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「そんなの今までやってなかったじゃん。和菓子屋に関係ないだろ」
「同じ菓子屋のイベントならまったくの無関係でもないだろ。……駅向こうにデパートが出来て、だいぶ客足を取られてる。うちもちょっとは珍しいことをしないと潰れる。商店街の『ジュリア』さんと組んで、バレンタイン用の菓子を作ったんだよ。コラボとか、タイアップとか、知らんけどそういうやつ」
「……バレンタイン」
「ジュリア」さん、といえば、「しだ屋」と反対側にある、同じ商店街の洋菓子屋だ。よくよく売り場を見てみれば、和菓子と洋菓子のコラボレーション、という説明書きや地元新聞社の取材記事の切り抜きがぺたりと貼ってある。
立ち上がり、チョコレートが3つ入った箱をひとつ手に取って、眺めてみる。抹茶ときなこが使われていたり、中にさくらが練りこまれていたりするらしい。案外繊細な作りに、ああ、あっちゃんだ、と安心する。
じゃあ、金髪はなんだ?
再びあっちゃんを眺める。上から下まで、変わったところはないか。正月に会った時は俺好みのさっぱりした黒髪だった。他は変わっていない。髪の色だけが、あっちゃんに似合わない。これでおかしく髭でも生やされたら、俺は発狂する。
「――なんだよ」あっちゃんが睨み返してきた。
「チョコは分かった。で、髪――」
「――あ、いらっしゃいませ」
絶妙のタイミングで客が来店し、会話は中断せざるを得なくなった。母親とその娘高校生、といったところか。大福を5つとチョコレートを3箱買って行った。値段も手ごろ、目新しければ確かに買うかもしれない。
客は続いた。誰かが入っていると引き寄せられるものだ。肝心のことを聞けなくて、ますますいらつく。ようやく途切れ、客がガラス扉を閉めると同時に俺は「その金髪!」と叫んだ。
「なんで染めちゃったんだよ、まさかあっちゃん、恋人出来たとか」
「ふっざけんなおまえのせいだよ!」
俺の数倍も大きな声であっちゃんは返事をした。声の大きさにびっくりする。それ、そういう声は野球チームでしか聞いたことなかった。
俺、金髪を推奨するようななんか、したか?
あっちゃんは重たくため息をついた。
「正月に帰省して飲んだ時、おまえが言ったんだろ。『あっちゃんは昔からほんとに変わんないよなぁ、髪型いっつもおんなじで』って。ばかにしただろ、あれ。人のコンプレックス刺激しやがって、むかついた」
「……知らない、覚えがない」
「覚えてろ、ばか。言われた方は根が深いんだからな」
「……ごめん。でもそれ本当に言ったとしても、絶対にばかにしたわけじゃない」
「だから本当に言ったんだよ!」
相当に怒っている。酒の席なら、何を言ったか覚えがないのは仕方がない。特にあっちゃんと飲むのは楽しいから、心から安らいで深酒することが多い。ああでも言ったかもしれない。安心する、という肝心の言葉だけ言っていないか、聞こえていない。
「……でもそしたらあっちゃん、恋人が出来たわけじゃないよな?」
「しつこいな。おまえの言葉が癪に障ってやっただけだよ」
「おじさん、なんにも言わなかった? おばさんは普通だったけど」
「別に……『なんで染めた』って言われて、『ちょっと反抗してみたかった』って言ったら、ふうん、って、黙った」
「……あ、そう」
昔からいい子で真面目だから、こういうことにも黙ってるのか、と察しがついた。でも辺りで噂にはなっていそうだ。なんて言っても、ここは商店街だ。おばちゃんたちはなんでも話題にしたい。憶測から来る噂話はメールの一斉送信よりも早く駆け巡る。
金髪の理由もすべて判明して、怒らせたことにがっかりしつつもほっとする。あっちゃんは「お前はどうなんだよ」と言った。何が? 金髪? 俺はちょっと明るくしちゃいるけど、そこまではしない。会社員なので。
「えっ、髪?」
「ちげえ! 恋人だ。いい人、いんのか」
「……、や、なんで?」
「大学卒業したらこっち戻ってくるって言って、戻ってこねえ。そのうち戻るって言って、まだ戻らねえ。今年もだろ」
