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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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こういうことはものすごく苦手なのですが、
ちゃんと宣伝はせねばな、ということで。
web小説マガジンフルールにて、「楽園~パラダイス・ブルー~」第1回目が掲載になっています。

フルールさんのサイトへ
twitterでも呟いて頂いています。

登録不要&閲覧無料
毎週火曜日&金曜日更新


はじめてのweb掲載! というか、ここ(樹海)以外での掲載がはじめてで、ドキドキが半端ではありません。
更新順とはいえ、ブルーラインラインナップのトップに自分の作品が来ているのを見た時は、大げさでなく、ふるえました。穴があったら布団を持ち込んで落ち着きたい。
いつか、よく冷えた白ワイン片手に優雅に掲載を迎えられる日が来るとか……(ないなー)

ご感想はぜひ、フルールの感想フォームから送ってやってください。とっても励みになります。

拍手[23回]

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こんにちは、粟津原です。
いつの間にやら5月も終わります。早いです。
まだ4月ぐらいの気持ちでいました。



さてタイトル通りお知らせです。
昨年5月に更新しました、花と群青の番外編「パラダイス」が、
web小説マガジンフルールに、ウェブ掲載となります。
つきましては「パラダイス」を当ブログより下ろさせて頂きました。
(事後報告になりまして、申し訳ございません。)
「パラダイス」にはたくさんの拍手、コメントを頂きまして、
私にとってはただただ楽しい更新でした。
楽しい時間を本当にありがとうございました。



「パラダイス」は掲載にあたり、
「楽園~パラダイス・ブルー~」に改題となりまして、
6月3日に初回が掲載されます。
より読みやすく、丁寧な表現を心がけて、編集さんからのご指導をいただきながら改稿しての掲載です。
以下、宣伝など、しておきます。

web小説マガジン フルール
更新情報はtwitterでも。

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毎週火曜日&金曜日更新

あわづはらはよく「カフェオレライターマルコの官能リサーチ」を読んではくすくすしています。

第2話以降の掲載に関して等、また、随時このブログで告知してゆきます。
フルールでも引き続き楽しんで頂けると嬉しいです。



色んなありがたいめぐりあわせで、色んなことが動く6月です。
ありがたすぎて運を使い果たしていそうな気がしています。この先大丈夫でしょうか(ーー;)

5年続けてきたご褒美、と思っています。
読んでくださる方々には、いつも本当に感謝しております。ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。


粟津原栗子

拍手[47回]

