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		<title>構想上の樹海</title>
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		<description>成人女性を対象とした自作小説の物置です。</description>
		<dc:language>ja</dc:language>
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	<item rdf:about="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/94/">
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		<title>はじめに</title>
		<description>こんにちは。
オリジナル小説ブログ「構想上の樹海」にお越しいただきありがとうございます。
以下、注意書きです。お読みになり、大丈夫だと認識された方のみ閲覧ください。

＊当ブログは一部詳細な性描写などを含みます。記事に指定された年齢に満たない方やそういった表現に不快感のある方は閲覧をおやめく...</description>
		<content:encoded><![CDATA[<font size="2">こんにちは。<br />
オリジナル小説ブログ「構想上の樹海」にお越しいただきありがとうございます。<br />
以下、注意書きです。お読みになり、大丈夫だと認識された方のみ閲覧ください。<br />
<br />
＊当ブログは一部詳細な性描写などを含みます。記事に指定された年齢に満たない方やそういった表現に不快感のある方は閲覧をおやめください。<br />
<br />
＊男同士の恋愛感情が主です。そういったものに興味がない、不快である等の方、回れ右です。<br />
<br />
＊小説の権利は粟津原栗子に帰属します。無断で持ち出したり転用したりということはおやめください。本当に凹みますので。<br />
<br />
＊頂いたコメントには1日以内には返信をしているつもりですが、遅れてしまったりなんだりあるやもしれません。また、こちらで怪しいあるいは不快だと判断したものに関しては消しています。ご了承ください。<br />
（秘密コメ大歓迎ですｗ　ただし秘密コメ返信欄がないため、お返事は頂いた記事に頂いたお名前をそのまま用いております。「名前も隠して！」の方、その旨一言添えてください。）<br />
<br />
＊基本的にリンクはフリーです。ただし、当ブログは一部に性描写を含みますので、その辺りを考慮して自己判断でお願いいたします。特にバナーなどは作っていません。「貼るよー」って一言コメントいただけるとありがたいです。<br />
<br />
では、「構想上の樹海」をお楽しみください。<br />
<br />
<br />
あわづはらくりこ。<br />
<br />
<br />
<strong>作品リスト</strong> （更新順。Old&uarr;／New&darr;）<br />
<br />
＊雨の日の微熱<br />
20歳も歳の離れた僕と槙村さんの恋物語。 </font><br />
<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/95/" target="_self"><font size="2">目次へ</font></a><br />
<font size="2">&nbsp;<br />
＊野ばら<br />
高校を卒業したばかりで何も知らない僕が出会ったその人は、野ばら。&nbsp;</font><br />
<font size="2"><a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/99/" target="_self"><font size="2">目次へ</font></a></font><br />
<br />
<font size="2">＊どれほどの喜びか<br />
山荘で出会った倉田と葵の短編。&nbsp;</font><br />
<font size="2"><a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/100/" target="_self"><font size="2">目次へ</font></a></font><br />
<br />
<font size="2">＊日常が日常でなくなる瞬間<br />
・セックスから始まった、僕らの不器用な関係。（続編あり。目次よりどうぞ）<br />
「くるおしい、いとおしい。」　</font><br />
<font size="2"><a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/102/" target="_self"><font size="2">目次へ</font></a></font><br />
<br />
<font size="2">・私にはお父さんが3人います。<br />
「ハロー、マイ・ダディ」</font><br />
<font size="1"><a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/102/" target="_self"><font size="2">目次へ</font></a></font><br />
<br />
<font size="2">＊高遠4兄弟の騒々しくも麗しい日々<font color="#993366">（休載中）</font><br />
高遠家は父子家庭の5人家族。仲が良すぎるくらい、騒がしくて楽しい日々を送っています。</font><br />
<font size="3"><font size="2"><font size="1"><a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/201/" target="_self"><font size="2">目次へ</font></a></font></font><br />
<br />
<font size="2">＊オトノナイセカイ<br />
完全な静寂に支配されながら、お前は音を紡ぐ。<br />
<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/423/" target="_self">目次へ</a><br />
<br />
＊cafe sunny funnyの寧日<br />
珈琲を飲みながら、君としたい話、たくさん。<br />
<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/449/" target="_self">目次へ</a><br />
<br />
＊さかなとあかいばらのはな<br />
夏の盛り、15歳になったばかりの京が見たもの。<br />
<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/605/" target="_self">目次へ</a><br />
<br />
＊色の無い世界<br />
目蓋を閉じたって、見えてしまう、この世界。<br />
いっそなくなってしまえば。何もかも。<br />
<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/786/" target="_self">目次へ</a><br />
<br />
＊おやすみなさい、また明日。<font color="#b22222">（連載中）</font><br />
春から始まった、鶯太郎ののんびり新生活。<br />
<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/841/" target="_self">目次へ</a><br />
<br />
◎短編メイン<span style="color: rgb(178, 34, 34);">（随時更新）</span><br />
<font size="2">＊甘いお菓子のある短編<br />
男の子だって甘いものがスキ!!<br />
各カプのSSもコチラ。 15万hitお礼SSもこちらから。</font><br />
<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/101/" target="_self"><font size="2">目次へ</font></a><br />
<br />
＊四季にまつわるいくつかのお題<br />
季節に関係する色んな短編。<br />