「あ、それは……」
「それってやっぱ、あっちにそういうやついるからだろ。……あのな澄人、俺は跡継ぎだから、嫁さんもらわなきゃなんない。そろそろ見合いや婚活を考えろって、せっつかれた」
どくっと心臓が冷え込んだ。いままさに考えていたことだ。あっちゃんは今年で28歳、そういうことになっていたか! と、「しだ屋」の内部情報を探り切れなかったことを後悔する。
「変わんないのは無理だ」と言われた。
「嫌だ。あっちゃんはだめだ。だめ」
「おまえ昔っからそうだろ。俺の情報は収集して、逐一『だめだ』とか『嫌だ』とか干渉してくるくせに、てめえは自由なんだ。出て行ったっきり帰ってこねえし、自分のことは喋らないし、……恋人とかそういうの、自分のことは棚に上げて、俺には『作るな』とか、言うし」
「違う、あっちゃん」
「違わねえだろ! どーすんだよ、……おまえはどうせとっくに童貞とか卒業してんだろ。俺なんかいまだに誰も知らなくて、……おまえが酔っぱらった時にする変なキスとか、あれだけで、……女だめなまんま、一生独身で童貞だったらどーすんだよ」
あっちゃんの声が萎む。ちょっと湿っぽい。鼻にかかった喋り方と告白に、急に喉が干上がる。
確かに遊んだ奴はいる。自分のことは棚に上げて、あっちゃんに恋人が出来ないようにけん制したりもした。俺はあっちゃんが大好きで、本気で好きで、だから長期の作戦を練りこんでいた。ゆくゆくは戻って来るつもりで、こっちに本社のある会社を選んだ。ちゃんと稼ぎ、どう言ってあっちゃんのおじさんおばさんを説得し、あっちゃんを口説くか。真面目なあっちゃんの人生丸ごとそっくり欲しい。だから慎重に確実に。これが俺の計画だ。
嫁さんなんか絶対にだめだ。誰かのものになんかなっちゃだめだ。
「――俺、4月からこっち戻るんだよ」
肝心の台詞を俺は口にする。今日はこれを報告するために帰って来たのだ。そっぽを向いていたあっちゃんは、一瞬止まって、ぱっと顔をあげた。
←前編
→後編
「同じ菓子屋のイベントならまったくの無関係でもないだろ。……駅向こうにデパートが出来て、だいぶ客足を取られてる。うちもちょっとは珍しいことをしないと潰れる。商店街の『ジュリア』さんと組んで、バレンタイン用の菓子を作ったんだよ。コラボとか、タイアップとか、知らんけどそういうやつ」
「……バレンタイン」
「ジュリア」さん、といえば、「しだ屋」と反対側にある、同じ商店街の洋菓子屋だ。よくよく売り場を見てみれば、和菓子と洋菓子のコラボレーション、という説明書きや地元新聞社の取材記事の切り抜きがぺたりと貼ってある。
立ち上がり、チョコレートが3つ入った箱をひとつ手に取って、眺めてみる。抹茶ときなこが使われていたり、中にさくらが練りこまれていたりするらしい。案外繊細な作りに、ああ、あっちゃんだ、と安心する。
じゃあ、金髪はなんだ?
再びあっちゃんを眺める。上から下まで、変わったところはないか。正月に会った時は俺好みのさっぱりした黒髪だった。他は変わっていない。髪の色だけが、あっちゃんに似合わない。これでおかしく髭でも生やされたら、俺は発狂する。
「――なんだよ」あっちゃんが睨み返してきた。
「チョコは分かった。で、髪――」
「――あ、いらっしゃいませ」
絶妙のタイミングで客が来店し、会話は中断せざるを得なくなった。母親とその娘高校生、といったところか。大福を5つとチョコレートを3箱買って行った。値段も手ごろ、目新しければ確かに買うかもしれない。
客は続いた。誰かが入っていると引き寄せられるものだ。肝心のことを聞けなくて、ますますいらつく。ようやく途切れ、客がガラス扉を閉めると同時に俺は「その金髪!」と叫んだ。
「なんで染めちゃったんだよ、まさかあっちゃん、恋人出来たとか」
「ふっざけんなおまえのせいだよ!」
俺の数倍も大きな声であっちゃんは返事をした。声の大きさにびっくりする。それ、そういう声は野球チームでしか聞いたことなかった。
俺、金髪を推奨するようななんか、したか?
