？」</div><div>「いや、そうでもない。この家を僕にくれた人はな、こだわりがあったようやけど」</div><div>　潮風に当たったせいで唇は乾き鼻はぐずついた。それをすぐに悟って、「風に長いこと当たるのもよくないんだろ」と言いながらティッシュとニットカーディガンを渡された。</div><div>「ん、&hellip;&hellip;すまんな、」</div><div>「ここに来るまであんまり意識したことなかったけど、海って、いろんな音するよな」</div><div>「ん？」</div><div>「乱打ちのリズムで毎日お祭りみたいだ。毎日なにかが生まれたり死んだりしている場所だからかな。生誕祭とか、野辺送りとか、そういうごちゃ混ぜの音」</div><div>　窓を閉めても、打ち寄せる波音が地鳴りのように響いている。風が窓ガラスを鳴らす。時折、海からの強い風に潮が混じって打ちつける。海鳥が鳴いている。</div><div>「この家をアキにくれた人って、どんな人」</div><div>　意外な方面からの質問に、即座に反応できなかった。</div><div>「――え？」</div><div>「言いたくないならいいけど、&hellip;&hellip;手紙、よく来てるみたいだから。心配してるんじゃないかなって」</div><div>　机の上にいくつも積み重なった同じ筆跡同じ封筒の手紙。そのどれもが開封に至っていない。</div><div>「&hellip;&hellip;あれは、ちゃうねん」</div><div>「違う？」</div><div>「海の亡霊が寄越す恨みごとや」</div><div>「全然わかんないんだけど」</div><div>「知らん方がええで。知らんでおく方が、この家出るときにな、すっきり出られる」</div><div>「&hellip;&hellip;」</div><div>「おまえは居場所がほかに見つかったら、行かなあかんやろ。そういう人やろ。せやから余計なことは背負わん方がええ」</div><div>「おれ、ほかに行く場所なんかないよ」</div><div>「あるよ」</div><div>「本当に、ないんだよ。うたっちゃだめだからな」</div><div>　机の上の未開封の手紙を手に取り、もてあそぶ。</div><div>「うたっちゃだめなら、どこでも暮らせないんだよ」</div><div>　そう言って、部屋を出て行った。<br />
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　眠りづらい夜を、そっと窓をあけて風を入れることで過ごした。本当は夜風はよくない、と言われている。そんな昭和の映画じゃあるまいし、とばかばかしい気持ちで、酒も入れる。ちびちびと舐めるように入れるウイスキーも、やはりよくない、と言われている。</div><div>　こんな身体になる前は、それなりに自由に過ごしていた。大学のころは徹夜でレポートを仕上げて授業に出る、バイトにも行く、飲み明かす、なんてこともやったし、社会人になってからは、残業で会社に残りつつ、恋仲の男に電話するような日もあった。酒も煙草も、娯楽もスポーツも、それなりにやっていたのだ。この身体はせわしく動きたい僕によく付きあってくれた。</div><div>　もっとも、それらの反動だったのかもしれない。僕の身体は、ある日突然停止した。正確には、心臓が。そのまま向こう岸へ渡らなかったことは、若さとしか言いようがなかったらしい。このままじゃ死にますよと、連絡を受けた家族は医師から説明を受け、同意した。僕がちゃんと気づいたときには、この身体にはペースメーカーが埋め込まれていて、いろんなことが禁止、禁止、規制、となっていた。</div><div>　自宅療養からある程度回復し、この家に移ると告げたとき、両親には反対された。このままうちにいていいじゃないの、あんたひとりで誰も面倒みられないのに、と言われた。両親には本当のことを言わないまま、もう成人して家を出てる息子なんだから、と押し切ってここへ引っ越した。本当は僕と一緒に暮らしてくれる人がいた。</div><div>　その人とは、二か月ぐらいをともに過ごした。それがその人の限界だった。そのうち本当にひとりになって、このままこの家で死んだら孤独死というやつで、この家は事故物件ということになるのかなあ、などと思っていた。馨を呼んだのは、淋しかったからにちがいなかった。</div><div>　けい、とそっとくちにしてみる。歌で返してもらえそうな気がした。でもそんなのは、馨の歌を聞いた誰もが抱く幻想だろう。けい、と再びくちにする。高校のころは近いのが当たり前、でもどこかで畏敬していた。この人はとてつもなく大きなものを持っていて、いつかどこかで、なにかを成す人だ、という予感。</div><div>　だからいまの生活は、心臓止めてまで生き延びてしまった僕の人生におけるボーナストラックで、馨のことは時が来たら、手放す覚悟でいなきゃいけない。</div><div>　馨に与えた部屋には、僕は一切立ち入らないことにしている。入ってしまったら、むせかえるような馨の「生きている気配」にやられて戻れなくなるような気がしている。でもその気配は、月日を経るごとに家の隅々にまで満ちてしまった。たとえば馨のつかったマグカップがダイニングに放置されているとか。庭に僕と馨の洗濯物が仲良く日差しを浴びていることとか。朝のアルバイトを終えた馨が帰宅してたてる鍵のまわる音で目が覚めることとか。僕が発作でつらい夜にやってきて、こういうときおれはどうすればいいのかな、と、言いながらも傍にいて、あやすように歌をうたってくれて迎えた最初の朝の記憶とか。起きたら沸かされていたコーヒーの香りの信じ難い多幸感とか。</div><div>　馨がいる。馨がいる馨がいる馨がいる。僕の生活に馨がいる。歌が聴こえる。馨のにおいのする毛布が居間のソファに丸まっていて、馨がかぶっていた帽子が玄関の靴箱の上にかけられている。風呂に浸かっている馨の立てる水音が、海の音に紛れず届く。郵便、と言って、馨が封筒を置いていく。</div><div>　僕はもう、戻れないところへ来てしまった。馨を手放す覚悟はない。また淋しさを味わうのか、という絶望よりなにより、馨への恋親しさに耐えられない。</div><div>　身体を丸めて、けい、とうめくように呟く。けい、けい、けい。一度止まった心臓を、馨にそのたび握りつぶされる。そのまま潰して本当に動かなくなってしまえば、僕は本望なのかな？</div><div>　風が動いた、と思った。窓の隙間から漏れるだけの風が、一気に動いて部屋をすり抜けた。それは部屋の扉があけられたからだと気づくのに時間がかかった。無言で僕のベッドまでやってきた馨は、ベッドに乱暴に腰かけると、「なんで泣いてるの」とぶっきらぼうに言った。