久々の行為に、心臓が踊った。樹の手で身体中にオイルを塗られ、まさぐられ、どうしようもない歓喜を全身で感じて、俺は必死でこれを望んでいたんだと自分を理解する。樹は挿入することはしなかったけれど、たくさんたくさん、俺を愛してくれた。お互い2回ずつ果てて、まどろんで、気がついたら朝だった。
(…珈琲の香り…あ、昨日買ってきた豆?…)
だるいけれどどことなく心地のいい身体を起こしてキッチンに向かえば、俺よりも先に起きていた樹が珈琲を淹れていた。昨日買ってきた豆・エクアドルだ。酸味と苦味のバランスが丁度いい、中性的な銘柄。
「おはよう。ベーグルもう少しで用意できる。ハムとチーズと卵を塩と胡椒、でよかったよね?」
「あぁ、うん…」
オイルまみれだったはずの身体は、いつの間にか樹の手によって綺麗に拭われていた。俺は再び寝室に戻って着替える。今日は仕事が休みだから、ジーンズに薄手のセーターを羽織った。鮮やかなグリーンが気に入っている奴だ。
樹は俺をめちゃくちゃに甘やかした。それは蕩けてしまう、チョコレートみたいな甘さで。無理をしようとしない樹が嬉しくて、でももっと求めて欲しかったな、と昨晩を思い出して、頬が火照ってきたので慌てて首を振った。
テーブルにつけば完璧な朝食。珈琲とベーグル、挟まっているのは俺の好みのものばかり。それと野菜をこっくり煮込んだスープ。いただきますを言う前に、俺は樹に話しかける。
「昨日さ、言われたんだよね」
「誰に、何を?」
「ほら、いつも話してる『フジちゃん』」
「ああ、同僚の女の子」
「秘密もプライベートもあるのが普通の恋人だから、同棲して四六時中一緒にいて全部量ろうとしたら疲れちゃうよって、そんなようなこと」
「へぇ、いい子だね」
「今回の秘密さ、俺は結果的には嬉しかったけど、でもやっぱり複雑。」
「そう?」
「隠すななんて、そんな偉そうなこと言えないけど…やっぱり疑うって疲れるし、たつるに捨てられるって思ったら、しんどかった」
「うん」
樹に頬をさらりと撫でられた。散々触れられなかった最近を思えば、そんな淡いような動作のひとつも性的なニュアンスを帯びているように思えてしまう。そして同時に理解する。樹も必死だったんだ。俺に迂闊に触って、秘密が漏れてしまわないように。本当に成し遂げたいことをするために。
「お礼とお詫びしなきゃな、あのセンセイにも、フジちゃんにも」
「俺にはないの?」
「散々しただろ…今度は俺がお前の身体をいじくってやるよ、センセイの指導受けて。こう見えて俺、施設でもばあちゃん相手にマッサージとかしてるから、筋はあるよ」
「俺、日常的に身体動かしてるから、凝りとか特にないけど」
「なくってもすんの。めちゃくちゃ甘い配合のオイル使って。ありったけの献身で骨抜きになるまでリラックスさせてやるからな、覚悟しとけよ」
「はは、楽しみにしとく」
久々の長い夜の後は、ゆったりとした朝食。珈琲のこうばしい香りが、部屋中に漂っている。
end.
前

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これにてBL観潮楼の粟津原参加企画はおしまい(の予定)です。お付き合いありがとうございました。
まだ募集中とのことなので、もしかしたら参加するかも知れません…
個人的な用件なのですが、明日から1ヶ月ほど家を留守にします。(入院じゃないですよよよ!!)