<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/202/" target="_self">目次へ</a><br />
<br />
＊恋の降る一週間<br />
各曜日にまつわる色んな短編。しんどかったり幸せだったり、それでもみんな恋をするんです。<br />
<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/519/" target="_self">目次へ</a><br />
<br />
＊花と歌、空は青<br />
色や歌や花をモチーフにした短編。<br />
<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/785/" target="_self">目次へ</a><br />
<br />
<br />
◎企画モノ<br />
＊BL観潮楼参加企画<br />
テーマに沿って、たくさんの書き手描き手さんが色んなお話・絵を更新されています。<br />
粟津原の参加作品は</font><font size="2"><font size="3"><font size="1"><a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/285/" target="_self"><font size="2">コチラ</font></a></font><font size="2">から。<br />
<br />
＊ばとん、お遊び<br />
遊んだりぼやいたり。10万hitお礼ばとんも<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/421/" target="_self">コチラ</a>。<br />
<br />
＊スパークリング・レモン＆ライム・ビター<br />
1周年記念祭。「ｐｐ」（カワムラナルミさま）とのコラボ企画。<br />
高校生ふたりの甘酸っぱい恋を、「スパークリング・レモン」「ライム・ビター」として、<br />
それぞれのサイドで更新。<br />
<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/726/" target="_self">目次へ</a><br />
<br />
＊Melting Moments<font style="color: rgb(178, 34, 34);">（随時更新）</font><br />
「ｐｐ」（カワムラナルミさま）とのあまい短編集。<br />
それぞれのサイドでおはなしを更新です。<br />
<a href="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/808/" target="_self">目次へ</a></font></font></font></font>]]></content:encoded>
		<dc:subject>あわづはらのこと。</dc:subject>
		<dc:date>2020-01-01T00:00:00+09:00</dc:date>
		<dc:creator>粟津原栗子</dc:creator>
		<dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
		<dc:rights>粟津原栗子</dc:rights>
	</item>
	<item rdf:about="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/893/">
		<link>http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/893/</link>
		<title>おやすみなさい、また明日。　41</title>
		<description>　６月はすぐにやって来た。大洋は相変わらずだ。新聞配達のバイトに行き、学校に行き、ゼミに出席して、制作し、バイトがあればまた行って、家で飯を食う。そのうち３回くらいは星野を思い出してため息をついていた。七穂の言う通り、すぐに忘れられるものじゃないし、すぐに次の恋へ進めるわけじゃない。そんな自分に呆れ...</description>
		<content:encoded><![CDATA[　６月はすぐにやって来た。大洋は相変わらずだ。新聞配達のバイトに行き、学校に行き、ゼミに出席して、制作し、バイトがあればまた行って、家で飯を食う。そのうち３回くらいは星野を思い出してため息をついていた。七穂の言う通り、すぐに忘れられるものじゃないし、すぐに次の恋へ進めるわけじゃない。そんな自分に呆れている。<br />
　星野の元へ行かなくなると、急に時間が空いた。空いたので家にいる時間が多くなった。家の人間にはあまり慣れぬようだった。瑤子はうざそうに顔をしかめたし、七穂は鶯太郎をかばうように身を横へずらす。鶯太郎は心配そうな顔つきだし、有田は苦笑した、いつも通りなのは家にいない笙子とエリだけだ。<br />
<br />
　なんとなく気象庁が梅雨入りを宣言して、でも雨もろくに降らない年だった。その日は休日で、大洋は半裸だった。なんだかじっとりと汗ばんで気持ちが悪いと言った鶯太郎の文句で、そういえばこの家にはプールがあると、思い出したのだ。
<p>
	「あるの！？」<br />
	「離れの向こうだからお前は行かないか。今のうちに掃除して水張っとけば、すぐに遊べるようになんじゃない？」<br />
	「うわ、家にプール！！」</p>
<p>
	　はしゃいだ鶯太郎がかわいい、と思う。（でも手を伸ばしかけてやめた。七穂に噛みつかれる勢いで睨まれたからだ。）時間も空いていたので、早速皆でプール掃除をすることにした。大洋と鶯太郎、七穂と瑤子の４人。そんなのは面倒臭いと瑤子は嫌そうな顔をしていたが、エリがおやつにと白玉の冷菓子を作り出すと、まんざらでもない顔で腰を上げた。<br />
	　まるいかたちをした小さめのプールだが、４人が一斉に掃除をし出しても手が足りない。最初はＴシャツ姿だったが濡れに濡れて、最終的には脱いだ。鶯太郎も同じで、瑤子は端からタンクトップ一枚で、脱がないのは七穂だけだ。からかってホースの水をぶっかけてやった。掃除と言うよりは、完全に水遊びだ。<br />
	　久々にはしゃいだ気がする。すっかり気付かなかった。<br />
	　書斎の片づけをしていた有田が「星野くん来たよ」と呼びに来た。大洋は勢いよくホースを落っことした。操縦者を失ったホースはあちこちに水を振りまき、有田にも盛大に引っかかったが、それどころじゃない。</p>
<p>
	「―――えっ？」<br />
	「だから、星野くんが来たんだって。居間に通したけど」<br />
	「っつか、え？　俺に？？」<br />
	「お前以外に誰に会いに来るんだよ」</p>
<p>
	　眼鏡を拭きながら、有田が胡散臭そうに顔をしかめた。なんでどうして、今頃になって。「やめる」と宣言した日からもう１か月近く経っていて、星野から何一つ連絡がなかった身としてはとうに忘れられた、俺はまだこんなに苦しいのに、と思っていた。<br />
	　慌てすぎて一度転んだが、家まで走った。今日こそこの家の広さが恨めしかったことはない。ああなんで俺プールになんかいたんだろう。妙なことまで考え始める。思考はまとまらない。<br />
	　５０ｍ６秒の俊足を生かして居間まで全速力の超特急だったのに、いたのはエリだけだった。おやつ作りを終え、園芸の本を読んでいる。星野は、と訊くより先に部屋を指差された。大洋の部屋がある、北の方角だ。</p>
<p>
	「――ありがとっ！！」</p>
<p>
	　やっぱり全速力で走り抜ける。階段を駆け上がり、手すりに身体をぶつけながら、なんとか自室へ辿りつく。確かに星野はいた。窓際で、窓の外、皆が集まっているであろうプールのある方角を見ていた。</p>
<p>
	「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;えっ？」<br />
	「大洋、」</p>
<p>
	　思わず声が出てしまった。星野は髪をばっさりと短くしていたからだ。今まであれだけうっとうしかった前髪も後ろ髪も、小ざっぱりと短くなっている。星野にはありえない髪形に大洋は目を丸くした。<br />
	　驚いたのは振り向いた星野も同じらしかった。名前を呼んではくれたが、大洋の姿を見て目を逸らした。そういえば上に何も着ていない。慌ててクローゼットからタオルとＴシャツを引っ張り出した。<br />
	　しばらくお互いに喋れないまま、沈黙。星野は大きく深呼吸を２回繰り返すと、「この部屋は変わらないね」と、そっと言った。</p>
<p>
	「&hellip;この部屋、好きだよ。日は当たらない設計になってるけど、その代わり大事なものが置ける。収納も他より多いし」<br />
	「そのための部屋らしいからな。俺は物が多いから、助かってる。安くしてくれてるし」<br />
