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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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お久しぶりです、粟津原です。
皆さま変わらずお元気でいらっしゃいますか?

前回の更新が昨年4月末でしたので、約1年ほどここを放置していました。
その間なにをしていたかと言えば、単純に「書く」作業に充てる時間が減ったので、そこに別のことを充てていました。
このブログのことを全く気にしなかったわけではありませんでしたが、概ね忘れて過ごしていました。
この時間がとても貴重というか、楽、でした。休むと決めてよかったのだと思っています。

休んでいる間は、感覚としては長い旅行に出ていた、に近いでしょうか。
日々留まったことを書き散らかしてはいましたが、それを整えたりましてや発表したりはせず、
自分で楽しむだけにしていました。
それがどんどん溜まっていって、気づいたら自然と形になりました。
ある程度めどが立ちましたので、また更新を再開していきたいと思い、久しぶりにこれを書いています。



新しい小説の更新を、4月15日(日)の17時からスタートします。
現時点での予定では50~60話ぐらいです。その間は休まず更新しますので、2か月ぐらいは続けてお付き合いいただけると嬉しいです。
長編小説は久しぶりですね。「花と群青」以来になりますので、約4年ぶり、ということになりました。(驚いています。)
いま、更新に当たっての最終段階に入っているところです。来月から始める話をいまするなよ、と思うかもしれませんが、このブログにいまどのくらいの方がいらしているのか分からないので、告知期間を長めに取ろうと思い、今日のタイミングを選びました。

作品の精度は、あまり自信がありません。
楽しんでいただけるようなものではないかもしれません。書き方もかなり変わりました。
けれど私は楽しかったです。
そういう作品です。



それともうひとつ。
「流々転々」を下げさせていただきました。
改稿したいと常々思っていたこと、未完であること、未だ続編の発表に至れないこと、このような理由で、いったん下げます。
構想自体は常にありますので、気長に完成をお待ちいただけると幸いです。



それでは4月15日の17時に。



2018年3月22日
粟津原栗子

拍手[18回]

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こんにちは、粟津原です。
数か月にいっぺん程度の更新であるにもかかわらず、「構想上の樹海」を訪れてくださっている方々へ、心より感謝申し上げます。
今回はタイトルの件で浮上してまいりました。
しばらくブログの更新を怠ります、ごめんなさい、という内容です。

 *

理由は、私自身の生活の変化にあります。
変化の内容まで詳しく申し上げるつもりはありませんが、変化自体は、昨年よりありました。
そのうち落ち着いたり、慣れて来たりして、変化前と変わらず更新をしてゆける、と思っていたのですが、なかなか難しく、
現在、執筆に専念出来る時間がほとんど捻出できない、という状況です。
前回の更新から時間が経つにつれて、書けないでいる焦りが募り、また、読んでくださっている皆さまに申し訳ない気持ちも膨らみ、
ふがいないやら、情けないやら、様々な葛藤があり、
これはもういっそ更新をお休みして、生活をきちんと組み立てなおそう、今後を考える機会にしよう、という結論に至りました。

 *

ブログ自体は、閉鎖いたしません。過去作の一部ではありますが、読みたいと思う方がいらっしゃれば存分に漁ってください。
また、「書きます書きます詐欺」みたいになっている連作短編「流々転々」に関しましては、きちんと完結させたいと思っております。
休載の期間はいつまで、と設けておりません。いついつ復帰します、というお約束はできないのですが、その際には、きちんと新作引っ提げて戻って来たい、とも思っています。
ただ、しばらく放置の状態にはなります。雑草が生えて、ますます繁り、苔むしていく樹海かもしれません。

 *

自身のことを書くのは苦手です。そんなことを書いている余裕があるのなら、創作の一文字でも書き進めなさい、と思うからです。
ですので、ここにこれ以上は書きません。
次に浮上する際には、ますます皆さまを喜ばせることのできるような、楽しんでいただけるような、
そういうものを発表出来たら、と思います。

 *

花や新緑のころになりました。皆さまの暮らす街でも、私の過ごす街でも、どこでも、まばゆい春に恵まれているよう、お祈りいたします。
どうかお元気でお過ごしください。またお会いいたしましょう。