ネットのない環境なので、休み休みだろうと思われますが携帯からアップできたら、と思っています。
「恋愛臆病者。」はかっちり終わらせておきますので、そちらもよろしくお願いいたします。(あと1話の予定ですw)
(…珈琲の香り…あ、昨日買ってきた豆?…)
だるいけれどどことなく心地のいい身体を起こしてキッチンに向かえば、俺よりも先に起きていた樹が珈琲を淹れていた。昨日買ってきた豆・エクアドルだ。酸味と苦味のバランスが丁度いい、中性的な銘柄。
「おはよう。ベーグルもう少しで用意できる。ハムとチーズと卵を塩と胡椒、でよかったよね?」
「あぁ、うん…」
オイルまみれだったはずの身体は、いつの間にか樹の手によって綺麗に拭われていた。俺は再び寝室に戻って着替える。今日は仕事が休みだから、ジーンズに薄手のセーターを羽織った。鮮やかなグリーンが気に入っている奴だ。
樹は俺をめちゃくちゃに甘やかした。それは蕩けてしまう、チョコレートみたいな甘さで。無理をしようとしない樹が嬉しくて、でももっと求めて欲しかったな、と昨晩を思い出して、頬が火照ってきたので慌てて首を振った。
テーブルにつけば完璧な朝食。珈琲とベーグル、挟まっているのは俺の好みのものばかり。それと野菜をこっくり煮込んだスープ。いただきますを言う前に、俺は樹に話しかける。
「昨日さ、言われたんだよね」
「誰に、何を?」
「ほら、いつも話してる『フジちゃん』」
「ああ、同僚の女の子」
「秘密もプライベートもあるのが普通の恋人だから、同棲して四六時中一緒にいて全部量ろうとしたら疲れちゃうよって、そんなようなこと」
「へぇ、いい子だね」
「今回の秘密さ、俺は結果的には嬉しかったけど、でもやっぱり複雑。」
「そう?」
「隠すななんて、そんな偉そうなこと言えないけど…やっぱり疑うって疲れるし、たつるに捨てられるって思ったら、しんどかった」
「うん」
樹に頬をさらりと撫でられた。散々触れられなかった最近を思えば、そんな淡いような動作のひとつも性的なニュアンスを帯びているように思えてしまう。そして同時に理解する。樹も必死だったんだ。俺に迂闊に触って、秘密が漏れてしまわないように。本当に成し遂げたいことをするために。
「お礼とお詫びしなきゃな、あのセンセイにも、フジちゃんにも」
「俺にはないの?」
「散々しただろ…今度は俺がお前の身体をいじくってやるよ、センセイの指導受けて。こう見えて俺、施設でもばあちゃん相手にマッサージとかしてるから、筋はあるよ」
「俺、日常的に身体動かしてるから、凝りとか特にないけど」
「なくってもすんの。めちゃくちゃ甘い配合のオイル使って。ありったけの献身で骨抜きになるまでリラックスさせてやるからな、覚悟しとけよ」
「はは、楽しみにしとく」
久々の長い夜の後は、ゆったりとした朝食。珈琲のこうばしい香りが、部屋中に漂っている。
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ネットのない環境なので、休み休みだろうと思われますが携帯からアップできたら、と思っています。
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樹はうつぶせになった俺の背中に、マッサージオイルを丁寧に塗りこめた。俺は男だし当然背中も広いのだけど、樹の大きな手にかかればそれは大したことではないらしい。
ローズとカモミールで、殊更甘い香りがする。この香りのせいで俺はどれだけ悩んだことだろう。でもそれも、これから訪れるであろう時間への期待の前ではなかったことになってしまう。
それから樹は、その大きな手で俺の腰から背中にかけてをゆるゆると撫で回し始めた。初めはごくやわらかく、ゆるやかに。そのうち波が寄せて引くような、そんなたおやかさと引き際のよさでほぐそうとする。体重をかけて、圧して、指先を巧みに動かして、時に乱暴に、そして丁寧に。