 池田とは大学の同期だった。染織クラスだった羽村と、陶芸クラスだった池田は、クラス合同ガイダンスで席を隣にして以降、親しかった。染織クラスは男子率が極端に低かったので、池田は貴重な同性の知り合いのひとりだった。
 池田の真っ直ぐで物怖じしない、大胆な性格をいいなと思った。その頃の羽村は自分の性癖にうすうす気づいていて、気づかないふりをしていた。異性を異性として見ること、同性を同性として見ることを、自らに課していた。自由なはずの大学生活は実は苦しみの連続で、ちっとも楽しくなかった。大学はろくに通わなくなった。
 大学に来なくなった羽村を心配したのは、池田だった。クラスがちがっても気にかけてくれていたのだから、池田は実に情に厚い男だった。羽村の暮らす安アパートに連日押しかけて、羽村が応答しなければ、ドアの向こうから「また来るから」と言って去る。ドアノブに土産がかかっている日もあった。それは池田が面白いと思った授業のノートだったり、手遊びにどうぞという意味の樹脂粘土だったり、食堂限定で売られるゼリーだったり、色々だった。
 そこまで毎日されると、池田を家に引き入れる気になった。悩みを話しても池田にだったら大丈夫なんじゃないか、という期待も持てた。池田は案の定というか、飄々に、しかし真剣に、羽村の悩みを聞いてくれた。おれ、男が好きなんだ。多分、女性が異性に求めるみたいに、男を求めてるんだ。狂ってるよな、おかしいよな。……そんな台詞を泣きながら口にした。
 池田は一言も喋らなかった。赤い斜陽が池田のくっきりとした輪郭をさらに濃く浮かび上がらせたが、羽村は気まずくてずっと下を向いており、それを見ることは出来なかった。
――なんで悩むの。そんだけはっきりしてたらなんにも問題ないじゃん、べつに。
 きっぱりと、池田はそう言った。怖くて、羽村はまだ顔を上げられない。
――男が好きなら好きで、大学休む理由になんかならねえよ。俺はあの大学入って、楽しいことばっかりで仕方がない。耀も来いよ、楽しいから。
 羽村のことを名前で呼び捨てにするのは、後にも先にも池田しかいなかった。名を呼ばれる心地よさに加え、池田の台詞から、なにかとんでもなく神々しいものを前にしているような気持ちになった。太陽を直視できない、あの眠たいような痛み。羽村が黙ったままでいると、たとえば、と言って、池田はカバンからノートを一冊取り出した。そのまま、大学の講義で習ったことを、読み上げる。
――芸術は、見えるものを再現するのではない。芸術は、見えるようにするのだ。
――……誰の言葉?
――パウル・クレー。
――池田は芸術家になりたいのか?
――いや、陶芸家になりたい。日常に溶け込む美。つかっても眺めても美しい、そういう器をつくりたい。うつくしく洗練された器を日常でつかう、っていう芸術行為だ。これさ、絵画クラスの連中に言うとあんまり理解してくんないんだけど、耀は、わかるだろ。
――……難しいことは、わからない。
――耀はなんで染織クラスを選んだんだ?
――単純に、布が好きなんだよ。色も模様も綺麗だろ。それを身にまとう、ってことが。
――そうそう、ほら耀は分かってくれる。
 対話は、楽しかった。池田と話しているうちに、確かにどうでもよくなっていた。男が好きだとか、求めているだとか。それよりも池田のいう楽しいことが大学にあるのなら、そこに身を浸したいと思った。こんな風に、だれかと話して、作って、活動することを楽しみとしたい。
――な、大学へ来いよ、耀。俺と楽しいことをしよう。
 そう言った池田の顔は、羽村がすでに大学へ行きたいと思っていることを見通している、余裕の笑みだった。太い眉が中心へ寄り、目が細められ、口角がくっと上がる、その顔を本当に好きだと思った。ああこいつが好きだな、好きだ、好きだ。だから羽村は、大学へ行くことに決めた。池田が誘うから。少しでも池田の傍にいたいから。
 池田とはその後、様々なことをして精力的に活動した。文化祭で糸と陶器を使ったインスタレーションを発表する、といった芸術的なことをしてみれば、女子に教わりながらTシャツに色とりどりの刺繍をほどこす、なんてかわいい手芸にいそしむ機会もあった。視線が向けば、様々なことをした。旅行に出かける、絵画クラスのモデルのバイトを引き受ける、鋳造技法を用いて本物のシルバースプーンを作ってみる、テンペラ画を描いてみる。
 池田とするなにもかもが楽しかった。それは池田自身が豊かな発想力を持つからだし、行動力があるからだし、技術もあるからだった。そういう魅力ある人間に、惹かれない方が無理だった。学年が上がるにつれて池田の才能は爆発し、周囲には人が群がった。それでも池田の第一の友人として傍にいられることを、羽村は誇りにさえ思った。
 告白をしようとは思わなかった。池田はその裏で実に奔放に、女と遊んだ。とっかえひっかえに近かった。ただ、中でも、芸術教養学部に通う野島という女子生徒とは長く続いた。野島は美術史専攻の理論系だったが、三人で活動する時間も増えた。
 四年になり、進路を決める時期が迫っていた。その頃羽村は織物の職人になりたいと思い、染織工場の面接を受け、結果を待っているところだった。池田はどうするのか。訊くと、「まず、結婚する」と言った。
 ――いつかやって来る未来だと分かっていたことだとしても、少し早すぎた。心構えの出来ていない心臓は、氷の杭を打ち込まれたように冷え込む。
「……ノジマと?」
「そう。あいつはもう就職が決まってるし、俺は陶芸家以外の道を考えていない。これから先、俺たちの道は決まってんだ。早く結婚してガキつくる気かってそういうんじゃないけど、つくらなくても、結婚しない理由もないんじゃないかって」
「……ちょっと決めるの、早くない?」
「早いことが悪いことだとは言えない。遅いことが悪いことだとも言えねえけど」
「……そか」
 失恋は端から確定していた。恋心を伝えようか伝えまいかは、迷わなかった。言ってどうする。心に仕舞い込むことに決めた。
 羽村は恋がしたかった。好きだと臆面なく言えて、言われたい。それは池田とは叶わなかった。じゃあいい。池田じゃない誰かと恋をする。
 同時に、自分はもう、池田以上に好きになれる人間には出会わない、と確信していた。それだけ池田の魅力は強烈だった。女であるという理由で、池田と生涯を添える野島が憎い。ずるいずるい、ひどい。この時ほど女に生まれなおしたい気もちったら、なかった。
 田舎町の染織工場という就職希望は、ちょうど良かったのかもしれない。もう、池田と離れるべき時期だった。これ以上ともにいたら、羽村は壊れた。
 一緒に楽しいことをしよう、と手を伸ばしてくれた池田を忘れない。恋に終止符を打ち、羽村は大学を卒業した。