</div><div>「――なんでって、馨こそ、なんで、」</div><div>「泣いてる気がしたから。発作かなって思ったけど、ちがったかな。なんで泣くの、」</div><div>「なんで、って&hellip;&hellip;」</div><div>　馨がこの家にいて、僕の傍で生活しているから。馨が言った通りに、馨なしではだめな身体にされてしまったから。こんな夜に気配を悟って、やってくるから。なのにこの生活を続けてはいけないだろうから。</div><div>　いろんな言葉が感情に重なって、僕がぶれる。ぶれて震えて、本当に発作のように、僕はついにしゃくりあげて泣いた。泣けてしまった。</div><div>　馨は黙って僕の頭を抱いた。こんな人の胸で泣かせてもらえるなんてと、呼び水でさらにしゃくりあげた。うめくように泣いていると、頬を持ちあげられる。そのままキスなんかされてしまったので、僕はびっくりした。</div><div>　ただ唇を押しつけるだけの、簡単な交接。でもしばらくそうされていた。唇を離して目をあわせ、「泣き止んだ」と言われた。</div><div>「&hellip;&hellip;なんでキスしたん、」</div><div>「泣きやませたかったから」</div><div>「泣いてる人がいたらおまえはキスするんか、誰でも」</div><div>「しねえよ、そんな見境なくは」</div><div>　それから僕をまた胸に抱き、背中を馨に向けるように肩をまわされた。背後から僕をくるむと、馨は背を壁とクッションに預けて、はーっ、と、長く息をついた。</div><div>「半年間訊かなかったけど、訊いたり話したりしないといけないな、と思った」</div><div>「&hellip;&hellip;いまから？」</div><div>「どうせお互いに眠れない夜だろ、」</div><div>　僕が泣く前までくちにつけていたウイスキーのグラスを取り、馨もそれをくちにした。</div><div>「夜は、海の音がはっきり聴こえるな」</div><div>「&hellip;&hellip;うん」</div><div>「おまえにはわるいとは思ったけど、もう色々といまさらだからってひらきなおることにした。これ、封切って読んだ」</div><div>　馨がポケットから取り出したのは、僕の机からさらっていった例の未開封の封筒だった。ここの住所に、僕の名前、切手と消印。裏には名前だけ書かれているものだ。『舘川みかこ』と。それらは流れるように綺麗なボールペンで記されている。</div><div>「&hellip;&hellip;おまえがこれを封きれない理由がわかった。これを海の亡霊からの恨みごとだと言ったけど、死んだやつから恨みごとが届くわけないから、生きてる人間からの恨みごとだよな。びっくりした。&hellip;&hellip;Ａ４用紙に細かい字でびっしりと、ただひたすら、おまえへの妬みや、僻みや、恨み、怒り、とにかくおまえへの執着と怨念がすごい」</div><div>　読まれてしまったら、僕には説明するしかなかった。馨と触れる背中には、馨からの熱より冷や汗が滲む。<br />
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&larr;　<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%93%E3%82%8C%EF%BC%92/%E3%81%8A%E3%81%8A%E3%81%8D%E3%81%AA%E9%AD%9A%E3%80%802" title="" target="_self">２</a><br />
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    <category>未分類あれこれ２</category>
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    <pubDate>Thu, 18 Aug 2022 08:00:00 GMT</pubDate>
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    <title>おおきな魚　2</title>
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    <![CDATA[<div>　目が覚めると陽はとっくに中天にあった。明け方に発作を起こすと、たいていはこうなる。身体の動作を確認し、起きあがれる、と腹に力をこめてベッドを降りる。居間へ向かうと、ダイニングテーブルの上いっぱいに茶色い実がころころころげていて、馨は背を向けて椅子に座っていた。ちいさく流したラジオにあわせて歌をうたっている。</div><div>「えらい数の栗やな。どしたん、これ」</div><div>　栗の皮むきと歌に夢中になっている、子どもみたいな三十男に声をかける。居間を抜けてキッチンで水を汲み、馨の向かいに腰かけた。</div><div>「調子は？」</div><div>「もう平気や。栗、どないしたん」</div><div>「今朝、隣の、真島さんが持ってきてくれた。庭にあるのがたくさんなったからって」</div><div>「ああ、真島さんか。あのうち毎年くれんねん。あとでお礼に行かなあかんなあ」</div><div>「そっか、毎年くれるのか。だからこの家に栗の皮むき用のナイフなんかあるんだな」</div><div>　馨の手つきは、するするとよどみない。渋皮を残した実と、すべて剥いた実とでボウルを分けている。なぜなのかと訊くと、虫食いのない実の方は渋皮煮にしようと思うから、と答えがあった。</div><div>「ほかは栗ご飯にでもしようかなと」</div><div>「僕も手伝うわ」</div><div>「皮剥きナイフ、ひとつしかないよ」</div><div>「栗の皮なん、園芸用の剪定ばさみでも剥けるやろ」</div><div>　しばらくふたりでぺりぺりと皮を剥いていたが、僕は思い出してなんとなく笑ってしまった。</div><div>「なに？」</div><div>「いや、高校のころのこと思い出したから。おまえが付きおうてた、あれ何ちゃんやったかなあ、忘れてもうたけど、その子が言っとったことな」</div><div>「なに言われてた？　おれ」</div><div>「『烏丸くんて卵の殻割れないし鶏が４本足だって思ってる』てな。高校生男子ならそんなもんやったかもしれんけど、あん頃のおまえはそういう、料理できない男子に分類されとったはずやな、と思い出してな。そんなんがいま、栗の皮剥いて、渋皮煮だ言うとるんがな。東京の生活やヨーロッパ留学で覚えたとも思えんし、はは」</div><div>　僕は思い出話を軽く笑っただけだったが、馨は考え込むように黙った。