2017.4.30.
粟津原栗子

拍手[47回]

 *

 寒くて目が覚めた。
 隣を探ると、手は空を掻く。いるはずの男がいないことで、千冬ははっと飛び起きた。あれは夢だったのかと昨夜の記憶を手繰る。辺りはまだ薄闇ではっきりしなかったが、少なくとも千冬の寝室ではなかった。信じられないような冷気を感じて、千冬は身震いする。いつの間にか衣類を身に着けていたが、それは地のうすいもので、布団の外へ出ることは勇気を要した。
 布団の上にかけられていたウールのブランケットをさっと身体に巻き付け、千冬はベッドから降りる。フローリングの床は信じられないほど冷たく、雪の上を直に歩いているような心地だった。冷気は痛覚を刺激する。冷たいのではなくもはや痛いと感じながらも床を踏む。居間には誰もおらず、夜明け前の薄暗い青さが、室内を支配していた。
「常葉?」
 声をかけるも、返事がない。
「常葉? おい、どこだ常葉」
 あちこちを覗いては、声をかける。どこからも返事がない。居間、続く台所、廊下、先にある洗面所や浴室、トイレ。いない、いない、どこにもいない。人の気配がない。
 嘘だろ、と思いながら千冬は足先の痛みも忘れ、玄関へと進む。引き戸を開けると、冷たい北風に乗って雪が舞っていた。昨夜のうちに、さらに数センチ積もったようだった。新雪が昨日の常葉や千冬の足跡を消している。ここには端から、千冬しか訪れていなかったかのような。
「常葉っ!!」
 叫ぶと、犬が吠えた。とっさにそちらへ振り向く。犬小屋の奥は家の裏手へまわれるようになっている。そちらから誰かが来る。わうわうと吠える犬を上手くいなし、長身の男が姿を現した。
「……千冬、おまえそんな格好で、出てくるなよ」
 太い薪を何本も抱えて、常葉が姿を見せた。千冬はほっとする。
「……目が覚めたら誰もいなかったから、夢だったのかと思って」
「目が覚めたときに寒かったら可哀相だと思って、先に起きたんだ」
 家の裏の、雪が舞い込まない場所に薪を積んであるのだという。薪を抱えたまま、常葉は玄関をくぐる。千冬も後に続いた。居間のストーブに火を入れ終える、そのタイミングを見計らって、千冬は冷えてしまった身体を常葉に擦りつけた。
「――夢じゃなかった」
 そう漏らすと、常葉も「そうだな、夢じゃあないな」と答え、千冬の肩を抱く。
「これから、……どうする?」
 常葉はためらいながら訊いた。千冬が答えに窮すると分かっていても、訊ねないわけにはゆかない質問だった。
「おまえの望んだ、普通、というやつは、……やっぱり、叶えられない、おれは」
「……」
「でも、帰す気もない」
 常葉は肩を抱く手にぐっと力を込めた。
 力強い手の温みに感じ入りながら、千冬は目を閉じる。目蓋の裏に過ぎるのは、これまでの様々なことだ。常葉との出会いのころ、いつでも一緒にいた放課後、冬の乾いた空気の中で交わしたキス、ともに暮らした大学時代。常に胸の内に存在した、「普通」でありたがるこころ、夕海に聞かされた力強く前向きな言葉に涙が出そうになったこと、常葉の傷ついた表情、離れて暮らした十年間、頻繁に届く写真やスケッチ。
 昨日見た、すさまじい恋慕のメッセージ。
 なにが正解で、どうするのかが正しいのかは、分からない。だからと言って考えることをやめたくはない。このまま情に流されて常葉と添うのもひとつの道だが、それではきっと、一生、罪悪感を背負ったまま生きるのだと分かる。誠実でありたい。なにごとにも、まっすぐでありたい。
 嘘のない人生を送りたい。常葉を欲しい気持ちも、あのまま夕海と暮らしたい気持ちも、どちらも、千冬にとっては嘘ではない。だからこんなにも揺れる。
 一生、自分はこうなのだと思う。決心をつけないこと。つけられずに惑い揺れること。いかにも、我欲にまみれたあさましい人間だ。聖人君子にはなれない。千冬は、千冬。千冬の身体と精神を持って、千冬は千冬の人生を生きる。誰が添うとも関係ない。その「誰か」だって、己自身の人生しか歩めないのだ。
 人は、ひとりだ。様々な人と縁を絡めたり離したりしながら、生きていく。それを淋しいことだとは思わない。たとえば常葉と同個体になれたらいいなという夢ぐらいは見るが、それは一生かけても実現しないことは、分かっている。ずっと夢見て暮らすよりも、いささか現実を知って生きる方が、千冬にとっては率直で素直に感じる。
 ひとりであるけれども、ひとりで生きていけるほど強くは出来ていない。他人の存在を混ぜるからこそ、喜びも、悲しみも、受け取ることが出来る。
「千冬?」
 黙り込んだ千冬を、怪訝そうに常葉は窺う。千冬は常葉の頬にそっと手を添えた。
「いまは、いいや」
「……でもな、」
「いいんだ、このままで。そのうち、なにか、ひらめくだろ」
「……」
「おまえはおれを攫いに来たんだからさ。そんな顔しておれのこれからの生活の心配をするこたないんだよ。貫いてろ、おまえの立場をさ」
「そうか」
「うん」
「……おまえは妙なところで、強かさを発揮するな」
「ん?」
「要するに、おれはなにがなんだって千冬の虜だってことだ。どんなに汚くて卑怯であくどくてもな」
「なんだよ、それ」
「いいだろ。おれが好いているやつは、ちゃんと人間だってこと」
 常葉の顔が近付いてくる。夜明けが近い。部屋の青さに、薄日のオレンジ色の光が混ざり出す。
 千冬は目を閉じて、男の唇を迎え入れた。


