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成人女性を対象とした自作小説の物置です。
槙村直。あなたはずるい人。

僕はいつだって必死なんだ。その穏やかな笑顔に騙されないように。置いていかれないように、見逃さないように。
大人の余裕、子どもの本心。
そうなんだ、すなおさん、大人ってずるいよなぁって思ってしまう。

例えば20歳という年の差のことを考える。
あなたは気にしているみたいだけど、僕には全然。身体は老いてゆくものだし、それをあいせることはよろこびだ。
けれど、そうだな。
20年余計に生きているから僕よりずっと世の中をうまく渡って生きてゆく。僕は体当たりでしか恋をすることを知らないのに、あなたはうまく逃げる術を知っている。
だからいつも勝てない。するりとかわして行ってしまうから、一生懸命で追いかけてる。
それでついつい今日も体力に任せて求めてしまった。すなおさんの声が割れるまで。掠れた声はそれはそれは甘美なのだけど、でもちょっとだけごめん。

「…きみってさ、」
「んー?」
「飢えた獣みたいなセックスをするよね。」
「そうかな」
「なんというか、きみは普段は割と大人しいから」
「うん、そうなの?」
「んーと、一見するとそう見えるから」
「うん」
「だからはじめてのときは凄く意外だと思った」
「そんなこと思ってたの? いまは?」
「同意見。でも慣れた」

慣れた、だって。ずるいよなぁ。
決して気持ちがいいとかそういうことは、言わないんだ。

すなおさんがぼふっとベッドに横たわる。僕は水を一口飲んでからその横にぴったりとくっつく。

「こら、暑いよ」
「いーの」
「ハールーオーミ」
「…名前呼べばいいと思って…」

汗でべたべたしてる。でもそれさえも気持ちがいいのに。僕は名前を呼ばれた嬉しさで仕方なく身体を離した。そのとき。
すなおさんの腕が伸びて、僕の身体を絡め取った。胸に顔を押し付けられて、そっと「すきだ」と囁かれる。そしてそれだけで僕は胸がいっぱいになってしまうんだ。本当、単純。

「すなおさん、」
「はい」
「あいしてる」
「…ぼくも」
「あいしてるあいしてるあいしてる」
「うん、分かった、分かったから」

あなたは本当にずるいひと。



end,


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突発SS、今度はハルオミ目線。
…いいのかしらこんなんで(汗

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「じゃ、僕、これで帰る」
「え?」

暑さも忘れてお互いを求めようとして、キスをするその前に恋人がきっぱりと言い放った。がくりと思わず力が抜けてしまい、何故だと聞こうとしたら言葉にするより早く、彼が言った。

「槙村さんが無事なの確認出来たし。でもまだ本調子じゃなさそうだから、襲いたくなる前に帰る」
「…ぼくはきみを襲いたくてたまらないんだけど、」
「けど、大人だから自制できる?」

珍しいことに、恋人の台詞が尖っていた。何かに腹をたて、ふくれているとも言える。それはきっと、思っている以上にぼくが気にしている20歳という年の差とか、ぼくを理性的に留めてしまう衝動だとかに。ここを踏み越えなくては駄目だ、と頭の中で誰よりも恋人のことを恋しく想っているぼくが言う。だから喉が干上がるような気がしたけど、ちゃんとぼくは言った。大人だけどなんでも自制できるわけじゃないよ。
恋人は驚いたような顔をして、浮かせかけた腰をもう一度その場におろした。目は、真っ直ぐぼくを捉えて離さない。その強い眼光に、いつだってぼくはきみに恋をしたくなる。

「きみより20年先に生きて、それでもきみが気付いていることに全然気付けていないこととか、たくさんあるよ」
「…まきむらさん?」
「先に生まれた人間が全てを知り尽くしているわけでも経験しているわけでもないんだ、決して。…ハルオミ、」
「ハイ」
「ぼくはきみとセックスしたいんだけど、ハルオミは?」

