×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
◇
日本におけるこの雨期のあいだの身体の不調はどうしようもないが、空模様を眺めるのはわりと好きでいたりする。雲はドラマチックに色を変え、かたちを変え、流れていく。あるいは重たく停滞する。不安定な大気は、僕の不調を大いに煽ってくれるものだと分かっていて、目が離せない。
その日、僕は仕事だった。昼頃、父から電話が入った。ちょうどランチタイムだったので電話に出ることが出来た。父もそれを見計らってかけて来たのだろう。彼は挨拶もそこそこに、「覚えているか、一人くん」と用件を切り出した。
忘れるはずもなかった。毎年冬になれば会いに行っていた、いまとなっては懐かしい僕の親友だ。未だ行方は知れない。
「一人が、どうしたの」僕は訊ねる。
『うちに来たんだ。おまえに会いに来たと言っていた。本当はおまえに直接連絡を取りたかったそうだけど、アドレスが変わっているらしくて、連絡が取れない、と言って。かろうじて覚えていたうちの電話番号を頼りに、うちへ来たんだ』
僕の心臓が、いつか感じた痛みとまったく同じ衝撃で、痛んだ。「それで、どうしたの?」と僕は父を急かす。父は「おまえのいま住んでいるアパートの住所と、連絡先を教えた」と答えた。
『できればおまえに会いたい、と言っていてね。だから教えた。――懐かしかったし、驚いたよ。少年のころの面影は確かにあったけれど、もう全く、ひとりの成人した男性になっていた』
近いうちに連絡があるかもしれない、と言って、僕は了承し、電話を切った。目の前に広げた弁当は、なんとなく食べる気がしなくなって、しまい込んだ。一人と連絡が取れなくなってから、十年経過している。僕は一人の姿を思いだすが、いちばんはじめのソリ滑りの記憶、あのとき冬服の一人の姿しか、どうしても出てこなかった。
だから目の前に本物が現れたときには、記憶と現実とのギャップに、とてもうろたえた。
一人は僕の暮らすアパートの前、扉に背を預けて、座り込んでいた。うなだれて目を閉じていたから、眠っていたのかもしれない。声をかけても返事がなかった。軽く肩に触れて揺さぶると、男は目を開けた。
その顔は、父の言っていた通りだった。面影はあったが、もう少年ではない。ひとりの青年に変化していた。
僕らは無言でお互いを見つめあった。先に声を発したのは、一人だった。「優人」と呼んだ、その声はかすかにふるえていたが、懐かしい音だった。
「――遅ぇよ、帰るのが」
「いやこれでも急いだんだ……いつからいたんだ?」
「夕方、こっちに着いた。それからアパート探して、……良かった、会えた。なんとかなるもんだな」
一人は笑い、尻をはたきながら立ちあがった。その身長は、最後に会った高校二年生の冬よりも、まだ少し伸びた感じがした。少なくとも僕よりは断然大きくなっていた。初めて会った時は、同じくらいだった背が。
「ちょっと上がらせてくれないか?」
僕は慌ててアパートの鍵を開けた。梅雨なので、部屋干しの洗濯物がやかましかったが、「外観の割にはいい部屋だな、広いし」と一人は評価してくれた。僕は湯を沸かしつつ、一人の姿をちらちらと追っていた。半袖のTシャツから伸びる腕、膝上丈のショートパンツから伸びる足、張った背中には肩甲骨がはっきりと知れて、締まった腰へと続く。そういうのは、冬服しか知らなかった僕には新鮮で、衝撃だった。こんな身体をしていたこと。
思っていたよりもずっと、逞しい身体つきだと思った。確かな筋肉をまとっている。隠されていた肌があらわになって、夏服の一人は、どうしても僕には魅力的に映った。
「優人」と窓の外を見ていた一人が振り返る。
「いまなにやってるんだ?」
「……見ての通り、会社員だよ」
「そうだな。スキーウェアでもこもこしてた優人が、スーツ着てネクタイなんか締めてる、と思ってさ」
そのまま無言で僕らはまたお互いを見つめる。電気ケトルが沸騰する音で、僕は我に返った。
「お茶、飲んで行けよ。熱いのしかなくて悪いけど」
「さんきゅ」
「悪いな、めしは出てこない。……梅雨時は色々と億劫で、食材を買っていないんだ」
「相変わらず梅雨には弱いんだな」
「そう、変わらないさ」
それから黙ってふたりで茶を飲んだ。なにを話していいか、なにから話せばいいか、なにを訊いていいのか、僕はすっかり混乱に陥っていた。
ただ目の前に一人がいること。逞しい身体があること。それに感動して、泣きそうになっていた。
「――いや、変わったよ」間をおいて、一人はそう言った。
「十年も経ったんだ。変わらない方がおかしいよな」
「うん。……この十年、どうしてた?」
「そうだな、大変だった。ペンションがつぶれて、借金だけ残って、支払いに必死になって、……本当は学校へ行きたかったんだけど、働いて。苦労のさなかにじいちゃんもばあちゃんも死んだ。楽させてやれなかったなあ。親父とふたりだけになって、がむしゃらに働いて、なんとか借金を返し終えて、……それでようやく、おまえに会おう、っていう気になった」
「そっか……いまは?」
「なにもしてない。さすがにこの十年はちょっと疲れたから、もろもろ清算して、フリー。手持ちのカードは、全部失くしたか、切って、放した」
「……」
「なあんにもないよ、おれ」
一人は後ろに倒れて、ごろりと床に寝そべった。長い手足が投げ出される。
「なあんにも、ない」
それは、とても淋しい響きだった。そして、疲れ切っているとも思った。ふと、僕は窓の外を見遣る。いつの間にか細かい雨が降っていた。道理で頭が鈍く重たいと感じたのだ。思考がクリアにならない。
そのクリアにならない頭の中で、僕がかろうじて思ったのは、一人を休ませたいということだった。一人のことは、飛んで飛んでぼろぼろになるまで飛んだ、鳥のようだと思った。飛び続けて羽根も抜け落ちて、休める場所を探している。それが僕のところだと思ってくれていたら、僕は喜んで寝床を差し出したい。だから僕は、「休もう」と一人に言った。
「風呂、沸かすよ。めしは弁当か出前になっちゃうけど。それで、寝よう。今夜は早く休むんだ。おれも梅雨疲れしていて、あんまり万全じゃない。ふたりで、さっさと寝てしまおう。一人のペンションでよく一緒に寝たよな。あんな感じで」
「……」
一人は投げ出していた手を目元に持ってきて、顔を覆い隠した。それで少しだけ泣いて、かすれた声で「会えてよかった」と言った。僕も少し、泣いた。
← 前編
→ 後編
日本におけるこの雨期のあいだの身体の不調はどうしようもないが、空模様を眺めるのはわりと好きでいたりする。雲はドラマチックに色を変え、かたちを変え、流れていく。あるいは重たく停滞する。不安定な大気は、僕の不調を大いに煽ってくれるものだと分かっていて、目が離せない。
その日、僕は仕事だった。昼頃、父から電話が入った。ちょうどランチタイムだったので電話に出ることが出来た。父もそれを見計らってかけて来たのだろう。彼は挨拶もそこそこに、「覚えているか、一人くん」と用件を切り出した。
忘れるはずもなかった。毎年冬になれば会いに行っていた、いまとなっては懐かしい僕の親友だ。未だ行方は知れない。
「一人が、どうしたの」僕は訊ねる。
『うちに来たんだ。おまえに会いに来たと言っていた。本当はおまえに直接連絡を取りたかったそうだけど、アドレスが変わっているらしくて、連絡が取れない、と言って。かろうじて覚えていたうちの電話番号を頼りに、うちへ来たんだ』
僕の心臓が、いつか感じた痛みとまったく同じ衝撃で、痛んだ。「それで、どうしたの?」と僕は父を急かす。父は「おまえのいま住んでいるアパートの住所と、連絡先を教えた」と答えた。
『できればおまえに会いたい、と言っていてね。だから教えた。――懐かしかったし、驚いたよ。少年のころの面影は確かにあったけれど、もう全く、ひとりの成人した男性になっていた』
近いうちに連絡があるかもしれない、と言って、僕は了承し、電話を切った。目の前に広げた弁当は、なんとなく食べる気がしなくなって、しまい込んだ。一人と連絡が取れなくなってから、十年経過している。僕は一人の姿を思いだすが、いちばんはじめのソリ滑りの記憶、あのとき冬服の一人の姿しか、どうしても出てこなかった。
