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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「そんなことこんな最中に考えてたのか、この頭は」
 互いの精で濡れた手をシーツの端で雑に拭い、両手で暁登の頬を包み込んだ。目を見合わせる。
「おれはそんなこと考える余地ないぐらい夢中だったんだけどな。塩谷暁登くんはそうじゃなかった、ってこと」
「あ、いや……」
「ねえ、なんでおれとこんなことしてるのに、この先ひとり、だなんて言うの?」
「……」
「おれはきみを金で買ったわけじゃなくて、きみもおれに金を払うわけじゃない。それは衝動を持ち合わせたのが知りあい同士だったから好奇心で試してみた、ってことでもないと思ってる」
 樹生は顔を包んだ手を外し、背に手をまわして思いきり体を抱きしめた。
「なんでふたりでいるのに、おれのこと考えてくんないの、」
「……」
「おれの存在を無視しないでよ……」
 口からぽろっと出たのは思いのほか情けない台詞で、女々しいなと思ったが紛れもない本音だった。暁登は黙ってい抱かれていたが、おそるおそるという風に、樹生の背を先ほど樹生がしたようにやさしく撫でてくれた。
「……すみませんでした」と暁登が言う。
「おれは、結局は自分を守りたいんです」
「ん?」
「こんなに自分に対して嫌気がさすのに、結局は自分のことがかわいいから、防衛してしまう。いま、……最悪のことを想定しておかないと、いざその時が来たら、おれはきっと、やりきれなくなるって」
「なにが最悪なの、」
「……――岩永さんと離れること、」
 こんなに近くにいて、これ以上近くにいられないという距離にいて、そんなことを考えている。その心の距離の方がよっぽどの裏切りだと思ったが、樹生は口にしなかった。暁登の気持ちが分からないわけではなかった。
「この時間が終わって、服着て、この部屋を出て、帰る。……おれは泣いてしまうような気がします」
「すげー気持ちよくて、すげー幸せだったとか、そういう気持ちにはならない?」
「……淋しい」
 その台詞は、冷たい木枯らしそのもののような響きだった。
「淋しい?」
「はい」
「二度目もあるよ、っていう期待とか、ないの」
「二度目があるんですか」
 あるよ、とは即答したくて、ためらいがあり、出来なかった。樹生はあるものだと思っていたが、暁登はそうだと思っていない。この心の隔たりがある限り、おそらく今夜たった一度の体の関係だけで、終わる。樹生はそっちの方が淋しいと思った。
 だからと言って暁登の心にそっくり添うつもりもない。そんなのは無理だと分かっている。
 答えの代わりに、樹生は暁登の頬に口づけた。暁登の体がちいさく引き攣れる。そのまま指で背骨の筋を辿り降ろし、ズボンのウエスト、下着の中に手を入れて、暁登の背後、密やかに秘められた場所へと指を進める。そこを中指の腹で押すと、暁登は鼻から息を漏らし、同時に樹生の肩に爪を立てた。
 二度目があるのかどうかなんて、いまは考えていたくなかった。抱きあっている事実では駄目なのか。ふたりでまだ明けない夜を夢中になって過ごす、それではいけないのか。
「岩永さ、」
「……男同士ってさ、ここ使うって、……聞いただけの知識」
 知ってる? と尋ねると、暁登はややあって「見ました」と言う。
「え、やってるところを?」
「あの、ネットで見られる無料動画とかで、……。一応、なんにも知らないよりはと思って、下調べしたことが」
「あー、そう」
「でもあの、……おれに出来る気がしません」
 と言うので、樹生は「なんで?」と訊いた。
「あ、リードしてくれる人希望、だったもんな」
「それ、もうやめてください……」
「いやまあ、だからさ。おれは動画すら見たことないし、知識もほぼない。リード出来ないな、と思って」