しばらくして、「栗は身近にあったぞ」と答えた。</div><div>「身近？」</div><div>「留学先で。時期になると焼き栗のスタンドが出て、よく買って食べてた。地方によっては栗祭りっていうイベントもあったし。栗のリゾットもお菓子もあった。メジャーだったよ」</div><div>「へえ、てことは留学先で覚えたんか。イタリアやったか」</div><div>「そう。料理もね、教わった。アパートの大家のおばあちゃんが教えてくれて。シロップ煮とか栗練り込んだパスタとか」</div><div>　それからラジオから流れてきた音楽にあわせて歌をくちずさみ、歌うように会話に戻った。もしくは喋るようにうたっている。この男の普段は、こんな感じだ。</div><div>「ええな。栗ごはん言わんとさ、栗つこたイタリア料理振る舞ってよ」</div><div>「いいけど、手間かかるんだよね。炊飯器ってさ、材料入れてスイッチ押すだけじゃん。日本人の発明極まれりだと思う。イタリアでも米炊いてたけど、鍋だったから勝手がちがって面倒だったな」</div><div>「炊飯器持ってかなかったんか」</div><div>「うん。けど、日本からの留学仲間で持ってる人がいて、貸してもらったりふるまってもらったり。まあ、ちゃんとした日本米なんてあんまり手に入らないから、送ってもらった時だけだったね」</div><div>　役割を決めて、栗ご飯及び夕飯の支度は僕がすることになった。馨は渋皮煮及び栗菓子に手をつけると言い、そのままキッチンを占拠した。夕方になるまでそうやってうたいながら作業をして、キッチンあいたよ、と声をかけられたころには、ダイニングテーブルの上に渋皮煮の瓶詰めがいくつかとシロップ煮をアレンジして作ったケーキができていた。</div><div>「どっちもブランデーきかせたから明日になってからの方が美味しい。明日のおやつができたな」</div><div>「そら楽しみやな。夕飯は栗ご飯のほかに粕汁にしよか思うとる。秋鮭の時期やな」</div><div>「どこもかしこも収穫祭だよな」</div><div>　そしてまたうたいながら風呂を沸かしに行った。</div><div></div><div>　馨がヨーロッパに留学しているころ、僕は大学を卒業して地方にある出版社に勤めていた。そして馨が帰国してデビューを果たし、世間が馨の歌声にのめり込んでいるころ、病気をして療養生活を余儀なくされ、それは結果的に退職に結びついた。激しい運動はだめ、ストレスはだめ、重たいものも持ってはいけない、等々。はやばやと隠居への道を進み、ちょうどよく用意されたこの家での生活がはじまった。家は広すぎたが、居住スペースを制限しておけば僕ひとりでもなんとかやれた。ただ、家の全体の手入れまではなかなか難しくて、業者を呼ぶしかないときもあった。</div><div>　馨は、それらもよくやってくれる。蛍光灯が切れれば買ってきて付け替えてくれるし、窓も磨くし、外壁塗装が剥がれれば塗り直して、家のまわりを覆う木々が塀の外に出て邪魔にならないように剪定をしてくれる。僕が暇を持て余してはじめたプランター菜園も、いつの間にか馨が好きにしている。夏は草刈りをしてくれたし、最近は「冬になる前に」と冬支度をせっせとこなしている。「おれがいないとだめ」な身体どころか、もはや生活が成り立たない。</div><div>　そういう生活がどんどん当たり前になって、感覚が麻痺して、僕はわからなくなる。果たしてこの生活は馨にとってよいものなのかどうか。本来ならば馨は誰かのために（熱狂的なファンのためだけじゃなくて、きっと世界中の人のために）歌をうたう存在だ。これは決して大袈裟な言い分ではないと思う。そういう才能が、馨には備わっている。そしてそのことを考えるたびに、僕は「この生活は一過性のものだから」と言い聞かせている。いまはここで共同生活をしているが、馨はいつかここを去る存在で、世間にお返しすべき人だと。</div><div>　馨を見ていると、いったいどういうことなんだろうか、と不思議を感じずにはいられない。いつ、自身の声で遊ぶことを覚えたのだろう。歌や音を聴いて、それを口から発せられると気づいたのはいつなのだろう。そこに別の音を重ねられるとわかったときや、舌がよくまわってなんでも発音できること、複雑なリズムでも惑うことなく音を乗せられて、朗々と歌いあげることも、ひっそりと囁くようにうたうことも、声色を変えることも、ビブラートのあるなし、こぶしのきかせ方とじ方、「声」にまつることならなんでもできてしまう、と気づいたのはいつなのだろうかと。神様に子どもがいたら、それは馨のような遊び方のできる人のことなんじゃないかと僕は思う。</div><div>　馨のＣＤ音源は、僕も持っている。聴いていると、水面から沈み込んでいくような心地になる。圧倒的な体積のものに沈みながら浮かんで、たゆたって、息継ぎを忘れる。けれどそれが苦しいとは思わず、望んで溺れている。</div><div>　だからこの生活を続けてはならない。人前でもううたうなと言われた、と馨は言ったが、そんなことは不可能だと僕は思っている。</div><div>　それはすなわち、この世界の損失だからだ。<br />
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    </description>
    <category>未分類あれこれ２</category>
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    <pubDate>Wed, 17 Aug 2022 08:00:00 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>おおきな魚　1</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>　――なあ、取引せんか。僕とおまえと。僕な、二年ぐらい前に体を壊して以降はほとんど隠居みたいな生活で、大きな家にひとりで住んどんのや。なにぶん家が広くて、僕ひとりじゃ手がまわらん。おまえはなんやようわからんが身を隠して住める場所がいんのやろ？　おまえのおふくろさんがうちのおばさんにな、相談に来てん。まあ、そういう細い話はおいおいやとしてな、僕のところ来て、僕を助けてくれんかな。離れもあるから、手入れさえしてくれたらそこを好きにつかっていい。住むところを提供するから、代わりに僕じゃ手のまわらんことをやって欲しいんや。わるい話じゃないやろ。お互い知っとる仲なんやし。</div><div></div><div>　持ちかけたのは僕の方だった。けれどその台詞をくちにして、知ってるってなにを？　と問いかえしてしまえた。