End.



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拍手[32回]

 *

 寝室にも暖かな空気は届いていたが、シーツまでは温められておらず、冷たかった。そこに倒れ込んだときには、全身に鳥肌を立てたぐらいだった。あんまりにも寒くて、ぬくもりを求めて常葉の着ている分厚いセーターの下に手を潜り込ませると、常葉の肌がいっせいに粟立つ様子がよく伝わった。常葉の言い分では、「氷を抱いてるみたいだ」だった。
 繋ぎ目や、境目というのは、なくなればいいなと千冬は思った。だから常葉がばか丁寧に広げた穴に猛々しい自身を潜り込ませて来たとき、千冬はむしろ、自分の方から積極的に腰をすすめた。より繋ぎが深くなれる体位を探る。探るから、腰が揺れる。誰かを迎え受け入れることは本当に、本当に久しぶりのことであったので、痛みに竦んだり、途中で動きを止めざるを得なかったりもした。なかなか自分の思う通りには、ゆかなかった。それが歯がゆくて涙が滲んでも、この行為に没頭する。
「焦るなよ、千冬」
「だって、」
「まだ寒いか?」
「……指先だけ、」
 そう答えると、常葉はおもむろに千冬の手を取り、自身の口元へ運ぶ。指を唇に当てたり、頬に当てたりして、「確かに冷えているな」と頷く。
「――っ」
 その冷たい指を、常葉は口に咥えた。一本一本を丁寧に含め、舐め、甘噛みする。少し強めに噛まれると、腹の奥にひやりと快感が走って、千冬の萎えた性器がゆるゆると立ちあがる。その甘くむず痒い感覚が久しぶりで、もっと酔いたくて、千冬は常葉の口腔に入る指をゆるく動かした。
 なじむまで、常葉にしっかりと抱いてもらった。常葉は一通り指を含み終えると、今度はしきりに千冬の目尻や頬に唇を寄せ、泣いていないかどうかを確かめた。やがて手はあちこちをまさぐりはじめる。耳たぶや胸の突起や、脇の窪み、腰のくびれなど、かつての千冬が常葉に抱かれたときに喘いだ場所を中心に攻められる。記憶として覚えているというよりは、身体に沁み込んだ癖みたいなものなんだろう。尾てい骨の辺りにまで手が這うと、千冬はとうとう声をあげた。その声を聞き、ふたりのあいだにある千冬の性器が完全にかたちを変えているのを見て、常葉はふっと笑った。「中、緩んだ。――動くぞ」
 身体を離し、千冬の腰を力強く掴むと、常葉はゆっくりと腰を引かせて性器をぎりぎりまで抜き、ひと息に押し込んだ。先ほどまでずっと咥えこんでいた質量だと分かっているのに、腰を動かされると、たまらなかった。長いことほったらかしておいた、身体のあちこちに存在する性感の糸を、一本一本丁寧に引っ張られ、集約し、束にされて、それを一気に刺激されている。だからどこを触られてもそこから電流が走るみたいにピリピリするし、それがとても好いから、喘いでしまう。性器をみなぎらせて、先端からはしたなく体液をこぼし、千冬は悶え頭を打ち振る。
 震える千冬の身体の横に手を突き、常葉は不意に動きを止め、千冬を見下ろした。中途半端にやめられると、やめてほしくないと訴える身体が勝手に腰を揺する。自分のいいところに常葉の性器を当てようと、必死になる。
「そんなに見てないで、動けよ……」と千冬は自分を見下ろす男に、懇願する。足をすっかり男の腰に絡ませて、きっと顔など、押し寄せる性感に負けてひどく情けないのだろうと想像すると、常葉の顔を正面から捉えられない。
「……つくづく、おまえは変わらんな、と思ってな」
 常葉はしみじみとした口調で、そう言った。声音は至って冷静で、色が載らないいつもの声であることに、うっすらと苛立ちすら感じた。
「……さっきと同じ話か?」
「少し、違うかな」
「よく分かんねえけど……一応言えば、もう三十過ぎたおっさんなんだぜ、おれたち」
「ま、そうだな。フィジカルはそりゃあ、変わるだろ。年数経ってんだから。おれだって変わった。そうじゃなくて、ほら、こうやってすぐ、気持ちよくなることに貪欲になれるところとか、」