あっちゃんは重たくため息をついた。
「正月に帰省して飲んだ時、おまえが言ったんだろ。『あっちゃんは昔からほんとに変わんないよなぁ、髪型いっつもおんなじで』って。ばかにしただろ、あれ。人のコンプレックス刺激しやがって、むかついた」
「……知らない、覚えがない」
「覚えてろ、ばか。言われた方は根が深いんだからな」
「……ごめん。でもそれ本当に言ったとしても、絶対にばかにしたわけじゃない」
「だから本当に言ったんだよ!」
相当に怒っている。酒の席なら、何を言ったか覚えがないのは仕方がない。特にあっちゃんと飲むのは楽しいから、心から安らいで深酒することが多い。ああでも言ったかもしれない。安心する、という肝心の言葉だけ言っていないか、聞こえていない。
「……でもそしたらあっちゃん、恋人が出来たわけじゃないよな?」
「しつこいな。おまえの言葉が癪に障ってやっただけだよ」
「おじさん、なんにも言わなかった? おばさんは普通だったけど」
「別に……『なんで染めた』って言われて、『ちょっと反抗してみたかった』って言ったら、ふうん、って、黙った」
「……あ、そう」
昔からいい子で真面目だから、こういうことにも黙ってるのか、と察しがついた。でも辺りで噂にはなっていそうだ。なんて言っても、ここは商店街だ。おばちゃんたちはなんでも話題にしたい。憶測から来る噂話はメールの一斉送信よりも早く駆け巡る。
金髪の理由もすべて判明して、怒らせたことにがっかりしつつもほっとする。あっちゃんは「お前はどうなんだよ」と言った。何が? 金髪? 俺はちょっと明るくしちゃいるけど、そこまではしない。会社員なので。
「えっ、髪?」
「ちげえ! 恋人だ。いい人、いんのか」
「……、や、なんで?」
「大学卒業したらこっち戻ってくるって言って、戻ってこねえ。そのうち戻るって言って、まだ戻らねえ。今年もだろ」
「あ、それは……」
「それってやっぱ、あっちにそういうやついるからだろ。……あのな澄人、俺は跡継ぎだから、嫁さんもらわなきゃなんない。そろそろ見合いや婚活を考えろって、せっつかれた」
どくっと心臓が冷え込んだ。いままさに考えていたことだ。あっちゃんは今年で28歳、そういうことになっていたか! と、「しだ屋」の内部情報を探り切れなかったことを後悔する。
「変わんないのは無理だ」と言われた。
「嫌だ。あっちゃんはだめだ。だめ」
「おまえ昔っからそうだろ。俺の情報は収集して、逐一『だめだ』とか『嫌だ』とか干渉してくるくせに、てめえは自由なんだ。出て行ったっきり帰ってこねえし、自分のことは喋らないし、……恋人とかそういうの、自分のことは棚に上げて、俺には『作るな』とか、言うし」
「違う、あっちゃん」
「違わねえだろ! どーすんだよ、……おまえはどうせとっくに童貞とか卒業してんだろ。俺なんかいまだに誰も知らなくて、……おまえが酔っぱらった時にする変なキスとか、あれだけで、……女だめなまんま、一生独身で童貞だったらどーすんだよ」
あっちゃんの声が萎む。ちょっと湿っぽい。鼻にかかった喋り方と告白に、急に喉が干上がる。
確かに遊んだ奴はいる。自分のことは棚に上げて、あっちゃんに恋人が出来ないようにけん制したりもした。俺はあっちゃんが大好きで、本気で好きで、だから長期の作戦を練りこんでいた。ゆくゆくは戻って来るつもりで、こっちに本社のある会社を選んだ。ちゃんと稼ぎ、どう言ってあっちゃんのおじさんおばさんを説得し、あっちゃんを口説くか。真面目なあっちゃんの人生丸ごとそっくり欲しい。だから慎重に確実に。これが俺の計画だ。
嫁さんなんか絶対にだめだ。誰かのものになんかなっちゃだめだ。
「――俺、4月からこっち戻るんだよ」
肝心の台詞を俺は口にする。今日はこれを報告するために帰って来たのだ。そっぽを向いていたあっちゃんは、一瞬止まって、ぱっと顔をあげた。
←前編
→後編
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変化って嫌いだ。中学を卒業したらいきなり髪を染めた友達とか、空き地だった場所に建ったパチンコ屋、大学進学で遠くへ行ってしまった先輩、就職と同時に結婚した従弟とか。馴染んでいたものにいきなり裏切られる感覚。強く淋しいと思う。勝手なことに怒りも沸く。だから嫌だ。
この時期は自然と憂鬱になる。どこかしらで絶対にそういう話を聞くから、心が落ち着かない。
