図書館の窓際にあるひとり掛けの古びたソファにもたれて目を閉じていたら、「またきみですか」と上から声が降ってきた。声の主は目を開けなくても分かる。司書のオジサン先生だ。
数秒おいてから、目を開ける。いつも通りのくたびれた緑色のセーター、今日はきちんと結んであるネクタイ(先生はたまにネクタイをし忘れる)、白髪のいくつかある頭に、めがね。でもその奥に隠された表情は、とても静かで整っている。
「授業、面倒くさいじゃないですか」
「でもきみは、その面倒くさい授業を受けるためにこの学校を受験したはずなんですけどねぇ」
「いまは体育だから、いいんですよ、きっと」
先生も体育苦手でしょう。そう言ったら先生は苦笑しながら「でもそれとこれと話は別です」と言った。分かってる、そうなんだけど。
「おまじないを今日もかけてあげましょう。今日がラッキーになるおまじないです」
小学生じゃないんだから、と言いたい。返事を待たずに(そもそも返事を期待しての問いかけじゃなかった)先生はズボンのポケットを探り始める。「あ、ジャケットのポケットだ」と慌てて司書室まで走るのがかわいい、と思って後姿を見ていた。やがて先生は上着を持って傍までやって来ると、ポケットからいつものかんかんを取り出した。小さくて、中に金平糖が入っているやつ。
ひとつ金平糖を手のひらに取り出し、「今日はオレンジ色でしたね」という。先生いわく、オレンジ色は太陽の色だから、外へ出るといいことがあるそうだ。(でもこれは先生のでっちあげだ。)
「先生のおまじないって効かないって、知ってました?」
「それは分かりませんよ。もう少しで3限目が終わります。次はここも授業で使うそうですから、きみも4限目には出なさい」
先生も金平糖を口の中に放る。白色だった。白ははじまりのいろだから、何か新しいことがはじまるかもしれませんよと、いつもの台詞を僕はもう復唱できる。
チャイムが鳴った。仕方なく僕は日の当たるソファから立ち上がり、図書館を出た。
先生がいつも司書室で飲んでるほうじ茶のこうばしい香りがしたからてっきりいるのかと思ったのに、その日行ったら先生はいなかった。図書館も隣接する司書室も鍵はかかってなかった。しゅんしゅんと音をたててストーブの上の薬缶から湯気がほっこりのぼる。トイレにでも出かけたんだろうか。
先生の机。万年筆、積み上げられた本、図書館便りの草稿、ノートパソコンに湯呑。椅子の背もたれにいつものくたびれたジャケットがかかっていたから、なんとなくそれを引っ張り上げて、僕は袖を通してみた。案の定、少しちいさい。
先生は小柄でやせ形だから、と先生の身体の造形を思い出してみる。匂いまで先生で、僕はたちまち苦しくなる。あの、香を焚いたような繊細な匂い。少し古ぼけたような。乾いた木の幹のようだと、僕はいつも想像する。
かしゃんと音がした。ポケットの中に先生のいつものかんかん。取り出して、金平糖をひとつ転がしてみた。出てきたのは桃色。恋の色ですからとびきりの恋に落ちるかもしれませんよ、って先生は言うだろう。
恋ならもうとうに落ちている。毎日先生を想っていて、毎日ここに押しかけている。眠っているふりをして、本当は先生の一挙一動を感じ取っている。
好きで仕方がなくて、感情の置き所が分からない。苦しくなるのに顔が見たい。先生の傍にいたい。
不意に司書室の扉が開いた。先生が入って来たのだ。僕が先生のジャケットを羽織っているのを見て「きみが着るとなんだか変ですねぇ」と笑う。まゆ尻が緩んで下がる。
せんせい。
そんな顔で俺を見ないで。
「俺の方が大きかった。これ、ちょっと窮屈ですよ」
「僕にはぴったりなんです。お茶、入れなおしましょう。きみも飲みますか」
「うん」
先生の上着をもう少し着ていたかったけれど、仕方なくそれを返す。返すと先生は「おまじない、いります?」とまた笑う。僕はほっぺたを指差して「勝手にいただきました」のサインをする。
「では僕も」
がらがらと鳴るかんかん。ころんと出たのは、僕と同じ桃色だった。
「恋かぁ」
先生が遠くを見てそう言って、それから僕を見た。
目が合う。先生が笑っている。
恋だよ、先生。
end.