 池田の神がかった再出現は、羽村を困惑させ、落ち込ませた。やはり来なければ良かった。帰ろうかな、という方へ心が傾く。思い切って駅へ向かった道すがら、街道の交差点で一台のタクシーが羽村の傍へ停まった。ウインドウが降り、「ハネちゃん!」と懐かしい呼び名を叫ばれる。
 髪型も化粧も変わっていたが、すぐ分かる、野島あゆみだった。「来てくれたんでしょ? そっち逆方向よ」と屈託なく笑われ、羽村は分からぬようそっと舌打ちする。
「一緒に乗ってかない? 時間は早いけど、会場準備があるの」
「要するに、人手がほしー、手伝ってー、って、ことなんだろー」
「そうそう、当たり。ハネちゃんのその喋り方変わんなくて安心する」
 タクシーの扉がひらき、羽村は野島の隣へ乗り込んだ。しばらく無言。しかし野島の方から、「会場準備は池田も手伝ってくれるの、もう来てるわ」と言った。
 池田、と言った。同じ池田姓のはずの野島がそう言うのは、堅苦しすぎる。それに大学時代は池田のことを「シロちゃん」と呼んでいた。違和感は、背筋がぞくぞくするほどだった。
「――離婚したの。去年の夏に」
 野島から言った。羽村は頷く。
「なるほどねー」
「あら、野次馬根性でレセプションに呼ばれたんじゃなかったの?」茶化す口調で野島が言う。ははは、と羽村も茶化して笑う。
「どして別れたの」
「べつに、大した理由はないわ。むしろよくもった方だと思う。単純に、飽きたのよ。私も、池田も、夫婦生活っていうやつに。飽きはどのカップルにも訪れるものだと思うけど、それを乗り越えるだけのこらえ性でもなかったんだわ。子どももいなかったしね」
 誰かと暮らしたことのない羽村からすれば、さっぱり分からない理由だったが、世の中の男女にはありうる理由のようだった。飽きたか。飽きたんなら、おれにちょうだいよ。喉元まで出かかった台詞は、しかし、まだそんなことを思う自分を笑う自分によって、発声されなかった。
 タクシーは先ほど羽村が逃げた建物の前でゆるやかにブレーキをかけ、停車した。「お客様に準備手伝ってもらうんだからさあ」と言って、タクシー代は野島が支払った。ガラス張りのホワイト・キューブの中に、池田の姿はなかった。ただ、入口に置かれた木製のシンプルな机の上に、池田が抱いていたカラーの花束が置いてあった。
『三俣画廊さんから届いた花束。急用、ちょっと出てる。池田』
 と、メモも添えてある。花束を見た野島は、「留守を頼んだのに、つかえない人」と言った。いかにも過去連れ添った男女であることを誇らしげに示すように、慣れた言い方で。
 ひどく腹が立ち、ただひたすらに帰りたかった。始まる前から頭痛がする。
「――作品はまだ置かないんだー?」
 と、羽村の方から話題を振った。
「そこの衝立の裏にまわれば、展示してあるわ。そっちがメインフロアなの。今日、エントランスにはたくさん花を置くつもり。もうじき花屋さんが来るし、あとはケータリングと、座席の設営と、」
 と、指折りながら今日の手順を聞かせてくれた。ひとまず花屋待ちだというから、メインフロアの展示を先に見せてもらうことにした。土色の温かみある小さな油彩画や、引っかき傷の連続みたいなリトグラフ、あるいは日常でつかう器の類が、野島のセンスで品よく並べられていた。
(……池田のだ)