その点、俺にとってあっちゃんは絶対に変わらないものだった。安心するもの。あっちゃんの環境は、どう考えたってあっちゃんを変えようがない。地元の商店街にある和菓子屋「しだ屋」の一人息子で跡継ぎ。当たり前のように地元の学校に通い、高校を卒業したら親父さんの元で修業を始めた。途中よその和菓子屋に出向いた期間もあったが、後を継ぐためにちゃんと戻ってきた。派手に身なりを変えることもない。遊ぶこともしない。就職先は家で、きっと一生ここにいる。
あっちゃんは3つ上だ。母方の遠縁に当たり、小さい頃から行き来があった。勉強のコツを教えてくれた。あっちゃんが入っているからという理由で地元の野球チームにも入った。実の兄貴よりあっちゃんから教わることの方が多かった。
子どもの頃のまま、あっちゃんは本当に変わらずいてくれた。高校に入って多少は色気づいたようだったが、おばさんが買ってくる柄パンをボクサーブリーフに変えたとか、その辺はまあ許容範囲。相変わらずの坊主頭で、成績は中の中、手先が器用で歳時記にやたらと詳しい。そういう商店街の菓子屋の息子があっちゃんだ。
あっちゃんが地元にいるから、俺は安心して出歩いた。大学進学で家を出て、そのまま大学近くの企業で働いている。疲れても実家に帰れば相も変わらぬあっちゃんが待っている。あっちゃんが変わらないことの安心感で、なんでも出来た。
だからこれは不意打ちだ。
週末、帰省して「しだ屋」へ顔を出した。なんでだ。なんでここに、こんなきらびやかなチョコレートが売ってるんだろう。
和菓子屋だろ。人気商品は茶饅頭と大福だろ。後は月替わりの上生菓子に日持ちのする飴類。なのに今は売り場の半分をチョコレート菓子が占領している。違うだろ。ガナッシュとか生チョコとかそういうのはもっと都会の洋菓子屋の仕事で、あっちゃんが作るのはじじくさく和三盆使った菓子でいいはずだ。
店に入って面食らっている俺に、店番をしているおばさんが「あらスミちゃん」と声をかけた。
「お正月も帰って来たのに、また来たのねぇ。おかあさん喜ぶでしょう。今日はなににする? いちご大福出たわよー」
「いや、……あの、あっちゃんは?」
「敦樹ならいまおつかいに出てるわ。すぐ戻るから、上がる?」
店奥に構えた住居を指しておばさんが言うが、俺は首を横に振った。なんで、チョコレート。来客用にしつらえてある竹製のベンチにふらりと腰かけると、おばさんは「お茶入れるわね」といそいそと茶碗を取り出した。
「しだ屋」は店内でちょっとした飲食もできるようになっている。買った菓子をその場で食えるのだ。そういう客には茶を無料でサービスしてくれる。だから用意がいい。出されたのは梅こぶ茶で、こういうところ一向に変わんねぇ、と俺は一息つく。
しょっぱい茶を出されると、甘いものが欲しくなる。まめ大福といちご大福をひとつずつ頼んだ。まめ大福から取り掛かり、いよいよいちご、というところであっちゃんが帰ってきた。あっちゃんはおつかいに古い原付を使う。ヘルメットのまま店に入って来て、俺に気付いて「あ」と言った。なんだ「あ」って。
厚手のダウンの下は、調理用の白衣に白い前掛け。清潔で正しい和菓子職人だ。が、ヘルメットを目の前で脱がれて俺は絶句した。さっぱりと刈り込んだ短い髪は見事な金髪になっている。
チョコレートと金髪。なんだこれ。これは一体なんのサインだ。
接客をあっちゃんに任せ、おばさんは家事のために引っ込む。ヘルメットを白い和帽子に変えて、あっちゃんがショーケース裏のカウンターに収まった。ああもうあっちゃん、それすっげえ白衣に似合わねえ。
じっと見つめると、目が合った。あっちゃんはやっぱり不機嫌なまま唇の端を示し、「粉ついてっぞ」と言った。
「なんで怒ってんの?」
指の腹で大福の粉を拭いながら声をかける。「俺の方が苛々してんのに」
「はあ? 意味が分かんねえよ。なんでおまえが怒るんだ」
「当たり前だろ、あっちゃんのせいに決まってんじゃん。なんだよそれ、金髪とか、チョコとか、」
「チョコ?」
地味で渋いはずの売り場を賑やかにしている一角を指し示す。あっちゃんはそちらを向いて、「バレンタイン、来週」と答えた。
→中編
済んでシャワーまで終えると、日が暮れかかっていた。日は徐々に長くなりはじめているが、日差しは弱く寒いことこの上ない。セックスを始めたらやっぱり長くて、疲れて出かけたくない。ぬくぬくとベッドで転がっていたい。