→先生編(ppへ)

にほんブログ村
参加中です。クリックいただけると嬉しいです。
通常更新おやすみしまして久々のMelting Moments。
……わざわざ趣味にお付き合い頂いた感じです。ありがとうございます(笑
数秒おいてから、目を開ける。いつも通りのくたびれた緑色のセーター、今日はきちんと結んであるネクタイ(先生はたまにネクタイをし忘れる)、白髪のいくつかある頭に、めがね。でもその奥に隠された表情は、とても静かで整っている。
「授業、面倒くさいじゃないですか」
「でもきみは、その面倒くさい授業を受けるためにこの学校を受験したはずなんですけどねぇ」
「いまは体育だから、いいんですよ、きっと」
先生も体育苦手でしょう。そう言ったら先生は苦笑しながら「でもそれとこれと話は別です」と言った。分かってる、そうなんだけど。
「おまじないを今日もかけてあげましょう。今日がラッキーになるおまじないです」
小学生じゃないんだから、と言いたい。返事を待たずに(そもそも返事を期待しての問いかけじゃなかった)先生はズボンのポケットを探り始める。「あ、ジャケットのポケットだ」と慌てて司書室まで走るのがかわいい、と思って後姿を見ていた。やがて先生は上着を持って傍までやって来ると、ポケットからいつものかんかんを取り出した。小さくて、中に金平糖が入っているやつ。
ひとつ金平糖を手のひらに取り出し、「今日はオレンジ色でしたね」という。先生いわく、オレンジ色は太陽の色だから、外へ出るといいことがあるそうだ。(でもこれは先生のでっちあげだ。)
「先生のおまじないって効かないって、知ってました?」
「それは分かりませんよ。もう少しで3限目が終わります。次はここも授業で使うそうですから、きみも4限目には出なさい」
先生も金平糖を口の中に放る。白色だった。白ははじまりのいろだから、何か新しいことがはじまるかもしれませんよと、いつもの台詞を僕はもう復唱できる。
チャイムが鳴った。仕方なく僕は日の当たるソファから立ち上がり、図書館を出た。
先生がいつも司書室で飲んでるほうじ茶のこうばしい香りがしたからてっきりいるのかと思ったのに、その日行ったら先生はいなかった。図書館も隣接する司書室も鍵はかかってなかった。しゅんしゅんと音をたててストーブの上の薬缶から湯気がほっこりのぼる。トイレにでも出かけたんだろうか。
先生の机。万年筆、積み上げられた本、図書館便りの草稿、ノートパソコンに湯呑。椅子の背もたれにいつものくたびれたジャケットがかかっていたから、なんとなくそれを引っ張り上げて、僕は袖を通してみた。案の定、少しちいさい。
先生は小柄でやせ形だから、と先生の身体の造形を思い出してみる。匂いまで先生で、僕はたちまち苦しくなる。あの、香を焚いたような繊細な匂い。少し古ぼけたような。乾いた木の幹のようだと、僕はいつも想像する。
かしゃんと音がした。ポケットの中に先生のいつものかんかん。取り出して、金平糖をひとつ転がしてみた。出てきたのは桃色。恋の色ですからとびきりの恋に落ちるかもしれませんよ、って先生は言うだろう。
恋ならもうとうに落ちている。毎日先生を想っていて、毎日ここに押しかけている。眠っているふりをして、本当は先生の一挙一動を感じ取っている。
好きで仕方がなくて、感情の置き所が分からない。苦しくなるのに顔が見たい。先生の傍にいたい。
不意に司書室の扉が開いた。先生が入って来たのだ。僕が先生のジャケットを羽織っているのを見て「きみが着るとなんだか変ですねぇ」と笑う。まゆ尻が緩んで下がる。
せんせい。
そんな顔で俺を見ないで。
「俺の方が大きかった。これ、ちょっと窮屈ですよ」
「僕にはぴったりなんです。お茶、入れなおしましょう。きみも飲みますか」
「うん」
先生の上着をもう少し着ていたかったけれど、仕方なくそれを返す。返すと先生は「おまじない、いります?」とまた笑う。僕はほっぺたを指差して「勝手にいただきました」のサインをする。
「では僕も」
がらがらと鳴るかんかん。ころんと出たのは、僕と同じ桃色だった。
「恋かぁ」
先生が遠くを見てそう言って、それから僕を見た。
目が合う。先生が笑っている。
恋だよ、先生。
end.