 ゆるゆると揺すっていた腰を掴み取られる。なんともなしに胸の尖りを弄っていた手指を常葉は取り、それを千冬のかたく張りつめた性器へと導いた。常葉の手を借りて、自慰をしている。千冬はすぐに快感の虜になり、夢中で指を動かす。
「弱いところも、泣きだすところも、みんな、変わらん」
「……常葉は、変わったのか?」
 辛いながらも気持ちよさを追い求めることを一旦やめて、常葉に訊ねる。その質問に、常葉は少し考え込んだ。
「分からん。誰かとセックスするのはおまえ以来だし、おまえが見てくれなきゃ、変わったかどうかは、おれには客観視できない」
「じゃあ……きっとおまえも、変わってないよ」
「そうか」
「うん」
 高校生のころ、更衣室で初めて見た常葉の立ち姿が自然と思い浮かんだ。あのころあの身体のままには在るわけがないけれど、常葉がまとう雰囲気はいまも変わらない。千冬の飢えに、唯一応えられる存在だ。千冬はゆっくりと瞬きをして、性器から手を外すと、常葉の首にしがみついた。
「動け、常葉」
「動いたら終わっちゃうだろ」
「……おまえ、そんなにもったいぶってセックスするやつだったっけ?」
「もう若いときみたいにさ、阿呆みたいに腰振り続けてまだ足んねえ、って歳でもないからな。それに、ここ最近のおれの疲労を鑑みるとな、多分おれは、出したら、寝る」
「なんでそんなに疲れてるんだよ」
「ばっか、決まってるだろ。おまえ待ってて、ずっと気ぃ張ってたんだ」
 目を細くして、常葉は笑う。じっとりとかいた汗が雫になって、千冬の平たい胸にいくつか落ちた。
「――それで、いざおれに会ったら眠くなるとか、本末転倒じゃないのか」
 千冬も瞳を弧にして、笑ってやる。ぺちぺちと鎖骨の辺りをはたくと、常葉は「そうだな」と情けなさそうな顔をする。
「でも、おれも同じだ」
「なにが?」
「おまえに会えるかどうかばっかり気になって、昨日から全く食事をとっていない。なにも入らなかった」
 常葉の瞳が、まるくひらかれる。それからすぐに目元は緩み、「おまえも大概だ」と言う。
「でもさ、空腹の方がいいらしいぜ」と常葉は落ちてきた前髪を掻きあげながら言った。
「なにが?」
「スローセックス」
「ははっ」
 笑った千冬の不意をついて、常葉が動いた。いきなり動かされたので、笑い声は悲鳴に変わった。揺さぶられ、引き抜かれ、また押し込まれる。千冬はもはや喘ぐことしかできない。男の背に腕をまわして、爪を立て、それでも汗で滑るので、首筋に嚙みついた。
「――ってぇな。ばっか、」
「なあ、常葉――」
 大学のころには伸ばし気味にしていた髪はいま、社会人らしく短く切りそろえられている。鼻にちくちくと当たる髪の感じは、なんだか慣れなかった。常葉相手に慣れないこともあるのだ、と思うと、やはり来てよかったと思える。
「……おれもう、もう、いきそうだ」
「だからそんながっつくなよ」
「おまえだってそうだろ、」
 千冬の中に収められた常葉の雄は、摩擦を早くして、限界を千冬に伝える。あくまでもじっくりやりたいと主張する常葉に反して、身体は素直に快楽を追い求める。まったく、相性のよい身体だと言える。常葉を受け入れるために自分という入れ物がある、と千冬は思った。
「いいじゃん、またしよう」
 荒く息を吐きながら、千冬は常葉の両の頬を挟み込んで、目を見あわせる。
「何回だって何十回だって、すりゃあいいんだ」
「……そうだな、」
 口を開けて舌を覗かせると、求めに応じた常葉の舌が絡みついてきた。もう言語化しなくても、意思を通じあえる。
 よく知った身体、よく知った人格。でも時間が経ったから、どこかで不意に知らないにおいを漂わせる。それはお互い様で、知っているのに知らないことがあることに、ふたりとも興奮していた。
 千冬の腹の奥に、常葉の熱が放たれる。内壁を濡らされるのは、たまらなく気持ちが良く、千冬は震えた。千冬も自身の性器を盛んに擦って、やがて頂を見る。ふたりの腹と腹が千冬の精液で濡れる。
 千冬の上から退いてごろりと寝そべった常葉は、そのまま目を閉じて動かなくなった。宣言通りに、そのまま眠った。よほど気持ちが良かったのだろう、満ち足りた、健やかな寝息だった。