 そこにはやはりというか、当然のように、池田の作品も置かれていた。年月を経て熟成しても、一目でわかる作風。煮詰めたミルクのようにこっくりと濃厚な白色の、つるりと滑らかな陶器。茶器のセット、酒器のセット、大きさの違う角皿などが、規格品のように整然と並べられている。
 ホワイト・キューブの中の白は、白に同化せず、かえって微細な色の違いを、羽村に知らせた。おそらく池田が狙っていることだろうなと察しがついて、悔しくなる。器ひとつで人を感動させられる人生とは、いったいどんなものなのか。池田に聞いてみたくて、知りたくて、会って話すのは怖い。
 陶器の四角い小箱が置いてあった。手のひらに収まる大きさで、はめ込み式のものだ。かたちとしては、指輪の箱、あれに似ている。横にはやはり陶器で出来たリングが大きさを変えてみっつ並んでいたから、意図を読むために、箱をひらいた。
 中には白い綿が敷き詰められていて、中央には、陶器のリングがつるりと収まっていた。女性向けか男性向けか知らないが、アクセサリーの制作にまで手を出していたことに驚いた。そういえば大学の頃、二人で陶器のブローチをつくったことがある。石膏型に粘土を押し込んで、あたかもカメオの風に。あれはなかなか風合いが良く、文化祭で店を出したら結構売れて、気に入ったから羽村もひとつ買い取った。そういう思い出。
 誰に向けたものだろう。サイズとしては、男女どちらもあるようだった。ただ銀の指輪が陶に変わっただけのシンプルさだが、その銀にはない白い質感に、かえって心惹かれる。箱の中から指輪をつまみあげると、羽村はそれを自分の左手の薬指に、はめこんでみた。
 最初から羽村のためにあったかのように、ぴたりとはまる。
 ――はは。
 むなしくなって、心の中で笑った。これで結婚してください、と言われてみたい。池田から。池田に会いたい。顔が見たい、声が聞きたい。
 羽村の願いを聞き入れるかのように、入口側から男女の声が届いて来た。
「――どこ歩いてたのよ」
「いや、人を追っかけて……誰か来てる?」
「うん、ハネちゃん」
「……まじで?」
 心臓がばくん、と鳴った。池田が戻ってきたのだ。慌てて指輪を外そうとするが、焦っているせいか、抜けない。どうしても指の第二関節で引っかかる。そうだ、洗面台へ行って――しかし池田の出現に、まにあわなかった。
 衝立から顔を覗かせた池田は、堂々たる足取りで、フロアを横切ってやって来る。
「――耀、」
 久しぶりに呼ばれる名前に、背筋がぞくりと唸って鳥肌が立った。
「……どうもご無沙汰、」
「なにやってんだ? さっき、急に走り出したりして」
「いやー、道の向こうにかわいいネコがいてー……」
「はあ? 意味わかんね」
 とっさに後ろにまわした手、池田にばれぬよう懸命に指輪を外そうと試みる。それはかえって怪しい動きで、もぞもぞと身体をくねらす羽村に、池田は「どっか痒いの?」と訊いた。そういえば超鈍感だったなこいつ。野生の勘は変に鋭いのに、人の心の機微には疎かった。
「背中? かいてやろうか」
「――いや」
「すいませーん」
 と、入口から声がした。「フラワーショップ滝沢ですー」と男の声がする。花屋が到着したらしかった。はあいご苦労様です、と野島の声も聞こえる。
「――手伝ってやんなきゃだ」
「ああ、うん」
 そう言って、池田に先に行くよう促す。
 前を歩く池田の後ろ姿を見て、懐かしさに、ぐっと胸が痞えた。短い髪の、まるい後頭部、筋肉質の背中、伸びる太い腕。これに焦がれて後を追っていた大学生時代。太陽のような池田。