あいつのことは世間がくちにするようにしか知らない。本当のところを、僕はまったく分かっていない。</div><div></div><div>　――ええところや。静かで、海が近い。すこし、あの町に似てる。っても、おまえはあんまり思い出しとうないか？</div><div></div><div>　電話は、僕が一方的に喋るだけだった。あんまりにも黙っているので、本当にこの電話はあいつに通じているのかと疑うほどだった。だがあいつは僕の話を聞き終えて、やわらかく掠れた、発声を控えた声で、いいな、と言った。</div><div></div><div>　――わるくないどころか、願ったりだ。ありがとうな。支度して、すぐ行く。本当にすぐ行くぞ。</div><div>　――なら、取引は成立、ということでええな。待っとるで。</div><div></div><div>　そしてその翌々日、あいつはやって来た。荷物というほどの荷物もないからと身軽に、世間がくちにする噂とはずいぶんと異なるさっぱりとした顔といでたちだった。</div><div></div><div>　――久しぶり。元気じゃなかったんだな、秋満（あきみつ）。</div><div>　――高校以来だよな。おまえは聞いとる話とだいぶ違って、元気そうに見えるよ、馨（けい）。</div><div>　――おれはさ、実のところは、そんなに困ってないから。困ってるのはおまえの方なのかなって思ったよ、電話。困ってるなら、助けたいだろ。</div><div></div><div>　取引は、はじめから見透かされていた。高校三年間を同じ町で暮らし、同じ教室で過ごした、たったそれだけの縁で、共同生活がはじまって半年が過ぎた。<br />
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　秋満。僕がきみにできる精一杯だから、あとは穏やかで、安静にして暮らすといい。</div><div>　握りつぶしてもつぶしても手に残った手紙がある。いっそ額装して家の玄関に堂々と貼り出してやりたい。でもそうはできない僕の意気地のなさで手紙は引き出しの中、夢を見て、うなされて、発作を起こしたらしい。何度も名前を呼ばれてようやく我にかえる。荒い呼吸が落ち着く中で、夜の正体があらわになる。ベッドの傍に馨がいて、僕の背をさすっていた。</div><div>「――すまん、また、僕、」</div><div>「うなされてた。最近多いな。落ち着けるか？　起きあがれるなら、水と薬を飲もう」</div><div>　馨は机の上に置かれた水差しを取る。手を借りて起きあがり、水を注いでもらってひと息つく。汗でびっしょりで、不快だった。</div><div>「着替えるか、身体拭こうか？」</div><div>「ええ、それぐらい自分でやれる。&hellip;&hellip;すまんな、こういうことさすためにおまえをここに呼んだわけやないのに」</div><div>「意地張る必要もないだろ。こういうことするためにここに来てんだよ、おれはな」</div><div>　そう言われ、またベッドに沈んだ。</div><div>「――もうすこし眠りたい、けど、冴えてもうた。うまいこと眠れん」</div><div>「わかった」</div><div>　馨はほんのちょっと笑い、僕の枕元に腰掛ける。手を僕の背にあて、リズムを取って、ささやくように歌いはじめた。ごくちいさな、けれど丁寧で確実な発声で。</div><div>　烏丸馨（からすまけい）とは、高校のクラスメイトだった。中学三年の秋に祖父母と同居するために一家であの町に引っ越して、それまで西の方のそれなりに賑やかな街で暮らしていた僕には馴染みづらい土地だった。田舎で、山が近い。スーパーもコンビニも数が少なく、古臭かった。大学はまた西へと戻ろう、それまでの辛抱だと言い聞かせて進学した高校に、馨がいた。彼は根っからのあの町育ちで、町のことを嫌ってもいたし、諦めて受け入れてもいた。</div><div>　高校に入って同じクラスになり、馨が引っ越した先のすぐ近くに住んでいることを知った。知ってからは、登下校がなんとなく同じになった。向かう先が同じなので、時間があえば一緒になるのも自然な話。クラスの中じゃあまり喋らないのに、登下校が一緒になると、僕らはお互いのことをなんとなく喋るようになった。最近はまったゲームとか、読んでいる漫画とか、テスト範囲の話、クラスの女子の話題男子の興味。</div><div>　馨はよく歌をうたっていた。というよりは、くちから出せる音で遊んでいた、という表現が正しかったと思う。流行歌があれば曲を正確に再現してくちずさんだし、コーラスの部分や歌手の歌い方の癖、裏打ちのリズム、まっすぐに抜ける高音も転がるビブラートも、高いも低いも自在にうたうことができた。僕は一緒に行ったことはないが、クラスメイトとカラオケに行くとその再現度の高さから「くちからＣＤ音源」と言われていた。そのうち文化祭などでバンドに呼び出されて、はじめはコーラスなんかで参加していたが、ボーカルを張るようになり、正直、その歌声にみなが心酔した。それぐらいに完成度の高い、天性の歌声の持ち主だった。</div><div>　どういう受験をしたんだかその苦労を垣間見せることもないほど、馨はあっさりと有名音大の声楽科に入学した。東京にある大学だった。僕は関西の大学に進んだので、そこで進路が離れた。けれど馨の噂は、町の誰かづてに、あるいは馨の母親と仲の良かったうちの母親づてに、伝わった。馨は大学卒業後、ヨーロッパのやはり名門と名高い音楽大学に留学した。そのままオペラ歌手として活躍するのかと思えば、帰国後、音大仲間とバンドを組んでポップミュージックのジャンルでメジャーデビューを果たした。馨がボーカルで、ほかに作詞作曲を担うギタリストと、ベーシスト、キーボード、ドラマーという構成。顔出しこそあまりなかったものの、曲にあわせて作られるアニメーションの世界観の完成度とビジュアルの高さ、一曲ごとにことごとく違う表情を見せる突き抜けた音楽性と、音大卒ならではの技術力の高さで、若者のあいだで非常に人気を博し、動画再生サイトではとんでもない再生数を叩き出した。街中どころか僕の周りでもよく耳にしたから、その影響力は世間にとって計り知れないのだと思い知る。そこまでいくと遠い存在で、高校時代に同じ道を自転車で通ったなんて、嘘みたいなできごとに思えた。</div><div>　国内でさらえる賞は根こそぎさらったし、若者から支持されるランキングは必ず食い込んだ。だからこそ半年前のニュースは、当時国会の解散が、とか、選挙が、とか、記録的な大雨が、とか世間の話題が事欠かなかったにもかかわらず、僕の住むちいさな海辺の町のローカル新聞紙にも掲載された。</div><div>『人気音楽バンド・ポップトラバース　解散を発表。