	「この家にいた頃、この部屋に入り込むの、好きだった」<br />
	「しょっちゅう入り込まれてた」</p>
<p>
	　大洋は家自体の鍵さえかけてあれば七穂に侵入されて添い寝されようがどうでもいいので、部屋の鍵はほぼ開けっ放しだ。掛けるとしても、決まった場所に隠しておく。星野はそこだけ積極的だった。油断して欠伸などしながら部屋に入ると星野が隅っこで小さくなって本を読んでいた、ということは割としょっちゅうだったのだ。<br />
	　そのたびにどれだけ好きだと思ったか。居場所を見つけるとちゃんとくつろいだ顔を見せる。いじらしく、かわいい。<br />
	<br />
	　でも、と星野は区切った。また目線を下へ落とす。</p>
<p>
	「好きすぎてどうしようもないことって、ある」<br />
	「&hellip;&hellip;」<br />
	「この家を出たのは分かんなくなったから。&hellip;大洋と近すぎて、どうしていいのか分かんなかった。向かい同士の部屋なら、本当に会いたいときに、&hellip;&hellip;簡単にこうやって、入り込めちゃうんだ」</p>
<p>
	　どん、と心臓が跳ねた。星野の方からそっと大洋の腕を掴み、頭を預けてきたからだ。<br />
	　驚きすぎて、瞬時に体温が上がって、まともな音声を発することも出来なかった。</p>
<p>
	「―やめるなんて言わないで」<br />
	「――――」<br />
	「今頃だけど、&hellip;僕は、ちゃんと、大洋が好きなんだ」<br />
	<br />
	<br />
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		<dc:subject>おやすみなさい、また明日。</dc:subject>
		<dc:date>2012-05-17T17:00:00+09:00</dc:date>
		<dc:creator>粟津原栗子</dc:creator>
		<dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
		<dc:rights>粟津原栗子</dc:rights>
	</item>
	<item rdf:about="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/892/">
		<link>http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/892/</link>
		<title>おやすみなさい、また明日。　40</title>
		<description>「ばかだなあ」
「いーの、もう、ムリ」
「好きなのやめるとかさ、出来るわけないのに。それこそ未練じゃん」
「分かってんだから責めんなよ」

	　帰宅した勢いで七穂を取っ捕まえ、そのまま飲んでいる。人知れず終わらせる方法もあっただろうが、とにかく誰かに話して共有したかった。バイトも大学も、サ...</description>
		<content:encoded><![CDATA[「ばかだなあ」<br />
「いーの、もう、ムリ」<br />
「好きなのやめるとかさ、出来るわけないのに。それこそ未練じゃん」<br />
「分かってんだから責めんなよ」
<p>
	　帰宅した勢いで七穂を取っ捕まえ、そのまま飲んでいる。人知れず終わらせる方法もあっただろうが、とにかく誰かに話して共有したかった。バイトも大学も、サボった。夜通し付き合った七穂は眠そうだったが、酒が嫌いな人間ではないので（外出先で飲まないだけだ）、なんのかんのと言いながら自分もぐびぐびとやっている。<br />
	　七穂はこんななりで２８歳とか言うが（２０代だと言うのが驚きだ）、生きてる分ぐらいの恋愛の経験値はある。学生時代からわずか数年の社会人生活のあいだに本気で付き合った人もいた。全く気持ちを分かってもらえないわけではない。<br />
	それに有田に話すよりは、七穂の方が気が楽だ。星野と七穂が同い年で仲がいいこともあり、この件に関して大洋はいつも七穂を頼りにしている。<br />
	　「まあ確かに星野くんも分かんないけどさ」、と七穂は同調した。</p>
<p>
	「引っ込みすぎなのか、大洋が押しすぎだったのか、&hellip;&hellip;どっちもか。もっと星野くんの準備を待ってあげられたら良かったのにな」<br />
	「なんだよ、準備、って」<br />
	「つまり、気持ちの整理のことで星野くんはずっと引っ込んでたんでしょ？　シノくんが好き、でも昔の話、でも忘れられない、って苦しんでる。それ分かってて好きなのは、それが前提だったんだ。そこをさぁ、押しまくるとかさぁ」<br />
	「&hellip;もう終わったんだからあんまり掘り返すなよ」<br />
	「総括だよ。&hellip;まあ、当分、好きでしょ」<br />
	「&hellip;&hellip;」<br />
	「シノくんに蹴っ飛ばされて勢いで、みたいな流れけど、無理だよね。すぐ忘れるとかね」<br />
	「&hellip;あー」</p>
<p>
	　急激に寂しくなった。こんな奴、とも思うけど、隣に座る七穂の肩に頭を預けた。「気色悪いよ」とは言ったが七穂も事情は嫌と言うほど把握している。黙ってそのままになっててくれた。<br />
	　仮に七穂に恋をしてみたらどうだろう。絶対にありえないけど、星野よりは反応が返ってくるだろう。そこまで考えて落ち込んだ。仮定の話とはいえ、七穂を相手に考えるなんて。自分はよっぽどこの恋に打ちひしがれているらしい。<br />
	　大洋よりも大きな身体が、大きく息を吸い、大きく息を吐いた。その動きが大洋にも伝わる。呆れられているのだ。でももう、どうでもいい。恋は終わった。</p>
<p>
	「&hellip;そういえばお前、鶯太郎とはどうなの」<br />
	「ちょっと仲良くなった。前に比べれば怖がられなくなったし。前進」</p>
<p>
	　うへへ、と楽しそうに七穂が笑う。怖がらせたのは七穂の行動ゆえだが、その後は順調らしい。鶯太郎もよく七穂さん七穂さんと慕っている。<br />
	　俺も鶯太郎にしようかな、と漏らしたら、思い切りわき腹に肘が入った。</p>
<p>
	「―――ぅぐっ、ってぇ！！」<br />
	「やめてよね！　絶対になしだからね！！　ありえないからね！！！」<br />
	「&hellip;分かってるって、&hellip;&hellip;」</p>
<p>
	　腹を抑えつつ、ずるりと七穂にもたれかかる。再び「ぜっっったいになしだよっ！！」と七穂が耳元で大きな声を出したが、寂しさに負けて七穂の大きな身体に粘土細工のように絡まりこんだ。勢いのまま七穂の膝に上半身を預ける恰好になると、急激に酔いが回る。そのまま目を閉じた。<br />
	　なんだよぉ、と我ながら情けない声が出た。酔っぱらっている。だって七穂に安心するとか、異常でしかない。</p>
<p>
	「&hellip;&hellip;気色悪ィ。なにべたべたしてんだ、おまえら」<br />
	「&hellip;まだ飲んでたんだ」<br />
	「あ、おかえりっ！！」</p>
<p>
	　全く気が付かなかったが、瑤子と鶯太郎が学校から帰宅した。今日は鶯太郎の部活がなかったようで、珍しく帰宅が一緒になったらしい。制服姿の高校生ふたりは見ていて清々しいが（特に瑤子はいま変身中だし）、それに構っている余裕はない。<br />
	眠くて仕方がなく、このまま寝たかった。七穂がいそいそと立ち上がってしまうので、床に変に崩れたままになっていた。</p>
<p>
	「&hellip;大洋くん、大丈夫ですか？」<br />
	「いーのいーの、ただの失恋の酔っ払いだから」<br />
	「熊と大洋でデキたらいいんじゃねぇの？」</p>
<p>
	　瑤子がいつもの口調で言い捨てる。絶対にごめんだと思っていたが、もう口に出すのも億劫だ。<br />
	　寝るなら部屋に行った方がいいよ、と鶯太郎が気付いた。それにも応えられない。</p>
<p>
	「&hellip;&hellip;めんどうくさい」<br />
	「大洋くん、」<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;なんでおれじゃだめだったんだろ」</p>
<p>
	　優しく置かれた手が、星野のそれと重なった。華奢で、いつも冷たくて、白い手。つい手を引いた。ちょっと引っ張っただけだったが、大げさな悲鳴が上がった。<br />
	<br />
	「あーっ！！　さわるなぁっ！！！」</p>
<p>
	　叫び声とともに鶯太郎が引き剥がされる。げしっと蹴り飛ばされ、でも立ち上がるのは面倒で、クッションを引き寄せるとその場で丸くなる。<br />
	　<br />
	　なんでだめだったんだろ。はじめから合わなかったのか。</p>
<p>
	　目元が急に熱くなる。ほんの少しだけ誰にも分からぬよう、大洋は泣いた。<br />
	&nbsp;</p>