限りなく性行為に近い、いやらしいマッサージだと思った。こいつが煙草のにおいをさせて仕掛けてくるあのセックス、あれととてもよく似ていて、俺はなんだか妙な気持ちになってしまう。
「…ふ…」
「どうだ、気持ちいいだろう」
「…うん…あのさ、思ってたんだけど、」
「なに?」
「これ…練習した、ってことは、練習台になった人間がいる、ってことだよな」
「うん?」
「あのセンセイ?」
「え?」
「あのマッサージ師のセンセイに、これしてたの?」
「や、違う。彼女は脇で指導してくれて、俺は彼女のお弟子さんにさせてもらった」
「…男? 女?」
「女性だよ」
「若い?」
「なんだ、妬いてるのか、シノグ」
当たり前だ。樹はさっき俺の身体を他人に触らせたくないと言ったけれど、俺だって樹が他人の身体にこれを施してるのは嫌だ。そう思ってふくれていたら、不意に耳の後ろにキスをされた。ちりっと痛みを伴わせたキス。そしてまたなんでもなかったかのように樹はマッサージを再開する。
「シノグ、かわいい」
「てめぇ…!!」
樹は特に俺の腰の辺りを重点的にほぐした。背骨に沿って親指を動かしたかと思えば、あの広い手のひらで揉み解される。あんまりその辺りは熱心にして欲しくないなぁ、と思っていたら、樹の手が不意に臀部に伸びて俺は思わず声をあげてしまう。
「ひゃっ…このっ、ばかっ!!」
「手が滑った。でもさ、こうしてるといやらしい気分にならない?」
「ばか…そうやって練習中もいやらしい気分になってたのか、お前」
「まさか。俺の『そういう』スイッチを押すのは、シノグだけだ、いつだって」
樹はしれっと言うけれど、俺からしたら口説かれているようなもんだ。だって最後に樹が俺に触れてきたのはもう3週間以上も前になる。飢餓感を募らせているのは俺だけじゃないはずなんだ。
「…なぁ」
「んー?」
「その…しないの?」
「シノグの腰が大事だからね、しない。」
「なんだよ、これだけやらしい手つきで人のこと撫で回しといて」
「酷いなぁ、マッサージだよ、あくまでね」
樹が鼻歌を口ずさみ始める。それだけこいつは余裕なんだろうか。でも俺は全然余裕なんかない。リラックスする側がこんなに追い詰められるマッサージなんて、あるもんか。
俺は樹を振り切って身体を起こし、そのまま樹を睨みながらキスをした。樹は受身の姿勢を中々崩さない。俺が焦れて樹の両頬を手のひらで掴んだ時、ようやく樹はくちびるを開いて俺を受け入れてくれた。
「シノグ、煽らないでくれる?」
「煽ってるのはどっちだよ」
「かわいい。」
「ばか、聞き飽きた…」
もう、限界なんだよ。そう呟いたら樹はにやりと笑って「俺も」と答えた。今度は樹からのキス、とびきり激しい、暴風雨みたいなやつ。
気遣ってくれるの嬉しいけどさ、したいときに我慢すんの、やだ。殊更いまは飢えてるし。
だからさぁ、樹。しようよ。
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そしてアロマオイルマッサージの動画を見て、「これ、恋人同士がやったらとてつもなくえろいよなぁ…」と妄想。いかんいかん。
ローズとカモミールで、殊更甘い香りがする。この香りのせいで俺はどれだけ悩んだことだろう。でもそれも、これから訪れるであろう時間への期待の前ではなかったことになってしまう。
それから樹は、その大きな手で俺の腰から背中にかけてをゆるゆると撫で回し始めた。初めはごくやわらかく、ゆるやかに。そのうち波が寄せて引くような、そんなたおやかさと引き際のよさでほぐそうとする。体重をかけて、圧して、指先を巧みに動かして、時に乱暴に、そして丁寧に。
限りなく性行為に近い、いやらしいマッサージだと思った。こいつが煙草のにおいをさせて仕掛けてくるあのセックス、あれととてもよく似ていて、俺はなんだか妙な気持ちになってしまう。