声のあげすぎで少し喉がひりついた。飲み物取ってくる、と和は僕から離れたが、すぐに「なんにもなかった」と言って水道水をグラスに取って戻ってきた。
「――そうか、買い出し行かなきゃ。はらへった」
「ドーナツ齧る?」
「えー、いまドーナツって気分じゃねえなぁ。もっと軽いの…あの花食えたらなぁ」
和が持ってきた花は、僕の中で完全に甘い設定になっている。さくさくと歯触りよく、舌の上でさっと溶ける。事後に食べるにはちょうどよさそうだ。和は困った風に笑った。
「ぼくもおなかがすいた。なにか買ってこようか?」
「んー……」
「出かける?」
「んー……」
行くなら地中海料理屋で、酒。あと服屋。時計屋と、通りに新しく出来た店のチョコレートも食わせたかった。色々思うが、寒さと心地よい疲労とで考えるのが嫌になる。決まらないままぐだぐだと和にもたれ、時間が過ぎて、結局は近所のカレー屋になった。和は喜んだので、まあいいか、と僕も満足する。
持ってきた日本酒を部屋で飲もうと言って、コンビニで買い物もして、来た道を戻る。そういえばいつまでいるの、と今更聞くと、和は「……明日、かも」と歯切れ悪く言った。
「――えっ!!」油断していた。言わないし、最低でも三日はいてくれると思っていた。
「吉野の出産が近いんだ。大丈夫だと思うんだけど」
「――はあっ!!!?」
なんだ出産て。吉野は誰だ。妹の名前は違ったはず、もしや俺は振られる話か、と慌てていたら、こっちの焦りも知らずにのんびりと「ヒツジの出産は初めてで」と言う。
なんだヒツジか。――ほっとして、悔しくもなって、背中をばんと大きく叩く。
「――いった」
「本当に明日帰る?」
「……吉野次第。今夜生まれるならもう間に合わないけど、まあ、明日の朝には」
それではこちらの目論見が全部崩れる。時計すら渡せないのでは意味がない。明日朝って、今日はもう夜で、九時をまわっていて――付き合いはじめを思い出して切なくなった。付き合って三日で遠距離になった。無理をしないと会えない距離で、また電話とメールの日々に戻るのか。
和の右手を取り、手をぎゅっと繋いだ。「飼い羊のお産ぐらいで帰るな」と不満を言ってやる。いや、農家に家畜の出産は重要事項かもしれないが、いやそもそもこいつ果樹園経営者だし、たまに会うおれとヒツジどっちが……いや、いや。考えつめないために首を横に振る。
要するに、明日帰ると言われているのが嫌でたまらない。帰るな、ともう一度言う。甘えすがる声が出た。
「……うん、」手が強く握り返される。「帰るの、嫌だなぁ」
そのまま黙考の姿勢でいるので、僕も黙っていた。
多少の人目があっても、部屋までは手を離さなかった。マンションの扉をあけると、途端に花が香った。マフラーを解きながら、和は「明日帰るのはやめる」と宣言した。
「倉島さんといる。倉島さん、明日は?」
「日曜日だよ。休み」
「明後日は?」
「出勤。……おまえ、明後日は?」
「帰りたくない」
「明々後日」
「帰りたくない。ずっとここにいたい」
じゃあ住んじゃえば、と言いたくなる。ここで僕と暮らせばいい。だが、無理な話だ。片道四時間かけて農家は出来ないし、逆だったとしたら、僕が嫌だ。
僕は今の仕事が大好きで、毎日とても充実している。和も同じだ。離れたから遠距離恋愛をしているが、たとえば大学卒業後に和が実家へ帰らなくても、僕らの付き合うペースは、こんなもんだったんじゃないだろうか。
とにかく、和は明日帰らない。明日帰らないなら、今日はそれでいいか。コートまでハンガーにかけ、僕らはカウチに座り込む。酒を飲むためにグラスやつまみを広げる。
「――まあ、でも」
「ん?」
鋏がほしい、と立ち上がりかけた和に、声をかけた。のんびりと奴が振り向く。
「今年はもうちょっとぐらいがんばってもいいか」
「なにを」
「会う回数。GWはおまえのとこ行こうかな」
お、と驚いた顔の後で和は笑った。「待ってる」と言った顔が本当に嬉しそうで、僕も嬉しくなる。大したことは言っていないのに。
キッチンから鋏を持ち、ついでにつまみの類をきちんと皿にあけ、和は僕の隣へ戻ってきた。
「明日は、帰らないんだな」
「うん」
「お産でも火事でも帰るなよ」
「いっそ雪でも降ったら帰れなくなるのにな、って思うぐらいだよ」
恋人が笑ったのを見て、明日のデートの予定を語って聞かせた。
雪なんかごめんだ。晴れるといい。
End.