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拍手[21回]

 *

 ギャラリーから常葉の家までは車で一時間かかる、というなかなかの道のりだった。「えらく山ん中にあるぞ」と、常葉は嬉しそうに語った。街中でさえあれほど雪深かったのに、さらに山側へと車は攻める。途中から舗装が怪しい林の中の一本道に入ったときには、とんでもない悪路でタイヤは滑るし、それを常葉は平気でスピードも落とさず駆け抜けてゆくしで、千冬はシートベルトにしがみついて動けなかった。それを常葉は笑ったが、嫌味な笑いではなかった。ただ嬉しくて仕方がない、という笑い方をした。
「この辺は高原で夏場は涼しいってんで、金持ちの別荘地なんだよ。冬はそんなに人がいないけど、夏場になると県外ナンバーの高級車がうようよ停まって、人も増える。まあ、おれの家はもっと奥にあってな、あんまり関係がないけどさ」
「……こんなところに住んで、会社通っているとか、本当か? おまえ」
「ほんと、ほんと。変なところにある家だから誰も住みたがらない、住んで手入れしてくれてるだけでありがたいよって、管理人が言うから、ここに決めた。そういう空き家対策の家だからさ、家賃はうんと安くしてもらってんだ。おれとしても、出来るだけ辺鄙なところに住みたかった。会社からはちゃんと通勤費も出るし。運転は好きだし。問題ない」
「……」
「それより、この辺の緑」
 雪の積もった雑木林は、それでもそれなりに人の手が入るのだろう。倒木などはないし、地面の雪はよく踏み固められていた。ほどよく明るくて、暗い。雪の影に出来る青さが綺麗だと思った。常葉は「ほら、ああいうのとか」と、指をさす。指した先には葉を落とさずに雪をかぶった常緑樹がそびえていた。
「あれはヒノキだそうだ。地元のじいさま方が教えてくれた。この辺の木の生えているところはふもとの地区の所有林でさ、ちゃんと組合があって、毎年手入れしてくれてんの。森ってのは手入れしないとだめになるんだってさ。なんかさ、勝手なイメージだけど、人の手の入らない、密林っていうのが森本来の正しい姿であるような気がしていたんだ。でも違うんだって。きちんと間伐して、樹木のサイクルを作ってやる。そうでないと荒れるんだって、じいさま方は言ってたな」
 かつての恋人が嬉しそうに話す言葉の、一言一句も漏らすまいと、千冬は必死になって耳をそばだてだ。
「冬の森っていうのは、おれが想像していたよりもずっと人がいて、獣がいて、温かかったよ。実際に目の当たりにして、よく分かった。なにごとも経験って大事だよな。やってみなきゃ分からないし、五感に響かない」
「……ここが、好きか?」
「ああ、好きだな。理想の暮らしだ」
「そうか……」
 やがて車が行きついたのは、別荘地として家が木と木を挟みながらも集合していた林よりももう少し上にあがったところにあった。周辺に家や建物は見当たらない。常葉が、家の周りの必要のある場所のみを雪かきしたと言っていた。外には犬がつながれている。真っ黒な和犬で、見知らぬ千冬に対してよく吠えた。
「犬、いるのか」
「獣除けになるからな。猫もいるぞ。そっちは、ネズミ除けだ」
「役割があるんだな」
「そういうことだな」