「…ふ…」
「どうだ、気持ちいいだろう」
「…うん…あのさ、思ってたんだけど、」
「なに?」
「これ…練習した、ってことは、練習台になった人間がいる、ってことだよな」
「うん?」
「あのセンセイ?」
「え?」
「あのマッサージ師のセンセイに、これしてたの?」
「や、違う。彼女は脇で指導してくれて、俺は彼女のお弟子さんにさせてもらった」
「…男? 女?」
「女性だよ」
「若い?」
「なんだ、妬いてるのか、シノグ」
当たり前だ。樹はさっき俺の身体を他人に触らせたくないと言ったけれど、俺だって樹が他人の身体にこれを施してるのは嫌だ。そう思ってふくれていたら、不意に耳の後ろにキスをされた。ちりっと痛みを伴わせたキス。そしてまたなんでもなかったかのように樹はマッサージを再開する。
「シノグ、かわいい」
「てめぇ…!!」
樹は特に俺の腰の辺りを重点的にほぐした。背骨に沿って親指を動かしたかと思えば、あの広い手のひらで揉み解される。あんまりその辺りは熱心にして欲しくないなぁ、と思っていたら、樹の手が不意に臀部に伸びて俺は思わず声をあげてしまう。
「ひゃっ…このっ、ばかっ!!」
「手が滑った。でもさ、こうしてるといやらしい気分にならない?」
「ばか…そうやって練習中もいやらしい気分になってたのか、お前」
「まさか。俺の『そういう』スイッチを押すのは、シノグだけだ、いつだって」
樹はしれっと言うけれど、俺からしたら口説かれているようなもんだ。だって最後に樹が俺に触れてきたのはもう3週間以上も前になる。飢餓感を募らせているのは俺だけじゃないはずなんだ。
「…なぁ」
「んー?」
「その…しないの?」
「シノグの腰が大事だからね、しない。」
「なんだよ、これだけやらしい手つきで人のこと撫で回しといて」
「酷いなぁ、マッサージだよ、あくまでね」
樹が鼻歌を口ずさみ始める。それだけこいつは余裕なんだろうか。でも俺は全然余裕なんかない。リラックスする側がこんなに追い詰められるマッサージなんて、あるもんか。
俺は樹を振り切って身体を起こし、そのまま樹を睨みながらキスをした。樹は受身の姿勢を中々崩さない。俺が焦れて樹の両頬を手のひらで掴んだ時、ようやく樹はくちびるを開いて俺を受け入れてくれた。
「シノグ、煽らないでくれる?」
「煽ってるのはどっちだよ」
「かわいい。」
「ばか、聞き飽きた…」
もう、限界なんだよ。そう呟いたら樹はにやりと笑って「俺も」と答えた。今度は樹からのキス、とびきり激しい、暴風雨みたいなやつ。
気遣ってくれるの嬉しいけどさ、したいときに我慢すんの、やだ。殊更いまは飢えてるし。
だからさぁ、樹。しようよ。
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ベーグルと珈琲豆を買って部屋への道を歩いていたら、ふ、とあの匂いがした。前方を見ればとびきりの美人…という訳ではないけれど、くびれも出っ張りもきちんとある華やかな女性が歩いてきた。後ろに垂らされたカールする長い髪が、いかにも女性らしい。あの日、樹と並んで歩いていた人だと俺は瞬時に理解する。少しの猜疑心、そして嫉妬。それと嫌悪感。
女性は俺に気付くと「あら、」と少しだけ笑った。それから「樹くん、頑張ってあなたを待ってるわ」と訳のわからない意味深な言葉を残し、ヒールを鳴らして去ってゆく。やっぱりあの残り香。
なんなんだ、一体。そう思いながらエレベーターを上昇させて部屋に帰り着く。扉を開けた途端、今までの香りはなんだったのかと思うほど強く濃く甘ったるい香りが外に漏れる。部屋は間接照明が用いられ、オレンジ色の光が充満していた。
「おかえり、シノグ」
「な、なに、なんなの?」
樹が笑顔で俺を迎えてくれる。上着を脱がされ、ハンガーにかけると寝室へと連れて行かれた。樹はこの時期なのに半袖一枚、という軽装。それもそのはず、この部屋は異様に暑すぎるくらい、暖房が焚かれているのだ。