前
うろたえているでかいのを引っ張ってカウチに座らせる。背もたれに押し付けて膝の上に乗りかかり、見下ろした。
「――くらしまさ」
「昼間だからちょっとだけな」
シャツのボタンを開け、露出した首筋にくちづける。浅黒いなめらかな肌の感触にうっとりする。
和の膝から降りて、僕は床にそのまま座り込んだ。膝と膝をひらかせ、そこに身体を入れる。ベルトを外し、ボトムスの前をくつろげる。中に穿いていたオリーブグリーンと水色の縞ボクサーは、僕が以前買ってやったやつ。恋人の家に来る彼氏として、そこはちゃんと合格だ。
勃ち上がりかけたものがパンツを押し上げている。布の上から唇を寄せた。
「……うあ……」
生唾が飲めるような声が頭上でした。頬ずりをすると、硬くなるのが分かる。布ごと銜え込み、湿った息で包む。恥ずかしさから、和は自分の頭を抱え込んでしまった。
布地のあいだから手を入れ、直接触れてやる。身体が大きいと持っているサイズもそれなりで、恋人のペニスは僕が今まで見た誰よりも大きいし、長さがある。だからちょっと苦労する。口でしようとすると、まず収まりきらない。
ゆっくり、焦らすように擦る。は、と荒い息が上から降る。感触を楽しみながら手を動かしていると、和のものが完全に勃起した。腰のゴムをずらして、取り出す。ここまで長いともう凶器で、でもそれが僕の中に収まった時の感覚を思うと―震える。
「なあ、和」
先端に下唇を押し付けたまま喋った。
「恥ずかしがってないで、ちゃんと見てろよ」
上目づかいに恋人を見遣る。和はそーっと腕を下ろして僕を見下ろしたが、目が合うと途端に困った顔をした。「見てろよ」と念を押し、恋人の顔を見ながら舌を這わせ指を添えた。
宙をさまよっていた腕は腿のあたりに落ちて、ボトムスの生地をぎゅっと掴む。その右手に左手を重ねた。指を絡ませてつなぐ。
僕が言ったことは、和には絶対だ。和は言うことを聞いて僕を見た。目尻が赤く染まって、めちゃくちゃ色っぽい。腰が疼き、自分のものに触れたくなったが、膝を擦り合わせるだけで今は我慢する。
「―あ、」思いついて、脇へ腕を伸ばした。「ローション買っといたんだ。使おうぜ」
一年もあいだが空くと前に使っていたものは買い直しになる。コンドームと揃えて通販で買っておいたものを、箱に入れっぱなしで放置していた。僕の位置からでは手が届かなくて、和が取った。フィルムを剥いて僕に渡す時の顔は弱り切っていて、つい笑ってしまう。
「――い、意地悪だ、倉島さん」
「だあっておまえそんな顔するから」
「ベッドがいい。ぼくも触りたい」
「だめ。それは夜」
ベッドになんか行ったら、ふかふかの起毛シーツと恋人の手で絶対に出たくなんかなくなる。それと和のサイズだと、どうしても手短に馴らして挿入、というわけにいかない。よく濡らして広げて受け入れないと、途中で痛くてやめる羽目になる。つまり、僕らのセックスは時間がかかるのだ。
今日は他にもしたいことがある。せっかく来たんだから、前に電話で「行ってみたい」と言われた地中海料理屋で飯にするつもりだった。それから服屋に行って、和に似合うんじゃないかと思っていたシャツを試着させたい。時計屋にも行く。今年のプレゼントは奮発した、それを取りに行って、ベルトのサイズを和の手首に合わせてもらわなければ。
言い聞かせるように先端に音を立ててキスをすると、和は息を詰めた。
ローションを垂らし、ぐちゃぐちゃと擦る。浮き上がる筋に舌を添わせて辿る。拗れには蜜が滲み、苦みが舌を刺すようになってきた。潜りこませるように舌を押し込む。指と舌を器用に使い、和を追い詰めていく。
「――く、らしまさ」
不意に両手が僕の頭を掴んだ。そのまま勝手に使われるのかと思ったが、そうじゃない。口の中に含んでいたものがぶるっと外へ飛び出てしまった。
「やっぱりベッド行こう」
「――あっちょっ――こら、かずっ」
僕の腋へ手が入り、簡単に身体を持ち上げられる。手を取り、さっきまでの半べそ状態とは真逆の積極性でベッドへ連れ込まれた。僕を座らせてから、自分は中途半端に脱げたシャツを脱ぐ。広い肩幅や胸板を大胆に露わにしておきながら、ず、と洟をすする仕草が幼い。刺激が強すぎて泣いたから、洟まで垂れてきたらしい。
靴下まで全部脱いだ。脱がせるのが楽しいから自分からは脱ぐなと普段は言ってある。反抗期だ。