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<br />
<br />
<font style="color: rgb(169, 169, 169);">大洋くんはそこそこに大きいですが、文句なくでかいのが七穂さん。身長もそうだけど身体の厚みもあるのでしょう。<br />
大洋くんそんな熊さんに甘える、の巻。安心毛布的なアレ。<br />
この二人、なんだかんだで仲はいい。<br />
<br />
こういうの書けて楽しいです。もう４０話でまだこんなとこですけども。</font>]]></content:encoded>
		<dc:subject>おやすみなさい、また明日。</dc:subject>
		<dc:date>2012-05-16T17:00:00+09:00</dc:date>
		<dc:creator>粟津原栗子</dc:creator>
		<dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
		<dc:rights>粟津原栗子</dc:rights>
	</item>
	<item rdf:about="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/891/">
		<link>http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/891/</link>
		<title>おやすみなさい、また明日。　39</title>
		<description>　星野の引越し先は店から歩いて１０分程度のアパートだ。白金邸にいた頃よりははるかに通勤時間が短縮されたが、家賃を同等にしようとするとどうしても部屋のグレードは下がるようだった。古いコンクリート２階建ての、１階の端、ワンルーム。何度も通っているし送ってもいるので、無意識でも星野の部屋に辿りつける。
...</description>
		<content:encoded><![CDATA[　星野の引越し先は店から歩いて１０分程度のアパートだ。白金邸にいた頃よりははるかに通勤時間が短縮されたが、家賃を同等にしようとするとどうしても部屋のグレードは下がるようだった。古いコンクリート２階建ての、１階の端、ワンルーム。何度も通っているし送ってもいるので、無意識でも星野の部屋に辿りつける。<br />
　部屋には灯がともっていた。カーテンの隙間からオレンジ色の光が漏れ出ている。この部屋のドアチャイムは壊れて使用不可能なため、いつもノックだ。２回。星野はすぐに出てきた。<br />
　部屋着姿だ。いつもよりラフな服装のおかげで、白い首筋が露わになっている。思わずかじりつきたくなるのをこらえ、「遅くにごめん」と精一杯で笑ってやった。<br />
　部屋に上げようと星野は玄関を退こうとしたが、大洋は首を振った。すぐに立ち去るつもりだった。
<p>
	「さっき、篠川さんに説教された」</p>
<p>
	　少しだけ星野の顔がこわばった。意識的に息を吐いて、自分を落ちつけようとした。本当は心臓が鳴りまくっていて、大洋に余裕なんかない。</p>
<p>
	「なんでこんな風になってるのか、そういえば避けられてばっかりで、聞いてなかった」<br />
	「&hellip;うん」<br />
	「俺のこと、やっぱり好きになれない？」<br />
	「&hellip;&hellip;」</p>
<p>
	　スムーズに答えが返って来るとも思わなかったが、星野の反応のなさには愕然としていた。否定がなければ、肯定と同じことだ。ここに来るまでに散々考えたことを、もう一度通して頭の中でめぐらせてみる。結論は同じだ。</p>
<p>
	「前に『やめよう』って言ったの、あれは、俺とはこういう付き合いも出来ないってことか。&hellip;俺があなたが好きでデートに誘うのも好きだと言うのも、付き合いも全部、『やめよう』？」<br />
	「&hellip;&hellip;というか、僕が、&hellip;&hellip;大洋には似合わない&hellip;だから、」<br />
	「&hellip;同じこと、ずっと言ってるよな。そうだな、うん、」<br />
	「&hellip;&hellip;」<br />
	「分かった、俺もやめる」<br />
	「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;えっ？」</p>
<p>
	　悲鳴みたいな声だった。きょとんと星野が顔を上げ、大洋を真正面からとらえる。ああ、本当に好きだ。好きでたまんないのにな。<br />
	　そっと手を伸ばす。拒まれなかったから、大洋にしたら最大限に優しく星野の肩を抱き寄せた。</p>
<p>
	「あなたを好きなの、やめる」<br />
	「&hellip;&hellip;やめる、って、」<br />
	「もう来ないし店にも行かないし誘ったりしない。好きだとか、困ることも言わない」<br />
	「&hellip;&hellip;」<br />
	「疲れたわ、さすがに。本当はあなたと恋人になりたかったけど、おしまい」</p>
<p>
	　一度腕に力をこめ、ぎゅう、と抱きしめてから、ぱっと離す。<br />
	　ほんの一瞬だけ星野の身体が離れていく大洋を追いかけた気がした。そうだといいな、と期待しているからそう思えたのかもしれない。</p>
<p>
	「じゃあ、オヤスミナサイ」<br />
	「――待っ」</p>
<p>
	　振り返れば未練が湧く。湧けばまた繰り返し、無駄に疲労するのも見えている。反応のない相手を口説き続けるのはさすがにもう大洋でも無理だ。<br />
	　答えずに振り切ってアパートを出た。自分の忍耐を褒め称えたいぐらいだ。帰って飲もう。ふらふらと、大洋は歩き出した。<br />
	<br />
	<br />
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		<dc:subject>おやすみなさい、また明日。</dc:subject>
		<dc:date>2012-05-15T17:00:00+09:00</dc:date>
		<dc:creator>粟津原栗子</dc:creator>
		<dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
		<dc:rights>粟津原栗子</dc:rights>
	</item>
	<item rdf:about="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/890/">
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		<title>おやすみなさい、また明日。　38</title>
		<description>　立ち上がりかけて、「もうちょっと飲まない？」と篠川に引き止められた。時間が時間だったので鶯太郎を七穂に預け（「食うなよ」、と念を押した）、篠川と二人で店に残る。このために七穂がいて良かった気がする。多分はじめから、篠川は大洋と話をするつもりだった。
　不味くて仕方がなかったのでビールをやめてジン...</description>
		<content:encoded><![CDATA[　立ち上がりかけて、「もうちょっと飲まない？」と篠川に引き止められた。時間が時間だったので鶯太郎を七穂に預け（「食うなよ」、と念を押した）、篠川と二人で店に残る。このために七穂がいて良かった気がする。多分はじめから、篠川は大洋と話をするつもりだった。<br />
　不味くて仕方がなかったのでビールをやめてジンジャーエールを頼んだ。篠川が笑う。「飲まないな」と言い、自分は銘柄を変えてもう一杯ビールをお代わりした。<br />
<br />
「&hellip;家に帰んなくていいんすか」<br />
「まあ、たまには出来た嫁も子どもも分かってくれるさ。言ったのはお前だろ、彫刻の話は後だ、って」
<p>
	　嬉しそうに頬を緩ませ、篠川は３月の展示会の話をしてくれた。見に来てくれたのは知っていたがうまく都合が合わず、それ以降会う機会もなかったのでこんな時期になってしまっていた。</p>
<p>
	「どうでした？」<br />
	「良かったよ。やっぱお前に彫刻勧めて正解だった。あの作品、会員推挙になったんだろ？」<br />
	「準会員推挙、です」<br />
	「おっと。でもやったな」</p>
<p>
	　自分のことのように篠川は誇らしげだ。大洋も笑い返す。「おめでとう」とグラスを重ねられればますます胸は苦しくて、篠川を慕う自分と嫌う自分に嫌気が差す。<br />
	　油絵をやっていた大洋に「立体やってみれば？」と言ったのが篠川だ。星野を通じて知り合った篠川だが、本人も芸術が好きな人間だったのでアドバイスは突飛なようで的確だった。帰国してやはり行き詰っていた大洋にそう言って、彫刻の展覧会などに連れまわし、結果、大洋は彫刻科に入り直した。<br />