</div><div>　若い世代に絶大な人気を誇る音楽バンド・ポップトラバースが解散を発表した。２０&times;&times;年のメジャーデビュー後、「トラジコメディ」「雷鳴」など数々のヒット曲を生み出し、動画再生回数の最多記録（当時）や音楽ダウンロード回数のレコード記録を樹立し社会現象を生み出した。ポップトラバースに関しては、ギタリストのTETSUさん（31）が麻薬所持で逮捕された他、ベーシストのタケジさん（30）の不倫報道、ボーカリストのケイさん（29）の心因性失声症の発表など、近年の活動に支障が出ていた。』</div><div>　失声症なんて聞いてないぞ、と新聞を眺めて思っていた矢先、故郷の母親からも馨のことを聞かされた。まさかこんな提案に乗るわけないだろう、そもそも昔に訊いた連絡先が通じるのかさえわからないのに、と思いながら、馨に電話して、通じて、いまに至る。失声症と聞いたから声が出せないのだと思い込んでいたが、馨は普通に喋ったし、僕の前では、うたう。</div><div>「いや、確かに声が出せない時期はあったんだよね。音あわせとか、レコーディングの時とか。でもいまは出せるし、別にフツーだよ。思い悩むこともさ、特に別にないんだよな。ただ、そう診断されちゃったのを事務所が体よく隠れ蓑みたいにして、要するにおまえはもう人前でうたうなって、言われちゃったんだよ、おれ」</div><div>　そうなった経緯は僕にはまったくわからないが、馨はそう説明した。とにかく休養、と言って、現在は早朝だけ新聞配達のバイトに出かけて、あとは家のことをやってくれる。家のこと、とは、僕の身の回りの世話も含まれる。食事、掃除、洗濯、庭の手入れ、病院への送迎、買い物に、風呂の支度。</div><div>　そこまでやらなくていいと僕は言ったが、病気をして以降は体力が落ちて重たいものを運べなくなったりもしていたので、馨の健康はありがたかった。</div><div>「おれがいないとだめな身体にしてやるよ」</div><div>　そう言ってふるまわれる基本を押さえた健康的な料理もありがたかった。馨は耳がよいことも手伝ってか感覚器が敏感で、人のふるまいに直感的に気づく。そして甘やかしたがる。だから多分、人をだめにするのが上手いんだと思う。</div><div>　中毒性のあるあの声を聴きたくて、ライブハウスに人が殺到しすぎて、押された人で怪我人が出た。そういうニュースもあったが、気持ちがわかる。<br />
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    <category>未分類あれこれ２</category>
    <link>https://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E%E3%81%82%E3%82%8C%E3%81%93%E3%82%8C%EF%BC%92/%E3%81%8A%E3%81%8A%E3%81%8D%E3%81%AA%E9%AD%9A%E3%80%801</link>
    <pubDate>Tue, 16 Aug 2022 08:00:00 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>熱雷　後編</title>
    <description>
    <![CDATA[<div>　伊丹は春原と直接姪の家に配送に出ると言って、ピアノを荷台に積み込んだトラックで春原と出ていった。残された三倉は留守を任された工場の職人らとしばらく談笑していたが、やがて「僕らも帰りましょうか」と言って立ちあがる。帰りはおれが運転するよ、と言われた。</div><div>「――え、それじゃ僕なんにもしてないですよ。行きは伊丹さんしか運転してないし」</div><div>「連れ去ってきたのそっちじゃん。眠くなったり疲れたら代わってもらうから」</div><div>　戻りの高速道のSAで、休憩の際に「あんまりおれを甘やかさないで」と三倉は言った。</div><div>「あまや、&hellip;&hellip;かしてます、かね、僕」</div><div>「してるしてる。充分。今日だって俺が運転代わるって言わなきゃ自分で全部やるつもりだったろ。三倉さんは寝てていいですよ、とか言って」</div><div>「でもその役割だし」</div><div>「あとは自分の音楽プレイヤー買ってたね。俺に取られちゃったから」</div><div>「&hellip;&hellip;取られた、という意識はない、ですけど、」</div><div>「鴇田さんはさ、俺にねだられると全部全力で、応えようと、しちゃうじゃん」</div><div>　そうかな、と思ったけれど、自覚のないやつ、の類なのかもしれない。三倉は飲んでいた缶コーヒーを空にして、ゴミ箱に捨てた。</div><div>「今日だって、もしかして伊丹さんとの連弾が聴けるかも、という理由で、俺を誘ったね」</div><div>「でも、&hellip;&hellip;その、ただ三倉さんと一緒に行きたかっただけですよ」</div><div>「甘いよ」</div><div>「&hellip;&hellip;」</div><div>「そんなに甘やかされたら、俺は元がこんな人間だから、鴇田さんにあぐらかいて、ぬけぬけと享受しちゃうよ。それはさ、だめじゃん。さすがに。俺だって鴇田さんのこと甘やかしたり喜ばせたりしたいよ。俺ばっかり受け取ってたら、ずるいよ、それは」</div><div>「そうなんですか？」</div><div>「まあ、そういうすれてないところが、あなたのいいところだとも思うんだけど」</div><div>　きゅ、と鼻の頭をつままれた。そのまますたすたと車へ戻る。冷房をがんがんに効かせて、夏の宵の斜陽からなんとか逃れようとする。</div><div>「俺さ、あなたにとって最初の人じゃん」</div><div>「はい」</div><div>「&hellip;&hellip;素直な肯定もちょっと照れるな。まあ、それでさ。最後の人でもいたいわけで」</div><div>「&hellip;&hellip;」</div><div>「人に触れてみたら気持ちがよかったから、他の男にも走ってみようとか、女性はどうなのかなとか、そういうことすら思ってほしくない。俺に夢中でいてほしい。俺は、鴇田さんを夢中にさせたままでいる自信なんかないけど、でも、努力はしてたい。俺も鴇田さんが最後の人だといいなと、思ってるわけで&hellip;&hellip;のぼせてきたな。運転代わってくれる？」</div><div>「あ、はい」</div><div>　ばたばたと座席を入れ替わり、助手席でふーっと三倉は長く息をついた。</div><div>「まあ、あれだ。