 オープニング・レセプションには、懐かしい顔ぶれも知らない顔ぶれも、総勢で三十名ほど集まった。エントランスの花は豪華に目を惹き、立食式のパーティーは、なかなかに賑やかだった。業者が据え付けた借り物の椅子に、シャンパングラスだけを持って座り込む。疲れていてなにも食べる気がしない。
 池田はあの恰好のままレセプションに参加した。主役の野島を差し置いて、池田の人気ときたらなかった。すぐに人の輪が出来て、羽村など簡単に締め出される。かえってひとりになれて良かったのかもしれなかった。指輪はまだ、羽村の左手薬指にはまっている。
 先ほど野島にこっそりと「抜けなくなっちゃったから買い取る」と申し出ると、野島は「高いわよ」と言いつつも、本来の値段の六掛けで羽村に指輪を譲ってくれた。だからこれはもう、羽村のものだ。今夜このまま池田にさえばれなければ、一生これをはめて暮らすのもいいのかもな、と思っていた。もう羽村には、あたらしい恋をしようとか、愛されたいとか、思う気力もない。叶わない初恋は、ひとりで生きてゆくのに十分なだけの質量で、羽村の胸に存在している。
 白い指輪は、羽村によく似合った。この指でシャンパングラスのステアを持つと、自分の指が繊細な装飾品にでもなったようで、気分がよかった。こくりこくりと、すっぱい琥珀色の液体を口に含む。前を向いても天井を向いても、どこもかしこも白い壁。
 ふう、とため息をついたのと、左隣の椅子がどかりと軋むのが同時だった。座ったのは、池田だった。池田がいたはずの輪はいつの間にか少人数に分かれ、それぞれが食事やお喋りやギャラリー鑑賞を楽しんでいる。
「――おす」
「……おす」
 池田もまた大きく息をついて、上体を前に倒した。膝の上に肘をつく格好で、羽村を覗き込む。
 その目は羽村の左指に注がれていた。あ、やばい、と思った。
「作品のお買い上げ、誠にありがとうございました」
「……どうも、」
 話したのは、野島に決まっていた。言うなとは言わなかったけど、せめて会が終わってからの報告でも良かったはずだ。
「いいだろう、その指輪」と池田は言った。
「陶製でこれだけ細い指輪って珍しいなー。割れない?」
 平常を心掛ける。なんでもない風に。なんでもない風に。
「セラミックだから、そんなに無理にしなければ。陶で出来たゆびぬきってあんじゃん。ちょっと前にフィンランド旅行したらあちこちに売っててさ。あ、陶製の指輪ってアリなのかってひらめいた」
「いい出来だよ」
 こうなったらもう、と腹をくくり、左手を目の前にかざして見せる。
「シンプルだから、毎日つけてられる感じ」
「耀、いまなにやってんだ?」
「んー、古着屋の店長」
「へえ。ならはめててもいいな」
「そうそう。もう、染め織ったりはしないからさー」
 染液に手を浸すことも、繊細な力加減で機を織ったりすることもしなくなった。十代から二十代はじめの頃あんなに執着した事柄を、手放しても生きていられる。作業をしなくなった手はいま、気色悪いぐらいに綺麗だ。このまま池田の陶器と同化しちゃえばいいなと思う。
「それ、俺の指のサイズ」
 唐突にそう言って、池田もまた、羽村の左手の隣に、右手を突き出した。広げて見せられた手指は無骨で男臭く、しかし土を触るせいなのか思いのほかなめらかだった。
「って言っても焼成前のサイズだから、縮んじゃったんだけど。耀は相変わらず、指が細いな」
「女みてーとか、言うなよー」
「言わねえよ。思わねえし。男でも女でもなんでも、耀は耀だろ」
 さらりと言ってのけた台詞に、羽村はびっくりした。とっさに見た池田の顔は、自信満々の笑みだった。あの頃と変わらない、光の人。言葉までまっすぐに、羽村を打つ。
 大昔、野島を呪ったことを悔やんだ。女だから愛されていいなと思ったが、きっと池田はそんなことなど関係なく誰でも愛せる人だ。ただ羽村が恋心を隠したから、池田にもその選択肢がなかった。いまはどうだろう。目の前で笑っている人に、すがりつきたい。
 耀は耀だろ、と言ってくれる人だ。
 泣きたい。
「いけだあー」
 目の前にかざされた手をつかんで、膝の上に載せる。力加減を誤って震えている。
「なんだよ」
 池田は嫌がらず、むしろ笑っている。
「すきだよー……」
「ああ」
「ずっとさー、すきだったんだよー」
 首をゆっくりと折って、うなだれる。膝の上の右手は逃げない。と、羽村の下からいなくなり、続いて左手を今度は上から力強く、握ってくれた。
「知ってた」
「うん……」
「耀、また楽しいこと、しようぜ」
 顔があげられない。まただ。いつだっていつまでだって、池田は羽村の太陽として燦々とかがやく。
「俺と一緒に、楽しいことをしよう」
 ただ無言で、言葉に頷いた。白い箱を出て、先にあるのは陽に照らされたあかるい道だ。