「そこに脱いでうつぶせに」
「なっ!!? だからたつる、なんなんだよ!!」
「種明かしをしよう、シノグ」
ベッドの上は上掛けの布団が仕舞われ、代わりにいくつもバスタオルが敷かれていた。そこに全てを脱いでうつぶせになれという、その真意が俺にはさっぱり分からない。
ぐずぐずしていたら、樹に押さえ込まれて服を脱がされた。下着に手がかかったときさすがにここまでは、と思った俺は樹の手をほどいて、一生懸命で問うた。だからたつる、なんなんだってば。
「シノグの仕事ってさ、ばあちゃんやじいちゃんを介護する仕事だろ?」
「今更なこと聞くなよ。…それが?」
「よく帰宅すると、腰をとんとんって叩いてるからさ、シノグと同棲するまでわかんなかったし、シノグは言わなかったから余計にだったんだけど、ひょっとして腰にくる仕事なんじゃないかって」
「…そうだけど…でもそれも今更だし、そんなに酷い腰痛持ちでもないよ」
「それなのに俺は、シノグのこと考えもせずに感情に任せて抱いちゃったりする夜もあってさぁ、相当負担かけてんじゃないかと思ってさ」
それで練習させてもらって、用意したんだ。そう言って樹はヘッドボードの横に置かれた透明のボウルを手に取った。中にはやっぱり透明の液体が入っていて、間接照明のせいでオレンジ色に見える。そして香りはここからしているのだとようやく判明する。
「アロマオイルマッサージ。店によく来るお客さんがこれをしてもらったら凄く気持ちが良かった、って漏らしてたから紹介してもらって。」
「…それでお前、帰りが遅かった!!?」
樹は目尻を下げてふっと笑う。あの女性はマッサージ師だと言う。彼女にマッサージの仕方を教えてもらっていたから樹の帰りは遅かったし、珈琲でも煙草でもない香りがした。セックスの回数が減ったのも俺を気遣って。そういうことなんだ。
「…なんだよ…だったら俺をそのマッサージ師さんとこに連れてってくれたらよかったろ?」
「やだね。シノグの身体を他の奴になんか触らせたくない」
月並みだけど、ローズのアロマを用意してみた。それにカモミールをブレンド。樹が言う。
「…ね、シノグ。だから、脱いで、そこに寝て」
バスタオルを持った樹は、首を少しかしげて俺に言った。
「…痛くない?」
「いたくない」
「気持ちいい?」
「保障済み」
なんだかこそばゆい気持ちのまま、俺は下着を脱いでベッドにうつぶせた。そこに樹が下半身だけタオルをかけてくれる。
「はじめるよ」
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あーようやく種明かせた…
女性は俺に気付くと「あら、」と少しだけ笑った。それから「樹くん、頑張ってあなたを待ってるわ」と訳のわからない意味深な言葉を残し、ヒールを鳴らして去ってゆく。やっぱりあの残り香。
なんなんだ、一体。そう思いながらエレベーターを上昇させて部屋に帰り着く。扉を開けた途端、今までの香りはなんだったのかと思うほど強く濃く甘ったるい香りが外に漏れる。部屋は間接照明が用いられ、オレンジ色の光が充満していた。
「おかえり、シノグ」
「な、なに、なんなの?」
樹が笑顔で俺を迎えてくれる。上着を脱がされ、ハンガーにかけると寝室へと連れて行かれた。樹はこの時期なのに半袖一枚、という軽装。それもそのはず、この部屋は異様に暑すぎるくらい、暖房が焚かれているのだ。
「そこに脱いでうつぶせに」
「なっ!!? だからたつる、なんなんだよ!!」
「種明かしをしよう、シノグ」
ベッドの上は上掛けの布団が仕舞われ、代わりにいくつもバスタオルが敷かれていた。そこに全てを脱いでうつぶせになれという、その真意が俺にはさっぱり分からない。