だから目の前に本物が現れたときには、記憶と現実とのギャップに、とてもうろたえた。
一人は僕の暮らすアパートの前、扉に背を預けて、座り込んでいた。うなだれて目を閉じていたから、眠っていたのかもしれない。声をかけても返事がなかった。軽く肩に触れて揺さぶると、男は目を開けた。
その顔は、父の言っていた通りだった。面影はあったが、もう少年ではない。ひとりの青年に変化していた。
僕らは無言でお互いを見つめあった。先に声を発したのは、一人だった。「優人」と呼んだ、その声はかすかにふるえていたが、懐かしい音だった。
「――遅ぇよ、帰るのが」
「いやこれでも急いだんだ……いつからいたんだ?」
「夕方、こっちに着いた。それからアパート探して、……良かった、会えた。なんとかなるもんだな」
一人は笑い、尻をはたきながら立ちあがった。その身長は、最後に会った高校二年生の冬よりも、まだ少し伸びた感じがした。少なくとも僕よりは断然大きくなっていた。初めて会った時は、同じくらいだった背が。
「ちょっと上がらせてくれないか?」
僕は慌ててアパートの鍵を開けた。梅雨なので、部屋干しの洗濯物がやかましかったが、「外観の割にはいい部屋だな、広いし」と一人は評価してくれた。僕は湯を沸かしつつ、一人の姿をちらちらと追っていた。半袖のTシャツから伸びる腕、膝上丈のショートパンツから伸びる足、張った背中には肩甲骨がはっきりと知れて、締まった腰へと続く。そういうのは、冬服しか知らなかった僕には新鮮で、衝撃だった。こんな身体をしていたこと。
思っていたよりもずっと、逞しい身体つきだと思った。確かな筋肉をまとっている。隠されていた肌があらわになって、夏服の一人は、どうしても僕には魅力的に映った。
「優人」と窓の外を見ていた一人が振り返る。
「いまなにやってるんだ?」
「……見ての通り、会社員だよ」
「そうだな。スキーウェアでもこもこしてた優人が、スーツ着てネクタイなんか締めてる、と思ってさ」
そのまま無言で僕らはまたお互いを見つめる。電気ケトルが沸騰する音で、僕は我に返った。
「お茶、飲んで行けよ。熱いのしかなくて悪いけど」
「さんきゅ」
「悪いな、めしは出てこない。……梅雨時は色々と億劫で、食材を買っていないんだ」
「相変わらず梅雨には弱いんだな」
「そう、変わらないさ」
それから黙ってふたりで茶を飲んだ。なにを話していいか、なにから話せばいいか、なにを訊いていいのか、僕はすっかり混乱に陥っていた。
ただ目の前に一人がいること。逞しい身体があること。それに感動して、泣きそうになっていた。
「――いや、変わったよ」間をおいて、一人はそう言った。
「十年も経ったんだ。変わらない方がおかしいよな」
「うん。……この十年、どうしてた?」
「そうだな、大変だった。ペンションがつぶれて、借金だけ残って、支払いに必死になって、……本当は学校へ行きたかったんだけど、働いて。苦労のさなかにじいちゃんもばあちゃんも死んだ。楽させてやれなかったなあ。親父とふたりだけになって、がむしゃらに働いて、なんとか借金を返し終えて、……それでようやく、おまえに会おう、っていう気になった」
「そっか……いまは?」
「なにもしてない。さすがにこの十年はちょっと疲れたから、もろもろ清算して、フリー。手持ちのカードは、全部失くしたか、切って、放した」
「……」
「なあんにもないよ、おれ」
一人は後ろに倒れて、ごろりと床に寝そべった。長い手足が投げ出される。
「なあんにも、ない」
それは、とても淋しい響きだった。そして、疲れ切っているとも思った。ふと、僕は窓の外を見遣る。いつの間にか細かい雨が降っていた。道理で頭が鈍く重たいと感じたのだ。思考がクリアにならない。
そのクリアにならない頭の中で、僕がかろうじて思ったのは、一人を休ませたいということだった。一人のことは、飛んで飛んでぼろぼろになるまで飛んだ、鳥のようだと思った。飛び続けて羽根も抜け落ちて、休める場所を探している。それが僕のところだと思ってくれていたら、僕は喜んで寝床を差し出したい。だから僕は、「休もう」と一人に言った。
「風呂、沸かすよ。めしは弁当か出前になっちゃうけど。それで、寝よう。今夜は早く休むんだ。おれも梅雨疲れしていて、あんまり万全じゃない。ふたりで、さっさと寝てしまおう。一人のペンションでよく一緒に寝たよな。あんな感じで」
「……」
一人は投げ出していた手を目元に持ってきて、顔を覆い隠した。それで少しだけ泣いて、かすれた声で「会えてよかった」と言った。僕も少し、泣いた。
← 前編
→ 後編
PR
カウチンニットもしくはダウンジャケットに、帽子、手袋、マフラー。ウール素材の厚手の靴下、スノーブーツ。僕の知っている一人(かずと)は、そういうイメージだ。
僕と一人の出会いは、僕らが中学一年生のころにさかのぼる。僕の父は雪国出身というだけあって、ウィンタースポーツに長けていたし、愛してもいた。それで僕が冬休みになるとよく実家へ長めに帰省して、スキー場やスケートリンクに連れて行ってくれた。氷上や雪上の父はいきいきとしていて、普段は母に小言ばかり言われてうんざりとした顔でいる父よりも断然に格好良くて、冬の父は好きだな、と思っていた。
中学一年生の冬休みに父の実家へ帰省した際、彼は僕を連れてスキー場の傍にあるペンションにやって来た。「おれの幼馴染がこの冬にオープンさせたんだ」と言う。そこで出会ったのが、父の幼馴染の息子だという一人だった。同い年だから仲良くやりな、と言われ、再会に沸く父らを後目に、「とりあえず、ソリ滑りでもする?」と一人が言った。
僕の感覚ではなんとなく、ソリとは幼い子どもがするもので、それよりもスキーやスノーボードの方が中学一年生の僕らにはふさわしい、と思っていた。僕が返事をしかねていると、一人は「すごいコースがあるんだ」と言って、自分はさっさとスキーウェアを着こみ始めた。「行かないならいいさ、おれひとりで行くから」と言う。僕は慌てて支度を始めた。「行く、行くよ」
「どこにあるの、その、すごいコース」
「すぐそこさ」
と軽い口調で一人は言ったが、結構歩いたと思う。林道の上り坂だったから、余計にそう思ったのかもしれない。雪の上を、ざくざくと音を立てながら、プラスチック製のソリを引っ張って歩く。僕らは無言で、吐いた白い息が、粉雪混じりの北風に流れていく。
一人の言った「すごいコース」とは、林道そのもののことだった。滅多に車が入らないのでソリ遊びにはうってつけなのだと言う。緩い坂道だったが、距離が長い。「林道からは外れるなよ、危ないから」と一人は言った。
ソリはひとつしかなかった。僕が前に座り、一人が後ろにつく。「いいか?」と訊かれて、僕は頷いた。ボブスレーの要領で、一人はソリを押して走り出し、勢いがついたところで僕の後ろに飛び乗った。
ソリは、ものすごいスピードが出た。
雪道を走る車の速度とそう変わらないのではないか、と思えるほどだった。ソリに慣れない僕は必死で手綱を繰るのだが、背後から延びて来た一人の手が手綱を取って、進行方向を微妙に調節した。歩いた分だけソリは滑る。背後で一人が興奮して叫んだ。つられて僕も声を出す。
ソリがようやく止まったのは、開けて平たんになった道だった。すごく楽しかった、と僕は立ち上がりながら一人を振り返る。一人はほっぺたを真っ赤にしていた。
「はは、おまえ鼻水出てるぞ」と一人が笑う。
「一人は頬が真っ赤だよ」
「おまえもな、優人(まさひと)」
おかしくなって、ふたりで笑った。「もう一回やるか?」と一人が訊いて、僕は頷いた。今度の上り坂は、無言ではなかった。
僕は僕の通っている、ここよりずっと都会にある学校の話をした。一人は一人が通っている、過疎化が進んで生徒数がとても少ない学校の話をした。僕らの暮らし方は全く違っていて(だって僕の住んでいる街はこんなに雪なんか降らない)、その相違が新鮮で、話は尽きなかった。
僕らはとても仲の良い友人同士になった。ちょうど、父たちのように。冬になれば必ず一人の一家が経営するペンションに来た。
しかしそれも、数年限りの話だった。
高校を卒業するころ、一人のペンションは経営難に陥り、ほぼ夜逃げみたいに一人一家はそこから引っ越した。僕にはなんにも知らされなかったし、父もそれは同じだったみたいで、ある日突然通じなくなった電話に、僕ら親子は息が詰まった。