End.


前編



拍手[79回]

羽村耀(はむらよう) 様


 お変わりないでしょうか?
 このたび、十三年勤めた会社を辞しまして、
 長年の夢だったギャラリーをM市にオープンさせることが叶いました。
 つきましてはオープニング・レセプションに羽村様もご出席頂きたく、
 ご案内申し上げます。
 当日、お会いできることを心よりお待ち申しております。


 野島あゆみ



 その案内を受け取って、羽村は首を傾げた。大学時代には「ノジマ、ノジマ」とよく呼んだ名前だが、羽村が知る限りでは、現在はこの苗字ではないはずだった。
 旧姓に戻った理由は、活動上の名義なのか、それとも。ただそれだけの興味で、返信用はがきの「出席」の文字に、丸をした。


 青井透馬との恋愛は楽だった。なにが楽かって、なにもかもが違うところが。
 ことあるごとに怯えた瞳をする少年だった。繊細で傷つきやすい、軟弱な精神。磁器のような白さの肌も、筋肉がろくにつかないほそっこいつくりの身体も、羽村には好ましかった。どこもかしこも似やしない。透馬に溺れていれば、学生時代を思い出さずに済んだ。
 ゆらゆらとよりどころのない恋だった。水面を漂う水草のように、行先を二人とも希望しなかった。ただ現実から目をそらすためだけの恋愛。透馬の現実といえば伯父への恋心で、「それがなに?」だなんて適当なことを言ってしまったが、大人になって抱えたとしても痛すぎる現実を、たかだか十代で抱えなければならない透馬を憐れだと思い、可哀想だと思った。憐憫がまた、恋に火をつけた。
 秋、透馬を誘って美術館へ行った。当時住んでいたFの山奥からさらに山奥にある美術館で、羽村が車を運転して出かけた。県内では珍しい彫刻の美術館で、広い野外には雨風にも耐える巨大なオブジェを、こじんまりと小さな館内にはブロンズの小品が二十点ほど並んだ。
 いくら元・美大生だといえども、絵画や彫刻の類にはあまり興味がなかった。羽村が好きで専攻していたのは染織クラスであったし、工芸品ならまだしも、アート、と呼ばれる物物への、関心はうすかった。山奥の美術館へ行こうと思ったのはドライブも兼ねていたからで、高原を走る有料道路からの眺めは紅葉も相まって最高だったが、行きついた美術館では、かえって興奮がさめてしまった。この後どこのホテルに連れ込んで一発やるかな、という下種な段取りを、裸婦のブロンズ像などを眺めて思っていたぐらいだ。
 それでも、見慣れぬブロンズ像をしげしげと眺める透馬の横顔を見るのは、わるくなかった。羽村が一目で惚れた、惹かれてやまない横顔だ。期間限定のおつきあいだからいつか別れるとはいえ、この横顔の写真ぐらいは、残しておきたいな、と考える。額から瞳へと切り込む斜線と、瞳から鼻筋へと伸びる斜線、鼻を経てかたちよいくちびるに届く、数々の面。透馬の横顔はどこかの美術家に評論させたらいいんじゃないかと思う。きっと黄金比がどうのこうのって、言う。
 しばらく透馬を眺めていると、ブロンズ像を見ていた透馬は、やがて目を数度、瞬かせた。見つめすぎて目が疲労したか。もうこの辺で切り上げようかなと考えていると、透馬は「静かだね」とぽつり、こぼした。
「美術館っていつもこう。音がしなくて、ものがなくて、真っ白」
「まあ、ホワイト・キューブ、って言うくらいだし」
「ホワイトキューブ?」なにそれ? と言う風に語尾を上げて羽村に訊ね返す。
「いやーまあおれも、学生の頃にちょろっとテキスト読んだぐらいの知識なんだけどさー。美術品をちゃんと見るために、美術館の壁面ってほぼみんな、真っ白なのさ。そういう空間を、ホワイト・キューブ、って、いう」
「へえ」
「でも、かえって浮世離れしちゃって現実味がないとかね。そういう意味で、美術館のことを『試験官の出来事』、って批判されちゃったりねー」
「びっくりした」
 と、透馬が目をまるくひらいて羽村を見た。
「羽村さんってちゃんと大学生やってたんだね」
「ちゃんとってなんだよ、ちゃんとって」
「美大生ってセンスだけで生きてるんだと思ってたから、そういうこと知ってるの、意外だった」
 ばあか、これでもちゃんと卒業してるんだぜ。そう言いながら透馬の髪をくしゃくしゃにする。どうしてこの言葉を覚えていたかといえば、自分のことみたいだと思ったからだ。現実味のない白い箱に閉じこもって、夢ばかり見ている。そう、たとえばこんな風に透馬とホワイト・キューブの中にいて……なんだこれもまた、現実味のない、つくりごとの恋愛じゃないか。
 だって証拠に、透馬の心は羽村の元にない。羽村と付き合ってくれる、という事実だけを、羽村を傷つけない白い壁に展示して、眺めて満足している。客観視してみれば、自分は確かに透馬を好きなのか、分からなくなる。田舎へやって来てたまたま隣家に好みの顔がいたから、手を出しただけかもしれない。都合よく失恋していたし、童貞の美味しいところも食えたし。いまじゃ羽村にすっかり慣れて、おびえた瞳もしなくなった。
 愛されたい、と思った。片想いが長すぎておかしくなっている。愛するんじゃなくて、愛されたい。期限付きで愛し合っている半年間、透馬に愛してもらおうという気分はおきなかった。ただ、早く春が来てこの恋が終わらないかなと、唐突に思った。