初めて、恋人の名前を口にした。言い慣れない言葉だったけれど、胸のうちでは何度も呼んでいたから違和感はなかった。恋人は目を丸くして、それからやわらかく笑った。

「…うん、僕もしたい」

言葉を発すると同時に色めき立った眼がぼくを見ている。それを合図に、ぼくらはお互いへの侵入を開始した。





「大変、申し訳なかったです。」
「いえ、そんな、こちらこそついカッとなってしまって子どもみたいなこと。」

数日後、展示会の最終日にぼくはギャラリーを訪ねて在廊していた牧村さんに謝罪した。彼女は「私が一番嫌いなのって、酔っぱらいなんです」ときっぱりと言い放ったが、もし必要ならばクリーニング代は請求してくれと細やかな配慮も見せた。前も思ったけれど、彼女は並みの男性よりも勇ましくて、そしていかにも女性らしい。これでは曽根の息子は苦労するだろうな、と思ったけれど、彼女に惚れる気持ちは分からなくもなかったから黙っていた。
後で聞いた話だけれど、曽根の息子は「まずは友だちから」という返事を牧村さんからされたらしい。前向きが自慢のてっちゃんはそんな返事なのにたいそう喜んだそうだ。いつかこまつ亭で牧村さんの姿を見る日が来るかも知れないけれど、それはまだ分からない。
牧村さんと少しだけ話した後、ぼくはギャラリーを後にした。外で恋人が待っていてくれて、今日は先日購入した酒器で2人でゆっくりお酒を楽しむ手はずになっている。風はだいぶ冷たくなっていて、どことなく秋の気配を思わせる空がはるか高いところにある。

「あ、ねぇ直さん、とんぼ。こんな、街中なのに」

夏が終わる。きみと過ごす、2度目の夏が。
こうやって何度も季節を共にして、老いたぼくの側にいるのがいつでもきみでありますようにと願いながら、ぼくらは歩き始める。


おしまい





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拍手[51回]

曽根から貰った粥を食べて一眠りしたら、身体はだいぶ落ち着いた。年齢から考えたら、脅威の回復力とも言える。自分が思ってるよりも体力に自信をもっていいとかではなく、その後の方法が良かったのだと考えるべきだろう。
夕方、4時を少し過ぎた頃に恋人からメールがあった。『無事なら連絡を』という短い文章だった。ぼくが寝ているとでも思って、わざわざメールにしたんだろうと思う。用件が一度で済まないからという理由でぼくがメールを嫌っているのを、彼は知っているはずだから。
仕事の邪魔になるかならないかなんて賭けみたいなもので分からなかったから、色々端折って電話した。忙しいなら無理して出なくてもいいし、とりあえずコールしておけば「無事」だということが伝わるだろうと思った。ぼくもそうだけど、恋人は作業に集中しているあいだはほぼ電話に出ない。10回ほどコールしたところで留守番電話に切り替わったから、きっと土でもいじっているんだろうと思って伝言もいれずに電話を切った。用があればきっとかけ直して来る。そのときまでぼくの方が電話を待っていればいい。
30分くらいしてから、ぼくの携帯が鳴った。あえて間を置いて、5コール目で電話に出る。少し弾んだ朗らかな声が、向こうから響いてくる。

『調子、どう?』
「悪くないよ。曽根が来てくれた。」
『あ、じゃぁ特別飲むものとか食べるものとかいらないのかな』
「そうだね、きみが食べたいものを買ってくればいいと思うよ。来て、くれるんだろ」
『勿論。これで片付けて、んー、小1時間ってとこかな』
「待ってる。外は暑いから、気をつけて」
『うん』

ぼくにしては珍しく、身体全身が甘えたがっている。早く来て欲しいと思う。実体が見たい。こんな、機械に通された偽物の声じゃなくて、本物を知りたい、触りたい、聞きたい、抱きたい。
夏の昼間に寝ているというのはそれだけでも体力を消耗する。ぼくは寝汗をかいていたから、再びシャワーを浴びた。特別冷たくした水に、胸から下がすうすうする。でもとても気持ちがいい。
洗濯物を取り込めば、よく日に当たったいい匂いがした。片付けていたらインターフォンが鳴ったので、ぼくの心臓も速くなる。扉を開ければ待ち望んだ人がいた。佐倉晴臣。飴玉を舐め転がすより素敵な響きだと思った。

「髪、濡れてる」
「さっきシャワー浴びたから」
「そか。体調、良さそうだね」
「なんとかね。その、悪かった。覚えてないけど、迷惑かけたんだろうなって思われる痕跡を、色々と発見したから」
「覚えてないの?」
「うん、さっぱり」
「槙村さん、『ぼくはまきむらすなだ、まきむらすなおじゃない』って言って、帰るの渋ったんだよ」
「…他には?」
「もっとお酒欲しがって、それ見てた砂緒さんに頭から焼酎ぶっかけられた。」

そりゃ凄い。そうとしか言いようがなかった。とにかく玄関先で話していても暑いだけなので、クーラーの効いた室内に通した。恋人は「すずしー」と喜んで、着ていたシャツのボタンをひとつ余分に外した。