ぐずぐずしていたら、樹に押さえ込まれて服を脱がされた。下着に手がかかったときさすがにここまでは、と思った俺は樹の手をほどいて、一生懸命で問うた。だからたつる、なんなんだってば。
「シノグの仕事ってさ、ばあちゃんやじいちゃんを介護する仕事だろ?」
「今更なこと聞くなよ。…それが?」
「よく帰宅すると、腰をとんとんって叩いてるからさ、シノグと同棲するまでわかんなかったし、シノグは言わなかったから余計にだったんだけど、ひょっとして腰にくる仕事なんじゃないかって」
「…そうだけど…でもそれも今更だし、そんなに酷い腰痛持ちでもないよ」
「それなのに俺は、シノグのこと考えもせずに感情に任せて抱いちゃったりする夜もあってさぁ、相当負担かけてんじゃないかと思ってさ」
それで練習させてもらって、用意したんだ。そう言って樹はヘッドボードの横に置かれた透明のボウルを手に取った。中にはやっぱり透明の液体が入っていて、間接照明のせいでオレンジ色に見える。そして香りはここからしているのだとようやく判明する。
「アロマオイルマッサージ。店によく来るお客さんがこれをしてもらったら凄く気持ちが良かった、って漏らしてたから紹介してもらって。」
「…それでお前、帰りが遅かった!!?」
樹は目尻を下げてふっと笑う。あの女性はマッサージ師だと言う。彼女にマッサージの仕方を教えてもらっていたから樹の帰りは遅かったし、珈琲でも煙草でもない香りがした。セックスの回数が減ったのも俺を気遣って。そういうことなんだ。
「…なんだよ…だったら俺をそのマッサージ師さんとこに連れてってくれたらよかったろ?」
「やだね。シノグの身体を他の奴になんか触らせたくない」
月並みだけど、ローズのアロマを用意してみた。それにカモミールをブレンド。樹が言う。
「…ね、シノグ。だから、脱いで、そこに寝て」
バスタオルを持った樹は、首を少しかしげて俺に言った。
「…痛くない?」
「いたくない」
「気持ちいい?」
「保障済み」
なんだかこそばゆい気持ちのまま、俺は下着を脱いでベッドにうつぶせた。そこに樹が下半身だけタオルをかけてくれる。
「はじめるよ」
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あーようやく種明かせた…
翌日になっても俺の憂鬱は晴れなかった。だって誤解されるようなことをしているのは本当だと言うし、それを樹は教えてくれない。隠されている、というのは気分が悪いものだ。
「はぁー」
「やだぁくるみちゃん、重たいため息」
職場の休憩中についついたため息を聞き漏らさず拾ったのは、同僚の藤木さん。みんなからは「フジちゃん」と呼ばれている、目のくりっとした小動物みたいな女の子だ。同期入社だけど、歳は俺より3つ若い。
俺は緑茶を一口飲むと、藤木さんの方へくるっと振り返った。あのさ、聞きたいことあんだけど。
「なに?」
「フジちゃん、彼氏とか好きな人、いる?」
「いるよぉ?」
「じゃぁさ、その彼氏が一緒にいるとき、いつもと違ってたら何か疑う?」
「いつもと違うって、例えば?」
「歌わない鼻歌歌ってたり、違う匂いがしてたり、その…『する』回数が極端に減ったり」
「くるみちゃん、いまそういう状況なんだぁ」
「う…うん、まぁ…」
「それはもう、浮気を疑っちゃうけど」
ずばりだ。決定的なことを言われて言うんじゃなかったとちょっと後悔する。でも、と藤木さんは続ける。
「くるみちゃん、確か同棲してたよねぇ」
「う、うん、まぁ」
「半年だっけ」
「うん」
「だったら、そういう時期なんじゃない?」
「時期?」
藤木さんは「そ、時期」と言いながらえびせんを摘み上げる。かりかりと小さく齧る様は本当に可愛らしい。
「隠し事はあったっていいしプライベートな時間があるのが普通のカップルでしょ? でもまいんち一緒にいるんだもん、全てを量ろうとしたらだめだよぉ、くるみちゃん」
「疑うな、ってこと?」