→先生編(ppへ)
にほんブログ村
参加中です。クリックいただけると嬉しいです。
通常更新おやすみしまして久々のMelting Moments。
……わざわざ趣味にお付き合い頂いた感じです。ありがとうございます(笑
PR
生徒指導室って一番面倒な場所かもしれない。やって来るのはどいつもこいつもかわいげのない問題児ばかり。金髪に染め上げた頭とピアスで登校してきた馬鹿の首根っこをつかんで引きずり込む部屋。或いは夜中に無免許でバイクを走らせて近所から苦情をかき集めてくれた阿呆を叩きのめす部屋。そんな部屋が仕事とはいえ、あてがわれてみろ。居心地なんか全然、良くない。
そういう部屋のはずだった。あいつが入学するまでは。
「偉そうな口きくんじゃねえよてめぇ!」
何か虫の居所が悪かったのか、目の前の生徒が急に机を蹴飛ばして立ち上がった。生徒指導室だけど、今日は学校全体の都合で一時的に進路指導だ。クラス一番の悩みの種である佐藤は日頃から行いが悪く、お前の進路はこのままじゃ何もないよ、そういう話の矢先だった。
少しでも癇に障れば、すぐ切れる。ああ、あいつと違って全然かわいくない。ため息が出そうだ。
興奮はすぐに最高潮に達して、落ち着けよと言う間もなく佐藤は刃向ってきた。舐めるなよ、こちらも学生時代は毎日のように喧嘩を吹っかけられていた。てめえの動きなんかスロー再生だ。案の定、安いドラマのようにパンチを繰り出してきたので、よけてかわそうとした。
でも、出来なかった。ネクタイが少し揺れた。それに気を取られたのがいけなかった。
このネクタイは「先生はこれが似合う」と言ってあいつが選んでくれたもの。それをとっさに思ってしまったら、唇の端から頬にかけて繰り出したパンチがヒットした。威力もなくそれでも少しはかわせたから、大したことはない、はずだった。
「…ってぇ。……あ、こらおい、佐藤!」
自分の拳が当たってしまったのが、意外にもショックだったらしい。やるだけやって佐藤は逃げた。あーあ、と俺は頬をおさえながらとりあえず生徒指導室の机と椅子を直す。
最近のコドモは、ものを大切にしないから困る。まぁ、俺の時代もそうだったか。
コーヒーも床に転がってしまったので、カップを拾い上げる。アウトドア用のステンレス製だったから、割れてはいない。でも床に広がった茶色の液体が、一気にこうばしい香りを部屋に充満させた。
本来ならば今の生徒のことを考えてやらなければならないのだろう。また呼び出し直してどう指導しよう、とか、俺じゃない誰かを殴ったらどうするんだ、とか。でも俺の頭の中は別のことでいっぱいだ。この後の順番でやって来る最後の生徒が、あいつだからだ。
どうすっかな、と考える。
また泣きそうな顔をされるのは本当に、ごめんだ。
恋人は、喧嘩っ早い俺のことをいつも心配する。擦り傷ひとつでも真っ青な顔して、うろたえて、でも表面上はあくまでも冷静に、怪我の手当てをしてくれる。それは俺にとって甘くて最高にとろけそうな時間なのだけど、あいつの顔を見てたらそれは間違いなんだって気付かされる。いつだって馬鹿なのは俺の方だ。
トイレまで行って怪我を確認してみた。傷の様子はあまりよくない、が、とりあえず放っておく。もうじき時間だからだ。床のシミの片付けの方が先だ。
戻って部屋を整える。新しいコーヒーも入れ直す。5分くらいしてから、「失礼します」の声が聞こえた。滅多に入ることのない部屋のはずだったのに、今ではすっかり慣れて、俺の顔を真っ先に射止めた。
「お、来たな」
などと言ってみる。本当は待っていた。
「進路相談、お前で最後だ。」
「そう、ですね」
「どこ座りたい?」
「え?」
こんなことも聞いてみる。膝に座ってくんないかなぁ、なんて。