	　今でもあの時の台詞はありありと思い出せる。大洋が１００号のキャンバスいっぱいに描きつけた油絵を見て、「この色が彫刻で出せたらすげえ面白いと思うんだけどな」と言ったのだ。<br />
	　３月の展示会は、出展しても審査に通らないと展示とならない。会員になるには会役員からの推薦が必要で、準会員でさえも何年も出展しているのに叶わない人がいる。その中で、たった２年で、大洋は推薦をもらえた。篠川の勧めで彫刻を始めてから、改めて自分のいる世界が楽しくなった。本当に、篠川のおかげだった。<br />
	　だから星野が篠川を想う気持ちも無理はないと思う。明るく逞しく周囲を良い方向へ巻き込んでいく篠川。星野の気持ちを知っていても、自分には婚約者がいるからと気持ちに応えようとしなかった、その潔さも篠川らしくて好きだった。<br />
	　結婚直前になって篠川が星野に傾きかけているのも、分かってはいた。婚約者に内緒でこっそり贈ったアンティークのボタンのことを聞いて納得もしたし、憤りもした。大洋が知る限り星野と篠川は結婚前に一夜、通じている。いつもうつむきがちの星野だが、泣いているのを見たのは後にも先にもあの時だけだった。<br />
	　篠川はビールを一口飲むと、「それにしても心配だ」と言った。</p>
<p>
	「星野の奴、また閉じこもりかけてないか？　お前、ちゃんと外に連れ出してるか？　なんだよ喧嘩って」<br />
	「&hellip;別に篠川さんには関係ないです」<br />
	「俺が言うのもおかしいけど、あのボタンな、全然なんにも、大した意味なんかないんだぞ」</p>
<p>
	　今度こそカメオのボタンの話だと分かった。大洋の身体が一瞬こわばる。<br />
	　「あんなのただの思い出だ」と、篠川はまた一口ビールを流し込んだ。</p>
<p>
	「でも大事にしてるのは、分かる」<br />
	「それなりに値打ちはあるし、星野は物をないがしろにする人間じゃない。あれぐらい、するだろ」<br />
	「&hellip;そうかな、」<br />
	「そうなんだよ」</p>
<p>
	　篠川本人の口から聞いたことはなかった。だからだろうか、言ってることがどうも疑わしく感じる。<br />
	<br />
	「あれはさ、じいさんが趣味で集めてたとかで、死んだときに遺品から出てきた奴でさ。そんなにいいもんだとは知らなかったし、星野が直しに使えばいいと思って、俺が持ってるよりはって、それぐらいの意味合いだったんだ。あとで値打ちが分かって、星野は慌てたけど、そんな程度のもんだよ」<br />
	「&hellip;けど、」<br />
	「それでも俺が贈ったもんだし、まだこだわってるかどうかは、星野から直接聞いてくれ。―なあ、本当に心配なんだよ」</p>
<p>
	　篠川が大洋の方を向いた。並んで座っていたので、顔を上げても目が合うことはなかったのに、合った。<br />
	　穏やかだった。眉をすっかり八の字にさせて、「あいつ痩せただろ」と困った風に言った。</p>
<p>
	「俺が結婚してお前が付きまとうようになって、ちょうどあいつが白金家から引っ越す直前だったから、ええと、冬か、１月ぐらい。ふっと見てさぁ、ああなんか綺麗だなって思ったんだよね。惜しくなった」</p>
<p>
	　ぎょっとした。ぬけぬけと「惜しくなった」など、篠川の口には似合わない。もうちょっとで掴みかかりそうになるのをなんとかこらえ、ジンジャーエールで誤魔化した。<br />
	　テーブルに置かれた篠川の左手の指輪が、妙に眩しかった。知らせるように（怒りも含めて）手の甲を思い切りつねり上げると、篠川が笑いながら「ギブギブ」と身体をよじらせた。<br />
	<br />
	「そういうこと言ってると、罰が下りますよ」<br />
	「まあ、聞けよ。だからさ、綺麗だって思ったのはつまりさ、手が届かないってことだ」<br />
	「はあ」<br />
	「お前が連れまわしていいもん食わせてるのかな、って思ったんだよ。それでその後、引越しがあって、お前の展示会とか、色々、&hellip;別に今日久々に見たわけじゃないけど、真っ白でちっさくなってるじゃん。お前ら全然喋んないどころか顔も合わせないし、七穂の話じゃ喧嘩とか言うし。&hellip;何やってんのかなって思ったんだよ」</p>
<p>
	　よし、言った。長く息を吐いた末にそう言うと、篠川は残りのビールを飲み干す。そして「言ったから帰るわ」と立ち上がった。時計を見る。２２時を過ぎていた。</p>
<p>
	「俺から言われるとキツイだろ」<br />
	「篠川さん、お節介すぎる」<br />
	「ほぉらな」</p>
<p>
	　食事も含めた代金をきっかりテーブルに置く。おごってやれなくて勘弁な、と言う。どこまでいい男だ。諦めて、大洋は息をつく。</p>
<p>
	「お前、どうする？」<br />
	「これ飲みながらもう少しここにいる」<br />
	「ん。じゃー、お疲れさん。また展示会のDM持ってこいよ、行くから」<br />
	「お節介シノカワ」</p>
<p>
	　もう一回、今度は嫌悪の色を思い切り含ませて言ってやる。篠川は背中で笑いながら店を去る。<br />
	　携帯電話を取り出し、メール画面を立ち上げる。あて先は星野。件名は打たずに、直接本文に「寝てる？」と打って送った。<br />
	　１０分ぐらいして、返信が来た。「起きてる」という簡潔な返事を見て、大洋は短く、鋭く息をつく。</p>
<p>
	『これから行っていい？』</p>
<p>
	　返事を待たないまま、大洋も店を出た。<br />
	<br />
	<br />
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		<dc:subject>おやすみなさい、また明日。</dc:subject>
		<dc:date>2012-05-14T17:00:00+09:00</dc:date>
		<dc:creator>粟津原栗子</dc:creator>
		<dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
		<dc:rights>粟津原栗子</dc:rights>
	</item>
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		<title>おやすみなさい、また明日。　37</title>
		<description>　あとはミシンを使うだけ、という段階でそれぞれが慌ただしくなり、作業の早かった大洋の手がぽかりと空いた。ふと脇の机を見ると、いつかのカメオのボタンがそっと置かれている。篠川が贈った、大事なボタン。きゅうと胸の内が痛くなる。
　隣から「あ」という声が聞こえた。声というよりは息だけの、かすれた音声だ。...</description>
		<content:encoded><![CDATA[　あとはミシンを使うだけ、という段階でそれぞれが慌ただしくなり、作業の早かった大洋の手がぽかりと空いた。ふと脇の机を見ると、いつかのカメオのボタンがそっと置かれている。篠川が贈った、大事なボタン。きゅうと胸の内が痛くなる。<br />
　隣から「あ」という声が聞こえた。声というよりは息だけの、かすれた音声だ。星野が、自分の机の引き出しに荷物を取りに来たようで、すぐそこにいた。<br />
　目が合った。すぐにそらされたけど、心配なぐらいに顔色が良くなかった。真っ白で、星で。我を忘れ、声を一瞬かけそこねた。そのわずかな間に、篠川が「おい」と星野の肩を掴んだ。
<p>
	「お前、顔色悪いぞ」</p>
<p>
	　平気です、と星野が答える前にもう、篠川の大きな手が星野の額に当てられていた。「冷たすぎる」と篠川が声をあげる。慣れた手つきなのがまた痛い。<br />
	　触るな、と思う。もう関係がないなら、触らんでくれ。<br />
	　俺の大事な人だ。<br />
	　ちゃんと突き放してやってくれ。いつまでも未練じゃ、やってらんないんだ。<br />
	　星野が顔を上げた。<br />
	<br />
	「大丈夫です」</p>
<p>
	　目は大洋を向いていた。篠川の手を拒み、凛と言い放つと机から鋏を取り出してまた戻る。ああ、とため息が出かけた。そうだいつかも、ちゃんと決心した顔で、あの家を出ていった。<br />
	　後ろ姿を追っていたら、そのまま篠川と目が合った。苦笑している。構うからだ、と大洋も笑ってやった。</p>
<p>
	<br />
	<br />
	　ずいぶんとくたびれたが、会は無事に終わった。星野とは始終口を利かぬままだったが、篠川がいたのだ、饒舌な方がおかしい。それに大洋を見てくれた。今度また行けばいい、と考えている。<br />
	　時間は案の定延びて、軽く腹に入れてきたつもりでもすっかり空腹だった。鶯太郎と約束した通り、改めて店に入ることにした。<br />
	　自分が保護者の代わりと、バータイムのカフェに普通に入った。大洋にとって意味が分からないのは、何故か篠川も一緒で、鶯太郎の隣には七穂もいる、ということだ。<br />