「倉島さん、好きです」
和がベッドへ乗り上げる。ぎし、とベッドが軋んだ。
「倉島さんは大人で余裕だから、……やっぱりぼくばっか切ない。ずるいよ」
「……ばっか、そんなわけないだろ」
押し倒したいのかぐずりたいのか。和が微妙に重なったままうなだれた。
でかいくせにな。どう見てもかわいくて、和の顎先に手をかけ、顔をあげさせた。
「俺のも脱がせろ、和。キスしろ」
「……うん」
「身体中ぜんぶ、……キスしろ」
ぎこちなく唇を寄せる恋人のやり方が、僕はとても好きなのだ。
大きな手がセーターの裾から侵入する。背中へ両腕をまわし、しがみついた。
前 次
「――くらしまさ」
「昼間だからちょっとだけな」
シャツのボタンを開け、露出した首筋にくちづける。浅黒いなめらかな肌の感触にうっとりする。
和の膝から降りて、僕は床にそのまま座り込んだ。膝と膝をひらかせ、そこに身体を入れる。ベルトを外し、ボトムスの前をくつろげる。中に穿いていたオリーブグリーンと水色の縞ボクサーは、僕が以前買ってやったやつ。恋人の家に来る彼氏として、そこはちゃんと合格だ。
勃ち上がりかけたものがパンツを押し上げている。布の上から唇を寄せた。
「……うあ……」
生唾が飲めるような声が頭上でした。頬ずりをすると、硬くなるのが分かる。布ごと銜え込み、湿った息で包む。恥ずかしさから、和は自分の頭を抱え込んでしまった。
布地のあいだから手を入れ、直接触れてやる。身体が大きいと持っているサイズもそれなりで、恋人のペニスは僕が今まで見た誰よりも大きいし、長さがある。だからちょっと苦労する。口でしようとすると、まず収まりきらない。
ゆっくり、焦らすように擦る。は、と荒い息が上から降る。感触を楽しみながら手を動かしていると、和のものが完全に勃起した。腰のゴムをずらして、取り出す。ここまで長いともう凶器で、でもそれが僕の中に収まった時の感覚を思うと―震える。
「なあ、和」
先端に下唇を押し付けたまま喋った。
「恥ずかしがってないで、ちゃんと見てろよ」
上目づかいに恋人を見遣る。和はそーっと腕を下ろして僕を見下ろしたが、目が合うと途端に困った顔をした。「見てろよ」と念を押し、恋人の顔を見ながら舌を這わせ指を添えた。
宙をさまよっていた腕は腿のあたりに落ちて、ボトムスの生地をぎゅっと掴む。その右手に左手を重ねた。指を絡ませてつなぐ。
僕が言ったことは、和には絶対だ。和は言うことを聞いて僕を見た。目尻が赤く染まって、めちゃくちゃ色っぽい。腰が疼き、自分のものに触れたくなったが、膝を擦り合わせるだけで今は我慢する。
「―あ、」思いついて、脇へ腕を伸ばした。「ローション買っといたんだ。使おうぜ」
一年もあいだが空くと前に使っていたものは買い直しになる。コンドームと揃えて通販で買っておいたものを、箱に入れっぱなしで放置していた。僕の位置からでは手が届かなくて、和が取った。フィルムを剥いて僕に渡す時の顔は弱り切っていて、つい笑ってしまう。
「――い、意地悪だ、倉島さん」
「だあっておまえそんな顔するから」
「ベッドがいい。ぼくも触りたい」
「だめ。それは夜」
ベッドになんか行ったら、ふかふかの起毛シーツと恋人の手で絶対に出たくなんかなくなる。それと和のサイズだと、どうしても手短に馴らして挿入、というわけにいかない。よく濡らして広げて受け入れないと、途中で痛くてやめる羽目になる。つまり、僕らのセックスは時間がかかるのだ。
今日は他にもしたいことがある。せっかく来たんだから、前に電話で「行ってみたい」と言われた地中海料理屋で飯にするつもりだった。それから服屋に行って、和に似合うんじゃないかと思っていたシャツを試着させたい。時計屋にも行く。今年のプレゼントは奮発した、それを取りに行って、ベルトのサイズを和の手首に合わせてもらわなければ。
言い聞かせるように先端に音を立ててキスをすると、和は息を詰めた。
ローションを垂らし、ぐちゃぐちゃと擦る。浮き上がる筋に舌を添わせて辿る。拗れには蜜が滲み、苦みが舌を刺すようになってきた。潜りこませるように舌を押し込む。指と舌を器用に使い、和を追い詰めていく。
「――く、らしまさ」
不意に両手が僕の頭を掴んだ。そのまま勝手に使われるのかと思ったが、そうじゃない。口の中に含んでいたものがぶるっと外へ飛び出てしまった。
「やっぱりベッド行こう」