「……」暁登は黙る。だが少しして、「岩永さんのリードとかそういうのは、もう、よくて、」と言う。
「おれの……ここに、岩永さんのが入るとは思えなくて、」
 それは樹生も思う。
「座薬とか、あるじゃないですか。小さいころ、熱出した時に親に突っ込まれたんですけど、……ああいうのですら違和感だらけなのに、」
「座薬、」樹生は悪いと思いながらも、笑ってしまう。
「いま、その、……岩永さんが触ってるのだけで、無理とか、思う」
 樹生はただ暁登の入り口に指を這わせているだけだ。それでもそこが硬く窄んでいるのが分かる。自分の、しかも標準より大きいとされるものが、その入り口を破って出し入れされる、それも無茶な気がした。
「まあね、おれも思うよ」
「でも、」
「でも、」
 と、台詞が重なる。二人で顔を見合わせて、そっちから、とか、先に言えよ、とか言い合って、少し笑う。
「じゃ、年長者から言うよ。それでも、試してみていいかな」
「……」
「いきなり突っ込むとか、そんなのはしない。無理だから。ちょっと、もうちょっと、きみに触ってたい。……駄目かな、」
「駄目、じゃない、……」
「嫌?」
「嫌でも、ないです。おれも、」
 そこで暁登は息をのんだ。喉ぼとけの上下する様が妙に色めいて映る。
「おれも、そう言おうと、思っていたので」
 暁登は恥ずかしそうにうつむいた。肌が触れているので、発熱が伝わる。
「だからあの、……駄目でも、嫌でも、なくて」
「よかった」
 樹生は息をつく。指を動かそうとして、暁登の衣類が邪魔であることに気付いた。樹生がそれを脱がそうとすると暁登は恥ずかしそうに身を捩ったが、されるがままで、樹生の手が動けば自ら腰を浮かせた。


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「――熱い」と暁登は言った。
「そうだな、」
「岩永さんの心臓、すごいです」
「めちゃくちゃ鳴ってるだろ、」
「……肌、がさがさ」
「酷いもんだよね」
 すると暁登は、先ほど樹生がしたように胸に顔を近づけ、そのまま頬を当ててきた。
 それきり動かないので、樹生はその頭を抱える。しばらくそうして、お互いの体温や心拍を確かめる。やがて暁登の手がするりと樹生の性器に伸びて、樹生は息を詰めた。
 ぎこちなく握られ、ぎこちなく擦られる。その不慣れな感じは悪くなかったが、沸点には足りない。樹生は暁登の手を上から握り、「こう」と言って自慰のリズムと強弱で暁登の手を動かした。
 濡れた音が室内に響き始める。樹生の吐息も荒くなる。手を外してももう、暁登は樹生の性器を気持ちよく刺激することが出来た。「気持ちいいですか」と訊かれたので、樹生は頷く。
「すげー気持ちいい。もう、だいぶ、やばい」
「……なんか、」
「ん?」
「おれも興奮してきました、また」
 見れば先ほど放出した暁登の性器も、立ちあがっていた。
「若いな」と笑うと、暁登は恥ずかしそうに目を背ける。
「いや、こういうのは意地が悪いよね。悪かった。……嬉しいよ」
「……」
「……一緒にしようか」
「え?」
 そう言って、いったん暁登の手を止めさせた。体制を直し、暁登の体をあぐらをかいた樹生の上に向かい合わせに載せる。勃起した性器と性器が触れあうさまを見て、思わず喉を鳴らしてしまった。
 暁登の手を導き、二人分の性器を二人でまとめて握った。
「重くないんですか、」と手を動かしながら、暁登が尋ねる。
「全然。むしろ軽くて怖い。もっと食って肉つけた方がいいよ、塩谷くん」
 樹生の膝の上で快感に悶え目尻を朱に染める暁登の姿は最高に艶っぽく、樹生はますます興奮した。そのうち暁登は自ら手を外してしまう。樹生の首にしっかりとしがみつき、裸の胸と胸が触れあって、心臓がドン、と跳ねた。