 M市は、羽村の通った美大のある街だ。久々に訪れた街は、めっぽう変わっていた。以前よりもアート色が強くなり、「商店街ミュージアム」と称して駅前から伸びるアーケード街に学生の展示が続いていたのには驚いた。羽村がいた頃の商店街は人気がなくがらがらで、いわゆる「シャッター街」だった。活気づいてきたと言うならいいことだが、展示されている作品はどれも勢いばかりで、羽村の目には新しくなかった。それだけ自分が年齢を重ねた、という意味だったら、少しさびしい。
 それでも街を歩くにつれて、楽しくなってきていた。はじめ、M市でギャラリーをひらくなんて、いくら美大のおひざ元でも酔狂な、と思っていたが、これは当たりなのかもしれなかった。どんなギャラリーをひらいたと言うのだろう。画廊なのかクラフト・ギャラリーなのか、そういえばそんなことも知らなかった。
 学生時代によく通った喫茶店を訪ねるつもりで早めに行ったから、喫茶店が深夜営業のバーに改装されていたと知った時は、あーどうしよう、だった。それであてもなく、ひとまず先にギャラリーを訪ねた。外観だけでも見てから、適当な店に入ろうと思った。
 ギャラリーは古いビルの一階部分にあり、目立った看板もないから、通り過ぎそうだった。かろうじて通り過ぎなかったのは、真っ白な内装が視界の端にうつったからだ。あ、ホワイト・キューブ。足を止めて中を覗くと、白く塗られたビルの内側は、机があるだけでなにもなかった。
 ――いや、人が一人、立っていた。真っ黒い短髪に、白いTシャツ、ベージュのワークパンツをはいていた。浅黒い太い腕、そこに真白いカラーの花束を抱えている。うつむいていたが、羽村に気付くとウインドウの外へ視線を投げ寄越してきた。ガラス越しに目が合う。
 はっきりと濃く、太い眉。意思の強い瞳。多少の無精ひげは相変わらずで、精悍に口元を引き結んでいる。そのくちびるが「あ」のかたちにひろがり、強い瞳がまるくひらかれた瞬間、羽村はその場を逃げ出した。いや、いることは予想済みだったけれど、あんな風にホワイト・キューブの展示品みたいに現れるのは、予想外だった。走る走る。路地の裏まで、心臓も走る。
 池田白藤(いけだはくとう)。
 その名を心の内側で唱えるのも久しぶりだった。
 まだ心臓が鳴っている――急に走ったりなどしたからだ。



→ 後編




拍手[55回]