あんなパンチをよけられなかったのがショックで、甘えたがっている。
結局いつもの席に座られてしまった。真面目な恋人には、当たり前なのかもしれないが。
本当は今にでも襲い掛かりたい。髪に手を差し入れて、唇を押し付けて、あの華奢な腰をつかんで、肌を合わせてしまいたい。そんなことをしかし、学校で出来るわけがない。
ごまかすように入れなおしたコーヒーを飲んで、椅子に座ったままキャスターでからからと移動した。
目線が頬へとずれる。
気付かれたかな。
「で、進路だけど」
「先生、それ…」
案の定だ。ああ、と言って、なんでもない顔で前の生徒との顛末を「ぶつけた」と脚色して説明する。眉がきゅっと寄って、みるみる不安な顔つきになる。
「冷やしたほうがいいんじゃないですか?僕、保健室行って湿布とかもらってきます。」
「だいじょうぶだって」
「でも、」
うるさいな。そんなの、どうだっていいんだ。
ここで甘えさせてくれたら、おまえがキスしてくれたら、そんなのすぐ治るんだ。痛くなんかないんだ。
あーあ、全くもう。
「あぶないな」
「せ、先生っ?」
そんな無防備にしてると、俺みたいなやつに押し倒されて食われちゃうんだ。
押し問答の末に腕の中に押し込めて膝に乗せることに成功した俺は、恋人の身体のあらゆる線を(でもぎりぎりのラインを超えないように)辿って、耳に息を吹きかけた。身体がびくりと跳ねる。頬がぱっと染まって、体温の上昇が分かる。
かわいい。
学校でこういうこと、と身体を緩慢に捩る仕草だって、全部ぜんぶが愛おしい。
この腫れてるとこにチュッてしてよ、と言ったら、抗議の視線を向けられた。困った顔をしてためらって、でもちゃんとしてくれた。そっと、傷口を撫でるように。
冗談で痛いふりをすると、ぱっと隙間が出来る。その細めの身体を瞬間的に引き寄せて、今日一番したかったことをした。
あいつのくちびるは、甘かった。ちゅ、とやわらかく音をさせて離すと、照れて怒って困った、とびきりかわいい顔があった。
「おまえ、チョコレートの味した。」
「……お腹すいたからここ来る前に食べました。」
「そうか。おいしいチョコだな」
そのまま抱え直して、背中にぴたりと頬を押し付ける。制服からあいつのにおいがする。
甘えたまま、本当のことを話した。ぶつけたなんて嘘だということ。よけられなかったことにへこんでいること。
普段は厳しくて怖い先生でも、おまえの前だったらたちまち弱くなるんだ、俺は。
「保健室、一緒に行ってくれる?」
「……行ってあげます。」
「明日休みだけど、デートしてくれる?」
「……してあげます。」
「朝から一日一緒にいてくれる?」
「……いてあげます。」
「顔腫れてても?」
「それ早く冷やしたほうがいいですよ。保健室、行かないと。」
「そうだなあ。」
話しながらさらにきつく抱きしめてすり寄ると、恋人はようやく笑ってくれた。
背中に顔をうずめたまま、お前とこうしてる時間が一番すきだ。
ちょっとへこんでる俺を、慰めようと必死で。
でもクールを装ってたり。真面目で、ちょっと不器用な、お前がすきだよ。
「おまえさ、年寄りでも俺のこと好き?」
「好き、に決まってます。変なこと聞かないでください。」
「そうか。うん。そうだよな。」
頬の傷に手を当てさせて聞いたら、少しはにかんで、目を伏せて、顔を赤くしてそっけなく答えた。
嬉しくて、その手にくちびるを押し当てる。
「進路の話、明日、ゆっくりしような。」
「明日はイヤです。デート、ですから。」
「そうだな。じゃあ、週明けにまたここに来て。」
「はい。」
明日のデートは、学校に関係ないこといっぱいしよう。
お前のためのとっておきのチョコレートがあるんだ。だからさ。
end.