	　篠川には店を出る前に「ご一緒していい？」と訊かれて断りきれなかった。（ちなみに星野は誘えなかった、さすがに。）駅前までの道のりを３人で微妙な空気のまま歩いていたら、そこにのっそりと七穂がいた。外灯の下では、そのでかい図体はますます怪しい。キャッチの人間も引くぐらい裏の人間に見えて、知らんぷりをしたくなったぐらいだ。<br />
	（そもそも、夜なのにいつものチューリップハットをかぶっているのがもう怪しいのだ。）<br />
	　七穂いわく、バイトの帰りなのだと言う。七穂は仕事を辞めて以降色んなバイトをしている。今は学童のバイトが続いているが、今日は塾の採点が間に合わないと泣きつかれて付き合って来たらしい。<br />
	　だからって揃うことなかろうに。美味しそうな創作イタリアン（ここのはしかも安い）を目の前に、さすがにまずかろうと思って酒は自粛などしてみたが、嫌になった。どうせ七穂が飲まない。鶯太郎は任せて、飲んでしまうことにした。<br />
	<br />
	「おーちゃん、どんなの作ったの？」</p>
<p>
	　七穂と鶯太郎は二人でパスタや鶏肉の皿をつつきながら、実に平和な話をして和んでいる。ああ畜生、と大洋は思う。ビールがやけに苦い。篠川さえいなければ、大洋もそこに混ざっていた。<br />
	　笑っていた鶯太郎だが、ふっと大洋を見て「なんか調子悪い？」と訊いてきた。今日は珍しく黙りがちだったのを心配しているらしい。大丈夫だと余裕を見せるはずだったのに、「そういえば星野さんも」と言われると余裕など途端に吹き飛んだ。</p>
<p>
	「調子、よくなさそうだった」<br />
	「心配だよなぁ」</p>
<p>
	　頷いたのは篠川だ。お前が言うか、と一瞬の怒りが湧いた。それでも確かに心配だ。急に落ち着かなくなった。どうして、簡単に諦めて「また」でいいなどと思ったのか。<br />
	　追い打ちをかけるように、七穂に「仲直りした？」と聞かれる。</p>
<p>
	「はやく直ってくれないと、また愚痴で夜眠れなくて困るのおれなんだから」<br />
	「&hellip;&hellip;やっぱ、喧嘩、なの？」<br />
	「あ、喧嘩してたの？」</p>
<p>
	　３人で適当なことを喋り出す。七穂はもういい加減にしてくれとうんざりしているようだし、鶯太郎はそもそも理由を分かっていない。篠川の言葉はいちいち気に障る。<br />
	　喧嘩、と呼べるようなものではない。大洋と星野はそんな仲にさえなれていない。<br />
	　何も知らないはずの鶯太郎が「ボタン」と言うので、大洋はぎょっとした。</p>
<p>
	「え、あ、ごめん、ちがう話。大洋くんのシャツのボタンがいつの間にかないや、って。右側の袖のとこ」<br />
	「&hellip;ああそう、&hellip;&hellip;ほんとだ」<br />
	「どっかになくしたのかな。気付かなかった？」<br />
	「うん&hellip;&hellip;」</p>
<p>
	　思い出すのはあのアンティークのボタンのことばかりだ。大事な人の大事なボタン。分かっている。机の上にいつまでも大事にあるのは、そういうことだ。<br />
	　会話は成り立たなくなった。あらかた腹に詰め終えると、鶯太郎が静かに手を合わせて「ごちそうさまでした」と言った。大洋の心境が伝わったかのような、心細い響きだった。</p>
<br />
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		<dc:subject>おやすみなさい、また明日。</dc:subject>
		<dc:date>2012-05-13T17:00:00+09:00</dc:date>
		<dc:creator>粟津原栗子</dc:creator>
		<dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
		<dc:rights>粟津原栗子</dc:rights>
	</item>
	<item rdf:about="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/888/">
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		<title>おやすみなさい、また明日。　36</title>
		<description>　ワークショップはいつも少人数だ。星野たち店の人間がいつも通りの３人、参加者が５人。そのうち子ども連れが二組。若い夫婦もいるから（ひょっとしたら同い年ぐらいかも、と思った）、大洋や鶯太郎がいてもあまり浮かない。今日は篠川までいるので、どちらかと言えば男性が多めだ。
　適当な自己紹介だけして、狭い部...</description>
		<content:encoded><![CDATA[　ワークショップはいつも少人数だ。星野たち店の人間がいつも通りの３人、参加者が５人。そのうち子ども連れが二組。若い夫婦もいるから（ひょっとしたら同い年ぐらいかも、と思った）、大洋や鶯太郎がいてもあまり浮かない。今日は篠川までいるので、どちらかと言えば男性が多めだ。<br />
　適当な自己紹介だけして、狭い部屋のあちこちで作業が始まった。今回はトートバッグとエプロンのどちらかから選べることになっていて、大洋も鶯太郎も後者だ。デザインはごくシンプルで、布を切って縫うだけの簡単な仕様だという。男性だからとわざわざ色柄の落ち着いた生地もたくさん用意されていた。店には少し珍しいので、篠川が持ってきたのはこれか、と納得する。<br />
　篠川の実家が手芸店を営んでおり、篠川は結婚に当たって跡を継いだ。町の小さな、買い物帰りの主婦が立ち寄るような店だが、ネットで利用できたり、品ぞろえを良くしたり、リクエストに出来うる限りで答えたりとかなり店の使い心地はいい。篠川自身、駅前のカルチャースクールで講師をしていたことがある。奥さんとはそこで知り合ったと聞く。<br />
　星野の店の店長と篠川が専門学校の同期であり、星野自身もそこの卒業生だということもあって、この二人は繋がっている。内気でこもってしまいがちの星野の才能をもったいないと言い、店に紹介した。
<p>
	「篠川さんって、どういう人なんですか？」</p>
<p>
	　いつの間にかワークショップに参加している篠川を眺めながら、ぎくしゃくした動作の星野を想っていたら、隣の鶯太郎がふと訊ねてきた。生地を実際に当てて丈や柄を見ている最中で、大洋と鶯太郎のグループについてくれたスタッフの真鍋が、自分の子どもを見る目で鶯太郎を手伝っていた。</p>
<p>
	「この店の人じゃないけど、大洋くんみたいに馴染んでる感じがする」<br />
	「遊びに来すぎだからね、日浦くんが異常なのよ」</p>
<p>
	　真鍋が笑う。この人にはすでに成人した娘がいるほどの店における最高齢スタッフなのだが、小柄であることも手伝って年齢がはっきりしない。</p>
<p>
	「篠川くんと店長のこずえちゃんが同じ学校だったのよ。星野くんをうちに紹介してくれたし。スタッフみたいなもんよ」<br />
	「あ、そうなんですか」<br />
	「ほら、噂してると本人が来ちゃった」</p>
<p>
	　真鍋の指摘通り、狭い店内を風が抜けるように、篠川が大洋たちの元へやって来た。「里谷くんも笙子サンとこにいんだってなぁ」と人懐こい笑みで鶯太郎に笑いかける。</p>
<p>
	「いま篠川さんの話してました。笙子さんまでご存知なんですか？」<br />
	「うん、同い年だし、何かとあの人もうちの店来るしな。最近は会ってないけど、仲はいいよ」<br />
	「そうだったんですか。じゃああの家のことはよく知ってるんですか？」<br />
	「知ってる知ってる。エリちゃんは俺もお世話になってるし、そうだ、有田。どうせまだ笙子サンと結婚にこぎつけてないんだろう？」</p>
<p>
	　あ、その話題。大洋が思うより先に鶯太郎の表情がひきつった。あーあ、馬鹿だな。どっちに対しての「馬鹿」なのかはよく分からなかったが、慌てて「ヨーコも七穂のことも知ってるんだ」と話題を変えた。<br />
	　人のいい篠川は、鶯太郎の様子を大して気にもせず、「相変わらずド派手と熊か？」と訊ね返してきた。鶯太郎ももう表情が戻っている。ほっとちいさく息をつき、篠川の言葉に頷いた。その通りだ。</p>
<p>
	「騒がしいだろ。寝れてるか？」<br />
	「慣れたら楽しいです。初日に、七穂さんが布団に潜って来たのはびっくりしたけど」<br />
	「まだやってんのかそういうことを、あの野郎は。寂しがりもいい加減にしろって、ちゃんと叱れよ」<br />
	「同じようなこと大洋くんにも言われました」<br />
	「大洋、おまえもっとよく見ててやらないと、こんなかわいい子」<br />
	「見てるよ、言われんでも」</p>
<p>
	　励ますように鶯太郎の髪をくしゃっと撫でてやると、鶯太郎は健気に笑って見せた。だからそういう隙を七穂に見せるな、ということだ。とびきりかわいくなってしまうんだから、出し惜しんでおけ。<br />