 常葉が家の玄関の鍵を開ける。確かに中には猫がいて、常葉の帰宅に鳴いて出迎える。こちらは見知らぬ千冬を警戒したりはしなかった。まるくふくふくと太った猫で、年齢も、外につないでいる犬よりは年上だと明かした。人には慣れているという。
「夏場の別荘地が盛りなころにはさ、下へ降りて行ってどっかから餌もらってくるよ」
 喋りながら常葉は廊下をすたすたと進み、居間に据えてある薪ストーブの灰を掻く。二階まで吹き抜けになっている居間が外よりもほんのり暖かいのは、薪ストーブの空気穴を絞って最低限の火を落とさずにあったおかげだ。灰の中からおきを出すと、その上に木っ端をくべる。火がまわったころに薪を足す。手早く見事な火のおこし方だった。少なくとも高校時代や大学時代に住んでいた街では、身に着ける必要さえなかった技術だ。
 感心しながら、常葉の動作をただ突っ立って見ていた。猫が千冬の足元へすり寄る。千冬は動物を飼った経験が一度もない。だから動物は少し、怖い。知ってか知らずか、猫は何度も千冬の脛に体を寄せた。やがて千冬が自分にはなにもしないのだと分かると、猫はさっさと常葉の元へ向かってしまった。
 ストーブの薪がうまく燃えついたのを確認して、「さて」と言って常葉はこちらを振り返った。家について最初にするべきことをして、改めて、千冬の顔を見る。先ほどまでののんびりとした表情とは打って変わった、あまいも苦いも含みこんだ複雑な顔立ちをしていた。
「これまでの話がしたい。……すぐにでも身体が欲しい。おまえいま、どっちだ」
 訊かれて、千冬はうつむく。どちらも欲していたし、どちらも、してはいけなかった。まだ千冬は「なかったことに出来る」と思い込んでいる。こんなところにまでのこのことやって来ておいて、常葉のせいにしたがっている。いま一歩を踏み出せば常葉に届く距離にいて、それはすなわち夕海を裏切ることで、でも夕海のことは、最初から裏切っているのだ。なにをいまさら、と自嘲する自分もいる。欲と理性で迷いが生じ、千冬は、揺れる。いてもたってもいられなくて家を飛び出してきて、まだ、決心がつかない。
 そんな千冬に、常葉は「おまえは変わらないな」と一言、こぼした。
「いつも迷っていて、おさまりをつけようとしない。あっちからこっちからの引力に逆らえずに、揺れてばかりいる」
 指摘はその通りであったが、それを欠点だと言われたような気がして、千冬は腹が立った。夕海との生活では決して荒らされなかった感情を、刺激されている。千冬はつい、「喧嘩したいのか」と答えた。思っていたよりも低く、千冬らしからぬ声が出た。
「ここへ来てもまだ、帰れる、と思っているんだろう」と常葉が言う。その通りだったので、千冬は反論したい口をつぐむ。
「いつもどこかに逃げ場を確保しておきたいんだ、おまえは。自分のせいにしたくないんだ。自分は悪くない、あいつが一方的に、っていう風にな」
 それで、千冬の怒りは沸点に達した。常葉が妙に冷静でいることが忌々しく、やはり妻の元へ帰ろう、と瞬時に思った。「帰る」そう言って千冬は常葉に背を向け、家の中を荒々しく戻る。玄関から外へ出ると、すぐさま冷たい北風が、千冬を襲う。その風は粉雪混じりで、コートの隙間から千冬の身体を刺しこんでくる。
 冷たすぎる空気が肺にヒュッと入り込み、むせた。繋がれた犬が太い声で吠え、声は山々にぶつかってこだまする。千冬はそのまま、一歩も動けないでいた。外はあまりにも寒すぎた。犬の声の奥にあるのは風の音と、風が木々を揺らす音だけで、雑音が聞こえない。その中で千冬の荒くれていた感情が、急激に冷やされる。