生徒くん編→Black coffee × Chocolate(pp/カワムラナルミさま)

にほんブログ村
参加中です。クリックいただけると嬉しいです。
バレンタインには、とびきりあまいものをw
ハッピーバレンタイン☆
そういう部屋のはずだった。あいつが入学するまでは。
「偉そうな口きくんじゃねえよてめぇ!」
何か虫の居所が悪かったのか、目の前の生徒が急に机を蹴飛ばして立ち上がった。生徒指導室だけど、今日は学校全体の都合で一時的に進路指導だ。クラス一番の悩みの種である佐藤は日頃から行いが悪く、お前の進路はこのままじゃ何もないよ、そういう話の矢先だった。
少しでも癇に障れば、すぐ切れる。ああ、あいつと違って全然かわいくない。ため息が出そうだ。
興奮はすぐに最高潮に達して、落ち着けよと言う間もなく佐藤は刃向ってきた。舐めるなよ、こちらも学生時代は毎日のように喧嘩を吹っかけられていた。てめえの動きなんかスロー再生だ。案の定、安いドラマのようにパンチを繰り出してきたので、よけてかわそうとした。
でも、出来なかった。ネクタイが少し揺れた。それに気を取られたのがいけなかった。
このネクタイは「先生はこれが似合う」と言ってあいつが選んでくれたもの。それをとっさに思ってしまったら、唇の端から頬にかけて繰り出したパンチがヒットした。威力もなくそれでも少しはかわせたから、大したことはない、はずだった。
「…ってぇ。……あ、こらおい、佐藤!」
自分の拳が当たってしまったのが、意外にもショックだったらしい。やるだけやって佐藤は逃げた。あーあ、と俺は頬をおさえながらとりあえず生徒指導室の机と椅子を直す。
最近のコドモは、ものを大切にしないから困る。まぁ、俺の時代もそうだったか。
コーヒーも床に転がってしまったので、カップを拾い上げる。アウトドア用のステンレス製だったから、割れてはいない。でも床に広がった茶色の液体が、一気にこうばしい香りを部屋に充満させた。
本来ならば今の生徒のことを考えてやらなければならないのだろう。また呼び出し直してどう指導しよう、とか、俺じゃない誰かを殴ったらどうするんだ、とか。でも俺の頭の中は別のことでいっぱいだ。この後の順番でやって来る最後の生徒が、あいつだからだ。
どうすっかな、と考える。
また泣きそうな顔をされるのは本当に、ごめんだ。
恋人は、喧嘩っ早い俺のことをいつも心配する。擦り傷ひとつでも真っ青な顔して、うろたえて、でも表面上はあくまでも冷静に、怪我の手当てをしてくれる。それは俺にとって甘くて最高にとろけそうな時間なのだけど、あいつの顔を見てたらそれは間違いなんだって気付かされる。いつだって馬鹿なのは俺の方だ。
トイレまで行って怪我を確認してみた。傷の様子はあまりよくない、が、とりあえず放っておく。もうじき時間だからだ。床のシミの片付けの方が先だ。
戻って部屋を整える。新しいコーヒーも入れ直す。5分くらいしてから、「失礼します」の声が聞こえた。滅多に入ることのない部屋のはずだったのに、今ではすっかり慣れて、俺の顔を真っ先に射止めた。
「お、来たな」
などと言ってみる。本当は待っていた。
「進路相談、お前で最後だ。」
「そう、ですね」
「どこ座りたい?」
「え?」
こんなことも聞いてみる。膝に座ってくんないかなぁ、なんて。
あんなパンチをよけられなかったのがショックで、甘えたがっている。
結局いつもの席に座られてしまった。真面目な恋人には、当たり前なのかもしれないが。
本当は今にでも襲い掛かりたい。髪に手を差し入れて、唇を押し付けて、あの華奢な腰をつかんで、肌を合わせてしまいたい。そんなことをしかし、学校で出来るわけがない。
ごまかすように入れなおしたコーヒーを飲んで、椅子に座ったままキャスターでからからと移動した。
目線が頬へとずれる。
気付かれたかな。
「で、進路だけど」
「先生、それ…」
案の定だ。ああ、と言って、なんでもない顔で前の生徒との顛末を「ぶつけた」と脚色して説明する。眉がきゅっと寄って、みるみる不安な顔つきになる。
「冷やしたほうがいいんじゃないですか?僕、保健室行って湿布とかもらってきます。」
「だいじょうぶだって」
「でも、」
うるさいな。そんなの、どうだっていいんだ。
ここで甘えさせてくれたら、おまえがキスしてくれたら、そんなのすぐ治るんだ。痛くなんかないんだ。
あーあ、全くもう。
「あぶないな」
「せ、先生っ?」
そんな無防備にしてると、俺みたいなやつに押し倒されて食われちゃうんだ。
押し問答の末に腕の中に押し込めて膝に乗せることに成功した俺は、恋人の身体のあらゆる線を(でもぎりぎりのラインを超えないように)辿って、耳に息を吹きかけた。身体がびくりと跳ねる。頬がぱっと染まって、体温の上昇が分かる。
かわいい。
学校でこういうこと、と身体を緩慢に捩る仕草だって、全部ぜんぶが愛おしい。