僕は大学進学を果たし、僕の住んでいた街よりももっと都会へ引っ越した。大学卒業後もその近辺にとどまり、いまは会社勤めをしながらひとりで暮らしている。
一人はどうしているだろうかとたまに思う。冷たい風、白い雪原、赤い耳当て付きのニット帽をかぶった、笑っている一人。
僕の中にある一人の映像は、そこで絶えている。
◇
僕と一人の出会いは、僕らが中学一年生のころにさかのぼる。僕の父は雪国出身というだけあって、ウィンタースポーツに長けていたし、愛してもいた。それで僕が冬休みになるとよく実家へ長めに帰省して、スキー場やスケートリンクに連れて行ってくれた。氷上や雪上の父はいきいきとしていて、普段は母に小言ばかり言われてうんざりとした顔でいる父よりも断然に格好良くて、冬の父は好きだな、と思っていた。
中学一年生の冬休みに父の実家へ帰省した際、彼は僕を連れてスキー場の傍にあるペンションにやって来た。「おれの幼馴染がこの冬にオープンさせたんだ」と言う。そこで出会ったのが、父の幼馴染の息子だという一人だった。同い年だから仲良くやりな、と言われ、再会に沸く父らを後目に、「とりあえず、ソリ滑りでもする?」と一人が言った。
僕の感覚ではなんとなく、ソリとは幼い子どもがするもので、それよりもスキーやスノーボードの方が中学一年生の僕らにはふさわしい、と思っていた。僕が返事をしかねていると、一人は「すごいコースがあるんだ」と言って、自分はさっさとスキーウェアを着こみ始めた。「行かないならいいさ、おれひとりで行くから」と言う。僕は慌てて支度を始めた。「行く、行くよ」
「どこにあるの、その、すごいコース」
「すぐそこさ」
と軽い口調で一人は言ったが、結構歩いたと思う。林道の上り坂だったから、余計にそう思ったのかもしれない。雪の上を、ざくざくと音を立てながら、プラスチック製のソリを引っ張って歩く。僕らは無言で、吐いた白い息が、粉雪混じりの北風に流れていく。
一人の言った「すごいコース」とは、林道そのもののことだった。滅多に車が入らないのでソリ遊びにはうってつけなのだと言う。緩い坂道だったが、距離が長い。「林道からは外れるなよ、危ないから」と一人は言った。
ソリはひとつしかなかった。僕が前に座り、一人が後ろにつく。「いいか?」と訊かれて、僕は頷いた。ボブスレーの要領で、一人はソリを押して走り出し、勢いがついたところで僕の後ろに飛び乗った。
ソリは、ものすごいスピードが出た。
雪道を走る車の速度とそう変わらないのではないか、と思えるほどだった。ソリに慣れない僕は必死で手綱を繰るのだが、背後から延びて来た一人の手が手綱を取って、進行方向を微妙に調節した。歩いた分だけソリは滑る。背後で一人が興奮して叫んだ。つられて僕も声を出す。
ソリがようやく止まったのは、開けて平たんになった道だった。すごく楽しかった、と僕は立ち上がりながら一人を振り返る。一人はほっぺたを真っ赤にしていた。
「はは、おまえ鼻水出てるぞ」と一人が笑う。
「一人は頬が真っ赤だよ」
「おまえもな、優人(まさひと)」
おかしくなって、ふたりで笑った。「もう一回やるか?」と一人が訊いて、僕は頷いた。今度の上り坂は、無言ではなかった。
僕は僕の通っている、ここよりずっと都会にある学校の話をした。一人は一人が通っている、過疎化が進んで生徒数がとても少ない学校の話をした。僕らの暮らし方は全く違っていて(だって僕の住んでいる街はこんなに雪なんか降らない)、その相違が新鮮で、話は尽きなかった。
僕らはとても仲の良い友人同士になった。ちょうど、父たちのように。冬になれば必ず一人の一家が経営するペンションに来た。
しかしそれも、数年限りの話だった。
高校を卒業するころ、一人のペンションは経営難に陥り、ほぼ夜逃げみたいに一人一家はそこから引っ越した。僕にはなんにも知らされなかったし、父もそれは同じだったみたいで、ある日突然通じなくなった電話に、僕ら親子は息が詰まった。
僕は大学進学を果たし、僕の住んでいた街よりももっと都会へ引っ越した。大学卒業後もその近辺にとどまり、いまは会社勤めをしながらひとりで暮らしている。
一人はどうしているだろうかとたまに思う。冷たい風、白い雪原、赤い耳当て付きのニット帽をかぶった、笑っている一人。
僕の中にある一人の映像は、そこで絶えている。
◇
梅雨入りが発表された。僕は憂うつに、ため息をつく。一年で最もつらい時期はいつですか? と聞かれれば、猛暑日熱帯夜の続く真夏でもなく、インフルエンザの流行する真冬でもなく、花粉症の春でもなく、僕の場合は梅雨時だ。湿気て汗ばむのが嫌だという理由もあるが、心がずしりと重たくなるのだ。鉛でも飲んだかのよう。なにをするでもないのに不安に駆られ、やたらと眠く、地面とくっつきそうになる。
そういえば、そんな話を一人とはしたことがあった。高校三年生のときに、メールで。あのころは、僕の暮らす街と一人の暮らす集落とが遠ければ遠いほど楽しくて、その差を感じればメールを送りあっていた。
あのとき、一人は「こっちも梅雨入りしたー」とメールをくれた。僕の暮らす街の方が先に梅雨入りしたのだ。
「梅雨寒の日が続いて、ストーブ焚いてる」と、一人はメールに書いて寄越した。
「嘘だろ? じめじめ蒸し暑くて嫌になるよ。雨が降れば眠いし、頭痛もするし」
「梅雨、弱いんだっけ。学校は?」
「行ってるよ、そりゃ。通えないほどじゃないんだ。でもしんどいな」
「繊細なんだな。おれなんか、雨で部活は室内練習ばっかりだから、そっちで憂うつ」当時彼は陸上部に所属していた。
「繊細というか、心臓がいつもより冷たい気がするんだ。これって、なんだろうな」
「おまえ彼女とかいないの?」
「いないよ。彼女がいれば解決する問題なのか? これは」
「いや、淋しいからそうなるんじゃないかと、思っただけ」
関係ないだろ、とは、一概に言えない気もした。僕は少し考えてから、またメールを打った。
「なあ。なんで一人って、『ひとり』って書くんだ?」
「名前の話か?」
「そう、名前の話。昔から気になってたけど、聞いたことなかったな、って。一人って書くと、おれは『独り』を連想するから、なんだか淋しい気がして」
「ふうん。ま、いいけど。おれんち、母さんがいないだろ。病気で早くに死んじまった。その母さんがおれを妊娠したって分かったとき、母体にめちゃくちゃ負担がかかるから、おろせ、みたいなことを、当時の医者に言われたらしいんだ」
いきなり重たい話がやって来て、僕ははずみで聞いたことを後悔した。
メールの文面は続く。
「でも母さんは産むって決めた。おれの名前の由来は、『唯一の人』って意味だ。私たち夫婦が溺愛するたった一人のかわいいわが子、とか、そんな感じ。あとは、将来大人になったら、誰かにとって唯一の人になってほしい、という意味」
心臓が、一瞬だけ弾けそうに鋭く鳴った。ただでさえ梅雨時で落ち着かないでいるのに、これはとても大きな衝撃だった。メールの最後に「優人は?」とあった。僕の名前の由来を彼は訊ねている。
「優しい人に育て、だよ」と返信をする。
「優人は名前の通りだよな。優しいと思う。いろんなものを、許せる」
「一人は」と打ちかけて、僕は言葉を探した。「誰かにとって唯一の人、の誰かに早く出会えるといいな」と打とうとして、僕はそれを打てないことに気付いた。一人に彼女が出来るとか、大切な誰かがいるとか、恋をするとか、そういうのが嫌だと思ったのだ。どうして嫌なのか。対抗心からではないのは確かだった。では、この気持ちはなんだ? 胸のざわめきが一層ひどくなる。こんなの、こんな感情は、ちっとも優しくない。
結局、「早く冬にならないかな」と全く明後日の方向へ話題を替えた。
「雪まみれんなって遊びたいな」
「来るか、今年も」
「行くさ。父さんが行かないって言っても、行くよ」
「受験生なのにか?」
「受験生なのにな」
「はは、待ってる」
そしてその約束は果たせなかった。
→ 中編
そういえば、そんな話を一人とはしたことがあった。高校三年生のときに、メールで。あのころは、僕の暮らす街と一人の暮らす集落とが遠ければ遠いほど楽しくて、その差を感じればメールを送りあっていた。
あのとき、一人は「こっちも梅雨入りしたー」とメールをくれた。僕の暮らす街の方が先に梅雨入りしたのだ。