 ここまで来ておいて帰っても、なかったことには、ならない。自分は確かに常葉のメッセージを受け取ってしまった。それは千冬を激しく喜ばせるもので、本意であった。長年待ち望んでいた夢みたいな現実だ。
 わが身のかわいさあまりの身勝手は、重々承知していた。そのわがままに常葉も夕海も、たくさんの人々が振り回されている。自分さえ存在しなければ、彼らはもっとスムーズに人生を歩めたのではないか。いや、そんなのは驕りだ。千冬がいてもいなくても、常葉も夕海も自分の意志で人生を歩める強い人たちだと、千冬はよくよく知っていた。だから惹かれたのだ。
 千冬は鼻をすすり、息を吐いた。その吐息の白さに驚きながらも、玄関の扉を再び引いた。室内の暖められた空気が千冬の頬を撫でる。燃える薪のにおいを、なぜか懐かしく感じた。廊下をきしきしと軋ませて進む。居間には、千冬に背を向けるかたちで、常葉が椅子に座っていた。薪ストーブの炎の様子を窺っている振りで、戻ってきた千冬へ顔を向けない。
「言いすぎて、悪かった」
 それだけ言った。怒気のこもらない声だったので、千冬は安心する。
「寒いだろ、外」
「寒い」
「帰るなんて、無理だろ。おまえの、そんなうすっぺらい身体、すぐに凍えて死んじまう」
「そうかもしれない」
「もしくは道迷いして、足滑らせて川に落っこちるとかな」
「ああ」
「帰れないよ、千冬」
「……」
「もう、帰れないし、戻れない」
 そう言って、常葉はようやく振り向く。人を惹きつける、濁りのない、千冬の大好きな輝きをした瞳。意志の強さを示す眉。通った鼻筋の下にある唇にくちづけたいと思ったとき、ああ、おれは、なんでも無条件にこの男が好きなのだと、悟る。
 この先、この男の傍を離れる自分のことは、想像したくなかった。
 千冬は背後から、その広い背幅を持つ男に、抱きついた。肩先に鼻を埋め、ぐりぐりと押し込む。思いきり息を吸い込んで香った体臭は少し煤臭かったが、懐かしかった。
「寒い、常葉」
 そう言うと、常葉は「ああ」とだけ答える。
「ずっと寒くて寒くて、たまらないんだ」
 まわした腕に、常葉の手が触れた。ストーブの輻射熱で片側だけが妙に熱かった。
「千冬、震えてる」
「おれはな、冬なんか、寒くて大嫌いなんだよ」
 常葉にしがみついていることで体温が伝わり、髪や肉や骨の質感が伝わり、安心したのだろうか。身体も震えるが、声も震えた。それでも喋る。
「でも、おまえがずっと、冬、冬、って言うから、……冬もいいか、って、思うんだ」
「そうか」
「そうなんだよ、常葉……」
 言うと、常葉はゆっくりと千冬の腕をほどいて、立ちあがった。千冬の方へ向きなおしたのを合図に、どちらからともなくふたりは抱きあう。やがて「こっち」と常葉は千冬を導く。どこへ行くのか、なにをするのか、言わなくても分かる。自分が欲していたものを常葉も必要としたことが、嬉しかった。



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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

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