「今はね。そのうち恋人さん、ちゃんと時が来たら話してくれると思うけどな。簡単な気持ちで始めた同棲じゃないでしょ?」
種明かしは今夜。確かに樹はそう言った。それを信じろ、ってことか。
「それに、くるみちゃんがそやって思いつめてるのも、ちゃんと想い想ってる相手だったらわかってると思うな、くるみちゃんが『怪しい』って感じてるようにさぁ」
「…そういうもん?」
えびせんを齧り終わった藤木さんは伸びをして立ち上がると、休憩終わりーと言って部屋を出て行く。俺はなんだかちょっとだけ楽になった気がして、藤木さんの後に続いた。
今日は、とりあえずちゃんと帰ろう。いっそのことどっかで飲んでめちゃくちゃ遅くに帰ってやろうとか卑屈になってたけど、それはやめる。樹の好きなパン屋のベーグルと珈琲豆を買って、ちゃんと話を聞こう。
そう思ったら、終業が少しだけ、楽しみになった。
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久々の更新になっちゃいました。すみませんすみません(ぺこぺこ
「はぁー」
「やだぁくるみちゃん、重たいため息」
職場の休憩中についついたため息を聞き漏らさず拾ったのは、同僚の藤木さん。みんなからは「フジちゃん」と呼ばれている、目のくりっとした小動物みたいな女の子だ。同期入社だけど、歳は俺より3つ若い。
俺は緑茶を一口飲むと、藤木さんの方へくるっと振り返った。あのさ、聞きたいことあんだけど。
「なに?」
「フジちゃん、彼氏とか好きな人、いる?」
「いるよぉ?」
「じゃぁさ、その彼氏が一緒にいるとき、いつもと違ってたら何か疑う?」
「いつもと違うって、例えば?」
「歌わない鼻歌歌ってたり、違う匂いがしてたり、その…『する』回数が極端に減ったり」
「くるみちゃん、いまそういう状況なんだぁ」
「う…うん、まぁ…」
「それはもう、浮気を疑っちゃうけど」
ずばりだ。決定的なことを言われて言うんじゃなかったとちょっと後悔する。でも、と藤木さんは続ける。
「くるみちゃん、確か同棲してたよねぇ」
「う、うん、まぁ」
「半年だっけ」
「うん」
「だったら、そういう時期なんじゃない?」
「時期?」
藤木さんは「そ、時期」と言いながらえびせんを摘み上げる。かりかりと小さく齧る様は本当に可愛らしい。
「隠し事はあったっていいしプライベートな時間があるのが普通のカップルでしょ? でもまいんち一緒にいるんだもん、全てを量ろうとしたらだめだよぉ、くるみちゃん」
「疑うな、ってこと?」
「今はね。そのうち恋人さん、ちゃんと時が来たら話してくれると思うけどな。簡単な気持ちで始めた同棲じゃないでしょ?」
種明かしは今夜。確かに樹はそう言った。それを信じろ、ってことか。
「それに、くるみちゃんがそやって思いつめてるのも、ちゃんと想い想ってる相手だったらわかってると思うな、くるみちゃんが『怪しい』って感じてるようにさぁ」
「…そういうもん?」
えびせんを齧り終わった藤木さんは伸びをして立ち上がると、休憩終わりーと言って部屋を出て行く。俺はなんだかちょっとだけ楽になった気がして、藤木さんの後に続いた。
今日は、とりあえずちゃんと帰ろう。いっそのことどっかで飲んでめちゃくちゃ遅くに帰ってやろうとか卑屈になってたけど、それはやめる。樹の好きなパン屋のベーグルと珈琲豆を買って、ちゃんと話を聞こう。
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久々の更新になっちゃいました。すみませんすみません(ぺこぺこ
「捨てる? 俺が、シノグを?」
必死で呟いた俺の言葉に返って来たのは、とても素直で無垢な言葉だった。
「…だってお前、最近おかしいって…俺が気付かないはず、ないだろ」
「ん、ああ」
「それに……この間、女性と歩いてるの……」
それを聞いて、樹が明るく笑った。おかしそうに、嬉しそうに。