「梅雨寒の日が続いて、ストーブ焚いてる」と、一人はメールに書いて寄越した。
「嘘だろ? じめじめ蒸し暑くて嫌になるよ。雨が降れば眠いし、頭痛もするし」
「梅雨、弱いんだっけ。学校は?」
「行ってるよ、そりゃ。通えないほどじゃないんだ。でもしんどいな」
「繊細なんだな。おれなんか、雨で部活は室内練習ばっかりだから、そっちで憂うつ」当時彼は陸上部に所属していた。
「繊細というか、心臓がいつもより冷たい気がするんだ。これって、なんだろうな」
「おまえ彼女とかいないの?」
「いないよ。彼女がいれば解決する問題なのか? これは」
「いや、淋しいからそうなるんじゃないかと、思っただけ」
関係ないだろ、とは、一概に言えない気もした。僕は少し考えてから、またメールを打った。
「なあ。なんで一人って、『ひとり』って書くんだ?」
「名前の話か?」
「そう、名前の話。昔から気になってたけど、聞いたことなかったな、って。一人って書くと、おれは『独り』を連想するから、なんだか淋しい気がして」
「ふうん。ま、いいけど。おれんち、母さんがいないだろ。病気で早くに死んじまった。その母さんがおれを妊娠したって分かったとき、母体にめちゃくちゃ負担がかかるから、おろせ、みたいなことを、当時の医者に言われたらしいんだ」
いきなり重たい話がやって来て、僕ははずみで聞いたことを後悔した。
メールの文面は続く。
「でも母さんは産むって決めた。おれの名前の由来は、『唯一の人』って意味だ。私たち夫婦が溺愛するたった一人のかわいいわが子、とか、そんな感じ。あとは、将来大人になったら、誰かにとって唯一の人になってほしい、という意味」
心臓が、一瞬だけ弾けそうに鋭く鳴った。ただでさえ梅雨時で落ち着かないでいるのに、これはとても大きな衝撃だった。メールの最後に「優人は?」とあった。僕の名前の由来を彼は訊ねている。
「優しい人に育て、だよ」と返信をする。
「優人は名前の通りだよな。優しいと思う。いろんなものを、許せる」
「一人は」と打ちかけて、僕は言葉を探した。「誰かにとって唯一の人、の誰かに早く出会えるといいな」と打とうとして、僕はそれを打てないことに気付いた。一人に彼女が出来るとか、大切な誰かがいるとか、恋をするとか、そういうのが嫌だと思ったのだ。どうして嫌なのか。対抗心からではないのは確かだった。では、この気持ちはなんだ? 胸のざわめきが一層ひどくなる。こんなの、こんな感情は、ちっとも優しくない。
結局、「早く冬にならないかな」と全く明後日の方向へ話題を替えた。
「雪まみれんなって遊びたいな」
「来るか、今年も」
「行くさ。父さんが行かないって言っても、行くよ」
「受験生なのにか?」
「受験生なのにな」
「はは、待ってる」
そしてその約束は果たせなかった。
→ 中編
◇
ゲイだという生産性が全くない身の上で、思うことは山ほどある。たとえば母が必死でつないでくれた生命のリレーにおいて、僕は次の人間にたすきを渡せないこと。いや、おぞましい体験をしてまで生まれた命なのだから、つなげないことが正解なのだと思えてしまうこと。そうやって考えを巡らせてしまい、ちょっと気を緩めれば、僕だって酒に溺れて心の調子を崩してしまいそうなこと。
僕の身の上や心とは裏腹に、朝喜、という名前を、たくさんの人が喜びを持って呼んでくれた。僕はひどく臆病で、この歳になるまで恋人という存在を持ったことがなかった。それでも恋だけはした。すべて想いを告げられない片想いであったけれど、僕が好きになった人たちは、一様に僕の名前を褒めてくれた。あだ名で呼ばずに、ストレートに本名で呼んでくれた。それは小さいながら、大きな喜びだった。そういう喜びで、僕はなんとかこの歳まで生きてこられたように思う。
五年前に出会った男には、僕のそれまでを話した。バイト先のその人は社員という身分だったが、歳が近いこともあってため口で話すことを許してくれた。その人にはもう婚約者がいたが、僕は彼が好きだった。何度経験したか分からぬ、痛む胸をさすりながら、それでもこの人とこうしてふたりで飲みに行ける夜というものが本当に嬉しかった。
朝喜くんはなんでそんなに儚く見えるんだろうな、と彼は呟いた。
「? 儚いかな、おれ。至って健康体だけど」
「いや、なんていうかな。すごく幸薄そうに見える。顔が整っているだろ。それが時折、ハッとするぐらい遠い場所で悲しみを浮かべているように、見えるんだ」
そう見えているとは思いよらなかった。僕は酔っぱらっていたので、苦笑して、さらりと生い立ちなどを話してしまった。ゲイであることも。
「母はレイプされて僕を産んだ。なんだろうね、だからか、命をつないでゆくことがいいのか悪いのか、おれはずっと考えている。生きていくことは、ただのエゴなのではないか? とかね。答えは出ないんだけど」
「……恋人を作らなかったり、結婚願望がないって言ってたりするのも、そういうことか?」
「それはまた別の話さ。おれは、ゲイなんだ。それで、あらゆることを、諦めてきた。だからいまさら恋人が欲しいとか家庭が欲しいとか、思わない。淋しく思うことはあるけど、……」
好きな男を前にして、叶わない恋心を打ち明けるほどしたたかにできていなかった。これまでに自らがゲイだと語ることはあっても、受け入れられたことは本当に少数しかなかったし、端から期待してもいなかった。あくまでも一般的な話として、僕は僕の現状とそこから派生した恋愛観、人生観を語る。男は静かに耳を傾けてくれていたが、やがて「違うと思うな」と口を挟んだ。
「朝喜の考え方。その、お母さんが必死で産んでくれた命なんだから、ゲイだからとかなんとか言って諦めずに、繋いで行かなきゃ」
「……」それは内情をよく分かっていない人の台詞だろうな、とどこか冷めた思いでいた。
「おれは朝喜の立場に立てないからさ、うまく言えないけど……おれが親だったら、子どもには幸せになってほしいと思う、絶対」
「……幸せ、ね」
「人の幸せって人それぞれだから、おれが思う単純で当たり前なことだけじゃないんだろうけど」
「きみが思う単純で当たり前な幸福、ってなに?」
「おれ? おれかあ。おれはなあ、家族が欲しいんだ」
だから婚約したさ、と彼は笑った。
「親父が早く亡くなったせいかな、早くおふくろを楽しませてやりたい、っていう気持ちもあるし、単純に一生ひとりの身じゃもたねえ、って思ったし」
「子どもが欲しかったり?」
「するんだ。父親になってみたい。子どもをかわいがってみたい。――って、朝喜には酷な話をしていたらごめん」
「いいんだ、これはきみの話だ。誰かの思うことがおれにも当てはまるとか、分かるよって頷くとか、そんな共感第一主義じゃないんだ」
僕は心臓を抉られたような気でいながら、やはりこの人のことが好きだと思っていた。男はまたくしゃっと顔をゆがめて、「ほらそういう言い方や表情がさ」と不意に僕の額を人差し指で突いて、僕の頭を軽く上向かせた。
「儚く? 違うか、孤独に思える。朝喜はもっと他人を欲すればいいと思うんだけど……うーん、まとまんねえな。おまえとおんなじで、答え出ねえわ。これも考え方のありようだよな。――孤独を好きな人も、いるか」
男は手を放す。思いがけないスキンシップに、僕は馬鹿みたいに胸を高鳴らせていた。
「でも」
男は僕に微笑んだ。
「いろんなことを諦めんな、まだ先は長いんだから」
「……」
「そうだな、朝喜。また飲もうな」
その言葉で、僕は充分だった。きみからの幸福はもうもらった、ありがとう、と思う。手の中でぬくまったビールをくいと煽って、店員にお代わりを注文した。
あれから五年経って、男は結婚したし、子どももふたりばかり生まれた。恋はもう過去の恋になっていて、男から報告を受けることは、大した傷ではなくなっていた。僕は相変わらずひとりでいる。誰とも添わず、ここ数年は恋すらせず、不器用に生きている。諦めるな、とあの夜言われた言葉は、さほど実行していない。諦めることは、楽だからだ。
母はどうして僕を産むことを諦めなかったんだろうな、とよく考える。好きな男との子どもならともかく、レイプされてまで産む命だっただろうか? おろしてしまった方が、肉体的にはどうだか、精神的には、圧倒的に楽だったはずだ。祖母の反対だってあったのだ。そうして産む命だっただろうか? ろくな味方もいないのに?