「――あっちょっ――こら、かずっ」
僕の腋へ手が入り、簡単に身体を持ち上げられる。手を取り、さっきまでの半べそ状態とは真逆の積極性でベッドへ連れ込まれた。僕を座らせてから、自分は中途半端に脱げたシャツを脱ぐ。広い肩幅や胸板を大胆に露わにしておきながら、ず、と洟をすする仕草が幼い。刺激が強すぎて泣いたから、洟まで垂れてきたらしい。
靴下まで全部脱いだ。脱がせるのが楽しいから自分からは脱ぐなと普段は言ってある。反抗期だ。
「倉島さん、好きです」
和がベッドへ乗り上げる。ぎし、とベッドが軋んだ。
「倉島さんは大人で余裕だから、……やっぱりぼくばっか切ない。ずるいよ」
「……ばっか、そんなわけないだろ」
押し倒したいのかぐずりたいのか。和が微妙に重なったままうなだれた。
でかいくせにな。どう見てもかわいくて、和の顎先に手をかけ、顔をあげさせた。
「俺のも脱がせろ、和。キスしろ」
「……うん」
「身体中ぜんぶ、……キスしろ」
ぎこちなく唇を寄せる恋人のやり方が、僕はとても好きなのだ。
大きな手がセーターの裾から侵入する。背中へ両腕をまわし、しがみついた。
前 次
おじゃまします、と和が部屋に上がる。狭い玄関に大きなスニーカーが増える。恋のきっかけだからか、僕はこの光景にちょっと弱い。頬が緩む。
和から受け取った土産の紙袋はずっしり重たかった。言った通りのものが中からあれこれ出てくる。全部僕のためだ。笑いながら中身を改めている間に和は部屋を歩き回って、窓際の日当たりのいい場所に花を置いた。
「倉島さん、見て」
「――へえ、」
「花瓶がないから。皿、借りたよ」
僕が使っている食器の中で一番大きくて深い白地の皿に、和は上手にミモザを生けた。リースみたいに丸くしたものを水を張った皿に置き、変化をつけるように房や葉を散らす。恋人はこういうことに抜群のセンスを発揮する。だったら自分の身なりを整えろと言いたいが、それはともかく、上手い。感心する。
「相変わらずこういうことが得意な、おまえは」
「ちょっとは花もいいと思った?」
「うん、いま思った」
いい香りがする。ミモザといえば、芳香剤や洗剤の香料として名前を目にする花だ。黄色いぽんぽんがやっぱり甘そうに見える。食べられそうだ。
見透かすように「食べちゃだめだよ」と和が言った。
「この枝はばあちゃんが消毒をした。おなかこわすからだめだよ」
「においがいい。洗面台にも置いとけよ」
「――気に入った?」
「わりと」
和は満足げな顔を僕に向けた。ああ、この顔。和のうなじを掴んで引き寄せて、背伸びをした。身長差があるからこれぐらいしないとキスが出来ない。
おずおずと和も応じてくる。キスが出来るようになったのは、付き合って一年経った頃だった。えらく長かった。手をつなぐようになるだけで半年かかっていたわけで、セックスまでは二年かかった。
したのは軽いキスだけ。でも和の頬がじんわりと熱くなっているのが伝わる。これだけで照れるのがかわいい。
わざと音を立てて唇を離すと、音に和の肩がびくりと震えた。至近距離で目があく。見る間に頬を赤らめ、動揺を瞳に浮かべた。初めてキスをした中学生並みに顔をそむけ、くちびるには手を当てている。
もう、どれだけうぶなんだおまえ。
逃げる恋人を追いかけてキスをした。舌をねじ込み、絡ませる。「ん」と鼻にかかった声が和から漏れて、下腹がずきっと来た。声に自分で驚いた和は、慌てて僕の肩を抑え離してしまう。
「……ああ、……どーしよ」
呟いたと思ったら、大きな手で頭を掴まれ、胸に抱え込まれた。
どっどっどっど、と走る心音が聞こえる。
「なんかぼくばっかり倉島さんをすきな気がする」
髪に和の吐息がかかる。腹にかたく当たる感触がある。
ぼくばっかり、という台詞は大間違いだ。どう訂正しようか。楽しく考えていると和が再び「どうしよう」と呟く。くっついていると色々まずいらしい。
「そこ、座れよ。口でしてやるよ」
今度こそ和は耳まで真っ赤になった。
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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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