「もしかしてシノグ、やきもち妬いた?」
「ちがっ…」
「この頭で色々考えて誤解したんだ」
そう言って樹は俺の頭をぐりぐりと撫で回した。子ども扱いされているようで、俺は面白くない。
「…信じるなら、誤解されるようなこと、してんだろ」
「そうだな。」
否定しない。落胆する。すると樹の大きな身体にとん、と抱きとめられた。珈琲と、あの花の匂い。
「明日を楽しみに。絶対にシノグが思っているようなことにはならないから」
「…意味わかんない…」
「とりあえず寝よう。明日、早いだろう?」
樹に抱きしめられたまま、横になる。樹はそのまま俺の首の後ろに腕を回して枕を作ってくれた。温かい。あたたかくて、泣きそうだ。
「なんかはぐらかされた気がする…」
「だってはぐらかしてるからな。全ての種明かしは今じゃないんだ」
「……」
「おやすみ、シノグ」
俺は泣きそうな気持ちのまま、このおおらかであたたかい生き物に身体を預けた。
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昨日の更新お休みしました。定期的に更新できなくて本当にすみません…(あせあせ
必死で呟いた俺の言葉に返って来たのは、とても素直で無垢な言葉だった。
「…だってお前、最近おかしいって…俺が気付かないはず、ないだろ」
「ん、ああ」
「それに……この間、女性と歩いてるの……」
それを聞いて、樹が明るく笑った。おかしそうに、嬉しそうに。
「もしかしてシノグ、やきもち妬いた?」
「ちがっ…」
「この頭で色々考えて誤解したんだ」
そう言って樹は俺の頭をぐりぐりと撫で回した。子ども扱いされているようで、俺は面白くない。
「…信じるなら、誤解されるようなこと、してんだろ」
「そうだな。」
否定しない。落胆する。すると樹の大きな身体にとん、と抱きとめられた。珈琲と、あの花の匂い。
「明日を楽しみに。絶対にシノグが思っているようなことにはならないから」
「…意味わかんない…」
「とりあえず寝よう。明日、早いだろう?」
樹に抱きしめられたまま、横になる。樹はそのまま俺の首の後ろに腕を回して枕を作ってくれた。温かい。あたたかくて、泣きそうだ。
「なんかはぐらかされた気がする…」
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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
オリジナル小説(BL)書いてます。苦手な方は回れ右。
鶯太郎くんののんびり新生活「おやすみなさい、また明日。」17時にのんびり更新中。
****
20120404:樹海カップリング投票始めました。12時間置くと再び投票できます。10月5日までの半年間。コメント及び投票結果は今のところ私(管理人)しか見れません。遊んでやってくださいw
他、こここうしてほしいとかこれこうがいいとかご意見あればメールフォームよりお寄せください。よろしくお願いしますー
20120329:のんびりまったりやる気ない(そんなこともない)感じで新しいお話始めました。良ければー
鶯太郎くんののんびり新生活「おやすみなさい、また明日。」17時にのんびり更新中。
****
20120404:樹海カップリング投票始めました。12時間置くと再び投票できます。10月5日までの半年間。コメント及び投票結果は今のところ私(管理人)しか見れません。遊んでやってくださいw
他、こここうしてほしいとかこれこうがいいとかご意見あればメールフォームよりお寄せください。よろしくお願いしますー
20120329:のんびりまったりやる気ない(そんなこともない)感じで新しいお話始めました。良ければー
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