僕が生きている意味や価値みたいなものが、分からなくなる。子どもは望めない。マイノリティであることは、障害があることと同じじゃないかとさえ思ってしまう。だからと言って、いますぐ死ぬ勇気もない。だらだらと、思い悩むことだらけで生きていること。これが辛い。
一日か、空いても二日置きぐらいには、母の元を訪ねることにしている。母は相変わらず実家の離れに暮らしていて、これまでに何度も精神科のアルコール外来にかかっている。内臓がぼろぼろで、それでも酒を好んで飲もうとするので、家じゅうの酒を隠している。下手をすると料理酒やみりんにまで手を出すのよ、と、もう高齢の祖母がうんざりした表情で話してくれるのを、適当に聞いている。
その日の母は、ベッドに横になっていた。もう身体が辛いのだ。それでもか細い声で、歌をうたっていた。僕はその傍らに椅子を持ってきて座り込み、ずいぶんと痩せこけたかつての美女を見ていた。
不意に、僕のスマートフォンが着信を告げた。相手は五年前に好きだった、あの男だった。時折こうして電話を寄越すのだ。今日はなんだろう、と思って僕はその場で電話に出る。
第一声が『生まれたっ!』だった。
「え、あ、三人目の子ども?」少し前に、奥さんが三人目を身ごもった話を聞いていた。
『そう、今朝生まれたんだ。男の子。それがさ、ドラマチックな朝でさ。昨日の夜って春の嵐で、荒れただろ? こんな嵐の夜に陣痛が来るなんて、いくら三人目でも心配だね、とか話してたんだけど、無事に生まれてくれた』
「そっか、おめでとう」
『それがさ、すっげえ朝だったんだ。おまえは今日の夜明けを見たか? 嵐がぴたっと止んで、見事に日がのぼる、っていう瞬間に生まれてくれた。これはもう、なんて喜ばしい朝なんだ、って思った。思ったら、朝喜、おまえの名前が浮かんだ。きっとこんな風にして、おまえは生まれてきたんだな、って』
「最悪の朝だったと思うけど」
『まあ、聞けって。こっから先は相談な。おまえのその、朝喜、っていう名前。子どもにつけていいか?』
これには驚いた。僕は「え?」と動揺を隠せずに尋ね返す。
「名前。おまえからもらってもいいか?」
「……いいけど、でも、ちょっと安易じゃないか? 名前って、一生その子を表すんだぞ。それにおれは本当なら生まれちゃいけない子どもで、おまけにゲイで、」
「関係あるか。だから、何度も言わせんなよ。こんなに喜ばしい朝はなかったんだ!」
男の言葉に、僕は胸を熱くする。しばらく考えて、僕は了解した。それから少し話をして、また子どもの顔を見せてくれよと約束をして、電話を切った。
母はまだか細く歌をうたっている。布団の上に投げ出された、やせ細った手を取って、僕は深くため息をつきながら、「母さん」と呼びかけた。
「あなたが繋いだリレーは、ほかの人にバトンが行き渡ったよ」
母は歌うのをやめない。
「バトンを渡すことで、誰かを傷つけることは、きっとなかったと思う。こんなおれだったのに、ちゃんとあなたのバトンを渡せたよ。喜ばしい朝だって、そう言ったあなたを、繋げたよ、おれは」
これで良かったのかな、と軽くうなだれると、彼女は手をぎゅっと握り返してきた。そして歌うのをやめて、こちらを見あげる。
「良かったねえ、朝喜」
「……」
「良かったねえ、朝喜。私のいちばんかわいい子」
そしてまた彼女は歌いだす。僕はいつの間にか涙ぐんでいた。こんな僕でも、喜ばしい朝に生まれたんだ。
その朝を望んでくれた、母の幸福は、間違いがなかった。
「母さん、あなたは正しかった」
涙が頬を伝っているのが分かる。ぬるい涙だ。鼻の奥が痛い。
「本当におめでとう」
そう呟いて、僕は母の布団に突っ伏して、大泣きした。母はずっと歌っていた。あの古い映画の歌だ。それは子守歌のようで、僕はいつの間にか、眠る。
朝喜、朝喜と呼ばれ祝福された、ちいさな子どもの夢を見た。
End.
← 前編
ゲイだという生産性が全くない身の上で、思うことは山ほどある。たとえば母が必死でつないでくれた生命のリレーにおいて、僕は次の人間にたすきを渡せないこと。いや、おぞましい体験をしてまで生まれた命なのだから、つなげないことが正解なのだと思えてしまうこと。そうやって考えを巡らせてしまい、ちょっと気を緩めれば、僕だって酒に溺れて心の調子を崩してしまいそうなこと。
僕の身の上や心とは裏腹に、朝喜、という名前を、たくさんの人が喜びを持って呼んでくれた。僕はひどく臆病で、この歳になるまで恋人という存在を持ったことがなかった。それでも恋だけはした。すべて想いを告げられない片想いであったけれど、僕が好きになった人たちは、一様に僕の名前を褒めてくれた。あだ名で呼ばずに、ストレートに本名で呼んでくれた。それは小さいながら、大きな喜びだった。そういう喜びで、僕はなんとかこの歳まで生きてこられたように思う。
五年前に出会った男には、僕のそれまでを話した。バイト先のその人は社員という身分だったが、歳が近いこともあってため口で話すことを許してくれた。その人にはもう婚約者がいたが、僕は彼が好きだった。何度経験したか分からぬ、痛む胸をさすりながら、それでもこの人とこうしてふたりで飲みに行ける夜というものが本当に嬉しかった。
朝喜くんはなんでそんなに儚く見えるんだろうな、と彼は呟いた。
「? 儚いかな、おれ。至って健康体だけど」
「いや、なんていうかな。すごく幸薄そうに見える。顔が整っているだろ。それが時折、ハッとするぐらい遠い場所で悲しみを浮かべているように、見えるんだ」
そう見えているとは思いよらなかった。僕は酔っぱらっていたので、苦笑して、さらりと生い立ちなどを話してしまった。ゲイであることも。
「母はレイプされて僕を産んだ。なんだろうね、だからか、命をつないでゆくことがいいのか悪いのか、おれはずっと考えている。生きていくことは、ただのエゴなのではないか? とかね。答えは出ないんだけど」
「……恋人を作らなかったり、結婚願望がないって言ってたりするのも、そういうことか?」
「それはまた別の話さ。おれは、ゲイなんだ。それで、あらゆることを、諦めてきた。だからいまさら恋人が欲しいとか家庭が欲しいとか、思わない。淋しく思うことはあるけど、……」
好きな男を前にして、叶わない恋心を打ち明けるほどしたたかにできていなかった。これまでに自らがゲイだと語ることはあっても、受け入れられたことは本当に少数しかなかったし、端から期待してもいなかった。あくまでも一般的な話として、僕は僕の現状とそこから派生した恋愛観、人生観を語る。男は静かに耳を傾けてくれていたが、やがて「違うと思うな」と口を挟んだ。
「朝喜の考え方。その、お母さんが必死で産んでくれた命なんだから、ゲイだからとかなんとか言って諦めずに、繋いで行かなきゃ」
「……」それは内情をよく分かっていない人の台詞だろうな、とどこか冷めた思いでいた。
「おれは朝喜の立場に立てないからさ、うまく言えないけど……おれが親だったら、子どもには幸せになってほしいと思う、絶対」
「……幸せ、ね」
「人の幸せって人それぞれだから、おれが思う単純で当たり前なことだけじゃないんだろうけど」
「きみが思う単純で当たり前な幸福、ってなに?」
「おれ? おれかあ。おれはなあ、家族が欲しいんだ」
だから婚約したさ、と彼は笑った。
「親父が早く亡くなったせいかな、早くおふくろを楽しませてやりたい、っていう気持ちもあるし、単純に一生ひとりの身じゃもたねえ、って思ったし」
「子どもが欲しかったり?」
「するんだ。父親になってみたい。子どもをかわいがってみたい。――って、朝喜には酷な話をしていたらごめん」
「いいんだ、これはきみの話だ。誰かの思うことがおれにも当てはまるとか、分かるよって頷くとか、そんな共感第一主義じゃないんだ」
僕は心臓を抉られたような気でいながら、やはりこの人のことが好きだと思っていた。男はまたくしゃっと顔をゆがめて、「ほらそういう言い方や表情がさ」と不意に僕の額を人差し指で突いて、僕の頭を軽く上向かせた。
「儚く? 違うか、孤独に思える。朝喜はもっと他人を欲すればいいと思うんだけど……うーん、まとまんねえな。おまえとおんなじで、答え出ねえわ。これも考え方のありようだよな。――孤独を好きな人も、いるか」
男は手を放す。思いがけないスキンシップに、僕は馬鹿みたいに胸を高鳴らせていた。
「でも」
男は僕に微笑んだ。
「いろんなことを諦めんな、まだ先は長いんだから」
「……」
「そうだな、朝喜。また飲もうな」
その言葉で、僕は充分だった。きみからの幸福はもうもらった、ありがとう、と思う。手の中でぬくまったビールをくいと煽って、店員にお代わりを注文した。
あれから五年経って、男は結婚したし、子どももふたりばかり生まれた。恋はもう過去の恋になっていて、男から報告を受けることは、大した傷ではなくなっていた。僕は相変わらずひとりでいる。誰とも添わず、ここ数年は恋すらせず、不器用に生きている。諦めるな、とあの夜言われた言葉は、さほど実行していない。諦めることは、楽だからだ。
母はどうして僕を産むことを諦めなかったんだろうな、とよく考える。好きな男との子どもならともかく、レイプされてまで産む命だっただろうか? おろしてしまった方が、肉体的にはどうだか、精神的には、圧倒的に楽だったはずだ。祖母の反対だってあったのだ。そうして産む命だっただろうか? ろくな味方もいないのに?