	　生地を合わせ終え（篠川が口を挟んできた）、作業がとんとんと進んでいく。一度、休憩があった。このワークショップのために毎回、隣のカフェからお茶を用意してもらっているのも人気の理由だ。いつの間にか場も和やかになっている。<br />
	　星野と仲直りしたいがためにこのワークショップに申し込んだのに、篠川の出現でもうよく分からなくなっている。星野は人が多いほど疲労する性質で、教えるだけでもいっぱいいっぱいなのに、今日はやはり顔色がすぐれない。出直すしかないか。あと４５分の作業時間で、話が出来るとも思えない。<br />
	<br />
	<br />
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		<dc:subject>おやすみなさい、また明日。</dc:subject>
		<dc:date>2012-05-12T17:00:00+09:00</dc:date>
		<dc:creator>粟津原栗子</dc:creator>
		<dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
		<dc:rights>粟津原栗子</dc:rights>
	</item>
	<item rdf:about="http://kurikojukai.blog.shinobi.jp/Entry/887/">
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		<title>おやすみなさい、また明日。　35</title>
		<description>　結局、食事には行けないままワークショップとなった。鶯太郎の部活が思いのほか延び、連絡を取って迎えに行ったのだがそこから直行しなければならないほどギリギリだったからだ。

「―ま、この後メシ行きゃいいよ。これバイト先からもらって来た。食っとけ」
「ありがとう。大洋くんとこのたい焼き美味しいから...</description>
		<content:encoded><![CDATA[　結局、食事には行けないままワークショップとなった。鶯太郎の部活が思いのほか延び、連絡を取って迎えに行ったのだがそこから直行しなければならないほどギリギリだったからだ。<br />
<br />
「―ま、この後メシ行きゃいいよ。これバイト先からもらって来た。食っとけ」<br />
「ありがとう。大洋くんとこのたい焼き美味しいから好きなんだ」
<p>
	　始まるには若干の時間があったので、店の外へ出てたい焼きを渡してやった。あんことカスタード。本当は星野に渡そうかなと考えていたが、腹をすかしているのは星野よりも鶯太郎だ。それに最近は、星野にこうやって近付こうとするのもためらう。それぐらいなんだか気まずい。<br />
	<br />
	　星野が篠川を忘れられないのは知っている。それでも以前だったら大洋の他愛ない誘いにも応じてくれた。一緒に本屋へ行くだけだったり、ラーメン屋だったり、大洋が店を訪れるだけだったりしたが、困惑の表情の果てに息をついて笑い、眼鏡の奥の瞳を大洋に向けてくれた。<br />
	　きっかけはなんだっただろう。どう考えても、星野が失くし、大洋が見つけたカメオのボタンだ。篠川が星野にあげたもの。鶯太郎の部屋から見つけ出して渡したのに、暗い顔をして「もうやめよう」と言った。何をやめようと言ったのか分からず問えもしないまま、それっきりだ。<br />
	　一度、どうしても理由が訊きたくて無理に手を掴み去ろうとする星野を引きとめた。あれがいけなかった。触れた途端に身体が痺れ、嫌がるのも分かっていて思い切り抱きしめていた。人前で、肩にすがり「なんでだよ」と呟いていた。夜だったとはいえ、人のいる場所ですべきことではなかった。<br />
	　もちろん、あの後は絶交状態だ。拒絶はさらにひどくなり、大洋は口さえきいてもらえない。<br />
	　だから今日みたいな機会でしか星野に接することが出来ないのだ。どうすっかなぁ。頭を掻きながら日の落ちかける空を見ていた。かなり暖かくなった。五分袖のシャツでも、今日は暑いほどだ。<br />
	<br />
	「―なあ、鶯太郎」<br />
	「ふぁい？」<br />
	「ああ、食ってからでいいや」</p>
<p>
	　なんとなく隣の鶯太郎に話しかけると、彼はまだたい焼きを頬張っている最中だった。こういう姿は、子犬よりもリスとかハムスター。つい頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。鶯太郎は口の中にものを詰めたまま、抗議すべく、でも、笑う。<br />
	<br />
	「――えと、なに？」</p>
<p>
	　飲み込み、髪を整えながら鶯太郎は答えた。最近星野と話した？　話したならその時どうだった？　それを聞こうと口を開きかけて、やめた。小走りに店へとやって来る背の高い男を、大洋は嫌と言うほど知っていた。</p>
<p>
	「あれ？　日浦じゃないか？　今日のワークショップ？」<br />
	「―――篠川さん、」<br />
	「かわいい子連れてるな。弟か？」</p>
<p>
	　まばらな無精ひげ、それでもきちんと整えられた眉や髪、のびやかな体躯、大人しか持てない余裕のある落ち着き払った男、篠川。<br />
	　今日も変わらない男ぶりに、自分のテンションが落ちていくのが分かる。<br />
	　戸惑っている鶯太郎に、こちらシノカワさん、とだけ紹介した。何がなにやら分からぬまま、持ち前の人見知りを発揮しつつ、鶯太郎も「里谷です」とだけ頭を下げる。</p>
<p>
	「生地を届けに来たんだ。色んな種類があった方が楽しいからって、店長に」<br />
	「そうですか」<br />
	「日浦がいるなら、俺も見学してこうかな。なあ、彫刻、どうだ？　この間の展示、良かったぞ」<br />
	「その話はまたゆっくり。はやく届けてやんないと、それ」</p>
<p>
	　そうだな、と箱の中身を見て篠川は笑う。話が好きな人間なのだ。おまけに上手い。<br />
	　篠川の後に大洋と鶯太郎も続く。鶯太郎は「ひうら、ひうら」とちいさく唱えていた。大洋の苗字を今ようやく知ったのだ。<br />
	　ああ、かわいい。今日のワークショップは大いに荒れるだろうがこの子を支えに俺がんばる。意味のない決心をして、大洋も店の扉をくぐった。　</p>
<br />
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		<dc:subject>おやすみなさい、また明日。</dc:subject>
		<dc:date>2012-05-11T17:00:00+09:00</dc:date>
		<dc:creator>粟津原栗子</dc:creator>
		<dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
		<dc:rights>粟津原栗子</dc:rights>
	</item>
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		<title>おやすみなさい、また明日。　34</title>
		<description>　声をかけると星野は不安げな顔を見せた。怪しい奴に訝しんでいるよりは単純に人に怯えている顔。笑ってくれればいいのに、と思った。

「&amp;amp;hellip;&amp;amp;hellip;どちらさまで、」
「これ、返しに来た。大事なもんなら大事にしておかないと」

	　不織布で包まれたボタンを渡した。星野はピンと...</description>
		<content:encoded><![CDATA[　声をかけると星野は不安げな顔を見せた。怪しい奴に訝しんでいるよりは単純に人に怯えている顔。笑ってくれればいいのに、と思った。<br />
<br />
「&hellip;&hellip;どちらさまで、」<br />
「これ、返しに来た。大事なもんなら大事にしておかないと」
<p>
	　不織布で包まれたボタンを渡した。星野はピンと顔を上げた。<br />
	　泣いてもいなのに目が濡れて光っている。それさえもたまらなかった。</p>
<p>
	「&hellip;でもこれは、」<br />
	「なあ、その椅子、なんで欲しかった？　そうまでして」</p>
<p>
	　星野の言葉を遮って大洋は訊ねた。というよりも、この男を知りたくてたまらなかった。<br />
	　わずかに逡巡してから、星野は「店に、」と言う。</p>
<p>
	「&hellip;店、&hellip;&hellip;に、古いミシンがあって&hellip;&hellip;&hellip;これは、ミシンに使う椅子で、&hellip;きっと、合うのだろうな、と、&hellip;&hellip;」<br />
	「これミシン用なんだ？」</p>
<p>
	　知らなかった。改めて椅子を眺めてみる。斜めになっているのは何かずっと机で作業するためのものだと考えていたが、ミシンを踏むための角度だったのだ。<br />