なにが言いたいかというと、鴇田さんもわがまま言ったり、甘えたり、していいんだよ、っていう」</div><div>「でも僕は、知ってるので、」</div><div>「え、浮気を？」</div><div>「それは知らないです。してるんですか、浮気」</div><div>「してないですごめんなさい。ジョークです。なにを知ってるの、」</div><div>「三倉さんが、僕にピアノを買ってあげようっていう名目で、ちょっとずつ貯金してるの」</div><div>「――&hellip;&hellip;」</div><div>　うわー、という声が聞こえそうなほど三倉は天を仰ぎ、それから頭を抱えた。「すみません、ケントから聞きました」と正直に言うも、そっとこちらを見た三倉の耳は真っ赤だった。</div><div>　あ、かわいい。そうか、これをかわいい、というのだ、と思った。こんなの、甘やかさない方が無理じゃん。</div><div>　笑ったら、三倉は「ケントさんは口が堅いと思ってた&hellip;&hellip;」と漏らす。</div><div>「いえ、ケントだって黙ってるつもりだったと思います。ただ、紗羽と話してるところをたまたま、聞いてしまっただけで&hellip;&hellip;、前にも思いましたけど、三倉さんってコツコツやるの、わりと得意で好きですよね」</div><div>「うるさいよ。&hellip;&hellip;人をなんだと思ってんの。そんなに俺は派手な人間に見えますかー」</div><div>「最初の印象では。でも、そういうところが見えるとますます嬉しくなるから、三倉さんが甘やかさないでとかいうのは、違うような気がするというか。僕だって好きでやってますし」</div><div>「あー、うるさいうるさい。恥ずかしい。&hellip;&hellip;鴇田さん、いま、どっち？」</div><div>「どっち？」</div><div>「触って大丈夫な方の鴇田さん？　触ったらこわばっちゃう方の鴇田さん？」</div><div>　そう訊かれても。これも三倉が、自分を大事にしたいからする確認だと分かると、もう無理だった。</div><div>「三倉さんをくったくたにしたい方です」</div><div>「すごい言い回しだな。&hellip;&hellip;こういう高速道路のインターを降りると、大概あるもの、なんだか知ってる？」</div><div>「&hellip;&hellip;行った事はないんですけど、知識としては知ってますね」要するに、ラブホテル、というもの。</div><div>「決まりだなあ。行き先変更」</div><div>「待ってください、僕は入り方が分かりません」</div><div>「じゃあ俺運転するから、&hellip;&hellip;なにやってんだろうな。まっすぐ家帰れよって話」</div><div>「帰りますか？」</div><div>「まあ、運転しながら考えればいいか」</div><div>　慌ただしく座席を（再び）入れ替えて、車はSAを抜ける。後日、この会話と車の向かった先は車に据え付けられたドライブレコーダーによって伊丹に筒抜けだったと知るのだけど、伊丹は一応、黙ってくれていた。</div><div>　きっと、どうしようもねえなあ、とか、思ってたんだろうと思う。<br />
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end.<br />
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&larr;　<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E3%81%AC%E3%82%8B%E3%81%84%E9%81%A0%E6%B5%85%E3%81%AE%E6%B5%B7/%E7%86%B1%E9%9B%B7%E3%80%80%E4%B8%AD%E7%B7%A8" title="" target="_self">中編</a><br />
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    </description>
    <category>ぬるい遠浅の海</category>
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    <pubDate>Mon, 15 Aug 2022 08:00:00 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>熱雷　中編</title>
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    <![CDATA[<div>「――それで、私はいったいどこへ連れていかれる、んでしょうか」</div><div>　梅雨明けて八月、世間は夏休みという時期。三倉の要望した夜からは半年以上が経過していた。四駆のハンドルを握るのは伊丹、その助手席に遠海。三倉は後部座席で、まったく訳が分からない、という顔をしていた。経緯は話していないので当然の疑問が出る。</div><div>「あれ？　遠海くん話してないの？」</div><div>「休みかどうかを確認しただけです。休みだったら、出かけませんかって」</div><div>「それは誘拐とか連れ去りに近いものがあるねえ」</div><div>　ははっ、と伊丹は軽快に笑う。後部座席を確認すると三倉は目で不可解を訴える。お茶飲みますか、とペットボトルを一本渡した。</div><div>「え、なに？　遠足的な？」</div><div>「今日はこれからHへ行きます」</div><div>「これから？　もしかして一泊？」</div><div>「いえ、僕らは日帰り」</div><div>「日帰り！？　ますますなにしに！？」</div><div>　と三倉はびっくりしていた。確かにこれから乗ろうとしているのは高速だったりする。</div><div>「前に伊丹さんのお店でちらっと会ったことありましたが、覚えてますか？　春原さん、というピアノの修理工場の」</div><div>「あ、」思い出してつながったのか、三倉はようやく頷く。「確かHって。お店のピアノの面倒見てくれた人だよね。今日はそこへ？」</div><div>「うん。伊丹さんの姪御さんがピアノをやりたいとかで、手頃なピアノを探してもらってたんだって。それを見に行く。そのピアノに決まれば伊丹さんは春原さんとピアノの配送。僕らはこの車をまた伊丹さんの家まで戻す役割」</div><div>「遠海くんもそこですんなりそう話せばよかったのに。