僕が生きている意味や価値みたいなものが、分からなくなる。子どもは望めない。マイノリティであることは、障害があることと同じじゃないかとさえ思ってしまう。だからと言って、いますぐ死ぬ勇気もない。だらだらと、思い悩むことだらけで生きていること。これが辛い。
一日か、空いても二日置きぐらいには、母の元を訪ねることにしている。母は相変わらず実家の離れに暮らしていて、これまでに何度も精神科のアルコール外来にかかっている。内臓がぼろぼろで、それでも酒を好んで飲もうとするので、家じゅうの酒を隠している。下手をすると料理酒やみりんにまで手を出すのよ、と、もう高齢の祖母がうんざりした表情で話してくれるのを、適当に聞いている。
その日の母は、ベッドに横になっていた。もう身体が辛いのだ。それでもか細い声で、歌をうたっていた。僕はその傍らに椅子を持ってきて座り込み、ずいぶんと痩せこけたかつての美女を見ていた。
不意に、僕のスマートフォンが着信を告げた。相手は五年前に好きだった、あの男だった。時折こうして電話を寄越すのだ。今日はなんだろう、と思って僕はその場で電話に出る。
第一声が『生まれたっ!』だった。
「え、あ、三人目の子ども?」少し前に、奥さんが三人目を身ごもった話を聞いていた。
『そう、今朝生まれたんだ。男の子。それがさ、ドラマチックな朝でさ。昨日の夜って春の嵐で、荒れただろ? こんな嵐の夜に陣痛が来るなんて、いくら三人目でも心配だね、とか話してたんだけど、無事に生まれてくれた』
「そっか、おめでとう」
『それがさ、すっげえ朝だったんだ。おまえは今日の夜明けを見たか? 嵐がぴたっと止んで、見事に日がのぼる、っていう瞬間に生まれてくれた。これはもう、なんて喜ばしい朝なんだ、って思った。思ったら、朝喜、おまえの名前が浮かんだ。きっとこんな風にして、おまえは生まれてきたんだな、って』
「最悪の朝だったと思うけど」
『まあ、聞けって。こっから先は相談な。おまえのその、朝喜、っていう名前。子どもにつけていいか?』
これには驚いた。僕は「え?」と動揺を隠せずに尋ね返す。
「名前。おまえからもらってもいいか?」
「……いいけど、でも、ちょっと安易じゃないか? 名前って、一生その子を表すんだぞ。それにおれは本当なら生まれちゃいけない子どもで、おまけにゲイで、」
「関係あるか。だから、何度も言わせんなよ。こんなに喜ばしい朝はなかったんだ!」
男の言葉に、僕は胸を熱くする。しばらく考えて、僕は了解した。それから少し話をして、また子どもの顔を見せてくれよと約束をして、電話を切った。
母はまだか細く歌をうたっている。布団の上に投げ出された、やせ細った手を取って、僕は深くため息をつきながら、「母さん」と呼びかけた。
「あなたが繋いだリレーは、ほかの人にバトンが行き渡ったよ」
母は歌うのをやめない。
「バトンを渡すことで、誰かを傷つけることは、きっとなかったと思う。こんなおれだったのに、ちゃんとあなたのバトンを渡せたよ。喜ばしい朝だって、そう言ったあなたを、繋げたよ、おれは」
これで良かったのかな、と軽くうなだれると、彼女は手をぎゅっと握り返してきた。そして歌うのをやめて、こちらを見あげる。
「良かったねえ、朝喜」
「……」
「良かったねえ、朝喜。私のいちばんかわいい子」
そしてまた彼女は歌いだす。僕はいつの間にか涙ぐんでいた。こんな僕でも、喜ばしい朝に生まれたんだ。
その朝を望んでくれた、母の幸福は、間違いがなかった。
「母さん、あなたは正しかった」
涙が頬を伝っているのが分かる。ぬるい涙だ。鼻の奥が痛い。
「本当におめでとう」
そう呟いて、僕は母の布団に突っ伏して、大泣きした。母はずっと歌っていた。あの古い映画の歌だ。それは子守歌のようで、僕はいつの間にか、眠る。
朝喜、朝喜と呼ばれ祝福された、ちいさな子どもの夢を見た。
End.
← 前編
「朝喜(あさき)と名前をつけたのよ。だってこんなに喜ばしい朝はなかったんだから」
と母はよく言っていた。それは僕に語るよりは、自分に言い聞かせている風があった。そう信じたかったのかもしれない。
母は、僕をとてもかわいがった。猫かわいがりに近かった。都合のよいときだけすり寄って来て、頬を寄せて「あんたは世界一かわいい子」と囁く。僕を育てたのは主に祖母だった。祖母は厳しい人で、座り方立ち居振る舞い、箸の持ち方から礼儀作法、なにもかもを僕にしつけた。この、祖母の厳しいしつけが耐えがたくなると、母の元へ行った。母は母屋からは廊下を渡った先の離れにいて、自室ではよく歌をうたっていた。折り紙を星形に切って部屋の壁という壁に貼り付けたり、飲酒をしながら風呂に浸かっていたりと、自由に過ごしていた。そこへ僕が顔を出す。母はにっこりと笑って、「どうしたの、朝喜」と腕を広げて僕を迎え入れてくれる。「どうしたの、かわいい子。そんなに泣くなんて」ととろけた声で僕を抱いて、なにかを歌ってくれる。たいていは映画の主題歌だった。それも母が昔見たものなので、僕にとってはなにを歌われているのかさえ分からないような曲だったが、いつも同じ曲ばかりだったので、母の声音で覚えてしまった。
「朝喜、朝喜、かわいい子」と、母は僕に頬ずりをする。
母の不幸は、その美貌にあった。とんでもない田舎で、オールドタイプのファッションを良しとして、大した店もない駅前通りを繁華街と言って、どこか土くさい顔立ちの女たちが集う中、母だけは正真正銘、ため息が出るほどの美少女だった。高い鼻すじ、くっきりとした瞳、唇はふっくらとまるく、スレンダーな身体つきはそこらへんのただ痩せた女たちとバランスが違った。やはり母も厳しい祖母にしつけられたおかげで最低限はふるまいが身についており、その身のこなし方や仕草もまた、男たちを虜にした。清楚なお嬢さん、という風ではなかった。むしろその逆で、いつも仏頂面だったし、男女構わず他人には冷たくあしらった。彼女の興味の先は、たとえば春の発芽、花のひらき方、南風のにおいなど、自然に関することだった。感受性が高く、しかしそれはあまり表に出なかった。クールな美少女。そこが最大の魅力だった。彼女はやがて絶世の美女へと自然に移行していく。
彼女は、二十六歳のときに、男に強姦された。相手は小学校からの同級生で、いわゆる幼馴染、ずっと母のことが好きだったらしい。母はそのたびに相手にしてこなかったのだが、ある日酔った勢いで自宅に侵入され、離れで、彼女は犯された。男は泣きながら「好きなんだ、好きなんだよ××ちゃん」と繰り返し、腰を突き動かした。母は全力で抵抗した。男の肌に爪を立て、泣き叫んだが、タイミングが悪く、誰も助けは来なかった。
不幸はこれにとどまらない。母は男の子どもを妊娠してしまった。
これをきっかけに、母は心の調子を一気に崩した。よくも僕を産んだものだと思う。よくも「朝喜」なんて名前をつけられたものだと思う。僕は生まれてはいけないはずの子どもで、でも母に、愛されて生まれた。
そんな男の子ども、おろしなさい、と言ったのは祖母だと聞く。心を乱しながらも、母はそれを頑として受け入れなかった。ただし、子育ては到底できなかった。祖母に助けを借りるほかなく、母はやがてアルコールに溺れるようになった。
幸なのか不幸なのか、僕は父とされる男に全く似なかった。
母の美貌をそれなりに受け継いで、強すぎる感受性のおかげでまともな職に就けず、おまけに自分は男が好きな男なのだと自覚したときの、めまい、絶望に近いもの、あれらには相当苦しめられた。ゲイだということは祖母には告げられなかったが、母には告げた。母は酒に溺れながらも、とろんとさせた瞳を僕に向けて、「良かったじゃない」と言った。
「あんたは間違っても、女を泣かせちゃあだめよ」
いい子ね、優しい子。彼女は呆けたようにそれを繰り返した。実際、呆けていたんだと思う。
そして僕は今年三十歳になった。
母もまた歳を取った。アルコール依存で身体はぼろぼろ、彼女はもうこの先、長くない。
→ 後編
と母はよく言っていた。それは僕に語るよりは、自分に言い聞かせている風があった。そう信じたかったのかもしれない。
母は、僕をとてもかわいがった。猫かわいがりに近かった。都合のよいときだけすり寄って来て、頬を寄せて「あんたは世界一かわいい子」と囁く。僕を育てたのは主に祖母だった。祖母は厳しい人で、座り方立ち居振る舞い、箸の持ち方から礼儀作法、なにもかもを僕にしつけた。この、祖母の厳しいしつけが耐えがたくなると、母の元へ行った。母は母屋からは廊下を渡った先の離れにいて、自室ではよく歌をうたっていた。折り紙を星形に切って部屋の壁という壁に貼り付けたり、飲酒をしながら風呂に浸かっていたりと、自由に過ごしていた。そこへ僕が顔を出す。母はにっこりと笑って、「どうしたの、朝喜」と腕を広げて僕を迎え入れてくれる。「どうしたの、かわいい子。そんなに泣くなんて」ととろけた声で僕を抱いて、なにかを歌ってくれる。たいていは映画の主題歌だった。それも母が昔見たものなので、僕にとってはなにを歌われているのかさえ分からないような曲だったが、いつも同じ曲ばかりだったので、母の声音で覚えてしまった。
「朝喜、朝喜、かわいい子」と、母は僕に頬ずりをする。
母の不幸は、その美貌にあった。とんでもない田舎で、オールドタイプのファッションを良しとして、大した店もない駅前通りを繁華街と言って、どこか土くさい顔立ちの女たちが集う中、母だけは正真正銘、ため息が出るほどの美少女だった。高い鼻すじ、くっきりとした瞳、唇はふっくらとまるく、スレンダーな身体つきはそこらへんのただ痩せた女たちとバランスが違った。やはり母も厳しい祖母にしつけられたおかげで最低限はふるまいが身についており、その身のこなし方や仕草もまた、男たちを虜にした。清楚なお嬢さん、という風ではなかった。むしろその逆で、いつも仏頂面だったし、男女構わず他人には冷たくあしらった。彼女の興味の先は、たとえば春の発芽、花のひらき方、南風のにおいなど、自然に関することだった。感受性が高く、しかしそれはあまり表に出なかった。クールな美少女。そこが最大の魅力だった。彼女はやがて絶世の美女へと自然に移行していく。