	　それを言えばいいのに。だったら大事なものを押し付けなくても譲ってくれたのに。大洋はそう言った。</p>
<p>
	「とにかく、これ返す。あんたが持ってるのが一番いいよ。あの店にはさ、その分のお金持ってって、後は事情話して。絶対大丈夫だから」<br />
	「&hellip;あの、きみは、」<br />
	「俺？　ただのお節介。あの店が好きなだけなんだ」</p>
<p>
	　そう言うと星野はまた顔を伏せる。しばらくうつむいたまま黙り込む。早く顔上げてくれよ、と思っていた。真っ黒な髪に隠れるあの目が、そばかすが、また見たい。<br />
	　たっぷり１分かけて願いは叶った。星野が顔を上げる。やわらかく微笑んでいた。</p>
<p>
	「―ありがとう」<br />
	「―――――っ」</p>
<p>
	　気付けば大洋は、星野をデートに誘っていた。<br />
	　もちろん速攻で断られた。でもそれを何度も繰り返して、３年のあいだに徐々に連れ出せるようになった。なったのだけど。</p>
<p>
	　星野はどうしても、最後の最後で大洋を拒む。<br />
	　どうしてそんなに、思っても仕方がない奴に義理立てなんかするんだ。事情はちょっとややこしく、単純に好きでいるだけじゃどうにもならないのが、大洋には苦しい。</p>
<p>
	　星野には、どうしても忘れられない人がいる。篠川という男で、星野の師であり、愛情のしるしにボタンを渡し、あの店に星野を紹介した人だ。<br />
	　すでに妻子がいるが、星野には忘れがたい人であることは間違いがない。<br />
	　ため息が出る。<br />
	　篠川に比べれば大洋は年下で、一向に卒業しない学生で、遊びにもならないのかもしれない。それに何より面倒なのは、篠川は大洋にとっても恩人に違いない、ということだ。</p>
<br />
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		<dc:subject>おやすみなさい、また明日。</dc:subject>
		<dc:date>2012-05-10T17:00:00+09:00</dc:date>
		<dc:creator>粟津原栗子</dc:creator>
		<dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
		<dc:rights>粟津原栗子</dc:rights>
	</item>
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		<title>おやすみなさい、また明日。　33</title>
		<description>1ヵ月半の間に大洋と星野はほとんどと言っていいほど口を利かなかった。というより、星野が目を合わせてくれず、一緒にいる機会（たとえば先月の花見とか）があっても露骨に避けられた。

	&amp;amp;nbsp;

	　初めて星野を見たのは３年前だ。大学２年目、だがダブリが決定していた年。何を描いていいのか分か...</description>
		<content:encoded><![CDATA[1ヵ月半の間に大洋と星野はほとんどと言っていいほど口を利かなかった。というより、星野が目を合わせてくれず、一緒にいる機会（たとえば先月の花見とか）があっても露骨に避けられた。
<p>
	&nbsp;</p>
<p>
	　初めて星野を見たのは３年前だ。大学２年目、だがダブリが決定していた年。何を描いていいのか分からず、どう頑張っても絵が描けず、バイトをしまくっては旅に出ていた。だから大学にはほとんど行っていなかった。<br />
	　その頃の大洋は油絵を専攻していた。油絵科は、特に倍率が高い。そこに２浪して入った。ようやく入ったのに、まるでそこがゴールであったかのように面白くなくなった。急に絵を描かなくなった。<br />
	　基礎と応用、新しい技法や鑑賞の仕方。面白くないはずがないのに、何もかもがつまらない。そして飛び出して色んな場所へ行った。国内に飽きれば海外。英語が出来なくても仕方がないような、英語圏じゃないところもたくさん行った。初めて見る色、人種、世界、―でも、つまらない。もう大学辞めちゃおうかな。そこまで考えていた。<br />
	<br />
	　帰国してもふらふらしていた。ふらふらしたまま大学近くのギャラリーに足を運んだ。作家の一点物を新旧問わず扱っており、古ければ店主が直しを依頼して、いい値段だがいいものを売っている店だった。<br />
	　そこの椅子を見るのが大洋は好きだった。特に店の奥にある、深い赤の生地が張られた四角い椅子。何かの作業に使っていたらしく、座面が斜めになっている。年月が経ちすぎてほとんど茶色になっていたが、あまり売りたくないと店主は言っており、何度交渉しても大洋の手に入らなかったボックススツールだ。<br />
	　それがその日行くとなかった。大洋が外へ出ている間に売られたのか、店のどこを探してもない。悔しい思いのまま店主に尋ねると、彼は「売ったんだよ」と言う。</p>
<p>
	「売った？　どうして？」<br />
	「どうしても欲しいって言われたからだよ」<br />
	「俺だって欲しいって言ったよ？」<br />
	「なんていうか、必死さが違ったんだよね。なんかほだされちゃってさ、おれも。こんなのまで置いて行かれたら、譲るしかないじゃない」</p>
<p>
	　そう言って店主はガラスケースの中を顎で指した。そこには大洋の知らないアンティークが置いてある。はじめはブローチか指輪だと思ったが、それにしては小さい。聞けばボタンだと言う。女性のレリーフの、カメオ。<br />
	　古いものだとは分かった。大事にされているのも分かった。よくよく聞くと、これと交換してくれ、と言われたらしい。<br />
	　そんな交渉の仕方。大洋は驚いてしまった。</p>
<p>
	「そんなに値段の張るもの？」<br />
	「いいものだよ。有名な作家の一点もの。というか、この種類はわずかしか作られてないんだ。なんかね、恋人って言う人がくれた、っていう話だよ」<br />
	「それで譲った？」<br />
	「んー、必死だった、とにかく。でもさ、おれのところにあったあの椅子は確かに大事だけど、そんなに値の張るものじゃないんだよね。古いし、これに比べればものすごく値は落ちる。一応は預かっておくけど、これはこの店にあるより、持ち主に返したいなぁ」</p>
<p>
	　店主は眉尻を下げ、情けなく笑う。椅子よりも値の高いボタンってなんだ、とも思ったが、そういうのが世の中に存在することは聞いていた。大洋も頷く。<br />
	　ついでに持ち主に返す手伝いをすることにした。あわよくば売られた（交換だ）椅子を大洋も見たい。もう一度愛でたいと思ったからだ。<br />
	　店主から無理やり連絡先を聞き出し、自転車で駆け抜ける。着いた場所はやたらとでかい家だった。高い塀と、それ以上に繁る植物。飲み込まれそうだったが確かに住所はそこで合っていた。「白金方　星野誠市」。<br />
	　当時、大洋が住んでいたのは大学からやたらと遠い、でも家賃は格安の、古いアパートだった。こんなところに住めるなんて贅沢だ、とも思った。今思えばこれがきっかけで白金邸に住んでいるのだが、この時はとことん遠い家だと思った。<br />
	　何度も呼び鈴を押したが誰も出てこない。すいませんと５回ぐらい叫んだ。ようやく出てきたのが笙子で、出かける間際なのだと言って急いでいたが、星野を呼んでくれた。「そこの、眼鏡の彼」。傍には有田もいたのでどちらがどちらか分からなかった。<br />
	　星野は直射日光の当たらぬ１階のテラス席で椅子を磨いている最中だった。本当に丁寧に磨いていた。テラスへ直接回り込んで「あの」と話しかけた。途端にびくついて、星野は顔を上げた。<br />
	<br />
	　あ、と声が出かけた。<br />
	<br />
	　眼鏡で誤魔化されてはいるが、目鼻立ちはすっきりと通っていた。それからそばかす。うっすらとあるそれは、視力がすさまじく優れている大洋の目によく見えた。まるで、昼の星。見えないけどそこにうっすらと存在している、無数の星が流れているようだった。<br />
	<br />
	　一瞬でやられてしまった。<br />
	&nbsp;</p>
<p>
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		<dc:subject>おやすみなさい、また明日。</dc:subject>
		<dc:date>2012-05-09T17:00:00+09:00</dc:date>
		<dc:creator>粟津原栗子</dc:creator>
		<dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
		<dc:rights>粟津原栗子</dc:rights>
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