『あの』

改まって部屋の床にぺたりと座ったところで、話そうとしたぼくらの声が重なってしまう。どちらからともなく笑って、お互いに譲り合って、結局ぼくが先に話すことになった。

「…その、昨日のこと、まず、ごめん。色々となんだか整理がつかなくて、あんな醜態…とにかく、ごめん。」
「なんかね、こないだまで『ジムに通って体力作る』みたいな宣言してた人と思えないくらい飲んでたから、心配した、凄く。まぁでも、僕も十分悪いし、それに駄々っ子になった槙村さんちょっと可愛かったから、あいこ。」
「きみが悪いこと、したの?」
「だってもう、ばれちゃってるでしょ、ぼくが貴方に黙って砂緒さんとお祭行ったの」
「……」
「言い訳、聞いてくれる?」
「……あんまり聞きたくない、な…」
「いや、そこは聞いてもらわないと。無実を証明したいからね。あのねぇ、あのお祭、僕と砂緒さんともうひとり、いたの。」
「へ?」
「てっちゃん。曽根さんの息子の。そもそもお祭に行こうって言い出した、きっかけは彼にあるんだ」
「…その3人の接点が見当たらないんだけど……」
「ああ、そうだよね。んー、曽根さんから、砂緒さんの展示会に行った話、聞いた?」

それには覚えがある。首を縦に振れば「それ、そのとき」と恋人は優しく笑う。

「展示会には、曽根親子3人で来てたんだ。たまたまいた砂緒さんに、てっちゃんが一目ぼれして」
「は?」
「もうねぇ、おかしいくらいにテンパッちゃって、てっちゃん。人が恋に落ちる瞬間を目撃しました!! みたいな。それまで僕は砂緒さんにね、正直話すよ、愚痴ってた。別に人前でいちゃつきたいとかいう訳じゃないのに、かたくなに人ごみを拒否するんですよ僕の恋人は、って。」
「それはもしかして、こないだの縁日に行かなかったこと?」
「うん。僕はさ、貴方とだったらきっとどこでも、例えば家の庭でも楽しいって分かってたけど、やっぱり一緒にお祭に行きたかったんだ。手なんか繋がなくたっていい。でも僕の隣を歩けるのは槙村直だけだぞって、少しは誇示したかったのかも。くたびれた味の屋台の食べ物も、きっと美味しいよって。」
「…そか…ごめん」
「もう少し、聞いて。まぁ、そんなことを彼女に愚痴ってたら、丁度そこにてっちゃんが真っ赤な顔して現れたから、きっかけになるかなと思って、それに僕も遊びたい気持ちがあって、3人でお祭に行ったの。僕ら3人ともみんなポロシャツにジーンズで来ちゃった辺りが、祭の実行委員会かよみたいな感じで笑えたけど。そのときてっちゃんが、もう少しで誕生日なんですけど来ませんかって、砂緒さんを誘った」
「もしかして誕生会に彼女が来たの、きみと同時?」

恋人は頷く。本当はもっと早く行くつもりで、でも思ったより時間がかかっちゃたんだ、と彼は言う。

「これをね、彼女の指導で作らせて貰ってたんだ」

恋人はカバンの中から白い包みを取り出した。丁寧に包みをほどけば、点々と入った緋色が美しい、厚ぼったいグラスが出てきた。

「僕はこっち。ガラス初めてで、苦労したんだ」

彼はもうひとつ同じようなかたちとサイズのグラスを取り出す。そっちは青い。いつか渡されたマフラーの色を、そのままなぞっている。
恋人はちゃんとぼくを想ってくれていた。ぼくがうっかりガラスの酒器を買ってしまったのと同じように。ぼくらは想い想われて生きている。ひとりじゃない、全然、ひとりじゃない。

すきなんだ、こころから。
だからこそきみにも分かってたのに、そのことをぼくは知らない振りをしていた。自分の方が大人だと決め付けて、きみのこころを無視していた。子ども子どもと言い張って、相手にしようとさえしなかった。そういうぼくの方がよっぽど、子どもだ。いや、そんなこと言ったら、子どもに失礼だな。

「誤解、解けた?」

ぼくは無言で頷くのがやっと。息の音で恋人が笑ったのが分かる。しばらくして、きつく抱きとめられた。この肌、髪の匂い。大切な恋人。



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拍手[31回]