透馬と瑛佑 ②


 おおきくなったらなんにでもなれるよ。幼稚舎の先生がそう言ったから、本当になんにでもなれるんだと思っていた。たとえば他の動物とか。なれるのだったら、透馬はゾウかキリンになってみたかった。その頃、祖父母に連れられて動物園に行って、大きな動物に、とても憧れたのだ。
 初等部に進学する頃にはさすがにそれはない、と気付き始めた。透馬の将来は決まり切っていて、それに抗いたくて、でも臆病で怖くて、あの頃からすでに透馬は精一杯だった。過密なスケジュール、躾と教育。ストレスでいっぱいで、パンクした。再び将来の夢を見るようになったのは、伯父の家に住み、元美大生の羽村が隣に越してきた、高校生の頃だ。
 職人に憧れた。なにかものをつくる仕事に就いてみたくて、羽村の家に転がる美術雑誌やインテリア誌を読み漁った。そこでデザイナーという仕事を知り、やってみたい、と思うようになった。
 その夢はいま、透馬のすぐ傍までやって来ている。再就職で家具メーカーの事務職に就いた。事務なのだが、これが楽しい。夢の傍で働いているかと思うと幸福だし、社内で仲良くなったデザイナーもいて、そういう彼らと交流が増えた。話を聞くだけでも刺激的で、意欲が湧いてくるのだ。
 目指すなら、早いうちがいい、と言われた。二十九歳という年齢を考えると遅すぎて、諦めるべきなのかもしれない。だが透馬はいまを楽しんでいる。事務も楽しい、でも夢も叶えてみたい。このもどかしさが楽しいだなんて、もっと若いうちはきっと思わなかった。
 眠る前の時間を至福としている。この時間は絵を描く、と決めている。ふんふんと鼻歌を歌いながら、瑛佑からもらった色鉛筆でぐりぐりとクロッキー帳に描きつける。それは花の絵だったり、抽象パターンの組み合わせだったり、瑛佑の襟足のスケッチだったりと、様々だ。
 眠る前の瑛佑はといえば、居間か寝室のどちらかで、雑誌や新聞をめくっている。大抵は洋雑誌か英字新聞だ。こういうのを難なく読めるぐらい、瑛佑の英語スキルは高い。「もう一か国語覚えたい」と言っていた。関係するのかどうか、母親の貴和子は、語学大学で英語を教えている。
 海外には一度しか行ったことのない透馬からすれば、感心、の一言だ。そういえば瑛佑はなにになりたかったと言うんだろう。飼い猫を撫でながらなにか英語のタイトルの小説(瑛佑いわく、ミステリーらしいが)を読む瑛佑に、そっと声をかけた。
「なに?」
「ちいさい頃、なにかなりたいものってありました?」
「唐突だな」
「思いついたんで」
 うーん、と真面目に唸ってくれた。「ちいさい頃は、警察官に憧れたかな」
「あ、制服とか似合いそうすね」
「そういうものに憧れるよな。警察官、消防士、医者。そう言うやつが周りにも多かったと思うよ」
 瑛佑の言う通りだと思う。男は単純だから、分かりやすいものに憧れる。その点、キリンになりたかった自分はちょっと変わっていたというか、ずれていたというか。瑛佑に言うと笑われそうだから、先まわりして話を進めた。
「もうちょっと大きくなってからは、なにになりたかった? たとえば高校生の頃、進路を考える頃とか」
「透馬、進路に悩んでる? いま」
「そんな裏を読まなくていいすよ。興味です、興味。瑛佑さんのことならなんでも知りたい」
 そう言うと、瑛佑はふっと笑った。嬉しそうに、満足げに、少し照れ臭そうに。透馬も笑う。本心だから、瑛佑には隠さない。
「ツアーコンダクター」と、平たい発音で、少し耳慣れない言葉が飛び出てきた。
「旅行の添乗員?」
「そう。旅行会社に入りたかった。あちこち行けていいな、って」
「いまホテル勤めのきっかけは?」
「学生の頃、一度だけ贅沢して泊まったホテルのフロントマンがかっこよかった。慣れないアジア人に、丁寧な英語つかって案内してさ。憧れたんだ。単純な話」
 瑛佑らしいな、と思った。ツアーコンダクターか。透馬には絶対に思い浮かばない職業で、憧れもない。けれど、得意の語学を生かしてあちこちを飛び回る瑛佑の姿は、格好良く思えた。声がよく通るから、一人も取り残すことなくきちんと引率してみせるのだろう。
「瑛佑さんは、海外って何度も行ってるんすよね」
「そうだな」
「留学もしてるし」
「透馬は?」
「ちっちゃい頃、カナダに、一度だけ。覚えていません」
「カナダもいい国だよな」
「行ったんだ?」
「留学中に、仲間と貧乏旅行」
 一体、瑛佑のパスポートはどうなっているのだろう。透馬はと言えば、パスポートはちいさい頃に取得して期限切れになって以降、持っていない。あれ、有効期限って三年だっけ五年だっけ? 大人は長いんだっけ? どこへ行ったら発行になるんだろう? それぐらい、なじみがない。
 行こうか、と瑛佑が言った。猫を追い払い、ベッドに横になり、透馬を見遣る。
「――え?」
「そうだよ、旅行しよう、透馬」
 JRのPR文みたいな文句であっさりと言われた。
「海外、すか?」
「国内でもいいよ。どこでも」
「おれ、パスポート持ってないですし、英語はできないし、金かかりますよ」
「いまから取得すればいいし、言葉はどうにかなるし、金はこれから貯めて行けばいいじゃん」
 一緒に行こう、と言われて、腹の奥がむずむずした。嬉しかった。そうか、旅行。いいな、瑛佑とならどこでも。
 Fじゃない場所に、出かけるのだ、瑛佑と一緒に。
「――行きたい」
「決まりな」
「どこ行くか、おれが決めていいんすか?」
「勿論」
 ベッドを這い出て、寝転ぶ瑛佑の背に覆いかぶさった。温かい。もう日中は暑いと言える陽気でも、こんなに人肌は安心する。
 笑うと、瑛佑も笑った。くつくつと一通り笑った後、そういえば、と言葉を変えるので、背中に顔を押し付けたまま「なに?」と訊いた。
「透馬はちいさい頃、なにになりたかったんだ」
「――」
「ん、ひょっとして嫌な話だった?」
「……いや、」
 笑い話になりますから。と、心の中で呟いて、しばらく瑛佑の背中で笑っていた。話そうかどうしようか迷うが、きっと話す。瑛佑が訊くから。


End.



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プロフィール
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粟津原栗子
性別:
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

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短編「さきごろのはる」
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