彼女は、二十六歳のときに、男に強姦された。相手は小学校からの同級生で、いわゆる幼馴染、ずっと母のことが好きだったらしい。母はそのたびに相手にしてこなかったのだが、ある日酔った勢いで自宅に侵入され、離れで、彼女は犯された。男は泣きながら「好きなんだ、好きなんだよ××ちゃん」と繰り返し、腰を突き動かした。母は全力で抵抗した。男の肌に爪を立て、泣き叫んだが、タイミングが悪く、誰も助けは来なかった。
不幸はこれにとどまらない。母は男の子どもを妊娠してしまった。
これをきっかけに、母は心の調子を一気に崩した。よくも僕を産んだものだと思う。よくも「朝喜」なんて名前をつけられたものだと思う。僕は生まれてはいけないはずの子どもで、でも母に、愛されて生まれた。
そんな男の子ども、おろしなさい、と言ったのは祖母だと聞く。心を乱しながらも、母はそれを頑として受け入れなかった。ただし、子育ては到底できなかった。祖母に助けを借りるほかなく、母はやがてアルコールに溺れるようになった。
幸なのか不幸なのか、僕は父とされる男に全く似なかった。
母の美貌をそれなりに受け継いで、強すぎる感受性のおかげでまともな職に就けず、おまけに自分は男が好きな男なのだと自覚したときの、めまい、絶望に近いもの、あれらには相当苦しめられた。ゲイだということは祖母には告げられなかったが、母には告げた。母は酒に溺れながらも、とろんとさせた瞳を僕に向けて、「良かったじゃない」と言った。
「あんたは間違っても、女を泣かせちゃあだめよ」
いい子ね、優しい子。彼女は呆けたようにそれを繰り返した。実際、呆けていたんだと思う。
そして僕は今年三十歳になった。
母もまた歳を取った。アルコール依存で身体はぼろぼろ、彼女はもうこの先、長くない。
→ 後編
飼い猫が死んだ。恋人は悲しんだ。
主に、恋人がかわいがっていた猫だった。拾って来たのが十五年前、僕らは大学で知りあったばかりのころだった。ばっかだなおまえ、学生の身分でアパート暮らしの身分で、そんなの拾ってきてどうすんだよ、と僕は言った。恋人(当時は恋人ではなかった)は「黙ってりゃ分からないだろ」と言って、猫にミルクを与えたり、排せつ物の世話をしたり、一緒に寝たりしていた。子猫は元気に育った。おおよそ一歳を迎えるころになって、大家にようやくばれた。だから言っただろ、と僕は言った。恋人は(そのころには恋人になっていた)はにかんで、おまえんちで飼ってよ、と言った。僕が暮らしていたのは祖父の生前の持ち家で、学生生活には贅沢に一軒家でひとり暮らしをしていた。
「おれも一緒に住んでいい?」
それから僕らの同居生活がはじまった。猫一匹と男ふたりの生活。
猫は、室内飼いにしておくつもりで、いったん外の楽しさを知ってしまったらどこへでも散歩に出かけるようになった。毛並みの鮮やかな、茶と黒と白の三毛猫だった。生活費はふたりで折半したからだいぶ余裕があったものの、動物まで飼うとなると、あまり贅沢は出来なかった。学生生活はそんなんで終わった。お互いに就職しても、祖父の家を出なかったから、仕事を始めてからはだいぶ楽になった。経済的な、という意味だ。仕事のストレスは、どうしようもなかった。学生のころには想像もつかないようなくだらないことで喧嘩して、恋人が家を出て行ったり、あるいは僕が友人の家に居ついたりするときもあった。そのたびにどちらかがどちらかの好物のスイーツだの惣菜だのを携えて、迎えに行ったり、謝りに来たりで、仲直りをした。もう怒っちゃいないさ、という意味で、ハグをしたりキスをしたり、身体を求めあったりもした。
それを猫は全部見ていた。
十五年分の僕らを見ていた。
十五年も経てば世間は変わるというものだ。とりわけ、ここ最近はめざましいように思う。二つ折りのプッシュボタン式だった携帯電話は、タッチパネル式のスマートフォンに変わった。人工知能がプロの棋士に勝ったり小説を書いたりする夢みたいな時代だ。それになんと言ったって、こんな国で、同性同士で結婚と同等の権利が認められるようになった。まだごく一部でだけれど。LGBTという言葉がニュースで一般的に扱われるようになった。僕も職場で、カミングアウトをした。パートナーがいて、その人は男性です、と。上司は表情を曇らせたりもしたが、「これも時代かな」と呟いた。同僚らは、いつも通りだった。その、なんと幸福なことか。
一方で恋人は、追い詰められていた。彼はフリーランスのイラストレーターで、会社勤めの僕とは違う人とのつながり方をしていた。理解を示してくれる人もいれば、気持ち悪いと思う人もいたようだ。もうあなたとの仕事はこれっきりにしてくれ、と言われたことがあって、それが相当に堪えたらしかった。僕は「僕の収入があるし、貯金もあるんだからさ。しばらく仕事しないでゆっくりしたら」と言った。これも恋人の気に障った。好きなことを仕事にしてしまったような人だったから。仕事をしないことは、人格の否定に繋がってしまうぐらいに、彼は仕事を愛していた。
落ち込んでいた恋人を、猫はじっくりと癒した。だが誰も老いには勝てないのだ。猫は、次第に痩せていった。トイレトレーニングはしっかりと行っていたはずだったのに、僕や恋人の布団で粗相をするようになった。首が下がり、喉を詰まらせることが多くなった。カリカリ餌からやわらかな缶詰に切り替えたが、最期の方は水さえも飲めなかった。
弱った体で、暗がりへ、人のいない方へと行く猫。恋人がそれを発見して、おまえの居場所はここだよ、と膝の上に載せた。もう頭を撫でてもごろごろと喉を鳴らす元気さえない。それでも恋人は猫を抱き、撫でた。
猫は、寝たきりになって、なにも食べられなくなって、その三日後に息を引き取った。深夜、なにかに呼ばれたような気がして僕は起きた。恋人は枕を抱いて寝ていた。毛布を敷いたゲージを覗いてみると、猫は微動だにしない。触れてみる。冷たかった。まだ死後硬直はなかったので、息を引き取った直後だったのだと思う。
そうか、逝ったか。僕は悲しくなかったし、泣かなかった。僕の実家は父の代で畜産業に転じていて、ゆえに動物の死はとても身近で、ごくありきたりなことだった。
自然死してくれたのが良かったと思った。その分長く一緒にいられて、こうして看取れた。事故死だったら、さすがに僕も参ったと思う。
恋人を起こすかどうか迷って、起こさなかった。明日の朝、悲しいことは明日の朝でいい。それまでどうか夢も見ないほど安らかにおやすみ、と願った。
細い月が中天にのぼっていた。
そして恋人は泣いた。
呻き、身体を折り、座りこみ、すすり泣いた。恋人にとって壮絶な別れを、僕は肩を支えることでなんとか慰めようとした。亡骸は、結局庭木の下に埋めた。ペット火葬場へ持って行ってお骨にしてもらったものを、椿の木の下に埋めた。
恋人は憔悴しきった顔で、「もう猫なんか飼わない」と言った。
「どうして?」
「死んでしまうから」
「当り前だ、死ぬさ。さかさまを言えば、僕ら飼い主は飼い猫より先に死んではいけない。そのいきものが、突然路頭に迷うことになるから」
恋人は黙ったが、また「だから猫なんか飼わない、って言っているんだ」と繰り返した。
「ばかだな」
おいで、と言って、僕は恋人の手を引いて、そのまま手をつないで縁側へ腰かけた。
「僕らいまいくつだ?」
僕の問いに、恋人は「三十五歳」と答える。
「まだ三十五歳さ。次の猫を飼って、その猫が十五年生きたとして、そのときは五十歳だ。それからまた次を飼ったら、六十五歳、その次も飼うと決めたら、おお、八十歳だ」
「……その数だけ別れなきゃならない、って言ってんの?」
「違う、その数だけ出会うんだ。その数だけその猫と月日を共にするんだ。……十五年前、そんな顔させたくて僕は『ばかだな』って言ったんじゃないぜ」
生きているものには、寿命があって、これは逃れられない。寿命を全うできることがすべての生物に当てはまるとは言えないから、別れの悲しみは、もっとたくさんある。猫は死んだ。僕も明日死ぬかもしれない。恋人だって、分からない。
だからって、別離の悲しみに怯えてしまうから、生きていたくないだなんて、言えるだろうか? 動物は死ぬから飼いたくない、という気持ちは、分からないわけではない。けれど看取ること。それは納得のいかないものごとを、広い心で受け止めることだ。折り合いをつけることで、人は一歩、前へ進む。なにかの死はきっと、多分、そんなに悪いことばかりじゃない。
死を受け入れて、僕らは生きている自分を実感する。息を吸い吐きしている、温かい血液の通う身体を。悲しむことさえ愛しい心や、その日々を。
「また猫を飼おう」
「……」
「無理に、いますぐに、とは言わないけど、でも、飼おう。おじいちゃんになって、もう猫を看取れない、っていう限界の年齢まで。もちろん僕らは、それまで添うんだ。どっちかが欠けたりしたらだめだ。一緒に、猫を飼おう」
恋人は、顔をくっしゃくしゃにして、それを腕で覆い隠して、必死で涙をこらえていた。僕はその肩を背後から腕をまわして抱きしめる。恋人は僕の肩にすがるようにして、顔を押し付けてきた。
こうして生きていること。きみの体温、僕の体温。
「また猫を飼おう。猫のいる世界に生きているんだから」
きみの胸はまだ痛いままでいい。今日のところは。
僕がついている。きみの背を、抱ける。
End.