目が覚めたら見知った天井、ぼくの部屋だった。ちゃんとTシャツと短パンに着替えていて、ベッドに寝ていた。起き上がらなくても体調が最悪なのは分かっていた。頭は重いし喉は渇くし、そのくせ胃袋が洗濯機でまわされたみたいにひっくり返っている。
どうやって帰って来たのか、さっぱり思い出せない。日はとっくに昇っていて、朝から蒸し暑い。そういえばぼくは誰かに頭から酒を浴びせられたようなそんな記憶があるんだけど、特にアルコールでべたつく感じはなかった。着替える際にちゃんとシャワーを浴びたか、それとも夢だったのか。それくらい、昨日が曖昧だ。いやもしかしたら、昨日じゃないのかもと思うくらいぼやけている。鉛のような身体を引きずってベッドを降りて、ポストに届いていた新聞を見れば一応知った日付だったので、ほっとする。
ベランダには昨日ぼくが着ていたと思われる洗濯物が干されている。ぼくは洗濯は溜め込むだけ溜めて、一気に干す。あんなちまちまとした干し方はぼくじゃない、と思い、では誰が? と考える。考えても頭痛がするだけなので諦めて、喉を潤そうとキッチンに向かう。すると冷蔵庫に一枚のメモが貼られていたのを発見した。

『ここまで来れたら大丈夫な証拠、でも多分今日くらいは休んだ方がきっといい。夕方また顔出します。ハルオミ』

あー、と天井を仰ぐ。やってしまったか。酔いに任せてきっと酷いことをした。大体、3ヶ月間だけの結婚生活を除けば40何年も独身をやってるぼくは、滅多なことでは人に頼らない。それはひとりで生きていく上での絶対条件とも言える。なのにきっと、恋人は洗濯どころか多分ぼくのシャワーや着替えも手伝ってくれただろう。その証拠に、いつも着ているくたびれたスウェットも洗濯に干されていて、いまぼくが着ているのは真新しいシャツ。恋人が泊まりに来た時に必要かなと買い求めてあったやつを、結局ぼくが着ている。本末転倒じゃないか。
冷蔵庫に新品のミネラルウォーターのペットボトルが入っていたので、コップに注ぐことなくそのまま飲んだ。多分恋人が用意してくれたやつだ。彼はここより都会に住んでいた経験から、真水が飲める環境にあるくせについミネラルウォーターを買ってしまう癖が抜けない。だから間違いがないと思う。
冷たい水は喉にも胃にもありがたかった。重金属に変化してしまった身体が、生き物に戻り始める。今日は大人しく寝てようと、ベッドに戻りかけたところでインターフォンが鳴ったので、つい恋人かと期待してしまった。まだ全然昼間で、夕方までは程遠い時間なのに。呆れる。扉の向こうには、曽根が立っていた。

「よ、大丈夫かぁ?」
「…覚えてないけど、迷惑かけたんだろうな。てっちゃんにも謝っといてくれ」
「お前も凄かったけど、もうひとりのマキムラスナオも凄かったな。これ、かみさんから。食えるか?」

言っている意味がよく分からないまま、曽根が持ってきたタッパーを開ける。卵でとじてあるやわらかく煮た白米があった。別のタッパーには自家製の梅干もあったから、礼を言って受け取った。

「ぼく、どのくらい飲んでた?」
「後で確認したら、ビール2瓶、ワインが白と赤と1本ずつ、あとは日本酒とウイスキーを、半合分くらいは飲んだんじゃないか?」
「そんなに!!?」
「もう若くないんだから、恋人の隣に若い女がいるだけで嫉妬すんのは、やめろ。マジで命に関わるから」

何も言えない。曽根に更に詳しく尋ねれば、ぼくは迎えに来た恋人に駄々をこねて帰宅を渋ったらしい。それを人前で成し遂げたいまぼくの心情は、穴があったら入りたいどころではない。まったく、いい年して何やってるんだ。嫉妬とかそんな面倒な感情は、若さと共にどこかに置いてきたのだとばかり思っていたのに。

「そういえば、誰かに『そんなに酒が欲しけりゃくれてやる』みたいなこと言われて、頭から被った記憶があるんだけど、あれは曽根?」

曽根はくつくつと笑いながら、首を横に振る。あの温厚な恋人がそうするとは思えないけど、念のため恋人の名前を口にすれば、やっぱり首が横に振られる。

「牧村女史だよ」
「え、牧村さんってあの牧村砂緒さん!!? なんで!!?」
「彼女、男前でいい女だな。気に入ったよ。おかげで俺の息子はすっかり骨抜きだ。うまくいってくれたらいいんだけどな」