 二人分の性器を樹生は好きに扱いた。耳元で暁登は荒い吐息を漏らす。樹生も保たない。樹生が沸点を見て精を吐き出した時、暁登の性器はまだ硬いままだったが、残液を搾り取るように手を動かしていると彼もまた体を震わせて射精した。薄い精液を吐き出す。
 お互いの肩先にお互いの頭を乗せて、二人はしばらく放心した。
「……なんか、」先に口を開いたのは暁登だった。
「ん?」
「おれ、確かにセックスで金もらおうとしてましたけど、それはセックスがしたかったからじゃなくて、金が欲しかったからで、こういうことにあんまり興味はなかったんです」
「……」
 答える代わりに、樹生は暁登の背をぽんぽんと叩いた。
「たまるときはあるけど、……ひとりで処理できるからいいや、って」
「うん、」
「でも、岩永さんとするのと、ひとりでするのとじゃ、全然違ってて、」
「うん」
「体温が気持ちいいとか、手の大きさや力強さがたまらなかったりとか、触れている肌とか、髪のくすぐったさとか、そういうの全部ひっくるめて、知って、――なんでみんなセックスしたがるのかが、分かった」
「……うん」
「だから、おれ、は、……この先、どうしていいのか分からなくなって」
「……なんで?」
「自分以外の誰かの肌が恋しいってことは、……ものすごく暴力的な感情だなと思ったから、――あんまり知りたくなかった。もうこの先、ひとりきりじゃ無理だ……」
 その語尾が震えていたので、樹生は暁登のこめかみに唇を押し付けて、髪を撫でた。
 この青年はどうやって生きていくつもりだったのだろうか、と、樹生は思った。
 ひとりで完結できる人生などない。受精の段階ですでに自分でない男と女の存在があるのだ。母親の腹から出てもすぐにひとりで立てるわけではないから、誰かの手に抱かれる。抱かれた記憶をまた誰かに返したり、与えたりして、暮らしていく。
 たった二十歳かそこらで「ひとりきり」なんて言葉の出てくる暁登のことを、哀れに思い、淋しく思い、愛しく思う。樹生は頭の後ろに当てた手で、ぐしゃぐしゃと髪を掻きまわした。



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 下着のゴムに手をかける。暁登はもう抵抗をする気はないようで、両手で顔を隠してただひたすら羞恥に耐えていた。
 すらりとした性器があらわになった。そこに指で触れる。幹を握り、先端を親指で刺激すると、暁登の腰がみだらに浮いた。
 それを口に含むと、暁登は「駄目です」と切羽詰まった声で樹生の頭を掴んだ。
「岩永さん、」
「――」舌先で突いたりこじ入れたりして、暁登の声は無視する。
「駄目です、嫌だ。やめ、やめて、」
「……」
「岩永さんっ……――」
 強く圧をかけて吸ったのが最大の刺激になったのだろう。暁登は細い体を大きく震わせて、同時に精を吐き出した。樹生はそれをうまく受け止めきれず、舌と顔にそれが飛び散ったが、不快だとは思わなかった。
 濡れた頬を指の腹で拭い、唇に運んで舐め取る。同時に薬局で買ったはずのコンドームの存在を思い出して、つい苦笑してしまった。
 荒く息を吐きながら放心していた暁登は、樹生のその笑いに怪訝そうな顔をした。
「いや、ゴム買ってたんだけど、つけるの忘れたな、と思って」
 それを聞いて、暁登はまた顔を覆い隠した。
「おれも大概、余裕ないんだ」
 そう言って、自身のズボンのホックを外し、性器を取り出した。
「ほら、」
 暁登の手を無理に剥がして、触らせた。そこはもう硬く膨らみ、先端も濡れていた。暁登は驚いた表情をしてから、きゅ、と目を細めた。
「な、やばいだろ」
「……はい、」
「おれも出したいんだけど、塩谷くん、手伝ってくれる?」
「嫌だって言ったらどうすんですか、」
「はは」
 樹生は息を漏らす。「自力で抜くしかないよな」
「……嫌じゃ、ないです。でも、やっぱよく、わかんないから」
「別に、ちょっと手ぇ貸しててくれるだけでいいよ」