主に、恋人がかわいがっていた猫だった。拾って来たのが十五年前、僕らは大学で知りあったばかりのころだった。ばっかだなおまえ、学生の身分でアパート暮らしの身分で、そんなの拾ってきてどうすんだよ、と僕は言った。恋人(当時は恋人ではなかった)は「黙ってりゃ分からないだろ」と言って、猫にミルクを与えたり、排せつ物の世話をしたり、一緒に寝たりしていた。子猫は元気に育った。おおよそ一歳を迎えるころになって、大家にようやくばれた。だから言っただろ、と僕は言った。恋人は(そのころには恋人になっていた)はにかんで、おまえんちで飼ってよ、と言った。僕が暮らしていたのは祖父の生前の持ち家で、学生生活には贅沢に一軒家でひとり暮らしをしていた。
「おれも一緒に住んでいい?」
それから僕らの同居生活がはじまった。猫一匹と男ふたりの生活。
猫は、室内飼いにしておくつもりで、いったん外の楽しさを知ってしまったらどこへでも散歩に出かけるようになった。毛並みの鮮やかな、茶と黒と白の三毛猫だった。生活費はふたりで折半したからだいぶ余裕があったものの、動物まで飼うとなると、あまり贅沢は出来なかった。学生生活はそんなんで終わった。お互いに就職しても、祖父の家を出なかったから、仕事を始めてからはだいぶ楽になった。経済的な、という意味だ。仕事のストレスは、どうしようもなかった。学生のころには想像もつかないようなくだらないことで喧嘩して、恋人が家を出て行ったり、あるいは僕が友人の家に居ついたりするときもあった。そのたびにどちらかがどちらかの好物のスイーツだの惣菜だのを携えて、迎えに行ったり、謝りに来たりで、仲直りをした。もう怒っちゃいないさ、という意味で、ハグをしたりキスをしたり、身体を求めあったりもした。
それを猫は全部見ていた。
十五年分の僕らを見ていた。
十五年も経てば世間は変わるというものだ。とりわけ、ここ最近はめざましいように思う。二つ折りのプッシュボタン式だった携帯電話は、タッチパネル式のスマートフォンに変わった。人工知能がプロの棋士に勝ったり小説を書いたりする夢みたいな時代だ。それになんと言ったって、こんな国で、同性同士で結婚と同等の権利が認められるようになった。まだごく一部でだけれど。LGBTという言葉がニュースで一般的に扱われるようになった。僕も職場で、カミングアウトをした。パートナーがいて、その人は男性です、と。上司は表情を曇らせたりもしたが、「これも時代かな」と呟いた。同僚らは、いつも通りだった。その、なんと幸福なことか。
一方で恋人は、追い詰められていた。彼はフリーランスのイラストレーターで、会社勤めの僕とは違う人とのつながり方をしていた。理解を示してくれる人もいれば、気持ち悪いと思う人もいたようだ。もうあなたとの仕事はこれっきりにしてくれ、と言われたことがあって、それが相当に堪えたらしかった。僕は「僕の収入があるし、貯金もあるんだからさ。しばらく仕事しないでゆっくりしたら」と言った。これも恋人の気に障った。好きなことを仕事にしてしまったような人だったから。仕事をしないことは、人格の否定に繋がってしまうぐらいに、彼は仕事を愛していた。
落ち込んでいた恋人を、猫はじっくりと癒した。だが誰も老いには勝てないのだ。猫は、次第に痩せていった。トイレトレーニングはしっかりと行っていたはずだったのに、僕や恋人の布団で粗相をするようになった。首が下がり、喉を詰まらせることが多くなった。カリカリ餌からやわらかな缶詰に切り替えたが、最期の方は水さえも飲めなかった。
弱った体で、暗がりへ、人のいない方へと行く猫。恋人がそれを発見して、おまえの居場所はここだよ、と膝の上に載せた。もう頭を撫でてもごろごろと喉を鳴らす元気さえない。それでも恋人は猫を抱き、撫でた。
猫は、寝たきりになって、なにも食べられなくなって、その三日後に息を引き取った。深夜、なにかに呼ばれたような気がして僕は起きた。恋人は枕を抱いて寝ていた。毛布を敷いたゲージを覗いてみると、猫は微動だにしない。触れてみる。冷たかった。まだ死後硬直はなかったので、息を引き取った直後だったのだと思う。
そうか、逝ったか。僕は悲しくなかったし、泣かなかった。僕の実家は父の代で畜産業に転じていて、ゆえに動物の死はとても身近で、ごくありきたりなことだった。
自然死してくれたのが良かったと思った。その分長く一緒にいられて、こうして看取れた。事故死だったら、さすがに僕も参ったと思う。
恋人を起こすかどうか迷って、起こさなかった。明日の朝、悲しいことは明日の朝でいい。それまでどうか夢も見ないほど安らかにおやすみ、と願った。
細い月が中天にのぼっていた。
そして恋人は泣いた。
呻き、身体を折り、座りこみ、すすり泣いた。恋人にとって壮絶な別れを、僕は肩を支えることでなんとか慰めようとした。亡骸は、結局庭木の下に埋めた。ペット火葬場へ持って行ってお骨にしてもらったものを、椿の木の下に埋めた。
恋人は憔悴しきった顔で、「もう猫なんか飼わない」と言った。
「どうして?」
「死んでしまうから」
「当り前だ、死ぬさ。さかさまを言えば、僕ら飼い主は飼い猫より先に死んではいけない。そのいきものが、突然路頭に迷うことになるから」
恋人は黙ったが、また「だから猫なんか飼わない、って言っているんだ」と繰り返した。
「ばかだな」
おいで、と言って、僕は恋人の手を引いて、そのまま手をつないで縁側へ腰かけた。
「僕らいまいくつだ?」
僕の問いに、恋人は「三十五歳」と答える。
「まだ三十五歳さ。次の猫を飼って、その猫が十五年生きたとして、そのときは五十歳だ。それからまた次を飼ったら、六十五歳、その次も飼うと決めたら、おお、八十歳だ」
「……その数だけ別れなきゃならない、って言ってんの?」
「違う、その数だけ出会うんだ。その数だけその猫と月日を共にするんだ。……十五年前、そんな顔させたくて僕は『ばかだな』って言ったんじゃないぜ」
生きているものには、寿命があって、これは逃れられない。寿命を全うできることがすべての生物に当てはまるとは言えないから、別れの悲しみは、もっとたくさんある。猫は死んだ。僕も明日死ぬかもしれない。恋人だって、分からない。
だからって、別離の悲しみに怯えてしまうから、生きていたくないだなんて、言えるだろうか? 動物は死ぬから飼いたくない、という気持ちは、分からないわけではない。けれど看取ること。それは納得のいかないものごとを、広い心で受け止めることだ。折り合いをつけることで、人は一歩、前へ進む。なにかの死はきっと、多分、そんなに悪いことばかりじゃない。
死を受け入れて、僕らは生きている自分を実感する。息を吸い吐きしている、温かい血液の通う身体を。悲しむことさえ愛しい心や、その日々を。
「また猫を飼おう」
「……」
「無理に、いますぐに、とは言わないけど、でも、飼おう。おじいちゃんになって、もう猫を看取れない、っていう限界の年齢まで。もちろん僕らは、それまで添うんだ。どっちかが欠けたりしたらだめだ。一緒に、猫を飼おう」
恋人は、顔をくっしゃくしゃにして、それを腕で覆い隠して、必死で涙をこらえていた。僕はその肩を背後から腕をまわして抱きしめる。恋人は僕の肩にすがるようにして、顔を押し付けてきた。
こうして生きていること。きみの体温、僕の体温。
「また猫を飼おう。猫のいる世界に生きているんだから」
きみの胸はまだ痛いままでいい。今日のところは。
僕がついている。きみの背を、抱ける。
End.
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
| 05 | 2026/06 | 07 |
| S | M | T | W | T | F | S |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
| 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
| 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
| 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
| 28 | 29 | 30 |
フリーエリア
最新コメント
[03/18 粟津原栗子]
[03/16 粟津原栗子]
[01/27 粟津原栗子]
[01/01 粟津原栗子]
[09/15 粟津原栗子]
フリーエリア
ブログ内検索