付き合わせてすみませんね、三倉さん」</div><div>「いえ、ピアノの工場ってなかなか入れるところではないので、そうとわかったら俄然楽しみになりましたよ」</div><div>　状況が把握できればすんなりと順応できるところが三倉の素晴らしい長所だ。持ち前のトークスキルを発揮して三倉は運転に気遣いつつ伊丹と話し始めた。このあいだの店のセッションで和楽器のミュージシャンがいたことは驚いたとか、最近遠海に勧められて聴いたC Dが良かったとか。伊丹もリラックスして運転を楽しみながら三倉と話している。遠海は窓の外を眺めていたが、途中のS Aで休憩した際に三倉と席を代わってからは、腕を組んで眠るふりをした。頭の中ではつたない亜麻色の髪の乙女が鳴る。</div><div>　Hに到着し、春原の工房に通された三倉は、カメラを持ってくればよかったと興味津々にそこらに安置された修理待ちのピアノを眺めていた。そのうち奥から春原がやってきて、候補のピアノの置かれた一角に通してくれる。小型だがグランドピアノで、音質はまろやかだと言う。他にもいくつかある候補を見てまわりつつ、遠海はひとつのピアノの、ひとつの鍵を、ポーンと鳴らした。</div><div>　お、という顔で皆足を止めた。</div><div>「いい音質だね。高音は？」</div><div>「こんな感じ」パラパラと鳴らす。</div><div>「悪くないな。低音も」伊丹も手を伸ばして混ざる。</div><div>「これは製造の割には結構伸びのある音出ますよ。粒揃い、というか」</div><div>「伊丹さん、弾いてみては？」</div><div>　低音付近を触っていた伊丹に、そう話しかける。</div><div>「え？」</div><div>「このピアノは、伊丹さんの方が好きそうだなって」</div><div>「そうかな」</div><div>「そうでしょう」</div><div>「そうかも」</div><div>　伊丹は鍵を撫でる。気を利かせた春原が、ピアノの椅子を替えてくれた。</div><div>「三倉さん」</div><div>　それまで後方でこちらを覗っていた三倉に、伊丹が声をかけた。</div><div>「リクエストにお応えしましょうか」</div><div>「え？」</div><div>「遠海くん、そっちでオケを」</div><div>　伊丹の向かいにあるピアノに、遠海は座った。曲目は聞いていない。けれど多分、弾ける。超絶技巧だから、伊丹は。</div><div>　伊丹は息をすっと吸うと、唐突に低音を鳴らした。静けさから、次第に近づく遠近感で。最も近づいたところで、最大音量で下り落ち、凄まじい技量で指を滑らせた。</div><div>　ラフマニノフ、ピアノ協奏曲第二番。</div><div>　伊丹を立てるようにして、遠海はオーケストラのパートを弾く。三倉が息を飲んだのが聞こえた気がした。いまはジャズバーなんかをひらいている伊丹だが、学生時代はバリバリのクラシックだった。これぐらいの難曲を、難なく弾ける人だ。</div><div>　跳ね回る鍵盤、しなやかに大胆に動く指先や手首。こういう腕の動かし方は僕には出来ないな、と伊丹の音を聴きながら、三十分以上ある長い曲を弾き続ける。あっという間に終わってしまう、終わる、と思っていたら、惜しむ気持ちを察せられたのか、伊丹に目配せされた。</div><div>　今度は遠海の番、ということだ。</div><div>　ならば、同じようにピアノの協奏曲。最近好きなのは、プロコフィエフ。</div><div>　弾いているうちにいつの間にか曲が変わる。伊丹がそう弾いたから。間をはかりつつ、流れを止めず。やっぱり夏だから、と次第に夏の曲へ傾く。ヴィバルディの四季より、夏。それがジャズのアレンジになって、現代作曲家の曲になって、また古典に戻って、あるいは国を悠々と越えて。</div><div>　どれだけ遊んだのか、というぐらいにたっぷりと遊び倒して伊丹のトリルで曲を終わらせた。気づいたら一時間ほど経っており、やべ、と焦った。</div><div>　三倉を振り向いたら、いつの間にか録音機材を手にしており（春原から借りたらしい）、「貴重な音源の入手」と実に満足そうに微笑んでいた。だがその笑みに隠して、感涙が察せられた。</div><div>　機材を置いて、盛大な拍手が三倉と春原のふたりから湧き起こった。</div><div>「すごいな、――すごい。本当にすごかったです。鳥肌が止まらなかった。それでいま、なんでか泣けてます。すごいものを聴かせていただきました」</div><div>「いやほんとにね。伊丹さん、国際ピアノコンクールの入賞って嘘じゃなかったんですねえ」と春原。</div><div>「え、初耳」</div><div>「鴇田さんも出てたらいい線いってたって音出しますね。惜しい才能がここにふたつある。世の中ままならないねえ」</div><div>「あのね春原くん、僕は結構ままなってるんだよ。そっちの彼は知らないけど」</div><div>　と、伊丹に目配せされたので、「ままなってます、充分」と答える。</div><div>「伊丹さん、姪御さんにはどのピアノ？」</div><div>「うーん、僕の好みならこれだな」弾いていたピアノを指す。</div><div>「初心者にこれはどうだろうか、って音出すね。変な風に育っちゃったら煽った遠海くんのせいということで」</div><div>「僕煽りましたかね？」</div><div>「まあきみの音の好みを育てたのも僕だから、変態寄りになっても仕方がないか」</div><div>「僕も変態ですか」</div><div>「なにをいまさら」</div><div>「あんな音出すの変態しかいないですよ」</div><div>「そうそう」</div><div>　笑いあっている春原と伊丹に、微妙な顔をしていたら、そこで「ぷっ」と電子音がした。</div><div>「演奏後の雑談まで入手。貴重な音源をありがとうございました」</div><div>　三倉も笑った。まだ録音を止めていなかったらしい。</div><div>「――やられた」<br />
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&larr;　<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/ぬるい遠浅の海/熱雷%E3%80%80前編" title="" target="_self">前編</a><br />
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&rarr;　<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/ぬるい遠浅の海/熱雷%E3%80%80後編" title="" target="_self">後編</a><br />