 すると暁登は体を起こし、中途半端に脱ぎかけたシャツから袖を抜き、半身を晒す。それから樹生の胸に手を伸ばし、タンクトップの上から心臓の辺りに掌を当てた。
「……なに、どした、」
「岩永さんも脱いでください」
「……見ている通り、おれの体はあんまり綺麗なもんじゃないよ」
「眼鏡がないのであんまり見えてないです」
「あ、そっか」
 眼鏡は先ほど、窓の桟に置いたままだった。
「触りたいです、おれも、岩永さんに」
「……あんまいい触り心地でもないけどな」
「おればっかりされるのは、狡いです」
 そう言うので、樹生は薄く笑って「分かったよ」と答えた。タンクトップの裾に手をかけ、ひと息に脱ぐ。暁登の手がこわごわ伸びて来たので、その手首を掴み、先ほどタンクトップの上から触れた心臓の辺りに導いた。



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 暁登の手が樹生の手の上に重なる。その指と指を絡めて繋ぐ。シャツのボタンは全部外して欲しかったな、と今更ながら思う。
「あの、もういいです」と暁登の声が上から降った。
「いいって、なにが、」
 腹に頬を当てたまま、樹生は訊ねる。
「確認とか、金とか、そういうのいいです」
「……やめる、ってこと」
「そうじゃなくて、……金はいりません。むしろおれからお願いします。あんまり豊かに生活してないので、大きな額は出せないですけど、……岩永さんと、してみたいです」
 消え入るような懇願に、樹生は思わず顔を上げた。
 暁登は繋いでいない方の手で樹生の視線から逃れるように顔を覆い隠した。
「岩永さんに触ってもらったら、とんでもなく嬉しいんだって、よく分かりました」
「……何故? おれに憧れがあるから?」
「分かりません。分かんないよ、だってこんな感情は初めてだし、」
 繋いだ手が離される。そのまま暁登の手は自身の心臓の上に置かれた。シャツをくしゃっと掴む。
「おれだってここが、こんなになってる」
「……」
「痛い」
 と言い、暁登も膝から崩れた。床に座り込み、彼はうなだれた。うなだれてまた、脊椎の出っ張りが見えた。樹生はそこに歯を当てる想像をした。
 それをしてよいのだと思ったら、体中に凄まじい歓喜が駆け抜けて、樹生は目を見開く。いまこの目の前で崩れている、まだ少年みたいな青年のことをいとおしいと思い、淋しいと思い、乱暴に扱いたいとも、優しく触れたいとも思った。見せてもらってよかった。暁登の気持ちを知れて、自分の気持ちもいまなら分かる。ぶれずに心臓の辺りに存在する痛みは、痛くて吐きそうだけれど、心地よい。
 この感覚には覚えがあったが、こんなに痛んだか、と思うぐらいの拍動だった。ツキツキと痛む心臓は、確かに恋を訴えていた。
 樹生は暁登の頬に手を添え、上を向かせた。暁登はまなざしをきつく尖らせる。睨んでいるのではなく、戸惑っている表情なのだと分かった。それを見て樹生は微笑む。溢れかえる愛おしさで自分はと言えば泣きそうだった。
「おれも金は、いらない」
 そう言いながら、暁登の眼鏡をゆっくり外した。外して、たたみ、窓の桟にそれを置く。
 今度は両の手で暁登の顔を包み、額と額を合わせた。
「それで、いいんだよな」
「……」
「おれもきみも、金はいらない。いらないままこれから、そういうことをする。それで、いいんだよな」
「……いい、」
 暁登はきつい目をいったん閉じて、また開けた。至近距離で合った目は怖いぐらいに澄んでいる。それを合図に、固く抱き合う。暁登は樹生の背に手を回して肩口に縋ったし、樹生は暁登の腰と後頭部をしっかり抱えた。
「布団行こう、布団」
 樹生は暁登を誘って立ち上がる。手を取ったままで、たった数歩の距離にあったフローリングに敷きっぱなしの布団へと歩き、その上に崩れた。
 暁登のシャツのボタンを、今度は上から外していく。肩をむき出しにさせて、樹生はそこに唇を押し当てる。女の肌のように脂肪をまとっているわけではないので、それは樹生にとって新鮮な感触だった。少しずつ唇を下ろして、胸、胸の先の尖り、浮いたあばら骨、と辿っていく。