この腫れてるとこにチュッてしてよ、と言ったら、抗議の視線を向けられた。困った顔をしてためらって、でもちゃんとしてくれた。そっと、傷口を撫でるように。
冗談で痛いふりをすると、ぱっと隙間が出来る。その細めの身体を瞬間的に引き寄せて、今日一番したかったことをした。
あいつのくちびるは、甘かった。ちゅ、とやわらかく音をさせて離すと、照れて怒って困った、とびきりかわいい顔があった。
「おまえ、チョコレートの味した。」
「……お腹すいたからここ来る前に食べました。」
「そうか。おいしいチョコだな」
そのまま抱え直して、背中にぴたりと頬を押し付ける。制服からあいつのにおいがする。
甘えたまま、本当のことを話した。ぶつけたなんて嘘だということ。よけられなかったことにへこんでいること。
普段は厳しくて怖い先生でも、おまえの前だったらたちまち弱くなるんだ、俺は。
「保健室、一緒に行ってくれる?」
「……行ってあげます。」
「明日休みだけど、デートしてくれる?」
「……してあげます。」
「朝から一日一緒にいてくれる?」
「……いてあげます。」
「顔腫れてても?」
「それ早く冷やしたほうがいいですよ。保健室、行かないと。」
「そうだなあ。」
話しながらさらにきつく抱きしめてすり寄ると、恋人はようやく笑ってくれた。
背中に顔をうずめたまま、お前とこうしてる時間が一番すきだ。
ちょっとへこんでる俺を、慰めようと必死で。
でもクールを装ってたり。真面目で、ちょっと不器用な、お前がすきだよ。
「おまえさ、年寄りでも俺のこと好き?」
「好き、に決まってます。変なこと聞かないでください。」
「そうか。うん。そうだよな。」
頬の傷に手を当てさせて聞いたら、少しはにかんで、目を伏せて、顔を赤くしてそっけなく答えた。
嬉しくて、その手にくちびるを押し当てる。
「進路の話、明日、ゆっくりしような。」
「明日はイヤです。デート、ですから。」
「そうだな。じゃあ、週明けにまたここに来て。」
「はい。」
明日のデートは、学校に関係ないこといっぱいしよう。
お前のためのとっておきのチョコレートがあるんだ。だからさ。
end.
生徒くん編→Black coffee × Chocolate(pp/カワムラナルミさま)
にほんブログ村
参加中です。クリックいただけると嬉しいです。
バレンタインには、とびきりあまいものをw
ハッピーバレンタイン☆
「pp」(カワムラナルミさま)との、とろっととろけるようなコラボ短編集。
あまいお菓子とそれに合う飲み物をテーマに、それぞれのサイドより更新しています。
「pp」へはココから★
☆ 20120214:Black coffee × chocolate(先生目線)
☆20120420:こんぺいとうとほうじ茶、生徒編
あまいお菓子とそれに合う飲み物をテーマに、それぞれのサイドより更新しています。
「pp」へはココから★
☆ 20120214:Black coffee × chocolate(先生目線)
☆20120420:こんぺいとうとほうじ茶、生徒編
[HOME]
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
オリジナル小説(BL)書いてます。苦手な方は回れ右。
鶯太郎くんののんびり新生活「おやすみなさい、また明日。」17時にのんびり更新中。
****
20120404:樹海カップリング投票始めました。12時間置くと再び投票できます。10月5日までの半年間。コメント及び投票結果は今のところ私(管理人)しか見れません。遊んでやってくださいw
他、こここうしてほしいとかこれこうがいいとかご意見あればメールフォームよりお寄せください。よろしくお願いしますー
20120329:のんびりまったりやる気ない(そんなこともない)感じで新しいお話始めました。良ければー
鶯太郎くんののんびり新生活「おやすみなさい、また明日。」17時にのんびり更新中。
****
20120404:樹海カップリング投票始めました。12時間置くと再び投票できます。10月5日までの半年間。コメント及び投票結果は今のところ私(管理人)しか見れません。遊んでやってくださいw
他、こここうしてほしいとかこれこうがいいとかご意見あればメールフォームよりお寄せください。よろしくお願いしますー
20120329:のんびりまったりやる気ない(そんなこともない)感じで新しいお話始めました。良ければー
カウンター
最新コメント
[05/17 粟津原栗子]
[05/15 粟津原栗子]
[05/13 如月久美子]
[05/11 粟津原栗子]
[05/10 Bei]
最新記事
(01/01)
(05/17)
(05/16)
(05/15)
(05/14)
カテゴリー
フリーエリア
最新トラックバック
ブログ内検索
最古記事