意味深げ、でも訳のわからない言葉を残して、曽根は去ろうとする。もっと聞こうとしたら「夕方やってくる王子様に聞きな」と返される。タッパーちゃんと洗って来いよと手をひらひらと振り、ぼくの願いは聞き届けられないまま行ってしまった。
そしてぼくの疑問が解決して、空白の記憶が補完されるのは、それから約6時間後になる。



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拍手[28回]

「あれ、仕事なんじゃなかったっけか」

曽根の息子の誕生日の日、ぼくはこまつ亭に出向いた。テツに「おめでとう」と言いながら地酒のビンと酒器の包みを渡せば弾むような笑顔が返って来た。それで恋人をつい連想してしまって、ぼくは心の底からめげてしまう。
先日の目撃をよくよく考えれば、別にどうってことはないのだ。例えば彼はとても縁日に行きたがっていたから、若いもの同士で出かけたと考えればなんの疑問も浮かばない。けれどこころが腐ってしまうのを止められない。どうしてぼくには「用事がある」としか言わずに牧村砂緒と縁日に出かけたのか、せめて一言でも言葉があっていいものじゃないか、と思ってしまうのだ。
あの日以来、彼から連絡が来ないこともぼくを腐らせている原因のひとつだ。ならば事後報告か言い訳か、どちらかでもあったらよかったのか? とぼくはぼくに問う。答えは否、どちらにせよぼくは泥沼にずぶずぶとはまり込んで動かないでいる、それが現状。
突然の訪問でも、曽根は慌てなかった。食器をひとり分増やし、グラスにつめたいウエルカムドリンクを注ぐ。今では厨房に立たなくなった曽根の親父さんまでもが孫の成人のために料理を振るった。テツの友人も何人か顔を出していて、とても賑やかな誕生日会だと思った。
ぼくはとにかく酒を飲んだ。もしかしたらここに来ればタダ酒が飲めると分かって足を運んだんじゃないか、そう思えるくらい。ビールは当たり前、途中からワインや日本酒に切り替わったのは覚えているけど、ウイスキーになっていたのにはまるで気付かなかった。

「おい、なんかあったか」
「別に」
「もしかして牧村女史のことか?」
「彼女、あれからここに来た?」
「いや。でも彼女にDMを貰ってたから、展示会には言ったんだ。ハルオミくんを見たよ」
「そうか。ならそれが、理由だよ」
「おい、ナオ」

度数の高いものを、がぶがぶと飲んでいる。胃の中にはほとんど酒しかなくて、焼け付くような痛みさえあるのに、ぼくは飲むのをやめない。ビンを抱えてひとりで盛り上がっていたら、とうとう曽根に取り上げられてしまった。

「なに、すんだよぉ」
「ばか、子どもは帰る時間なんだよ。おむかえ来たぜ」

こまつ亭のドアベルがちりりと鳴って、青年が中に入ってきた。背筋が綺麗に伸びてる、と思った。それなのにぼくはこんなに飲んだくれて、情けない。

「まきむらさん、かえろう」

青年の優しい声、すぐ側。背中にぽんと手が置かれて、そのやわらかい熱に泣きそうになる。まきむらさん、誰のことを言ってるんだ。まきばのまきにむらびとのむらのまきむらさんなら、人違いだ。

「まきむらさん」
「…がう…」
「え? なに? 聞こえない」
「ひとちがいだって、いってんだよ。ぼくは槙村直で、牧村砂緒じゃない。むかえなんか必要としてない」

青年が驚いた顔をしている。思いのほか大声が出てしまったからだろう。視界がかすむ。曽根、お前、なんでそんな顔してんの。

「帰ろう」
「やだ、まだのむ。そね、さけをかえしてくれよ」
「帰ろう」
「そーね、さけ。なんだっていいよ」
「帰ろう」

そんなに酒が欲しけりゃ、くれてやるよ。誰かが言った。誰?
とにかくぼくは、次の瞬間頭から冷たい液体をべったりと被った。



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「酒池肉林」の「酒池」状態マキムラ。みなさま、お酒はほどほどに。

拍手[30回]

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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
オリジナル小説(BL)書いてます。苦手な方は回れ右。
鶯太郎くんののんびり新生活「おやすみなさい、また明日。」17時にのんびり更新中。

****
20120404:樹海カップリング投票始めました。12時間置くと再び投票できます。10月5日までの半年間。コメント及び投票結果は今のところ私(管理人)しか見れません。遊んでやってくださいw
他、こここうしてほしいとかこれこうがいいとかご意見あればメールフォームよりお寄せください。よろしくお願いしますー

20120329:のんびりまったりやる気ない(そんなこともない)感じで新しいお話始めました。良ければー
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