 途中で暁登の心臓の音を聞いた。走っていて、唸っていて、強く鼓動しているのが嬉しいと思った。
 臍や脇腹の辺りまで辿ると、暁登は鼻に抜けた声を漏らした。聞いたことのないなまめかしい声は、樹生をたまらなく興奮させる。もっと聞きたくてジーンズの前を寛げ、下着のふくらみに上から唇を寄せると、暁登は樹生の頭に手をやって、「そこは駄目です」と上ずった声色で言った。
 樹生は顔を上げた。
「なんで駄目なの、」
「……おれは男なので、女の人みたいなことには、なってないし」
「別に、女を抱いているつもりは全くない――いや、違うかな。同じ感覚」
「……どういうことですか、」
「女とか男とかいう性別を抱いてるんじゃなくて、塩谷くんとこういうことをしているんだって思ってる」
「……」暁登は黙った。
「それにさ、駄目、でも、嫌、じゃないんだな」
「それは、……」
 暁登は頬を赤くしながら、ためらいがちに「そうです」と答えた。
「岩永さんが触る場所から熱い。なんか、ぞわぞわして、」
「気持ち悪い?」
「違う。……自分の体じゃないみたいに、思います」
「……」
「いままで全然知らなかった感覚で、こう、ピリピリして、……フィラメントになったらこんな感じかな、みたいな」
 その例えはよく分からなかった。フィラメントという言葉自体を知らなかったので、訊いた。
「えーと、電球とかで、光っているところ。あの部品のこと」
「へえ、知らなかった」
「小学校で習いますよ」
「小学校で覚えたことなんて、国語と算数ぐらいだよ。後半は通ってないしな」
 と言うと、暁登は「すみません」と神妙に頭を下げた。
「ばか、それはいいんだ」
 で、それが? と尋ねる。
「なんでフィラメントなの、」
「……岩永さんが触るのに、耐えられなくて目を瞑ると、目蓋の裏が光ってて。それで目を開けると岩永さんがおれの体舐めたりしてるから、ずっと、体中に電気が走っている感じが、します」
「そっか」
 そう言って樹生は再び暁登の性器を下着の上から口に含む。暁登が声を漏らした。嫌でないのだからと、樹生はむしろ大胆にそこを嬲った。暁登のそこはすでに硬くなり始めていたが、樹生が触れたことでしっかりと形を変えた。



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 消えてしまい、水音が聞こえ始めると、樹生は背を壁に預け、そのままずるりとへたり込んだ。煙草を吸って落ち着く気にもなれない。髪に手を差し込み、ぐしゃぐしゃとかき回す。まさか今夜こんな展開になるとは想像しなかった。暁登を連れてきておいて、どうしたらいいのかまるで分からない。
 手は人肌を淋しがっている。確かな重さを恋しがっているから、こんなのは暁登の言う「金をください」に当てはまってしまうように思った。金を渡して男を抱く自分を想像した。かつての後輩に精をすりつける。抱くだけ抱いたら金を渡して、もう会わないのか、はたまた金でつながる仲で続いてしまうのか。
 そんな割り切った感情にはなれない、と思う。樹生はもっと暁登に執着があった。ならばこれは恋なのか。――よく分からない。
 あの写真さえ見つけなければよかったのだろうか。でも見てしまった。興味を持ってしまった。そして写真の実物を見たときに自分がなにを思うのかどんな欲が湧くのか、或いは湧かないのか。それは確かめたいことではあるが、怖いことでもある。
 しばらくして、扉を開ける物音を聞いた。シャワーを浴び終えた暁登が脱衣所から出てくる。ジーンズもシャツも身につけてはいたが、シャツの上に着ていたはずのセーターは片腕に引っかかっていた。薄着の姿に、心臓と下腹が同時に痛む。職場のロッカールームで着替えているところには何度も出くわしているはずだというのに、不思議だった。