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    <category>ぬるい遠浅の海</category>
    <link>https://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E3%81%AC%E3%82%8B%E3%81%84%E9%81%A0%E6%B5%85%E3%81%AE%E6%B5%B7/%E7%86%B1%E9%9B%B7%E3%80%80%E4%B8%AD%E7%B7%A8</link>
    <pubDate>Sun, 14 Aug 2022 08:00:00 GMT</pubDate>
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    <title>熱雷　前編</title>
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    <![CDATA[<div>　以前聴かせた伊丹との連弾。幼い遠海がだだをこねながらつたなく「亜麻色の髪の乙女」を弾くその音源を、三倉は不思議と気に入って何度も聴いていた。遠海の音楽プレイヤーを勝手にあてて、本を読みながらゆったりと聴いたりしている。はじめは申し訳ながって音源を自分のスマホに移そうと格闘していた三倉だったが、パソコンにもなくCDとしても残っていないので、遠海のプレイヤーをかざしては「聴いてていい？」と許可を得ていたが、遠海が許可を得なくてもいいとある日告げたら、そっか、とそれ以来三倉と共有になった。なにがいいのか分からないが、曲を聴いているときの三倉は静かで穏やかな顔をしているので、いいのか、と思いながら遠海はついに別の音楽プレイヤーを買った。遠海のそれは、もうほとんど三倉のもののような顔をしてしまっているので。</div><div>　それで、たまたま帰宅時間の重なった週末にゆっくりとふたりで映画を観ていて、不意に三倉は「伊丹さんとの連弾聴けないかなあ」と言ったのだった。</div><div>「伊丹さん、と、誰の？」</div><div>「え、あなたの」</div><div>「亜麻色以外の音源、という意味ですか？」</div><div>「いや、いまの鴇田さんと伊丹さんの弾くもの、という意味」</div><div>　テレビの中の映画は、昭和の少年たちがおおはしゃぎして夢中になった巨大怪獣が都市を暴れまわる内容を現代にリメイクしたもので、だからムードというものはなく、ただただ怪獣の吠える声とビルが破壊される音が響く。ず、ず、ず、とテンポよく流れる独特の音楽。なぜいまその話が出るんだろう、と遠海は不思議でならなかった。</div><div>「いま伊丹さんは聴くに特化しているというお話だったけど、仲間内だと演奏の機会はひらいているよね。だからそういう身内枠でいいから、聴かせてもらえたら贅沢だと思って、――ごめん、映画が面白くなかったからとかじゃないよ。ただ三回も観てる映画だったから、余計なことをつい」</div><div>　それに、と両耳のたぶを軽く引っ張られた。</div><div>「鴇田さんはこういう音の派手な映画は苦手なんだな、と分かってしまった。辛いでしょ、これだけ観てるの」</div><div>「&hellip;&hellip;ばればれですね。すみません」</div><div>「鴇田さんのこわばりはすぐ分かるようになったんです」</div><div>　そう言って三倉はすんなりとテレビを消した。「休もうか」と今度は照明を少し明るくして、キッチンでスパイスの効いた熱いミルクを作ってから戻って来た。</div><div>「やっぱり難しいかな？」と三倉はカップを寄越しつつ隣に座って訊いた。</div><div>「いえ、&hellip;&hellip;時間もらってもいいなら、伝えてはおきます」</div><div>「そっか。それは嬉しい」</div><div>「叶えられるかどうかは、分からないですよ」</div><div>「それでも、三倉が聴きたがってた、と伝えてもらえるだけで充分。ほろっと聴けるタイミングがあるかもしんないじゃん」</div><div>　それからテーブルの上に置かれた音楽プレイヤーを指して、「一緒に聴かない？」と三倉は誘う。</div><div>「よっぽど好きなんですね」</div><div>「うん」</div><div>「スピーカーつなぐ？」</div><div>「いや、いつもの、で聴こうよ」</div><div>　あっさりと三倉は笑った。こんな笑い方をする人だっけかな、という驚きがいつもある。いつもの、というのは、ふたりでイヤフォンの左右を分けて聴く聞き方だ。ステレオをふたりで聴くと性質上無理が出る。それでもそれを笑いあって聴く。</div><div>　ただその夜は、非常にスロウな夜だったので、ひとつのイヤフォンをふたりで分けあって聴き続けるのは、難しくなった。三倉とキスをしながら、左耳で外れかけているイヤフォンから流れる幼少期の遠海の音を聴くのは、妙な背徳感があった。</div><div>　――すごいな。</div><div>　つたない亜麻色の髪の乙女。転ぶピアノ。泣く自分。それを聴きながら、三倉のシャツの裾に手を入れている大人の遠海。</div><div>　――こんなことしながら聴かれてるなんて、あのころに想像しろなんて、無理だ。</div><div>　ふ、と三倉がなまめかしく息を吐いた。しなる腰から纏うものを剥ぐ。その息遣いや、衣擦れで、昔の自分のことは忘れた。<br />
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</div><div>&rarr;　<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/%E3%81%AC%E3%82%8B%E3%81%84%E9%81%A0%E6%B5%85%E3%81%AE%E6%B5%B7/%E7%86%B1%E9%9B%B7%E3%80%80%E4%B8%AD%E7%B7%A8" title="" target="_self">中編</a><br />
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    <category>ぬるい遠浅の海</category>
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    <pubDate>Sat, 13 Aug 2022 08:00:00 GMT</pubDate>
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