 暁登はセーターを床に落とし、タオルで髪を拭った。眼鏡を外した顔をまともに見たのは初めてだった。「見えんの?」とつい訊ねていた。暁登は怪訝な顔をする。
「眼鏡なくても見える? 視力どのくらい?」
「0.03とか、そんくらいです。全然見えないです。乱視も入ってるし」
「そっか」
「岩永さんはコンタクトではないですよね」
「そうだね。目は、いいよ」
 その会話で、昔のことを思い出した。学校の健康診断で、結果を渡すと早は真っ先に視力の欄に目を通していた。そして決まって胸をなで下ろし、「大事にしてくださいね」と樹生の目尻にそっと手を当てて言った、そんな記憶だ。
 不意に暁登と早の姿が重なる。痩せ型であるところは共通するかもしれないが、性別も年齢も違うふたりを重ねる方がおかしい。自分のこころ、感情というものが全く見えなかったし、読めなかった。ただの衝動で、樹生は暁登の腕を掴み、もう片方の手で暁登の後頭部に手を当て、抱き寄せた。
 暁登はされるがままになっていたが、やがて腕を体と体の間に置き、樹生の胸を押して距離を取ろうとした。
 その手を取って、わざと心臓の辺りに押しつけた。いまならこの拍動は振動となって、暁登に伝わるんじゃないかと思った。
 伝わるんだったら伝わればいい。それを知った暁登がどんなジャッジを下すのか、興味があった。
 暁登はなにも言わない。樹生もなにも言わない。時間だけが過ぎる。ただ心臓の上に手を重ね、お互いの目を見合っている。
「……おれも、」と、ようやく発した声は掠れた。
「シャワー浴びてくるわ」
「……はい、」
 樹生は自分から暁登から離れる。脱衣所の扉を閉めて服を脱ぎ、風呂場へ入る。
 雑に洗い雑に流し雑に拭い雑に着る。温まった体が猛烈な痒みを訴えて樹生は嫌になった。とりわけいつも背中から腹が酷い。タンクトップの下に手を入れて肌を掻きむしりながら脱衣所を抜けると、部屋は暁登の手で暖められていた。暖房を入れてくれたことで、こんな時期のこんな時間に部屋に連れ込んでおいて暖房すらつけずにいた、自分の混乱ぶりには笑えた。
 出て来た樹生を見て、暁登はぎょっとした風だった。
「どした、」
「いや、……岩永さんの肌が、」
「ああ、これね」
 どうしても掻きむしってしまうので、常に肌は荒れていた。赤く腫れ、皮膚がささくれ、箇所によっては傷にもなっている。
「こないだ話したろ、アトピー。冬場はいつもこうだよ」
「薬とかないんですか?」
「ない。面倒で医者にかかってないからね。これでも昔よりは随分ましになったんだ。前は顔や腕の関節の内側とか、首、耳まで痒かった」
「……」
「だから余計に見たかったのかも。きみの肌がさ、荒れを知らないみたいだったから」
 暁登は俯いたが、すぐに顔を上げた。
「……確認、しますか」
「うん、」
 暁登の手がシャツの裾に伸びた。下からボタンをひとつふたつと外し、裾を持ちあげてなめらかな肌を露出させる。案の定、荒れを知らない綺麗な肌だった。痩せてはいるが張っていて瑞々しい。
 なによりやはり、履いているズボンの緩いウエストから覗く下着のゴムや、奥まって見えない場所に、疼いた。
「……どうですか?」
「……」
「あの、やっぱ、」
 暁登がなにかを発言する、その瞬間に樹生は膝を折り、暁登の前に膝立ちになった。戸惑う暁登の腹にくちづけて、頬を寄せる。目は閉じた。手を暁登のあらわになった脇腹に添えると、直に触れたのが刺激になったか、暁登はビクッと体を震わせた。



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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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